フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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予期せぬ旅立ち 後編

「おいおい、マジかよ。今のは完全に不意をついたはずなんだけどな~? ……ったく、ラ・シュガル最強は伊達じゃないね~」

 

 濃霧のように煙が広がる中、飄々とした声が響く。

 白煙を裂くように姿を現したのは、一人の若い男だった。

 

 鋭くとがった髪は風を受けて躍り、深い茶色のロングコートには独特のデザインが施され、裏地には金色と赤のアクセントが走る。風に揺れる黒いマフラーの先もまた、炎のように染まっていた。

 

 片方の手には銃が、そしてもう片方の手には巨大なブレード──その異質な武器の組み合わせは、ただの剣士でも射手でもないことを示しており、軽装ながらも動きやすそうな服装は、彼が戦場で身軽に立ち回る戦士であることを印象付ける。

 

「何者だ?」

 

 アルトリアの問いに、男はにやりと笑みを浮かべる。

 

「さぁ? 誰だろう、ね!」

 

 そう言いながら銃を構えると、次々と弾丸を撃ち込み、更なる煙幕を作り出していく。おかげで港は一瞬にして白煙に閉ざされて、折角の開けた視界は奪われた。

 

「……っ、猪口才な。だが、この程度で逃げられると思うな!」

 

 アルトリアは怒声を放ち、煙をものともせず剣を振り抜いて突進する。

 

「おっと!」

 

 辛うじてその一撃をかわす男。額に冷や汗を滲ませながらも、なお軽口を叩く。

 

「まったく、やり辛いことで。流石は騎士王(セイバー)殿と言うべきだろうけど……とはいえ、このままやられる訳にもいかないんでね。……マシュ!」

 

 謎の男が声を張り上げると、どこからともなく気配が走り、次の瞬間、巨大な盾を携えた一人の少女が舞い降りる。

 

 まるで機械仕掛けの歯車を思わせる異形の武具、彼女の身長をも優に超える直径の、中央部には禍々しくも精密な文様が刻まれた、見る者にただならぬ威圧感を与える黒鉄の盾を振りかざした彼女は、鋭く振り下ろされたアルトリアの剣を寸分違わず受け止め、甲高い金属音を響かせた。

 

「何……っ!?」

 

 そうして聖剣を受け止めた少女。漆黒の装甲を纏い、柔らかな桃色の髪が肩まで流れ、片目を隠すようにして前髪が揺れながら、その瞳には冷静かつ知性的な静けさしか抱いておらず、どこか儚げな光すら宿していた。

 

 彼女の身を包むのは、機能美と洗練を極めた漆黒の戦闘スーツ。身体のラインに沿って配置された紫の発光ラインが、神秘的な印象を与える。装甲のようなブーツと手甲は、実戦における堅牢さを物語っていた。

 

「さっすが! それじゃあ、しばらくそいつは任せ……」

 

「目標との戦力差を計測。――勝率0%。即刻の退避を提案します」

 

 だからと男が少女――男がマシュと呼んだ少女にアルトリアの相手を任せようとするが、冷静な声で事実を告げる少女。その無機質な響きに、男は思わず苦笑を浮かべた。

 

「あ~、やっぱり? 聞きたくなかったな~、そんな情報。まぁ、最初から分かってたことだけどさ」

 

「あ、あなたたちはいったい……?」

 

 突然現れた二人の男女のせいで、状況が目まぐるしく変化した今、ジュードは驚きと戸惑いを隠せない。

 

「おっと、話は後な。それよりさっさとここを離れようぜ?」

 

 しかし、そんな話は後だと男は答えず、ジュードに目指すべき指針を口にする。

 

「離れるって……でも、僕は……」

 

「軍に逮捕状が出て、特法まで適用されてるってことは、だ。捕まったら待ってるのは……極刑だぜ?」

 

「そんな!」

 

「仕方あるまい。ジュード、ここは退くべきだ。君の言う、命を繋ぐために」

 

「ミラ……」

 

 どれだけ言われようとも現実を受け入れらないジュードに、ミラの冷静な言葉が、ジュードの胸を深く抉る。だが、それでも逡巡の色は拭えない。

 

 その間にもアルトリアの猛攻は続き、盾を構える少女マシュは、次第に押し込まれ始めていた。

 

「アルヴィン、これ以上はもちません」

 

「あ~、はいはい。了解っと!」

 

「わ!」

 

