「それじゃ――止まってもらうわね」
声が響いた直後、全ての色が薄くなった。
空気が止まり、音が消え、埃の粒子さえ宙に浮かんだまま。
魔法少女《アワーグラス・ノクターン》。
自分以外のすべてを静止させる“時間停止”の能力者。
かつて、彼女に逆らえた者はいない。
誰もが理解する前に、沈黙の中で殺される。
だが――
「へぇ。なるほど、本当に“止まる”んだ」
その場に、たった一人、動いている者がいた。
青みがかったローブを翻し、無表情のまま立つ魔法少女。
足元には霜が広がり、彼女の周囲だけが、音を持っていた。
「……あなた、動けるの?」
「うん。動けるよ」
彼女はそう言って、小さく頷いた。
「結論から言うね。あなたの“時間停止”って、たぶん“分子運動の停止”なんだと思う。
空気も、埃も、重力も“止まってる”わけじゃない。あなたが対象にしてるのは、“他者の体内運動”だけ」
「へぇ、よく喋るわね。どうしてそんなことがわかったの?」
「初動が遅すぎたのよ、あなた」
彼女――コードネーム《グレイ・ウィドウ》は、目を細めた。
「さっき、止まった直後に私は動けなかった。でも、空気が冷えていく感覚は残ってたの。
だから試した。“止まってる”間に、体温を限界まで下げる。そしたら、動けた」
彼女の足元で氷がひび割れた。
静止した空間に、白い霧がにじみ出る。
「冷気ってのはね、分子の運動エネルギーを奪う力なの。
あなたの“時間停止”と本質的に同じ方向を向いてる。だから、重ねて上書きできた」
「……ふぅん」
アワーグラス・ノクターンは初めて、その表情から余裕を失った。
「そんな推理ショーごっこをやるほど、あなたに余裕あるの?」
「あるよ」
即答。そして、踏み出す。
氷の靴音が、止まった世界に反響した。
ノクターンは再び杖を掲げる。
「もう一回、止まってもらうわ」
だが、グレイ・ウィドウはもう立ち止まらない。
「同じ手は通じないよ。あたしの体温はもう限界ギリギリまで落としてる。
生きてるけど、ほとんど“止まってる”。あなたの能力は、それ以上止められない」
氷の刃が手に形成される。刃は細く、白く、鋭い。
「氷点下の論理で、あなたを切る」
「クソッ――!」
アワーグラス・ノクターンは杖を回し、時間停止の波動を叩き込む。
しかし、グレイ・ウィドウの動きは止まらない。
むしろ氷が音を立てて床を走り、彼女の足元まで迫る。
「“止まる”という幻想を、冷気で壊す」
吹き荒れる冷風。霧が、ノクターンの視界を奪う。
その一瞬――
「……見えたっ!」
氷の影が前方から突き出た。
ノクターンの杖を持つ腕が凍り、動きを奪われる。
「このっ、クソッ――」
彼女が叫び、逆の腕で魔力をこじ開けようとした瞬間。
グレイ・ウィドウの足が、霜を蹴った。
跳ぶ。氷の踏み台を連続して生み出し、空間を駆け上がる。
そのまま――
「これが、あなたの終わり」
氷の刃が、空気を裂いた。
ノクターンが視線を向けた時には、すでに遅かった。
氷の音とともに、彼女の胸元に白い一閃が走った。
⸻
数分後。
時間は動き出し、世界は再び息を吹き返していた。
グレイ・ウィドウは、静かに床を歩く。
彼女の背後には、血も涙も凍りついた、元・魔法少女の死体。
「……魔法は、理屈で殺せる」
呟きは、白い息となって消えた。