鐘の音が城塞にこだまする。乾いた空気を裂く「カン、カン、カン」という甲高い響きが、雪に覆われた街路を震わせた。
「やつらは城外へ出たぞっ!」
兵の怒声があたり一帯に飛び交い、人々のざわめきと混ざって波のように広がっていく。
「うそっ?! 本気で私たちを捕まえる気?!」
レイアが顔を引きつらせる。
「全く……マクスウェル様と居ると、いつもこう追われることになりますね~」
皮肉めいたXの口ぶりに、彼女の横でミラが短く答えた。
「うむ。こちらとしても迷惑極まりないがな」
「そんなこと言ってないで、さっさと進もう!」
ジュードの声は切羽詰まっていた。背中を押されるように、皆は雪道を駆け抜ける。
「だね……って、うぁ!?」
そのとき、レイアの持つ棍が積もった雪に深く突き刺さった。均衡を失い、彼女の体は前へ投げ出される。
「レイア!?」
雪面に倒れ込むレイア。冷たさが頬を刺し、膝に鋭い痛みが走った。
「痛たた~」
立ち上がろうとする彼女の耳に、背後から迫る声が突き刺さる。
「逃さん!」
振り返れば、漆黒の影──ウィンガルが雪煙を巻き上げて迫っていた。
「ウィンガル!」
ミラの声が鋭く響く。
「もう追いついて……」
息を呑む仲間の背に、ジュードが立ちはだかった。
「……っ! レイア!!」
振り下ろされた刃を、ジュードは咄嗟に受け止める。剣と拳が打ち合い、金属音が耳を突く。だが力の差は歴然で、ジュードは後方に吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
「ジュード!!」
レイアの叫び。ミラの瞳に怒気が燃え上がる。
「このっ!」
彼女が詠唱を短く唱え、炎の奔流を纏った刃を振るう。
「っ!」
ウィンガルは身をひるがえし、間一髪で後方へ退いた。冷たい雪煙が二人の間に舞い上がる。
「大丈夫か?」
ミラが駆け寄り、ジュードを支える。
「うん、何とか……」
ジュードはすぐさま立ち上がり、無理に笑顔を作った。
「ごめん、ジュード。私のせいで……」
涙声で謝るレイア。その瞳には罪悪感が溢れていた。
だが、その脆さを嘲笑う声が奥から響く。
「あら? 私たちを無視してイチャつくなんて、随分と余裕ね」
雪の奥から歩み出たのは、妖艶な笑みを浮かべたプレザだった。氷の大地を踏みしめる彼女の姿は、寒気よりも冷ややかな威圧感を放っている。
「おやおや。攪乱もあまり効果は無かったようで」
Xが肩を竦める。白い吐息が雪混じりの風に揺れた。
「他の兵たちなら露知らず、私たちにあの程度のものが効くと思って?」
プレザの声音は冷えきった刃のようで、その紅い唇が挑発的に歪む。
「当然だな。あの程度で誤魔化せる目なら、それを飼っているガイアスの底が知れるというものだ」
ミラは一歩も引かず、炎を宿した眼差しで睨み返す。
「言ってくれるじゃない」
プレザが唇を舐める。雪の上に響く声は艶やかである一方、底知れぬ冷酷さを孕んでいた。
「マクスウェル」ウィンガルが静かに言葉を放つ。その声音は、雪原を渡る冷風よりも冷たかった。「クルスニクの槍の『カギ』を渡せ。戦になればクルスニクの槍が、最たる脅威になるのは明白。それがわからぬ貴様でもあるまい」
「だろうな」ミラの声が低く響く。「だが、お前たちの縄張り争いに手を貸すつもりは無い。あれを人間が手にすればどうなるかは、先程ガイアスにも言ったつもりだったが……聞いてなかったのか?」
「聞いていたさ」ウィンガルの口元が、不気味に歪む。「だからこそ王は、新たな道を貴様に示そうとしたのだ。そしてそれは……我らも同じだ!!」
その瞬間──。
「はああああっ!!」
轟音と共に、ウィンガルの体から凄まじいマナが迸った。大気が振動し、雪面が爆ぜる。吹雪のように舞い上がる白い粒子の中で、彼の漆黒の髪がみるみる雪のような白へと変わっていく。
「な、なにあれ!?」
レイアが悲鳴を上げた。
「マナが急激に増加しただと!?」
ミラが目を見開く。
「マナの急激な増加……よもや、増霊極(ブースター)?!」
マシュの声は震え、かすれた。
「増霊極だって!?」
ジュードが息を呑む。
その刹那、ウィンガルの口から洩れた言葉は、まるで別の世界の響きだった。
「(……よく気付いた。流石に俺の真似をしているだけはある)」
「何? 言葉が急に……」
ジュードが困惑する。
「……まさかあれ、ロンダウ語です?」
Xが眉をひそめた。
「ロンダウ語?」
ミラが問い返す。
「ええ。ロンダウ族という、このア・ジュールにおいて最も数を誇った部族の中で、上流階級のみが使うことを許された言語が、確かこんな感じの発音だったかと。まぁ、突然その言語に切り替わった理由は知りませんけど」
