巨大な空調機から漏れ出るカビ臭い空気に、紫煙が絡み付く。
「久しぶりね」
作業服を着た妙齢の女性が、煙草を燻らせた。
この都市部の一角に建設された高層ビルの地下室は、クラン・バトル運営の息が掛かった拠点の1つだ。
地上で営業している若者向けのナイトクラブでは、“偶然”ライブ中継に成功したクラン・バトルの映像が大音量で映し出されている。最近は携帯端末で違法視聴する者も増えているが、こうしたアンダーグラウンドな店に集って大騒ぎするティーンエイジャーも多いのだ。
この外部に直結する避難通路が設けられた地下室には、対戦カードが組まれたクランや運営のパイロット、メカニックたちが集っており、バトルの現場に“偶然”遭遇したジャンク屋として、迅速な撤収作業を行っているというわけだ。
しかし彼らの目は、どれも映像に釘付けだった。
無敗を誇る〈鷹〉と、復活した〈赤い亡霊〉の一騎討ち。
その話題性とともに膨れ上がった異例のトータル・ベッドとなったこの対戦カードは異様な熱気をもたらしていた。
ナタルは懐からヴェポライザーを取り出すが、結局口に運ばずただ指の間で弄んでいる。
「まさか貴女が軍を辞めるとは思いませんでした」
かつての同僚である女性の意外な姿に、わずかに眉を寄せながら。
「提督も戦死されたし、あのまま残ってても仕方ないと思ってね」
マリア・ベルネス──かつてマリュー・ラミアス大尉と呼ばれた元連合軍人の女性は、苦笑しながら煙草を吹かした。
そして視線を動かすと、沈黙しているナタルを一瞥する。
「貴女こそ、辞めたって話は初耳なんだけど?」
ヘリオポリス襲撃で生き残った、アークエンジェル隊の数少ない生き残り。
奇跡的に救助されたものの、その後別々の配属となり疎遠となった間柄だったが、それでもマリューはナタルの動向を時折気にかけていたらしい。
正直なところあまり気は合わなかったが、こういうところは似ているようだ。
だが──。
ナタルはわずかに口元を緩めると、苦笑を浮かべた。
「いえ。
マリアは意外そうに眉を釣り上げると、疑わしげな表情で問い返す。
「そういう冗談も言うようになったのね。だったらどうして連合軍がこんなお遊びに参加してるわけ?」
現役のパイロットが民間企業が運営するクランに参加し、小遣い稼ぎをしているといった噂は後を絶たない。
だが、軍の規律に厳しかったナタルが、そんな一部の不良軍人のような真似をするとは思えない。
「我々〈
ナタルは肩をすくめた。
「聞いたことない名前だけど、同じ連合軍なんでしょう?」
マリューは短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、声に不快感を滲ませる。
「貴女もご存知の通り、アズラエル氏が発案したコロニー落下作戦で停戦交渉は不利になりました。今も地上ではザフト軍が我が物顔で歩き、年端のいかない女の子を買い漁っています」
「……知ってるわよ。特にオーストラリアとヨーロッパは酷いそうね」
停戦協定であるユニウス条約によって、世界各地に建設されていたザフト基地は現状維持が決定した。
特にオーストラリア北部に建設されたカーペンタリア基地と、イベリア半島に建設されたジブラルタル基地はザフト地上軍の最大拠点として多数の戦力が配備されている。
その周辺は駐屯しているザフト軍を饗すためカジノや娼館が建設され、無数の戦争孤児たちが働かされている。
しかし全てのマスドライバーを喪失し、宇宙拠点を手放した連合軍に抗う方法はない。
その気になれば、連合軍の頭上を押さえているザフトは軌道上から降下作戦を実行出来るのだから。
「はい。どんな手段を使おうと、この状況は是正しなければ」
マリューの視線がモニターへと流れる。
赤いストライクはメビウス・ゼロに次々撃たれ、そのパイロットである少女の声がノイズ混じりに響き渡った。
「それで、あんな子まで?」
フレイ・アルスター。
ブルーコスモスの支持者として知られるジョージ・アルスターの愛娘だが、あくまで一般人の少女だ。
ナタルは非難するようなマリューの問いに、迷わず答えを返した。
「あの子も無関係ではありません。それに今の現実を知った方が、あの子にとっても幸せかもしれないと」
先の大戦を経て、平和が訪れたのは事実だ。
