士郎とシロウの聖杯戦争!   作:冬月之雪猫

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第十話『……すまなかった』

 バゼット・フラガ・マクレミッツは荘厳な地下礼拝堂で汗を垂らしていた。

 

「532……、533……、534……」

 

 500を超えるダンベルカール。彼女の背中には鬼神が宿っている。

 上半身に肌着しか纏っていない状態にも関わらず、そこに色気はなかった。

 ランサーのサーヴァントはその光景に苦笑している。彼女を見ていると、遠き日に師事した一人の女性を思い起こされた。

 

「おい、バゼット」

 

 鍛錬の途中で声を掛けるのは無粋かもしれないが、彼女は予定が無ければほぼ一日中鍛え続けている。その6LDKの腹筋はそうした苛烈な鍛錬によって建築されている。

 普通の人間がやったら逆効果にしかならない。けれど、魔術はすべてを解決した。魔術と筋トレによって、彼女は歩く殺人マシーンとなったのだ。

 おそらく、サーヴァントが相手でも、相手が並程度ならば彼女が圧倒するだろう。上階で陰謀を巡らせている男共も彼女のさじ加減ひとつで血の海に沈む。

 

「……566。なんですか?」

「このまま、アイツらの悪巧みの協力を続ける気か?」

「悪巧み……、そうですね」

 

 バゼットは三人が企んでいる事の全貌を知っている。

 悪巧みと言われれば、たしかにその通りだと思った。

 彼らは人類すべてを巻き込んだ無理心中を企んでいる。彼らは違うと言うだろうが、傍から聞いているとそうとしか思えなかった。

 

「ですが、これは聖杯戦争です。彼らだけが権謀術数を巡らせているわけではない。彼ら以上の邪悪が存在する可能性も十二分にあります。そうした者達を駆逐した後、善良な勝者を叩き潰して聖杯を協会に持ち帰る。それが私の役割です」

 

 ダンベルカールを続けながら彼女は言った。

 

「例え、聖杯戦争の参加者が全員善良であっても、戦争である以上は被害が出る。その被害を最低限に抑えるには最速で聖杯戦争を終わらせる必要があります。ならば、さっさとシロウくん達を勝者にして、彼らを叩き潰す事が最善です」

 

 言ってみれば敵陣のど真ん中。そんな場所で彼女は堂々とそんな事を言い放った。

 

「……それはアイツらを舐めすぎじゃねぇのか?」

 

 タイマン勝負ならばバゼットが勝つ。けれど、相手は三人だ。加えて、今も影から二人を見ているアサシンのサーヴァントもいる。

 無論、バゼットが戦うならばランサーも戦う。二人で戦えばバーサーカーにも勝てるだろう。それでも油断は出来ない。

 

「舐めてなどいません。相手は聖堂教会屈指の代行者と魔術師殺し、そして、ルーラーのサーヴァント。ルーラーの権能を使われれば厄介極まりない」

 

 だけど、勝つ。

 バゼットは異端の魔術師を狩る封印指定の執行者。

 得体の知れない者達を制圧するスペシャリストだ。

 

「だから、あなたには命じたのです」

 

 かつて、令呪が刻まれていた腕に視線を落とす。三画すべての令呪を使用しての命令。それも聖杯戦争にあまり時間を掛けていられない理由の一つになっている。

 

「さあ、ランサー。彼らも動き出すのでしょう? ならば、我々も動きましょう。一番の難敵と考えていたバーサーカーが落ちたのは予想外でしたが、こちらとしては僥倖。今宵、すべてのサーヴァントを狩り尽くします」

 

 すべてのサーヴァント。その言葉と共にバゼットの目は暗がりの中に潜むアサシンをまっすぐに見た。暗殺者の英霊が確実なる死を予感させられた。

 ああ、この女は有言実行するだろう。そうアサシンのサーヴァントは思った。

 

 ―――― 魔術師が相手なら、何も問題はない。

 

