フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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覚悟の代償

 地を揺るがす爆発がようやく収まり、静寂が戻りつつあった。

 砂煙の中、うつ伏せで身を庇っていたジュードとレイアは、おそるおそる顔を上げる。

 

「お、治まった……?」

 レイアの声は震えていた。

 

「……みたい。……って、ミラ!!」

 

 慌てて体を起こしたジュードたちは、爆発を引き起こした元凶のミラを探すべく、慌てて崖を駆け上りミラの元へと急ぐ。

「ミラ-! ミラ-!!」

 

 而して、どこにもいないミラ。

 砂煙のせいもあり、彼女の姿は見て取れない。

 

 そうして、焦りだけが募る中――

 

「ジュード! あれ!!」

 レイアの声が響き、ある一点を指さす。

 すぐさまそこを見たジュードの心臓が跳ね上がる。砂塵を払いのけると同時に、彼は必死に目を凝らした。

 

 そこに──あった。

 焦げ付き、煙を上げる黒ずんだ人影。肉体の輪郭すら崩れかけ、まるで炭のように焼けただれたその姿。だが、その面影は、紛れもなくミラのものだった。

 

「ミ、ミラ……? ミラ!!」

 血の気が引き、胸を掴まれるような感覚のまま、ジュードは駆け寄った。

 

 彼女の傍らに膝をつき、震える声で呼びかける。

 

「……ジュード、か」

 かすれ、今にも途切れそうな声。それでも確かにミラだった。

 

「ミラ!! ま、待ってて……今、今すぐ治療を……!」

 ジュードは手をかざし、術式を展開しようとする。

 

 だが、弱々しい声がそれを制した。

「……リは……」

 

「え?」

「クルスニクの……槍は……?」

 

「槍って、今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」

 必死に否定するジュード。しかしミラの眼差しは、炎に焼かれながらも決して揺らがない。

 

 代わりに、レイアが周囲を見渡した。

「……大丈夫だよ、ミラ。クルスニクの槍は完全に壊れてる」

 

 そうして見たクルスニクの槍の崩れ落ちた残骸は、もう二度と立ち上がることはないと誰の目にも明らかだった。

 

「そう、か」

 ミラの唇にかすかな笑みが浮かぶ。その安堵の表情は、痛々しいほどに静かだった。

 

「なんで……なんでこんな無茶……」

 ジュードの声は震え、涙でにじんだ。

 

「言っただ、ろう? これは……私、の……なすべき……こと……だ、と」

 

「そんなの……! そんなの、こんな状態になってまですることじゃ……」

 彼の心の叫びは、爆心地に残る焦げた匂いと熱気の中に虚しく吸い込まれていく。

 

「……ふふっ。そう、だな……。確かに、これでは……黒匣を全て壊す、など……到底……」

 

「諦めちゃダメだよ! ミラ!!」

 

 ジュードの声は必死に、半ば泣き叫ぶように響いた。彼の掌から放たれる治癒の光は、黒く焼け焦げたミラの肌に吸い込まれていく。しかし、その光はあまりにか細く、彼女の命の炎を繋ぎ止めるには到底足りないように思えた。

 

 そんな彼らの姿を、別の視線が鋭く射抜く。

 ジランドだった。

 

 爆発で吹き飛ばされた彼が慌てて立ち上がると、ミラたちの姿を見て歯を食いしばる。顔には怒りと憎悪が濃く刻まれていた。

 

「くそが……っ!」

 血走った眼が焦げたミラを捉える。

「世界の支配者気取りの精霊風情が! 俺たちの計画を邪魔しやがって……!!」

 

 吐き出すような罵声の末に、声は低く冷たく落ちる。

 セルシウスへ命じると同時に、怒号が空を裂く。

「今度こそ、死ね! マクスウェル!!」

 

 その瞬間。

 カチリ、と鋭い金属音が響いた。

 

 ジランドの後頭部に、冷たい銃口が押し当てられていた。

 

 引き金を握っているのは、アルヴィンだった。

 

「……」

 無言のまま、引き金に指をかける。

 

 ジランドは片眉をひそめて、ゆっくりと笑みを浮かべる。

「……おいおい。何の真似だ? アルフレド。こいつは……」

 

「放っておいても終わりだろ、あの女は」

 アルヴィンの声は低く、感情を抑え込んでいるようだった。

「……なら、最後の別れぐらいさせてやれよ」

 