 そうして、アルヴィンと呼ばれた男は迷う暇を与えず、ジュードを軽々と小脇に抱え込む。抗議の声を上げる暇すら与えず、港に停泊していた船へ向かって疾走した。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「しゃべるなよ。舌を噛む」

 

 その逃走する姿を見て、ミラもついていく一方、その頃アルトリアの剣を必死に受け止めていたマシュは、短く息を吐きながら状況を確認する。

 

「全員の退避を確認。これより撤退行動に移ります」

 

 次の瞬間、盾を打ち上げてアルトリアの剣を弾き返すと、彼女は懐から黒い球体を取り出し、騎士王の足元へ投げつけた。

 

 破裂と同時に広がる濃密な黒煙。視界を閉ざされたアルトリアは一瞬だけ動きを止める。

 

「くっ……おのれ、奇術師共め」

 

「ア、アルトリア様!」

 

「奴らを追え! 決して逃がすな!」

 

「りょ、了解!!」

 

 怒声が響く中、アルヴィンに抱えられたジュードの元へ、盾を背負ったマシュが軽やかに追いついた。

 

「よ、追いついたな」

 

「で、でもどうするの?! もう船が……」

 

 視線の先には、すでに港を離れ始めた船影。時は刻一刻と過ぎ、船は確実に遠ざかっていく。

 

「マシュ、頼む!」

 

 全速力を保ったまま、アルヴィンは背後に並走する少女へ声をかけた。

 

「了解」

 

 彼女は巨大な盾を正面に掲げ、静かに告げる。

 

「レディ。こちらにお乗り下さい」

 

「ん? こうか?」

 

 促されるまま軽やかに跳び上がり、盾の上に乗ったミラの身体を、マシュは躊躇なく船へと放り投げる。

 

「うぉ?!」

 

「ミラ!!」

 

「……よっと!」

 

 見事に船へ着地したミラは、心配そうに叫ぶジュードを振り返りもせず、平然と姿勢を正した。

 

「んじゃあ、俺らも、っと!」

 

 今度はアルヴィン自身がジュードを抱えたまま盾の上へ飛び乗る。再び振りかぶられた盾が、二人を大きな弧を描いて船へと弾き飛ばした。

 

「うわぁ~!!」

 

 空気を切り裂く悲鳴。次の瞬間、甲板に叩きつけられるような衝撃が走り、鈍い音が響く。

 

「痛たた……」

 

 全員を船へ送り届けたマシュは、盾を霧のように消し去り、軽やかに走り出す。加速する脚は一切の迷いなく港の端へと突き進み、そのまま跳躍。宙を舞い、船の甲板へと音もなく着地した。

 

「……逃走完了です」

 

「ふ~、やれやれ。とりあえずはこれで逃げられそうだな」

 

「いや! まだだよ!」

 

 漸く一息つけたとばかりにジュードを下ろし、胸を撫で下ろしていたアルヴィン。しかしその安堵を打ち消すように、ジュードは船の縁から身を乗り出し、必死に先ほどまでいた海停を凝視して叫んだ。

 

 怪訝に思ったアルヴィンも同じように視線を向け、次の瞬間、言葉を失う。

 

「おいおい、いくらラ・シュガル最強とはいえ、あんな嬢ちゃんに何ができ……って、ハァ!?」

 

 彼の目に飛び込んできたのは、海の上を疾駆する人影――アルトリアの姿だった。水面を踏み砕くことなく、むしろ大地のように軽やかに駆け抜ける彼女の姿は、現実を超越したものに見える。

 

「海を歩いてる――いや、走ってきているだと!?」

 

 驚愕を隠せないアルヴィンに、ジュードは苦々しげに答えを返した。

 

「騎士王(セイバー)アルトリアは、湖の大精霊ヴィヴィアンの加護を受けているんだ。だから、水上だろうと海上だろうと、あの人の障害にはならないんだよ!」

 

「あぁ~、そういやそんな力、もってましたね!」

 

 半ば冗談めかしながらも、アルヴィンの顔は強張っていた。

 

 やがてアルトリアは凄まじい速度で距離を詰め、ついには船へと飛び乗った。甲板に重い衝撃が響き、空気が一変する。

 

「……あの程度の児戯で、私から逃げられると思ったか? 下郎」

 

 迫り来る覇気に、ジュードたちは思わず身を竦めた。

 

「まったく、しつこい少年だな」

 

