謎の女と出会い、アレクシアの居場所と思われる場所が記された紙を手に入れた俺は急いで準備に取り掛かった。
まず用意したのは、夜行動するのに適した黒い外套だ。騎士団の服は目立つからね。そして次に、王都にある武具屋に立ち寄った。この武具屋のオーナーは親父の知り合いで、あまり手持ちが無い俺にはサービスしてくれたりする。
俺が店に入ると、カウンターで暇そうにしていたオーナーの顔がパァッと明るくなった。
「おおベクタ!どうしたんだ?剣ならこの間研いだばかりだろう?それに何だその格好、それは王国騎士団の服だろ?優秀すぎて学生辞めて就職か?」
「ちげぇよオーナー。実は今アイリス様の直下の騎士として、アレクシア様の捜索を手伝ってんだよ。それで、もしかしたら戦闘になるかもだから小物を揃えておこうと思ってさ」
戦闘になる…………この言葉を聞いたオーナーの表情は一気に引き締まる。そして、先程とは打って変わって真剣な声音と表情で聞いてきた。
「学生のお前が戦わなきゃならんのか?」
オーナーと初めて会ったのは俺が初めて剣を握った時だ、親父と共に、家からは少し距離のあるこの店に来て、俺の身長に合った剣をオーダーメイドで仕立ててもらった。あれからもう10年以上、オーナーには良くしてもらったし、俺が魔剣士学院に入学が決まった時も喜んでくれた。
そんなオーナーだから、心配なんだろう。俺に才能があることを知りながらも、まだ学生である俺が、騎士として命の保証のない戦いをする事が。
ごめんオーナー。でも、これは俺がやるしかないんだわ。時間が経てば経つほど、アレクシアの生存確率は下がっていく。手がかりを持っている俺が行く他に選択肢はない。
俺はオーナーの目を正面から見据え、ハッキリと言い放つ。知り合いの倅のベクタとしてではなく、騎士ベクタ・レイブンスとして。
「ああ、俺が戦わなきゃダメなんだ。だって今の俺は、アイリス様直下の騎士。今だけは、王国の剣の1人なんだから」
その言葉を受けて、オーナーの表情は柔らかくなった。肩から力が抜け、愉快そうに笑い出した。
「アッハッハッ!…………そうかぁ、オメェさんももう立派になったってわけだな!よっしゃ、騎士様に武具を売るなんてなぁ滅多にねぇ!好きなもんタダで持ってけ」
「はぁ!?いやいやそりゃダメだろオーナー!そりゃ金に余裕はねぇけど………」
「その代わり!…………無事に帰ってくんのと、もし正式に騎士団に入ったらウチで剣を一本鍛えさせな。それを今回のお代ってことにしといてやる」
悪戯っぽく笑みを浮かべるオーナーに、俺は思わず吹き出してしまった。
必要な物を手に取り、オーナーに礼を言って俺は店を出た。まだやる事は終わっていない。次にするべきなのは寮への報告だ。いくらアレクシアの捜索のためとはいえ、無断で外泊するのはまずいだろう。
俺は足早に寮へと向かい、今夜は戻らない事を寮長に伝えた。最初は渋い顔をされたが、アイリスの命であると伝えるとあっさり許可が降りた。
あとは夜になるのを待つだけだ。
夜になるまでは、人に見つからない下水道への侵入経路を確保しておくとしよう。
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何やかんやあり容疑者の疑いが晴れた僕、シドカゲノーは自分が思い描いた展開に限りなく近い形で事が進んでいる事に喜びを隠せなかった。
先程アルファが来て、ベクタに接触したとの報告を受けた。そして彼はアルファが残したアレクシアの居場所が記された紙を手に取ると同時に、単独行動の準備に取り掛かったとのことだった。動きの速さからして、彼も今夜動くつもりという事だ。
この調子なら、主人公の前に突如として現れる圧倒的な力を持つ陰の実力者ムーブをほぼ完璧な形でする事ができる!