「……」

 ジランドは一瞬だけ黙し、それから唇の端を吊り上げた。

「……仕方ねぇな」

 不敵な笑みが闇に浮かぶ。

 

「可愛い甥っ子たっての頼みとあっちゃ、聞かねぇ訳にもいかねぇしよ」

 

「よく言う……」

 アルヴィンの吐き捨てる声には、苦味が滲んでいた。

 

「なに不貞腐れてやがんだ? なぁ、アルフレド」

 ジランドは馴れ馴れしく肩を抱く。その仕草が、かえって鎖のように重くのしかかる。

 

「俺たちはもう、たった2人の家族だろ? なにせお前のお袋さんはもう、この世にはいねぇってんだからなぁ?」

 

「……くっ」

 アルヴィンの奥歯がきしむ。血が滲むほど唇を噛み締めるが、声は絞り出すようにしか出ない。

 

「仲良く行こうぜ? アルフレド」

 

「……ああ」

 その答えは服従か、それとも虚勢か。だがジランドは満足げに笑った。

 

「そいつらは放っておけ! それよりもア・ジュール! 狙うはガイアス王の首だ! あいつさえ落とせば、もはやこのリーゼ・マクシアに敵はいなくなる! 俺たちの世界は維持を約束されるんだからな!!」

 

 ジランドの声は瓦礫の谷間に響き渡り、兵たちの耳を打った。

 しかし、その場にいた地上部隊――ラ・シュガル兵の表情には戸惑いが色濃く浮かんでいる。爆発の衝撃と上官の豹変に、誰もが事態を呑み込めていないのだ。

 

 やがて、空から舞い降りた部隊とアルクノアが撤退を始める。一方命令に従うしかない地上に居た部隊もまた、ジュードたちを一瞥することもなく、戦場を離れていった。

 

 どこか引け目を感じてこちらを見つめるアルヴィンもまた、何かを諦めたように俯くと、そのまま歩き去っていく。

 

 残されたのは──ジュード、レイア、そしてミラ。

 

「……なぁ、ジュー、ド。一つ、頼まれ、て……くれない、か?」

 

 焦げた大地に横たわるミラの唇が、かすかに震えながら言葉を紡ぐ。

 その声音はまるで遠い彼方から届くように弱々しく、ジュードの胸を締めつけた。

 

「ミラ?」

 

 ジュードが覗き込む。

 彼女の瞳は霞みかけ、それでも真っ直ぐに彼を射抜いていた。

 

「精霊たち、を……このリーゼ・マクシアに蔓延る、黒匣、から……救って、くれない、か……」

 

 その願いは、残された者に託す遺言の響きを帯びていた。

 

「む、無理だよ! 僕なんかじゃ!」

 ジュードは首を振る。涙が震える声に混じった。

「ミラがいないと、僕は……僕は……」

 

「やる前から諦めては……君には不可能、だな……」

 

 ミラの口元が、わずかに笑みを浮かべる。

 その言葉は、彼女がこれまで何度も口にしてきた叱咤であり、同時に励ましだった。

 

「その言葉……」

 

「とにかく、やって……みればいい。そうしたら……」

 

「答えが出る、かも……」

 

「そう、だ……」

 

 互いの言葉が途切れ途切れに重なり、短い会話はまるで命の灯火が燃え尽きる寸前のやりとりのように儚かった。

 

「でも、僕……」

 

 ジュードの迷いを断ち切るように、ミラは柔らかく微笑む。

「嬉しかったよ、ジュード。君が、精霊を守りたいと……言ってくれた時に、は……だから、だからこそ、君……なんだ」

 

「ミラ……」

 

 その目に浮かぶ涙を拭う暇もなく、ミラはレイアの方へと視線を移した。

 

「レイア……」

 

「な、なに?」

 

「君にはジュードを、頼む……と、言わなくても……君なら、そうするか……」

 

「ミラ……」

 

「……なら、代わりにエリーゼに、謝っておいて、くれ……君には、心無いことを……言ったかも知れぬ、と」

 

「心無いこと?」

 レイアは困惑しながら問い返す。

 

 ミラは自らの胸に震える指先を当て、静かに語った。

「四大と……久々に触れ合えた時……言いようの無い感情が、私のここに流れたんだ。きっと……それを奪われたら、大事な何かを失った悲しみが、ここを支配するのだろうな、と……気付けたほどに……。それを私は、エリーゼにしてしまったのだと……」

 