しかし任務を遂行するためには、多くの犠牲を払わなければならない。
偽りの平和に満足するか、自由を求めて戦うか。
どちらの選択肢が正しいのか、ナタルにも分からない。
「だったら他の子たちは、例の?」
「はい。彼らの戦力は連合軍1個艦隊に匹敵しますから」
地球連合軍の造り出した人間兵器──“生体CPU”。
文字通りモビルスーツを機能させる人間兵器として用意されたものの、その開発が大幅に遅れたことで廃棄された3匹の悪魔たちだ。
その強化処置は不完全な状態で中断されたため、見た目は普通のナチュラルと変わらない。
しかし彼らが訓練で培ったパイロットとしての性能は、一般的なコーディネイターを遥かに凌駕する。
もしも機体の開発が間に合い、彼らの強化処置が中断されなければ、コロニー落下作戦は成功していただろう。
「──そう。また戦争がしたいのね。貴女たちは」
ナタルはその言葉を肯定するように沈黙すると、モニターに視線を戻した。
フレイ・アルスターは事務所のソファに背を預けながら、モニターに映し出されるクラン・バトルのライブ中継を眺めていた。
モニターに表示されているのは〈赤の亡霊〉に仕える地獄の番犬──〈黒犬〉と〈緑犬〉が敵のモビルスーツを殲滅する光景だ。
まるで互いに獲物を奪い合っているような、悪ふざけしているような動き。
ワイヤーから伸びる鉄球で胴体を殴られた機体が吹き飛ばされ、それをフォローしようとしたもう敵の片腕が大鎌で切断されて宙を舞う。
その直後、敵モビルスーツの頭部が彼らの攻撃で呆気なく破壊される。
これで〈ドミニオン〉の3連勝だ。
「あ、勝ったみたいですね」
「そうね」
彼らの技量が高いのか、それとも敵の技量が低いのか分からないが、どれだけ見ても参考にならないのは確かだ。
フレイはどこか醒めた目で、モニターの電源を切り替えた。
ストライクはムウから受けたダメージで機械系統に異常が発生したらしい。
特にPS装甲関係の修理はこんなジャンク屋の工房では不可能のため、ナタルの知り合いだという専門の技術者に依頼したそうだ。
退屈だ。
クラン・バトルの勝利で多額の賞金は手に入ったものの、ストライクの修理代で大半を使ってしまったらしい。
ムウに勝ったとはいえ、バトラーとしての信用は得られていない。
単純な一騎討ちであるシングルマッチと、マヴとの連携が必要なタッグマッチは全くの別物で、このままでは足を引っ張ってしまうらしい。
それでも釈然としないフレイの隣で、ミーアは柔らかな旋律を口ずさんでいる。
その静かな歌声は、どこかで聞いたことがあるようなメロディだ。
「歌が好きなの?」
ふと思い付いて尋ねると、ミーアは小さく笑って頷いた。
「ええ。昔、誰かに教えてもらったのかもしれません」
まるで喪われた記憶の欠片を、そっと手繰ろうとするように。
「だから、私は皆に喜んで貰えるような歌姫になりたいのです。そしたら、本当の私を知っている人と出会えるような気がして」
「へぇー。でも世の中、そんなに甘くないわよ?」
つい冷ややかな言葉になってしまうが、ミーアは屈託なく続ける。
「えぇ。ヘリオポリスの永住権を手に入れるには、お金がいるみたいで」
フレイは静かに目を伏せた。
戦争難民に過ぎないミーアが歌姫を目指すには、その前にクリアしなければならない高い壁が存在する。
この偽りの平和に満ちた街は、誰でも受け入れる訳ではない。
人生をやり直せるほどの金か、それと同等の何かが必要だ。
だからこそ彼女は、危険な非合法の仕事に手を染めるしかなかったのだ。
「……それなら」
フレイは呟くと、ミーアを改めて眺める。
たぶんどこかの廃品置き場で拾ったのだろう、くたびれたパーカーとあちこち破れかけているジーンズ。
それは歌姫というよりも、貧しい少年のような格好だった。
もしも世界一有名な平和の歌姫──ラクス・クラインが彼女の姿を見れば、きっと鼻で笑っただろう。
「まずは歌姫らしい格好が必要ね」
フレイが勢いよく立ち上がると、ミーアは戸惑いながらも目を輝かせる。
「え、でも」
「私に任せて。あんたの夢、手伝ってあげる」
その言葉に、ミーアの頬が赤みを帯びた。
「これ、似合うんじゃない?」
フレイが選んだドレスを着たミーアは、鏡の前で微笑んだ。
「凄く綺麗ですけど……。でも、こんなことしてもらって本当にいいのですか?」
