フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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決戦の火蓋

 紆余曲折を経て、ようやく熱さ極まる大地のトンネルを抜けたジュードたち。

 しかし、外気が頬を撫でた瞬間、思わず声を上げた。

 

「うひ~! 暑いの次は本当に超寒い~!」

 レイアが飛び上がる。

 

「た、確かに……。この寒暖差は体に悪いかも……」

 ジュードも体を摩擦で温めるように、手を必死に動かしながら身をかがめてしまう。

 

「う、うむ……」

 ミラの吐息は白く、霧のように宙へ溶けていった。

 

「そう言うなって」アルヴィンが肩をすくめる。「ここを南下すれば徐々に暖かくなるし、そうなりゃファイザバード沼野までもうすぐだからな」

 

「そ、そうか。な、ならば……早く先に……」

 ミラは寒気に震えながら歩みを早める中、Xが足を止め、鋭い視線を遠くへ投げる。

 

「……おや? あれは、なんです?」

 

「ん?」

 ジュードも目を細め、白い靄の向こうを覗き込んだ。

 

 氷原の先。そこに広がっていたのは、整然と南へと進む大軍の影だった。見るからにア・ジュール兵と言った甲冑の列が地平を覆い尽くし、旗印が氷風に翻っている。

 

「あれは……ア・ジュール兵、ですか?」

 マシュが声を低くする。

 

「嘘っ!? どうなってるの!? 誰もノール灼洞を通ってなんかいなかったよね? もしかして、もう一個の方から来たってこと?」

 驚くレイアの声に、ジュードは首を振る。

「いや、だとしても、こんな大軍が移動するなんて、簡単じゃないはずだよ」

 

「それじゃあ、どうして……」

 

 レイアが戸惑いの声を上げた、その時──

 

「簡単なことだ」

 静かでありながら、鋼のように重い声が背後から響いた。

「ファイザバード沼野へ通じる安全な道を使ったまでのこと」

 

 仲間たちが一斉に振り返る。

 

 そこに立っていたのは──ガイアス。

 雪を踏みしめ、威風堂々とした姿で彼は彼らを見下ろしていた。

 

「ガイアス!」

 ミラの鋭い声が、冷え切った空気を切り裂いた。

 

 氷原の吹雪を背に、堂々と立つ影──その背筋の伸び切った姿と鋼のような眼差しに、ジュードたちは息を呑んだ。

 

 そして、その傍らに歩み出るのは、長い外套を翻すウィンガルだった。

 

「それにウィンガルも」Xが低く呟く。

 

「まさかノール灼洞を通ってくるとはな」

 ガイアスの声は低く、重く響いた。

「……いや、ザイラの森に逃げた貴様らが取るべき手段としては最善ではあったか」

 

 氷の風に髪を揺らしながら、ウィンガルが淡々と続ける。

「ええ。あのまま強行突破でもしようものなら、ラコルム海停を哨戒するワイバーン部隊に捕捉されていたでしょう」

 

「ふん……少しは頭を使えるようだな、マクスウェル」

 ガイアスの鋭い眼光がミラに向けられる。

 

「いや、それは私の案ではない」ミラは即答した。「ジュードのものだ」

 

「ほう?」

 

 ガイアスの目が、今度はジュードを捉える。

 氷の刃のような視線に射抜かれ、ジュードは咄嗟に目を逸らしてしまった。胸の奥に冷たいものが突き刺さる。

 

 一方、気になることがあるとミラ。

「それより貴様ら、何故ここにいる?」

 

「ですね」Xが皮肉めいた笑みを浮かべる。「ラ・シュガルが攻めてきたっていうのなら、こんな偏屈な場所に来る暇なんて無いのでは?」

 

「貴様も知らぬのか、騎士王(セイバー)」

 ガイアスがゆっくりと視線を移した。

 

「はい?」Xの表情が疑問に満ちる。

 

 代わりにウィンガルが淡々と告げた。

「今、ファイザバード沼野にラ・シュガル軍が大軍を率い、押し寄せてきている」

 

「なんだと!?」

 ミラの瞳が鋭く揺らぐ。

 

「ファイザバード沼野から!?」

 ジュードも思わず声を荒げる。

 

「え~? マジですか~? ちょっとアルトリアちゃんに聞いてみますね~。……え? やっぱり初めて聞いた? 今から調べてみる? ……だそうです」

 Xの言葉にアルヴィンが言葉を返す。

「つまり、本当に知らなかったって訳ね」

 

 そんな話にレイアが戸惑いながら言葉を探す。

「あれ? でも、ファイザバード沼野って、今は進めないって話しじゃ……」

 

「理屈はわからん。だが、事実はそうなっている」

 ガイアスの声は揺らぎなく、冷酷に響く。

 

「なるほどね」アルヴィンが腕を組み、薄く笑う。「それでおたくらは、急いでその秘密の抜け道ってのを使ってやってきたって訳だ」

 