「増霊極で自分を抑えられなくなった彼が、本気を出すといつもこうなるのよ」
プレザの声音は楽しげですらあった。
「ってことは……」
レイアが青ざめる。
「(マクスウェル……捕らえるつもりだったが……殺した方が早そうだ)」
ウィンガルの瞳が血のように紅く染まり、その言葉は冷酷に響いた。
「うわ~、完全にやる気ですね。あれ」
Xが軽口を叩くが、その額にも冷たい汗が滲んでいる。
「ふむ……何を言ってるかわからんが、仕方あるまい。やるぞ!」
ミラは剣を構え、吹雪く雪原に踏み込んだ。
「増霊極……」
一方のジャンヌ。
何故かウィンガルを見つめながら、そんなことを口にしている。
「……どうした? ジャンヌ」
「え? ……あ、いえ、何でもありません。お供いたします!」
ミラの言葉に慌てて返事をしたジャンヌだったが、その振る舞いにはミラも首を傾げざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
「……くっ。流石に、ガイアス王と拮抗するだけのことはある」
膝をつき、荒い息を吐きながらウィンガルは悔しげに唸った。周囲の雪は戦いで抉られ、焼け焦げ、白銀の大地が無残に荒れている。
「さて、こいつらをどうするべきか……」
ミラが剣を下ろし、冷ややかに睨みつける。その声は風よりも鋭く、敗者を容赦なく追い詰めるものだった。
「あら……まだ相手をしてくれるのかしら?」
プレザは口元に笑みを浮かべ、しかしその瞳には余裕の光は薄い。戦いの傷は彼女をも確実に削っていた。
「それよりも早く城を出なきゃ」
しかし、それを制するはジュード。これからのことを考えての発言に、ミラもうなずき剣を収める。
「……そうだな。行くぞ、ジャンヌ」
そうして、敵を目にしながらボーっとしているジャンヌにミラが声をかける。
「……」
しかし返事は無い。
「ん? どうした、ジャンヌ」
おかげでミラが首を傾げると、一瞬遅れて、ジャンヌははっと顔を上げた。
「……あ! も、申し訳ありません、我が主よ。お話は全て聞き及んでおります」
「そうか」
ミラは短く頷く。それ以上は追及せず、ただ前を見据えるのみだった。
「では、撤収です!」
Xが手を振り上げ、軽口めかして号令をかける。
ジュードたちは互いの肩を支え合いながら、雪に覆われた通路を駆け出した。
◇ ◇ ◇
「……さっきはごめん、ジュード。私のせいで……」
冷気を裂く足音の中、レイアが声を絞り出した。頬は雪よりも白く、瞳は後悔の色に沈んでいる。彼女の脳裏には、ジュードが自分を庇って傷を負った瞬間が何度も何度も蘇っていた。
「大丈夫だよ、このぐらい」
ジュードは特に気にした風もなく笑顔を見せる。
「でも! また、わたしのドジのせいで……ウィンガルたちにも追いつかれちゃったし……」
言葉の端が震え、涙が零れそうになる。
「気を楽にしろ、レイア」
ミラの声音は低く、しかしどこか温かみがあった。
「でも、わたし……」
「確かにお前はよく失敗する」
ミラの言葉に、レイアの胸がひやりと凍りつく。
「だが、それでもお前が精一杯やっていることは、我々は皆知っている」
「ミラ……」
そのまっすぐな肯定に、レイアの視界がにじむ。
「ですね」Xが軽やかに笑う。「それにレイアさんが居てくれるおかげで、道中退屈しないで済んでますし。レイアさんにしかできないことを、ちゃんとやってますよ」
「Xちゃん……」
レイアは驚いたように瞬きをする。
「だね」ジュードが柔らかく続ける。「正直、何も失敗しないレイアの方が、何かあったんじゃないかって心配しちゃうぐらいだしね」
「な、何それ! ……もう」
口を尖らせるが、胸の奥に積もっていた雪解け水のような罪悪感が、少しずつ温かさに変わっていく。
「……でも、ありがとう」
レイアは小さく笑い、涙を振り払った。
「さぁ、急ごう!」
ミラが先導する。
「うん!」
レイアも力強く応える。その背中は先ほどよりも確かに真っ直ぐだった。
雪煙を上げながら、彼らは再び駆け出す。
その後ろで、ジャンヌは顔を伏せながら呟いた。
「精一杯やっている……」
ミラの言葉を心の中で反芻する。胸の奥に疼くものがある。彼女自身の歩みと、過去の記憶が影のように重なって──。
ジャンヌは唇を噛みしめ、再び仲間の後を追った。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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