「生きるのに迷う……?」
ジュードの胸に、彼の言葉が黒い染みのように広がる。
「そうだ。生き方がわからなくなった者は、その苦しみから抜け出せずにもがき、より苦しむ。故に民の幸福とは、その生に迷わぬ道筋を見出すことだと俺は考える。俺の国では決して脱落者を生まぬ。王とは民に生きる道を指し示さねばならぬ。それこそが俺の進む道……俺の義務だ」
謁見の間に響く声は揺るぎなく、重々しい石壁さえ共鳴させるようだった。
「義務……なすべきこと……」
ジュードは無意識にその言葉を繰り返す。心に刺さる響きがあった。
「なるほど。力でア・ジュールを統一したあなたらしい答えですね」
Xが皮肉めいた笑みを浮かべる。その声音には飄々とした調子を残しながらも、どこか尊敬の色も混じっていた。
「ちなみに貴様は何と成す? 騎士王(セイバー)よ」
ガイアスの視線がXを貫く。
「いえいえ、ですから私はしがない正義の執行者なのであって、そのような素敵な二つ名を頂くような者では……」
軽口を返しつつも、額には汗がにじんでいた。
「……まぁいい。だから俺は民が迷わぬように、非道をもってその道を失わせないためにも、ラ・シュガルやアルクノアなどという外敵は排除せねばならん。そのために必要な力があるというのなら、全ての民を守るためにも力は全て、俺に集約させ管理する」
ガイアスの声は鋼鉄のごとく揺るぎなく、謁見の間を圧倒する。
「なるほど。力に対抗するために力を欲するか。実に人間らしい答えだが……」
ミラが応じる。その声音は氷の刃のように冷たかった。
「それはただの独占にすぎない。結果、お前も、守るべき民も、槍の力が災いし、身を滅ぼすだろう。諦めろガイアス。あれは人が扱いきれるものではない。人は世界を破滅に向かわせるような力を前に、己を保つことなどできない」
「俺は滅びぬ。弱きを導く、この意志がある限りな」
雷鳴のように響く声。その瞳には一片の揺らぎもない。
「……お前はひとつ、重要な事実から目を背けているぞ」
ミラの静かな言葉が、鋭く突き刺さる。
「なに?」
ガイアスの眉がわずかに動いた。
その声は低く唸り、広間の空気を震わせた。
「お前がいくら力ある者であっても、いつかは必ず死ぬ。ならば、その後はどうなる? 人の系譜の中で、お前のような者が何度も現れ、お前の目指す覇道を引き継ぎ続けていけると?」
ミラの言葉は鋭い刃のように突き刺さる。
「……!」
ガイアスの瞳に、わずかな揺らぎが走った。
「残された者たちは過ぎたる力を持て余し、自らの身を滅ぼす選択をする……それが人だ。人は変わらないと歴史が証明している。なにせ私は、二千年以上見てきたのだからな」
その言葉には精霊としての悠久の時間が重みを与えていた。
「……ならば俺が、その歴史に新たな道を標そう」
ガイアスがゆっくりと立ち上がる。椅子の軋む音すら威圧となり、謁見の間に圧倒的な存在感が広がった。
「な、なんて迫力……」
ジュードは喉が乾き、声を絞り出す。心臓が強く打ち、足が自然と後ずさろうとする。
「こ、怖ー!」
レイアも冗談めかして言うが、その声は震えていた。
「……ガイアス。やはりお前も人間だな」
ミラが静かに告げる。その瞳は決意を帯び、恐れはない。
「ふ、そうだ。人間だからこそ俺には、リーゼ・マクシア平定という野望がある。お前は、ただの欲望と捉えるのだろうがな」
ガイアスの声は炎のごとく燃え上がり、広間の壁に反響する。
「最後だ、ガイアス。この件からは手を退け」
「退かぬ!」
「……ならば仕方あるまい。この手でその傲慢さを理解させるまでだ!」
ミラの言葉が空気を裂く。
「本当、荒事が好きなマクスウェル様で」Xが肩をすくめ、皮肉を挟む。「ま、私なら楽勝なので別に――って、そうでは無かったですね。全然本調子じゃないですし、聖剣も持ってないですし」
「陛下、我々も……」
ウィンガルが前に出るが、ガイアスは手を上げて制した。
「お前たちは下がっていろ。これは俺に課された試練。ひとりで踏破できなくて何とする」
「……はっ」
ウィンガルは無念を飲み込み、一歩退いた。
「僕たちはどうしよう……」
ジュードの胸に迷いが渦巻く。王と精霊、二つの大きな力がぶつかろうとしている。自分にできることはあるのかと。
「いやいや、ミラの足が本調子じゃないんだし、手伝わなきゃ!」
レイアの叫びがその迷いを吹き飛ばす。
「だ、だよね」