「ファイザバード会戦から二十年。その程度の備えは、とうに済ませている」

 ウィンガルは淡々と返す。

 

「うむ……」ミラの瞳が細められる。「しかし、どうやってナハティガルは、ファイザバード沼野を抜けるつもりなのだ?」

 

 マシュが険しい顔で呟いた。

「確かに。20年前に起きた津波以降、あの地の霊勢は極端に不安定になったままのはず。命知らずとしか言いようがありません」

 

「霊勢……」ジュードが小さく繰り返す。

 脳裏に、幾度も見た黒い匣の姿が浮かぶ。冷たい疑念が胸を掴んだ。

 

「……そうか。黒匣だ」

 

「黒匣?」ミラが怪訝そうに眉を寄せる。

 

「霊勢は精霊たちの力のバランスのこと。だからもし、そこの精霊たちが死ねば……」

 

「なるほど」Xが低く言った。「霊勢そのものが失われ、ただの干からびた大地となる、と」

 

「それで奴らは大軍で押し寄せてきただと?」ガイアスの声が険しくなる。

 

「馬鹿な……」ウィンガルの表情も揺らいだ。

 

「ありえないことでも、他に可能性が無いなら……」

 ジュードの言葉をガイアスが引き継ぐ。

「真実になり得る、か……」

 

 ガイアスの声音は低く重く、氷のように鋭利だった。その言葉に込められた確信は、周囲の冷え切った空気と混ざり合い、誰の心にも重苦しい影を落とす。

 

 ウィンガルが続く。

「黒匣……。よもやそれほどの力を秘めているとは」

 彼の眉間に刻まれた皺は、疑念と恐怖の両方を示していた。

 

 ミラは一歩前に進み、真摯な眼差しで告げる。

「だが、決して良い意味ではないのはお前たちも理解しているだろう。精霊が死ぬということは自然が死ぬということ。そして自然が死ぬということは……」

 

 マシュが冷静に言葉を継ぐ。

「私たち人間が生活する上で欠かせない要素が欠落する、ですね」

 その声音には冷ややかな響きがあり、言葉のひとつひとつが雪のように胸へ突き刺さる。

 

 沈黙の中、アルヴィンは口を閉ざしたまま眉を寄せ、ただ吐く息だけが白く漂う。彼の瞳に宿る迷いは、誰よりも深かった。

 

 ミラは鋭く問いかける。

「お前たちが手に入れようとしていた物が、どれほど危険なものか理解できたか?」

 

 短い沈黙のあと、ガイアスは視線を落とし、低く呟いた。

「……それでも、あれを野放しにしていい理由にはならん」

 

「ガイアス!」ミラの声が鋭く氷壁に跳ね返る。

 

 しかし、ガイアスは動じなかった。

「……だが、貴様らとやり合う理由は無くなったと言っていいだろう」

 

 そう言い残すと、ガイアスは冷たい風を切り裂くように彼らの横を通り過ぎる。足音は規則的で、まるで決して揺るがぬ王の意志そのものだった。

 

 振り返るウィンガルが問う。

「よろしいので?」

 

 ガイアスは歩みを緩めず、前だけを見据えたまま答えた。

「こいつらに構っている暇(いとま)が惜しい。それよりも、今の最優先事項はクルスニクの槍の掌握だ。それが叶わぬのなら、破壊も視野に入れるべきだろうしな」

 

 その言葉にジュードは息を呑み、思わず名を呼ぶ。

「ガイアス王……」

 

 レイアが疑いの声で問いかけた。

「私たちに協力してくれるってこと?」

 

 しかし、返ってきたのは冷ややかな声音だった。

「勘違いするな。あくまでも利害が一致しただけの関係。それも、ラ・シュガル及びアルクノアが要するクルスニクの槍を止める間だけのな」

 

 ミラはふっと小さく笑う。

「ふっ……だが、今はそれで十分だ。無論、それを貴様たちが使おうものなら、私は全力をもって阻止するがな」

 

 ガイアスは振り返り、氷刃のような眼差しを向ける。

「貴様にそれができるのか? マクスウェル。そんな足の貴様に」

 

 ミラの顔に迷いは無かった。

「できるできないではない。やるのだ。それが……私のなすべきことなのだから」

 

 ジュードはその背を見つめ、胸が熱くなるのを感じる。

「ミラ……」

 

 ガイアスは短く息を吐き、ひとつ区切りをつけるように命じた。

「……まぁいい。全軍に伝えろ。逃走中の罪人の追跡の中止、ならびに捕虜とした奴らの解放をせよ、とな」

 

「はっ」ウィンガルが頷く。

 

 ジュードの心臓が大きく跳ねた。

「捕虜? ……それって!」

 

 ウィンガルは涼しげに告げる。

「あれほどの信念、折れぬ忠義。そして弛まぬ克己心をもつ者を殺めることは、このア・ジュールにとって大きな損失であるとのご命令であった」

 