 そんな戯言を口にしていた男に今も同じ言葉を吐けるか聞いてみたいものだと思った。

 彼女とファーストコンタクトを行った時こそ、最大最高最後の好機だったと思えてならない。

 こちらの事情など明かさずにあらゆる手段を用いて抹殺しておけば良かったのだ。あの時ならばマスターとの接点を理由に油断が見えていた。その油断が今はもうない。

 この国には獅子身中の虫という言葉があるとマスターが言っていた。けれど、彼女は虫ではない。獅子の中に竜がいた。その意思一つで食い破られる。上で呑気に夢を語り合っている彼らにはその現実が見えていないのだろうか? 見えていないのだろうな。彼らはよく見慣れた目をしている。

 

「……酔わずにはいられないか」

 

 ◆

 

「そろそろ寝た方がいい」

 

 その言葉に士郎はキョトンとした。

 

「まだ十二時だけど?」

「もう十二時だ」

 

 士郎はずっとゲームボーイをピコピコさせている。

 

「明日も忙しくなる。早く寝るべきだろう」

「えー、あとちょっとだけ! 今からジムリーダーに挑むんだよ!」

「挑むのは今度にしろ! しっかり寝ないと背が伸びんぞ!」

「いいよ、別に」

「……藤村先生は背の低い男と背の高い男、どちらが好みだろうか」

 

 士郎は梅干しを食べたみたいな表情を浮かべた。効果は抜群だ。

 

「わかったよ……」

 

 渋々と割り当てられた寝室に向かっていく士郎を見て、やれやれと肩を竦める。

 まさか、こんな大事の中でゲームで夜ふかしをしようとするとは思わなかった。

 困ったものだ。

 

「それにしても、こうまで違うとは……」

「そうなのですか?」

 

 セイバーがひょっこりと顔を出してきた。

 

「あ、ああ。私が若い頃はゲームなどほとんどしていなかった。夜も魔術の鍛錬の後はすぐに眠るようにしていたものだ」

「……ジジくさいわね、アンタ」

 

 セイバーだけかと思えば、遠坂凛もいた。

 

「ジ、ジジ!?」

「今どきの若いもんは! とか言い出す年齢なのね、アンタって……」

 

 その言葉はガラスの心に罅を入れた。

 

「ま、待て! これはあくまでも若き日の自分と士郎を比較しての話だ!」

「だから、それがジジくさいってのよ。そう言えば、白髪だし……」

「英霊は全盛期の姿で召喚されますからね。実際は100歳を超えている可能性も……」

「言っておくが、君とほとんど変わらないぞ!」

 

 セイバーも見た目通りの人間ではない。よくよく考えると、その実年齢はアラフォーだ。

 

「……40になる前だから、お互いにおじさんおばさんくらいが妥当だろう。なあ? セイバー」

「おばっ……」

 

 セイバーが見た事のない顔をした。

 

「何をショックを受けている? 君だって、実年齢は30歳より40歳が近いくらいだろう?」

「え、マジで?」

 

 遠坂凛がセイバーをまじまじと見つめた。

 

「……わ、若作り?」

 

 その言葉にセイバーがすんとなった。そして、バーサーカー戦で投影したカリバーンを取り出した。

 

「これは聖杯戦争です。さあ、覚悟はいいですか? アーチャー」

「……すまなかった」

 

 先に年齢の事でからかおうとして来たのは自分だろうに、まったく困ったものだと思いながら引き下がる事にした。セイバーと言えども、女性を年齢の事で弄るのは、やはりタブーだったらしい。

 

「まあ、あれだ。私も老人扱いは応えたが、若い気でいられる年齢でもなかった。たしかに説教臭くなっていたかもしれんな。気をつけるとするよ」

「……アーチャー。悪気があるのですか? あると言って下さい。そうすれば心置きなく斬れますので」

「え?」

 

 悪気とは何の話だ?

 

「……セイバー、落ち着きなさい。アーチャー、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるじゃないの」

 

 その言葉にセイバーは項垂れた。

 

「中年女性として扱われる事がここまで心に来るものとは……」

「そこまでか?」

「今後、アンタをおっさんって呼んであげる」

 

 おっさん。遠坂凛の口から飛び出した言葉に罅が入っていたガラスの心は砕け散りそうになった。

 

「……すまなかった」

 

 おっさんは嫌だ。せめて、おじさんがいい。


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