ジュードも頷き、拳を握り締めた。
「構わん、全員で来いっ!」
ガイアスが吼える。その声音は嵐の咆哮のごとく響き渡り、玉座の間の天井を震わせた。
「では遠慮なく――行くぞ!!」
ミラが前へと踏み出す。その一歩に呼応するように、仲間たちの視線も決戦の舞台へと向かう。
謁見の間は、もはや戦場だった。
◇ ◇ ◇
鋼と魔力が交錯し、謁見の間はすでに戦場と化していた。玉座の間を覆う荘厳な装飾も、いまや火花と衝撃音にかき消される。
「くっ! 強い!」
ジュードの腕が痺れる。打ち合った剣の衝撃が全身を突き抜け、膝が沈み込む。
「うへ~、流石は王様だよ~!」
レイアも額に汗を浮かべ、必死に防戦を続けていた。
「ああ、たいした強さだ」
ミラの声は冷静だったが、その表情には疲労の色が濃い。片足の不調もあってか、動きにわずかな鈍さがある。
「お前たちも、精霊の主の付き人なだけはあると言っておこう」
剣を構えるガイアスの目には、敵への敬意すら宿っていた。だが次の瞬間、その声は鋭さを増す。
「だが! クルスニクの槍は必ず手に入れる!」
「そんなことはさせん! あれは絶対に破壊して――」
緊迫した戦いが続く最中――ミラの叫びを、唐突に割る声があった。
「し、失礼します!」
場違いなほど慌ただしい兵士が駆け込んでくるが、戦場さながらの謁見の間に足を踏み入れ、どう動けばよいかと右往左往していた。
「構わん。何かあるのなら報告しろ」
ガイアスは即座に剣を収め、声を張る。まるで戦闘など最初から無かったかのような落ち着きぶりだった。その振る舞いに、ジュードたちもつられるように臨戦態勢を解く。
「はっ! ハ・ミルがラ・シュガル軍に侵攻されました」
「なんだって!?」
ジュードが声を上げた。胸の奥が冷たい手で掴まれたように縮む。
「村民の大半が捕らえられ、ラ・シュガルへ送られた模様。殺害された者も多数おります。そして、その場には大精霊の力と思わしき痕跡が多数ありました」
「大精霊……?」ガイアスの眉が動き、鋭い視線がミラへと注がれる。「四大精霊は二十年前から、召喚できなくなっていたはずだったな」
「……バカな」
ミラの表情が凍りつく。胸に走る戦慄は、戦闘の疲労を凌駕するものだった。
「四大が解放されていれば感知できるはずだ。それとも、本当にクルスニクの槍の力……ナハティガルは新たな『カギ』を生み出したというのか!?」
「新たな『カギ』か……」ガイアスは短く考え込むと、決然とした声を放つ。「全ての部族に通告しろ。宣戦布告の準備だ。我が民を手にかけるものは何人たりと許しはしない!」
その言葉は玉座の間を震わせる雷鳴のようだった。彼は迷わず踵を返し、背を向ける。王として次に成すべきことを、誰よりも早く見据えているのだ。
ジャオも無言でそれに従った。
「あ、ちょっと!?」
レイアの抗議の声も虚しく、二人の背は扉の奥へ消えていく。
「行ってしまいましたね……」
マシュが静かに呟く。
「助かったと言えば助かった訳だけど……どうする? ミラ」
ジュードが不安げに振り返る。その視線を受けたミラもまた、「うむ……そうだな」と答えを探すように瞳を伏せた。
だが、その静寂を破ったのは別の声だった。
「……さて。あなたたちはもう用済みになってしまったが……陛下が精霊マクスウェルを得たとなれば、反抗的な部族も従わざるを得ないだろうか」
ウィンガルが鋭い眼光を向けてきた。
「あら、それは楽しそう」
プレザが唇を歪め、愉快そうに笑う。
「なっ?!」
新たな戦いの気配にレイアが驚き、ミラが歯噛みする。今の身体では長く戦えないのにと。
「……これより、撤退行動に移ります」
するとその場に響いたのはマシュの冷静な声。彼女は素早く懐から小さな球を取り出し、床に叩きつけた。
瞬間、白い煙が爆ぜるように広がり、謁見の間を覆い隠す。
「なにっ!?」
ウィンガルの怒声。
「ちょっと、何よこれ!?」
プレザが視界を奪われ、苛立ちを露わにする。
「いいぞ、マシュ」
ミラが感嘆の声を漏らす。
「とにかく逃げよう!」
ジュードが皆を促し、白煙の幕の中へと駆け出す。
こうして、ジュードたちは再び追われる身となったのだった――。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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