「なにっ!?」
ジランドの表情が歪む。
さらに地を抉るように兵士たちを精霊術で次々と薙ぎ払う。甲冑は砕け、黒匣(ジン)は虚しく地に散らばった。
「す、すごい……!」
レイアは呆然とその光景を見上げる。
「あの人は……」
ジュードも息を呑み、言葉を失った。
やがて戦場の気配が一瞬だけ静まり返る。光を纏った女性はふわりと着地し、音もなくミラの前へと歩み出る。
その彼女の透き通るような蒼銀の髪は、淡い光を孕んで波打ちながら腰まで流れ、毛先にかけてはほのかに黄緑色に変化し、まるで春の芽吹きを感じさせた。白く滑らかな肌は月の光を受けて柔らかく輝き、その姿は人のものとは思えぬほど繊細で神秘的だった。
身体を覆う衣は衣服というよりも、魔法で形作られた紋章のような模様でできており、青と白を基調としたそれらはまるで風や水、そして空そのものの意志が彼女の身体を飾っているかのよう。
彼女の瞳は静謐な湖のように深く、そこに映るものすべてを受け入れるような優しさと、永劫の時を見つめてきた者だけが持つ冷たさを併せ持っていた。長く尖った耳が、彼女が人ならざる存在であることを静かに物語っている。
「マクスウェル様。この度の失態、誠にお詫びのしようもなく──」
彼女は膝をつき、恭しく頭を垂れる。
「それはいい」
ミラは短く首を振る。
「それより、外はどうなっている?」
「はい」
その女性──ミュゼは柔らかな声で告げる。
「実は断界殻(シェル)が撃ち破られるより前から、あの者たちの攻撃を受けておりました」
「なに?」
ミラの目が細められる。
「無論、排除は試みておりましたが、あまりにも数が多く……それに断界殻(シェル)の外ではマクスウェル様のお力を感じ辛いので──」
ミュゼは悔恨を滲ませながらも毅然と答える。
「そうだな。確かにお前の力は強大だが、それだけこの世界での維持も困難となる。致し方あるまい」
ミラは静かに頷く。
「お気遣いいただきありがとうございます」
ミュゼが静かに応じたその時、ジュードがおずおずと口を開いた。
「ね、ねぇ、ミラ?」
「なんだ?」
「その人はいったい……?」
問いかけに応える前に、ミュゼが柔らかく微笑む。
「私はミュゼ。マクスウェル様より生み出されし守護の大精霊」
「守護の大精霊?」
レイアが目を丸くする。
だがミラはすぐに視線を鋭く空へと向ける。
「その話は後だ。それよりも、お前には空の奴らを任せる。……私は」
「あなた様は?」
ミュゼが問い返す。
「──あれを破壊する!」
ミラはクルスニクの槍を目指して真っ直ぐに走り出す。
「ま、待ってミラ! 無茶だよ!!」
ジュードの叫びも振り返らず、ミラは断固とした声を返す。
「無茶でも何でも……あれを何度も撃たれる訳にはいかない!!」
決意に火を宿した眼差しで、ミラは崖を駆け上がった。砕けた石が転がり落ち、硬い岩肌に靴底が鋭く打ちつけられるたび、彼女の呼吸は熱を帯びて荒くなる。それでも、足取りは一度も迷わなかった。
その背を見送ったミュゼの表情は、すぐさま険しいものになる。
「では私は──マクスウェル様の邪魔立てをする者を!!」
言葉を終えると同時に彼女の身体が宙に浮き上がる。緑と白の光が奔り、翼のように広がって戦場を覆った。迫り来る兵士たちは、まるで見えぬ刃に切り裂かれるように吹き飛ばされ、黒匣は一つ残らず砕け散る。
「やっぱり、あの人すごい! ……いや、精霊か」
レイアが感嘆の息を洩らした。
「これなら、もしかして……」
ジュードの胸にわずかな希望が灯る。
だがその希望の先、崖の上に立ちはだかる男の姿。
「ちっ! じっとしてられねぇもんかねぇ、マクスウェルってのはよ!!」
ジランドは顔を歪め、氷を纏う精霊──セルシウスに命じた。
白銀の冷気が矢となり、崖を駆け上がるミラに襲いかかる。岩肌が凍りつき、足元が砕けるたびに彼女はよろめく。それでもミラは止まらない。肩を裂く冷気に血が滲んでも、視線は決して逸らさなかった。
「邪魔だ!!」
叫びと共に最後の力を込め、ミラはジランドの目前へ飛び込む。鋭い蹴りがジランドの体を弾き飛ばし、氷の防御を突き破る。
「ぐぁっ!?」
ジランドの悲鳴を背に、ミラはついにクルスニクの槍に飛び移った。
「こんな物があるから、この世界から精霊が……いや、お前たちの世界から精霊がいなくなるんだ。その度し難い罪、今ここで──」
「おい、待て!! やめろー!!!」
ジランドが喉を裂くように叫ぶ。しかし、その声はミラの決意を揺るがすことはなかった。
「──終わらせる!!」
振りかざした剣が、稲光のような軌跡を描いてクルスニクの槍へと突き立てられる。
「ミラー!!!」
ジュードの悲痛な声が戦場を震わせた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
絶叫とともに剣は深々と槍の核心を貫き、金属とも石ともつかぬ材質が、まるで命あるもののように悲鳴を上げた。
次の瞬間、クルスニクの槍の内部から奔流のような光──マナが溢れ出した。白い粒子が嵐のように空間を埋め尽くし、その圧倒的な奔流が見る者すべてに「異常」を突き付ける。槍そのものが歪み、軋み、もはや兵器というよりも暴走した獣のように変貌していった。
それでもミラは止まらなかった。剣の柄から手を離さず、眼光はただ一つのものを捉えていた。
「……漸く見つけたぞ。お前たち」
クルスニクの槍の奥底に、封じられていた四つの輝き──四大精霊の欠片。光の結晶が解き放たれる瞬間、彼女の眼差しは僅かに和らいだ。
だが、次の瞬間――
轟音。
光が炸裂し、クルスニクの槍は内側から破裂するように大爆発を起こす。
暴走したマナが奔流となり、天地を裂く衝撃が戦場を飲み込む。
「うわぁぁぁあ!!」
ジュードは衝撃に翻弄され、必死に地を掴む。
「キャアアア!!!」
レイアも身体ごと吹き飛ばされ、砂塵に飲まれた。
「ぐぅぅぅぅ!!!」
ジランドの呻きが爆音に掻き消されていく。
「……マクスウェル様!?」
遠くで敵を次々と葬っていたミュゼの表情にも、抑えきれぬ動揺が浮かんだ。彼女でさえ、あの爆心の中にいるミラの姿を捉えることはできなかった。
◇ ◇ ◇
同刻、戦場の別の場所。
「なんだ?」
ガイアスが天を仰ぐ。爆光が遠くまで届き、兵士たちがどよめく。
「分かりません。もしや、敵の新たな兵器か、それとも……」
ウィンガルの声が険しく響く。
「……確認の必要はあるな。四象刃(フォーヴ)だけ俺に続け。残りは前線を維持せよ」
ガイアスは決然と命じた。
「はっ!」
兵士たちの返答が揃い、そして彼らは駆け出す。
戦場を震わせる爆炎と光の渦。その中心には──未だ誰も、ミラの姿を見出せなかった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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