曇天の空は青黒く輝きつつも、風の匂いはどこか澄んでいて、近づく決戦の気配を冷たく運んでくる。
「あ、ミラ」
そうしてレイアと入れ替わりで現れたのはジュードだった。焚き火の赤い光に照らされた彼の顔は、眠れぬ夜をそのまま映しているように見えた。
「ジュード。君もか」
「君も?」
問い返すジュードに、ミラはわずかに口元を緩める。
「ふふ。なに、先ほどまでレイアと話していたのでな」
「そうなんだ……」
ジュードは一瞬、何かを思い巡らせるように視線を落とす。だがすぐに顔を上げ、少し困ったように笑った。
「君も眠れないのか?」
「うん……流石にね」
「しかし、ちょうどよかった。君に聞きたいことがあったのだ」
「僕に?」
「ああ」
そう言ってミラに促されるままに、ジュードも隣に座った。
「……それで、僕に聞きたいことって?」
「ああ」
焚き火の赤が彼の瞳に映るのを見つめながら、ミラはゆっくりと問いを投げる。
「あれから君は、やるべきことを見つけたのかと思ってな」
「僕の?」
ジュードは小さく呟き、目を伏せる。
その影が頬を深く覆うように長い沈黙が流れ、焚き火の音だけがふたりを包む。
やがて彼は、ためらいがちに口を開いた。
「僕は……僕はただ、ミラを支えてあげられればいいなって……」
「そうか」
ミラの返事は短かったが、声音はどこか優しかった。
その一言が背を押したのか、ジュードは慌てるように続ける。
「でもね! 僕……精霊を守りたいって思った。黒匣(ジン)が使われる度に精霊が死んでるって聞いて、ミラがそれを悲しんでいるのを知って……命を賭けてまでミラが精霊を守ろうとしているのを見て、僕も精霊を守れるようになりたいって」
その言葉には、少年らしい不器用さと真剣さが同居していた。
彼の想いが本心であることを、ミラは一目で悟る。
「ジュード……そうか。そう、思ってくれるのか……。それが、君の考えなんだな」
ジュードは力強く頷いた。
ミラはふっと夜空に視線を上げる。雲の向こうに隠れた星を探すように。
「……ふふっ。これじゃあ、何としてもクルスニクの槍を壊さなければならなくなったな」
ミラは立ち上がり、冷たい夜気を吸い込むように息を吐いた。
ジュードはその背中に問いかける。
「……ミラは。ミラはそれで……クルスニクの槍を破壊したら、どうするの?」
「クルスニクの槍の破壊も、アルクノアの野望を止めるのも使命の一部にすぎない。私が生まれた意味……その使命は、これまでと変わらない」
「それじゃ、ニ・アケリアに戻って、前みたいに過ごすの?」
「前見たいに、かどうかは状況によって異なるだろうが……大方、そうなるだろうな」
「で、でもさ……黒匣を破壊する以上、アルクノアが命を狙い続けてくるから、まだまだ危険だよね」
「ふむ、そうだな」
「一人だと、何かと危険じゃない?」
しつこいほどに続く問いに、ミラは首を傾げる。
そしてふと、一つの可能性に気付いて目を細めた。
「……君はあれか。私と一緒にいたいのだな」
「……っ!」
不意を突かれたジュードの頬が赤く染まる。
言葉を詰まらせながらも、意を決したように彼女を見上げた。
「……ムリ、かな?」
その問いはあまりに真っ直ぐで、どこか少年のような不器用さを含んでいた。
「……君がそう決めたのなら、好きにするといい」
「ホント!」
ぱっと表情を明るくするジュードに、ミラは思わず苦笑した。
「しかし、医者はいいのか?」
「勿論、そっちはそっちで頑張るよ。ハウス教授のこと、クレインさんのこと……それに、ミラの足のことだって……。この旅で僕は色んなことを学んだけど、やっぱり医学は必要だって改めて思ったから」
ジュードの瞳には迷いがなかった。
使命と夢、その両方を抱えて歩もうとする強さが、確かにそこにあった。
「そうか……わかった。それも君の好きにするといい。であればだ、何か一緒にいられる方法を考えなくてはな」
「ありがとう、ミラ」
嬉しそうに笑うジュードを見て、ミラは静かに首を振った。
「今、私がここに立ち、自らの使命に臨めるのは君のおかげだ。礼を言うのは、むしろ私の方だ」
「えっ、そ、そんなのいいんだよ。それに、ここからが正念場だよね?」
「ふ。そうだったな」
互いの視線が交わる。曇天の下でも、その眼差しは確かに光を帯びていた。
「これからも……一緒に頑張っていこうね、ミラ」
「ああ」
短い返事に込められた想いは、言葉以上に深く響いた。
戦いの夜を前にしても、二人の心は不思議と温かく結ばれていた。
◇ ◇ ◇
薄暗いファイザバード沼野の野営地から離れた森の奥は、更に深い闇に呑まれていた。
草木のざわめきすら途絶え、ただ風に揺れる枝がわずかに軋む音だけが響く。
その闇の中で、不気味な雑音が混じる音が低く唸った。
歪んだ金属越しに響くのは、抑揚の乏しい、正体の掴めぬ声。
「……『カギ』……準備……るのか?」
機械を通じて漏れるその言葉に、別の声が短く応じる。
「鳥は……飛ばし……問題ない……」
途切れ途切れに響くやり取り。
断片的で意味は掴めない。だが確かに、誰かと誰かが何かの計画を進めているのはわかる。
「……だが……何故……殺らず……配置を……優先……?」
「……ウェルを殺る……だからだ」
湿った大気の中で、囁きは異様に重く、どろりとした緊張を伴って広がっていく。
耳を澄ませば澄ますほど、理解できない言葉の奥に、血の匂いのようなものが漂う気がした。
「……あんたを……信じていいんだよな?」
「……ああ」
短く交わされる確約。
それは誓いというよりも、諦めを含んだ投げやりな肯定だった。
そこへ――
「……アルヴィン?」
突然、柔らかな声が割って入った。
闇の中、気配を悟られぬように近づいてきたのはマシュだった。
振り返った男――アルヴィンの手には、まだかすかに機械の光が残っている。
彼の顔は焚き火から遠く、月明かりも届かぬ影の中に沈んでいた。
「……」
マシュが近寄り、再び名を呼ぶ。
「アルヴィン?」
その声は心配からか、どこか疑念を含んでいた。
けれどアルヴィンは、返事をためらうように長い沈黙を落とした。
やがて彼は苦しげに眉を寄せ、深い影を宿した瞳でマシュを見つめる。
罪悪感と決意と――どうしようもない悲哀が入り混じるその目は、どこか遠くを見ているようでもあった。
そして、しぼり出すように低く呟いた。
「……ごめんな」
それは説明でも、言い訳でもなかった。
ただ一言に込められた謝罪は、深い暗闇へと吸い込まれていった。
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