「さすがはアルファ、主人公の前に突如として現れミステリアスな雰囲気を放つ強キャラムーブをしっかりこなしてくれた。後は.........」
その言葉とともに、少年の体を漆黒の外套が包み込む。
シドカゲノーではなく、シャドウガーデンを治める絶対的君主、シャドウとしての姿となる。
「我がやろう!」
指を一振りすると、部屋の窓が勢いよく開け放たれる。月光が照らす静かな街に溶け込むかのようにいつの間にか少年は姿を消しており、後には静かな部屋が残るのみだった。
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「さて、行くか」
昼間のうちに人目につかない侵入経路は確保済み、俺は道中着てきた黒い外套を脱ぎ捨てる。
「いまここで、マークの場所がここだから..........割と行くのめんどくさいな。でも仕方ないか」
最短ルートを最速で行けば、それほど時間もかからないだろう。
体に魔力をほとばしらせ、爆発するかの如き勢いで駆け出す。とはいってもあくまでこれは隠密重視の単独行動なので、できる限り音は立てないよう心掛ける。
走り出して数分ほど、突然の爆発音に足を止める、どうやらこの爆発音は地上かららしい。
「なんだってこんな時に!くそ、とりあえず早くアレクシアの救出を.......ッ!」
反射的に頭を下げると、俺の首があった場所に一筋の銀線が走る。俺は瞬時に飛び退きながら体をそちらに向けた。そこには昼間俺を襲った奴とまったく同じ見た目の奴が五人と、雰囲気の異なる剣士が一人。
その剣士がほか五人とはレベルの違う剣士であることを瞬時に見抜いた俺は即座に腰から剣を引き抜く。それを見て相手はニヤリと口角を釣り上げた。
「いい反応だぁ、殺気は出してなかったはずなんだがなぁ」
「剣を振るまではな、しとめる直前で感情を抑えられないんじゃ暗殺者失格だな」
「なるほどなるほど、それは盲点だった。今後の糧としよう」
「牢屋の中でどう活かすんだ?」
俺は魔力の出力を上げた。ここまですると、俺が今回の事件の主犯だと見ているあの男に気が付かれる可能性はあるが、もしこれで少しでもたじろぐようなら速攻で目の前のこの暗殺者たちをしとめられる。
だが目論見通りにはいかないらしく、暗殺者はにやにやとした笑みを崩さない。
「とぉんでもない魔力量だぁ、それに洗練されている。話に聞いていた以上だなぁ........殺りがいがあるッ!」
「先を急ぐ、邪魔だッ!」
謎の暗殺者集団と、一人の天才魔剣士が、人知れずぶつかった。
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王都の各所での突然の爆破、騎士団はその対応に追われていた。けが人の救護や避難誘導、ただでさえ人手不足の騎士団はアレクシアの誘拐調査を一時的に中断せざるを得なかった。
そしてもう一つの大きな問題があった。
謎の怪物の出現である。大きな体躯に鋭い爪、生半可な攻撃ではビクともせず、仮に傷をつけてもすぐに再生してしまう。並みの騎士たちでは相手にならず、ついには王国最強であるアイリスが相手取ることになった。
「決め手に欠けますね.......せめてもう一人、魔力出力の高い魔剣士がいればっ!」
アイリスの頭に浮かぶのは一人の学生、アレクシアの救出までという条件付きで自身の直下の魔剣士となった天才魔剣士だった。
研修の時に一度手合わせしたからこそアイリスにはわかっていた。現在のベクタの実力は、研修時とはレベルが違うと。下手をすれば自分と肩を並べる魔剣士にまで育っているのではないかと思うほどに、半年以上振りに会ったベクタの佇まいはアイリスから見ても研ぎ澄まされていた。
(彼はアレクシアの救出のために動いているはず、この騒ぎの中姿を見せないのにも何か理由があるに違いない)
もしかすると、アレクシアの行方について大きな進展があったのではないか?
なぜ報告しないのかという疑問は残るが、そう考えればこの状況でベクタが姿を現さないことにも納得がいった。
(であれば、私のするべきことは一つ。この怪物をここで倒すこと!)
今一度強く剣を握りしめ、王国最強たる魔力を放出し斬りかかる。
自身が認めた若き天才が、妹を救い出してくれると信じて...............