 一方、やはり態度が変わらないミラが呆れたように呟く。

 

「いや、騎士王(セイバー)アルトリアは女性だよ。よく間違えられるらしいけど……」

 

 ジュードが慌てて訂正すると、ミラは素直に眉をひそめた。

 

「む、そうだったか。それはすまない」

 

「気にはすまい。どうせ、貴様らの命運もここまでだからな」

 

 謝罪を軽く受け流し、アルトリアは風をまとった見えない剣を構えて一歩踏み出す。その圧倒的な気迫に、全員が息を呑んだ。

 

 だが――

 

「おっと! それはよくないぜ? 騎士王(セイバー)殿」

 

 アルヴィンが一歩前に出て、軽口を叩くように制止の声を投げる。

 

「貴様のくだらん小細工は聞き飽きた」

 

「くだらん小細工とは人聞きの悪い。あんたにとっても聞いといて損は無い話だぜ~? この船の行き先とか、さ」

 

「行き先、だと?」

 

「そ。一応説明しとくが、こいつはア・ジュール行きの貿易船だ。それがどういうことか、おたくはよ~く分かってんじゃないの?」

 

 その一言に、アルトリアは剣を引き下げ、鋭い瞳で思案の色を浮かべた。

 

「……なるほど。考えたようだな」

 

 彼女が剣を収める様子に、ミラだけが首を傾げる。

 

「どういうことだ?」

 

 代わりにマシュが静かに説明した。

 

「この船はア・ジュール行きの船。つまりは敵国であるア・ジュールの利益も担う物です」

 

「うむ?」

 

 なおも首を捻るミラに、今度はジュードが言葉を補う。

 

「えっと……ラ・シュガルとア・ジュールって、昔はよく争ってた国なんだ。今は休戦してるけど、休戦してるってだけで仲良しじゃないから、もしもラ・シュガル軍の彼女が、ア・ジュールに関わる物を派手に壊そうものなら……」

 

「向こうに攻められる口実を作りかねないって訳。な? 騎士王(セイバー)殿」

 

 アルヴィンがにやりと肩を竦めると、アルトリアは鼻を鳴らした。

 

「……ふん」

 

「ふむ。つまりはまた争いになりかねんということか」

 

「そゆこと。だから、この船の上でおたくのその剣を使おうものなら、まず間違いなくこの船は耐えられないだろうからな」

 

「まったく、悪知恵の働く……。だが!」

 

 不快げに吐き捨てたアルトリアは、周囲を見渡し、やがて船に掲げられた一本の旗を目に留める。勢いよくそれを引き抜き、両手で軽々と折り曲げ、自身にとって扱いやすい武器へと変えてしまった。

 

「貴様ら程度ならこれで十分だ」

 

「おやおや、随分と下に見られたもので。……まぁ、一応聞いておくけど、俺たちの勝率はいかほどで?」

 

 アルヴィンの問いに、マシュは無感情な声で返す。

 

「剣の有無で変わるほど、彼我の戦力差は埋められるものではないかと。我々としても本気を出す訳にはいきませんし」

 

「あ~、さいですか」

 

 肩を竦めつつも、アルヴィンは剣と銃を再び握り締める。

 

「って訳だ。少年に別嬪さん。ここからは総力戦。死ぬたくないんなら歯食いしばってでも、この場を切り抜けるぜ!」

 

「で、でも! ミラは今は戦えないし、僕だって……」

 

「問題ありません。勝率は確かに変わっておりませんが、ただ単にこの場を切り抜けるとなれば話は別です。少しの間、耐えられさえすれば、この戦闘は我々にとっては意味のあるものとなるかと」

 

「だそうだ。とにかく、覚悟を決めな!」

 

「や、やるしか……ないんだね!」

 

 ジュードは唇を噛み、恐怖を押し殺すように頷いた。

 

「私は……どうやら足手まといのようだからな。君たちに任せよう。何故、力を貸してくれるのかは知らんが」

 

 ミラが静かに言葉を下ろす。

 

「ふんっ。雑兵がいくら束になろうと、私の勝利は揺るがんぞ!」

 

「さ~て、それはどうかね!」

 

 アルトリアの瞳が鋭く光り、アルヴィンの口元が挑発的に歪む。

 甲板の上、戦端が今まさに開かれた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「まったく……3人相手にまだ戦えるとか。騎士王様は『人の心が分からない』なんてよく言われてるけど、こういうところがかねぇ?」