「……だ、ダメだよ、ミラ」

 レイアの声が震える。

「そういうのは、ちゃんと自分の口から言わないと!」

 

「そ、そうだよ!」

 ジュードも必死に頷く。

「だから、そんなこと言ってないで、早く体を治して……」

 

 だが、ミラはかすかに首を振る。

「無茶言うな。最後のあれ、は、四大の力とも、共鳴、していた……。あれを、まともに受けた、私の体、は……もうすぐ、終わ……」

 

「ミラ!!」

「ミラ!!」

 

 ジュードとレイアの叫びが響く。

 しかし、ミラの瞼は次第に重くなり、意識は闇に沈もうとしていた。

 

 その時、彼女の胸元から淡い光が零れる。

 ジュードの目に飛び込んできたのは、小さなペンダントだった。

 

「これ、を……」

 かろうじて伸ばされたミラの指が、その光をジュードの手のひらへと託す。

 

「これって……ミラが昔、遊んだ子供にもらったっていう……」

 

 ジュードの手のひらで、煤けた空気の中、ペンダントの輝きだけが清らかに灯っていた。

 ミラの指先はその輝きをなぞるように震え、かすれた声が空気を震わせる。

 

「ああ。終わり方は、悲惨なものでは、あった、が………それでも、あの瞬間は確かに、友だった……友……だったのだ……」

 

「何を言って……」

 

「だから、これは紛れもなくその証……友の証、だったから……君に、貰ってほし、い」

 

「僕に?」

 

「ああ。君とこの世界で出会えたことは……私にとって、とても幸運であった、から……」

 

「そんなの! そんなの僕の方だって……!」

 

 涙に滲む視界の中、ジュードは声を張り上げる。だがミラは首を振り、穏やかな微笑を浮かべる。

 

「だから、こそ、受け取って欲しい……私と友であったことを……どうか……どうか、忘れないで欲しい。マクスウェルたる私は、死なぬ、が……この記憶は、戻らない、から……」

 

「忘れる訳無い!! 忘れることなんて出来る訳が……」

 

「ふふっ。そうか……そう、だな……。それが、人、なのだった、な。……どうやら私は、どこか、失うことに、無頓着過ぎたの、やも、知れん。この体が消えようとも、私が死ぬ訳ではないから、と」

 

 ミラの瞳から徐々に光が失われていく。

 一方で、その目に映る光景は、まるで美しいものであるかのように、ミラの微笑みは未だ絶えない。

 

「……ああ、だけど。今になって、ようやく理解し、た。これが、失うことへの、恐怖、というやつだ、と。私も……できれば、忘れたくは、ないと……。君と、君たちとの日々だけは、消えて欲しく、ない……と……。今になって、やっと、私、は……」

 

 その声は風に掻き消されるように細り、最後にはただ笑顔だけが残った。

 

 天を仰ぐミラの瞳が閉じられる。

 握った手からはすでに力が抜け落ち、ジュードの指先には虚ろな冷たさだけが残る。

 

「……ミラ?」

 返事はない。

 

「嘘……。嘘……だよね?」

 レイアの震える声が爆心地に木霊する。

 

「起きてよ! ミラ! ミラ!!!」

 

 必死に呼びかけるジュードの声も、空虚な空へ吸い込まれていくだけだった。

 

 次の瞬間、ミラの身体が淡い光を放ちながら塵のように崩れはじめる。

 風に煽られた灰が舞い上がり、指先から肩、そして胸元へと──彼女の存在を少しずつ奪っていく。

 

「だ、ダメだ!! ダメだよ! どこにも行っちゃヤダよ! ミラ!! ミラ!!! ミ……!!」

 

 ジュードは必死に崩れていく体をかき集めようとする。

 しかし、その掌をすり抜けるように光の粒は風に散り、ついには跡形もなく消え去った。

 

 残されたのは、イバルが誂えた服と、ジュードが取り付けた医療ジンテクスだけ。

 無惨に地面へと横たわるそれらが、かつてそこにミラがいた証でしかなかった。

 

「そんな……」

 レイアは口元を押さえ、涙が零れる。

 

「……ミ、ラ……。………………ミ、ミラァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 ジュードの絶叫が空へと突き抜けた。

 だがその声は虚しく広がるだけで、聞く者はもうどこにもいない。

 

 爆心地の静寂。

 灰色の空。

 風に攫われる涙のように、ミラは完全に消えてしまったのだった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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  • 1~2000文字以内
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