 レイアが目を見開き、喜びにあふれる。

「それじゃあ! ジャンヌやユルゲンスさんは……!!」

 

「うん!」ジュードは強く頷いた。

 

「そうか」ミラの声は小さく、しかし安堵に満ちていた。

 

 アルヴィンは口元を緩め、肩を竦める。

「良かったな、おたく。あいつらが捕まってたの、すごく気にしてたしよ」

 

 レイアは声を詰まらせ、涙をこぼしながら嗚咽した。

「うん……うん! よかった……ホントに……よかった~!!!」

 

 その泣き声は、凍てつく大地に温もりを落とすかのように響き渡る。

 

「ちょっ! レイア! こんな所で泣かないでよ」

 ジュードが慌てて声をかけるが、彼女は涙を拭えない。

「だって~、だって~!!」

 

「もう~……」

 

 ジュードは苦笑しながらも、その涙に心から安堵する自分を感じていた。

 

 気を取り直すように顔を上げ、真剣な表情を作り直す。

「えっと、その……ありがとうございますって言えばいいのかな」

 

 そう言って、ガイアスたちを恐る恐る見つめている。

 

 だが返ってきたのは、突き放すような一言だった。

「貴様らと慣れ合うつもりは無いと言ったはずだがな。それよりも──マクスウェル。力を貸せ」

 

 その声音は命令であり、また、同時に試すような響きを帯びていた。

 

 唐突な要求に、ミラは目を細める。

「慣れ合うつもりは無いんじゃなかったのか?」

 

「ラ・シュガルという一国を止める以上、人手は多いに越したことはない」

 短く放たれたその言葉には、王としての傲然たる自信と同時に、計算された現実主義が滲んでいた。

 

 マシュが小声で問う。

「どうされますか?」

 

 ミラはしばし黙考した。白く濁った空に浮かぶ光りはその輝きを落とすことなく、ただ無機質に時を刻んでいる。冷たい風が頬を刺し、重たい沈黙が仲間を包み込む。

 やがて彼女は毅然とした口調で答えた。

「……いいだろう。だが、我々は好きに動かさせてもらう。お前の命令は聞かん」

 

「貴様……」

 ウィンガルが鋭く声を荒げる。怒気を孕んだその眼差しは、今にも剣を抜きかねぬ勢いだった。

 

 しかしガイアスが片手を軽く上げ、冷ややかに制した。

「初めからそのつもりだ。貴様が動けば、否が応でもアルクノアが動くはず。……あいつらは何故かお前を狙っているようだからな」

 

「なるほど。あぶり出しにはちょうどいいという訳ですか」ウィンガルは得心したように口角を歪める。「それならば確かに、こやつらを軍の中で拘束するような真似はしない方がよろしいでしょう」

 

 ミラは鼻で笑い、静かな闘志を漂わせた。

「言ってくれる。──が、それは私としても望むところだ」

 

 ガイアスはその答えを予期していたかのように頷き、言葉を続ける。

「今は互いが牽制し合い、膠着状態にある。クルスニクの槍と思しきものも未だ確認はできていない。おそらく、戦闘が本格的になってから使うつもりだろう」

 

 Xが苦笑混じりに肩を竦めた。

「それなら我々は、それが出てきてから活動開始、って感じですね」

 

「野営地がいくつかある。後で貴様らの分を用意しておいてやる。そこを好きに使うがいい」

 ガイアスの言葉にマシュは一礼し、礼儀正しく言葉を返す。

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 だがガイアスは冷ややかに視線を落とした。

「慣れ合うつもりは無いと何度言わせる気だ」

 

 するとガイアスは、ウィンガルと兵を従え、雪煙を巻き上げながらファイザバード沼野へと歩を進めていった。

 

 その背を見送りながら、アルヴィンが苦笑を浮かべる。

「ま、互いが互いを利用し合うビジネスに、遠慮も感謝も要らないってことね」

 

「ではせっかくだ。使わせてもらうとしよう」ミラが毅然と応じる。

 

「うん、そうだね」ジュードは冷たい空気を吸い込み、前を見据えた。

 

「やっとお休みできるよ~」

 レイアが大げさに肩を落とすと、アルヴィンは口の端を吊り上げた。

「おたくはそのまま熟睡しそうだな」

 

「なっ!? こんな時に、流石にそんな呑気じゃありませんよ~だ!」

 レイアが真っ赤になって反論する。

 

「くくくっ。どうだか」

 アルヴィンは笑いを堪えきれず肩を揺らす。

 

 そのやり取りに、ジュードはふっと和みながらも口を開いた。

「とにかく、休ませてもらおうよ」

 

「ああ」ミラが静かに頷く。

 

 氷の大地を踏みしめ、ジュードたちはガイアスの軍が残した足跡を辿りながら、ファイザバード沼野へ向け歩を進めていった。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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