「紹介料よ」
ナタルから貰った賞金の分け前はオンラインカジノの勝敗で一喜一憂する同級生が子供のお遊びに感じるような大金だ。
偶然とはいえ、自分を彼らと出会わせてくれたミーアに還元するのは当然だろう。
もちろん高級ブランドのバッグや化粧品に興味がないわけではないが、父が亡くなってから初めて出来た友人の夢を応援する方が、よほど有意義な気がする。
「…………」
どうやら彼女は、美の女神に愛されているらしい。
今まで汚れた服で覆い隠されていたミーアの均整の取れた肢体を見て、フレイは思わずどきりとしてしまう。
どこかでメイクアップして通りを歩けば、誰もが振り返る美少女になるかもしれない。
すると携帯端末が、唐突に振動した。
「どうしました?」
フレイはミーアの問い掛けに顔をしかめる。
今晩、強豪クランと戦う予定だったシャニのモビルスーツに、重大なトラブルが発生したらしい。
ストライクの修理は完了したが、細かい調整が間に合わないためフレイの参戦は必要だとのことだ。
クラン・バトルの花形とはいえ、フレイにとって未経験のタッグマッチ。
どう考えても苦戦は避けられないだろう。
「このまま行くわよ」
どこかに寄り道している時間はないらしい。
フレイは不安そうなミーアとともに、対戦相手の待つ地下施設に向かった。
「おせーんだよ!」
今回の戦場である地下区画に繋がる施設に着くなり、今回マヴを組むパイロット──クロトの苛立った声が響き渡る。
「うるさいわね。主役は遅れて到着するって知らないの?」
フレイとほとんど背の変わらない、小柄な少年だ。
外れクジを引いたのはこっちの方だとばかりに言い返すと、フレイは対戦相手の男たちに視線を向ける。
今回の敵は〈ドムトルーパーズ〉。
元ザフト兵で構成されたクランで、ランキング上位に名を連ねる強豪だ。
隊長格らしい眼帯を付けた橙髪の女性が、ソファに腰掛けながらフレイとミーアに舐め回すような視線を注ぐ。
「フン。こんなガキどもが俺たちの相手とはな」
釘を咥えた眼鏡の男が嘲笑すると、顎髭を伸ばした男が鼻を鳴らす。
「お前らなんぞ、姐さんの出る幕じゃねぇ」
ヘルベルト・フォン・ラインハルト。
マーズ・シメオン。
そして元“ザフトレッド”ヒルダ・ハーケン。
3機の連携による連続攻撃“ジェットストリームアタック”を得意とし、M.A.V.戦術を確立したラウ、アスランに次ぐ戦果を上げた歴戦のパイロットだ。
素人目にも屈強そうな男たちだが、ソファに気怠げに座る女性の目は獲物を品定めしている優秀な狩人の目だ。
「気が変わった」
不意に立ち上がったヒルダに、マーズは肩をすくめて苦笑する。
「今回は俺たちに譲るって話じゃなかったんですかい?」
「細かいこと言うんじゃないよ」
ヒルダは腕を組んだまま、どこか訝しげな顔でミーアを凝視する。その絡み付くような彼女の視線は、対戦時間が迫って機体に乗り込むまで変わらなかった。
ヒルダ市長が美人秘書と不倫もアリでしたが、素直にキャットファイトを優先しました。
原作との相違点
【クルーゼ隊】
キラが参戦しないため、全員生存。
鬼門のスピットブレイクもアフリカ戦線が健在なため原作ほど戦力が投入されず、クルーゼ隊も参加していません。
【フリーダム、ジャスティス】
ニコルが戦死しないため、NJ キャンセラーが搭載出来ず未完成のまま封印。
そのためラウ、アスランは最後までストライク、イージスに乗っており、連合もNJキャンセラーを入手していません。
ただしジェネシスのみ、元々平和的な運用予定だったことから例外的にNJキャンセラーが搭載されており、最終決戦において猛威を振るいました。
平和的とは……?
【シーゲル・クライン】
原作とほぼ変わらず、スピットブレイクの情報漏洩問題でザラ派に暗殺されています。
悲しいけどこれ、コズミック・イラなのよね。
【キラ・ヤマト】
ヘリオポリス襲撃後、家族とともに本国に戻る。現在もオーブ本国で暮らしているが……。
カガリとの血縁関係、自分がスーパーコーディネイターであることは知りません。
【シン・アスカ】
大西洋連邦軍のモビルスーツが完成せず、オーブ軍は当初の予想を覆して善戦。
アスカ一家は避難に無事成功し、現在もオーブ本国で暮らしています。肝心のオーブは……。