 

 それはしばらくの戦闘の後。息を荒げながらも、余裕を装うように口角を上げるアルヴィンが、その視線の先にいる未だに微塵の隙も見せず立ち塞がるアルトリアの姿を見た一言だった。

 

 おかげで剣気のような圧力が船上を覆い、ジュードたちの足は自然とすくみそうになる。

 

「世迷言を。ただ避けるだけ、時間稼ぎのためだけの戦いに終始している癖に何を言う」

 

 鋭い眼光がこちらを射抜く。戦場を支配しているのは、間違いなく彼女のほうだ。だが、アルヴィンは怯むことなく、逆に口の端をさらに吊り上げて挑発する。

 

「あら、流石にバレバレだったか。だけど、そのおかげでこの勝負……俺たちの勝ちさ!」

 

 そう言うや否や、彼は勢いよく空を指さした。

 

 その瞬間――。

 

 これまで夜の闇に沈んでいた空が、突如として晴れ渡る。漆黒の帳は裂かれ、輝く青が広がり、周囲一帯の気配が変わるのをはっきりと感じ取れた。

 

「霊勢が……変わった? ――そうか! ア・ジュールに入ったんだ!」

 

 その言葉に、アルトリアの顔色がわずかに変わる。

 

「……くっ、流石に時間をかけすぎたか」

 

 悔しさを滲ませ、手にしていた旗の残骸を乱暴に投げ捨てると、動きを止める。

 

 しかし、何故そこで戦いをやめるのか理解できないミラは、怪訝そうに眉をひそめた。

 

 それにはジュード。

 

「さっきラ・シュガルとア・ジュールは休戦してるって言ったよね? その時に色々な約束事をしてたんだけど、その中に『勝手に相手の国に入って戦闘しないこと』っていうものがあるんだ」

 

「ほう。だから奴は剣を収めたのか」

 

 ようやく合点がいった様子で頷くミラ。しかし、アルトリアの口から出てきたのは更なる忠告だった。

 

「……いいだろう。此度は貴様らの策に溺れた私の敗けだ。だが、そのナイチンゲール協定には相応の理由があれば戦闘行為も可能だという規定もある。越境した罪人を捕えるためとかな。故に……」

 

 そう言い残すと、アルトリアは軽々と船の縁へ跳び上がり、振り返って冷ややかな瞳で一行を見据える。

 

 そして――

 

「逃げられたなどと、思い上がらぬ事だ」

 

 鋭い声音と共に警告を残し、彼女はそのまま海面へと飛び込んだ。

 

 常人であれば沈むはずの海の上に、彼女は静かに着地する。水飛沫すらほとんど立てず、悠然と立ち尽くしながら、遠ざかる船を無言で見送り続けていた。

 

「……ふぃ~。今度こそ終わったな~。はぁ~、生きた心地がしねぇぜ。なぁ?」

 

 緊張が解け、どっと力が抜けたように息を吐くアルヴィン。戦いの最中よりも、むしろ今のほうが声が震えているようだった。

 

「え? ……あ、まぁ、はい」

 

 一方、ようやく危機を脱したはずなのに、ジュードの返事はどこか上の空だ。胸中には別の不安が渦巻いているように見えた。

 

 そのとき、盾を解いたマシュの肩に小さな影がひょっこりと現れる。

 

「……状況終了。フォウさん、大丈夫でしたか?」

 

 ふわふわとした雪のような白い毛並みに包まれた、小動物のような姿の存在。大きな耳は淡い紫から青へのグラデーションがかかり、内側には柔らかなピンクが差し色のように映え、その瞳は澄んだ紫色で、どこか知性と優しさを感じさせる。

 

 首元にはリボンのような飾りが結ばれ、まるで貴族のような気品を漂わせ、豊かなしっぽは雲のようにふわりと広がり、軽やかに揺れている。見た目は愛らしいが、その佇まいからは不思議な雰囲気を感じさせ、ただの可愛らしい生き物ではないことを物語っている。

 

「フォウ!」

 

 愛らしい鳴き声で応えるその生き物に、マシュはわずかに表情を緩めていた。

 

 一方で、ジュードは何かを諦めたかのように俯き、視線をイル・ファンの方角へと向けていた。

 

 その眼差しは、これから待ち受ける運命を悲観するかのように、静かで、けれどどこか憂いを帯びていた。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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