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「早くここから逃げないと.......」
アレクシア・ミドガルは、自分とともに実験体にされていた謎の怪物に助けられた後、一振りの剣をもって下水道を進んでいた。自身を攫ったと思われる科学者は謎の怪物に殺され、その怪物は自分を助けた後どこかへ行ってしまった。
何が何だかわからないが、とにかく逃げなければということだけはわかっていた。汚れた服も、嫌な臭いもお構いなしにとにかく外に出るために進む。
だが、それを良しとしない者が一人、アレクシアにとって最悪の相手が立ちふさがる。
「それは困るな」
ミドガル王国剣術指南役。
若くしてその地位に上り詰めた才人、ゼノン・グリフィがアレクシアの前に現れた。普通であれば、王国の騎士として王女を救いに来た騎士という構図だが、ゼノンが放つ雰囲気は明らかに邪悪なものをはらんでいた。
「貴方!どうしてここに!?」
「君の血と研究があれば、私はラウンズの第12席に内定することができる。ここで逃がすわけにはいかないんだよ」
何の話か到底理解はできないが、2つアレクシアは理解した。
自分を攫ったのがこの男であることと、この男はまともではないことだ。
「よかった.....私あなたのこと頭おかしんじゃないかってずっと思ってたの。やっぱりおかしかったのね」
そんな言葉を意にも返さず、ゼノンは話し続ける。
「教団最高の12騎士、ナイツ・オブ・ラウンズ.......今までとは比べ物にならないほどの地位と名声が手に入る。本当はその手土産にはアイリスの方がふさわしかったんだが、彼女を攫うとなると骨が折れるからね、君でがm」
ゼノンが言い終わるのを待つことなく、アレクシアがゼノンに斬りかかる。不意を突けたかと思われたその一撃は、あっさりと防がれてしまう。
「ははっ、そういえば君は姉と比べられるのが嫌いだったな」
そこからは一方的だった。アレクシアは自身の姉を模した剛剣という奥の手を出すも、まともな打ち合いにすらならかった。
あとは再びゼノンに捕らえられるのを待つばかり、自身の不甲斐なさ、才能の無さをこれでもかとたたきつけられた。姉どころか、目の前のクズにすら届かない「凡人の剣」。アレクシアの心が折れかけた時、その男は現れた。
瞬間、ゼノンの首に迫る一筋の銀線。ゼノンは驚愕の表情を浮かべながらもなんとか防ぐ、だが防御の姿勢が甘かった故にそのままゼノンの体は壁に衝突した。
「やっぱあんたが黒幕か...........アレクシアがこっち側に逃げてきてくれてなかったら詰んでたよ」
「な、なんで貴方がここにいるの......それに、その恰好」
「えー.......色々ありまして、貴女を救出するまで俺はアイリス様直下の騎士ということになっています。間に合ってよかった」
所々破けた騎士服に身を包み颯爽と駆け付けたのは、アレクシアが嫌う「天才」の一人。姉に認められ、自分自身もその剣を見て、その才能を認めざるを得なかった男。
だからだろう、助けが来たという安心感と、この男に助けられるという嫌悪感が同時に自分を襲い、感謝も憎まれ口も出てこなかった。
男が不思議そうにアレクシアを見ていると、壁に激突したゼノンが埃を払いながら悠然と立ち上がる。相当な衝撃だったはずだが、その体に外傷は見られない。だがその表情に先ほどまでのにやけ面はなく、どこか苛立っているようだった。
「なんとなく嫌な予感はしていたよ、念のため大金をはたいて暗殺者を雇い、チルドレンも数名貸したが.........無駄金だったようだ」
「人材はもっと慎重に選んだ方が良い。それともあんた、やっぱり俺のこと舐めてたのか?」
「そのようだ、先ほどの斬撃でわかったよ。授業で見る君とは一線を画すキレだ.........あれが君の本領ということだね。危うく首が飛ぶところだった」
「しっかり受け身まで取っといてよく言うよ.........構えろよゼノン・グリフィ。アンタを叩き潰して、ハッピーエンドだ」
「才覚は最高、技術も、勇気もある。だが惜しむらくは若すぎる。ベクタ・レイブンス、君は知ることになるだろう。この世界の広さを、闇の深さを、そして圧倒的な理不尽を..........十分に噛みしめて死んでいくといい」
二人の強者が剣を構える。その光景を陰から眺める者がいた。
(何時割り込んだら一番おいしい展開かな........?)
次でアレクシア誘拐事件は終わらせたいなあと思っていますが、いつも気の向くままに書いているのでどうなるかはわかりません。本当は今回で終わらせるつもりが、ボス戦開幕で終わった時点でお察しですね。