フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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残された者たち

「マクスウェル様!? ……ぐっ!!」

 

 空を優雅に舞っていたはずのミュゼの身が、突如としてぐらりと傾いだ。

 翼をひらひらと揺らしながら、彼女は必死に体勢を整えるが、動きは明らかに不安定だ。

 

「マズイ……私を使役してくださっていたマクスウェル様が、こちら側の世界から居なくなったせいで、私の存在維持のための拠り所が……あぁ、もう! 早くこいつらを皆殺しにしなきゃいけないのに! そうじゃなきゃ……そうじゃなきゃ、私の存在意義が無くなっちゃうのに!!!」

 その叫びは絶望的な空を切り裂き、耳障りなまでに鋭く響いた。

 

 怒りに駆られるまま、ミュゼは光刃を散弾のように放ち、敵兵や空を漂う船へ容赦なく叩きつけていく。

 爆炎と悲鳴が夜空を裂き、それを背に、彼女は乱れ飛ぶ光の尾を残しながら戦場を離脱した。

 

「……覚えてなさい!! 異界の蛮族ども!!!!」

 

 憎悪を残響のように撒き散らしつつ、やがてその影は煙の向こうに消えていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……おのれ。空からちまちまと小賢しい真似を」

 

 戦場を別の位置から見上げるガイアスの瞳には、漆黒の船が幾つも浮かんでいた。

 

 閃光を散らしながら、兵士を次々と滑空させるその姿は、まるで空そのものが敵意を持って降りてきたかのようであった。

 

「もう、降りてきたら可愛がってあげるのに!」

 プレザが血に飢えた獣のように吠える。

 

「陛下。ここは撤退するべきかと。流石に不測の事態が起きすぎております」

 冷静に進言するウィンガルの声にも、隠しきれぬ焦りが滲んでいた。

 

「うむ……」

 短く応じるガイアス。その眉間には深い皺が刻まれている。

 

「では、殿は儂かのぉ」

 ふいにジャオが口を開いた。

 その巨体はすでに傷だらけで、肩も脚も重く引きずっている。

 

「ジャオ!?」

 プレザが振り返る。

 

「見ての通りのこの体。機敏には動けますまい」

 

 覚悟を固めた男の瞳は、戦火の中でなお静かに澄んでいた。

 その姿に、ガイアスは言葉少なに応える。

 

「……長年、世話になった」

 

 それだけを告げ、振り返ることもなく退路へ向かう。

 背を見せる主君の足取りに、一瞬の迷いもなかった。

 

「みなを頼みます」

 ジャオの声が静かに響く。

 

 ガイアスに続き、ウィンガル、そしてプレザも深く頭を下げて撤退する。

 その姿が煙と瓦礫に呑まれて見えなくなると、戦場にはジャオ一人だけが残された。

 

「ふぅ……」

 ひとつ大きく息を吐き、巨体をゆっくりと構える。

 目の前に広がるのは、押し寄せる敵兵の群れ。数は圧倒的。

 

「全く、数の多いことじゃのぉ。まぁよい、最後の足掻きじゃ! 付き合うてもらうぞ!!」

 

 力強い声が地を震わせ、ジャオは大槌を構える。

「霊力野(ゲート)……全っ開!!」

 

 轟音とともに解き放たれた力を背に、ジャオが敵に向かって突撃していく。

 

 津波のように敵兵を薙ぎ払うその姿は、まさに敵にとっては絶望そのもの。

 轟音と悲鳴が交錯し、数瞬で大地は血と煙に覆われた。

 

 それでも、空にはなお黒き巨船が残っている。

 船腹から膨れ上がる眩い光――黒匣をも凌ぐ、圧倒的な砲撃の予兆。

 

 地に伏す兵士を尻目に、その光の眩しさに手を翳しながらジャオは覚悟を決める。

 

 そして――

 

 轟、と天地を揺るがす音が鳴り渡る。

 その一撃は、遠く撤退したガイアスたちの耳にまで届いたであろう凄絶な砲声だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……嘘だ。……嘘だ嘘だ嘘だ! ミラ様が死んだ?」

 

 それは吹き飛ばされていたイバルが体を起こした際に知った現実。

 

 ジュードの腕の中で消失したミラを見たことによる、イバルの現実逃避の始まり。

 

「そ、そんな訳無い! だって、ミラ様は俺が助けたんだ! 四大様を解放し、ミラ様がこんな奴らを蹴散らして、俺こそが巫子だと分かって頂いて……って、そうだ! そうじゃないか!!」

 

 しかし、すぐさま顔をパーっと明るくするイバル。

 

「大精霊であるミラ様が死ぬことなんてありえない! そのお体が無くなろうとも、マクスウェル様もまた四大様と同じく永久不滅なのだから、いずれ新しいお体で、この世界へのご降臨をなされるに違いないじゃないか! ……となれば!! 急いでニ・アケリアに戻り、ミラ様をお迎えする準備をせねば!!」

 

 そうしてこの場を走り去るイバル。

 

 たとえそれが、自分を忘れているミラだとしても、彼にとってはどうでもいいとでもいうように、彼の笑顔は少しも陰りを見せてはいなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……行こう、ジュード。早くここから逃げなくちゃ」

 

 戦場の跡地には、風が吹き抜ける音しか残されていなかった。

 黒煙はまだくすぶり、焦げ臭さと血の匂いが混ざり合って、胸の奥に重く沈んでいく。

 

 瓦礫の間に膝をつき、涙で濡れた頬を俯かせているジュードを、レイアは必死に引っ張った。

 

「ミラ……ミラ……」

 ジュードの声は、世界のすべてが崩れ落ちた子供のようにか細く、震えていた。

 

「ほら! 早く立って!!」

 彼女は声を張り上げる。けれど、その手応えは虚ろで、まるで人形を抱えるように頼りなかった。

 

 歩く意思を持たないジュードの腕は、鉛のように重く感じる。

 涙を飲み込み、レイアは己に言い聞かせる。

 

「ジュード……。……って、私まで悲しんでどうするの! ミラにも頼まれたじゃない……ジュードを守れって。だから、だから私が助けなくちゃ!!」

 

 羞恥を振り払うように、彼女はジュードの腕を自分の腕に絡ませ、半ば抱きかかえるようにして前へ進む。

 一歩ごとに足元の石が砕け、焦げ跡の地面に靴音が響く。

 

 だが――

 

「ん? そこの女! 止まれ! そこで何をしている!!」

 

 正面から鋭い声。

 

 見れば、黒煙の帳を割って二人の兵士が現れた。金属の鎧を軋ませ、剣を抜いてこちらを睨みつけている。

 彼らの背後には、空を覆う巨大な船影。つい先ほど降り立ったのだろう。

 

「嘘っ!? 新手!? ……仕方ない!!」

 

 レイアは息を呑み、ジュードを慌てて近くの茂みに押し込む。

 そして、自らはその前に立ち、兵士たちを迎え撃つように広い道へ躍り出た。

 

「貴様の恰好……ア・ジュールでもラ・シュガルでもないな? ならお前はいったい……」

 兵士の一人が訝しげに目を細める。

 

 だがレイアは、場違いなほど大げさに胸を張った。

 

「さぁさぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

 

「な、なんだ?」

 

「……は、ちょっと違うか。ごほんっ!」

 レイアは自分に気合を入れ直すと、両手を広げ、声を張った。

「改めて……さぁさぁ! 遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! ル・ロンドが誇る憩いの宿屋、宿泊処ロランドが看板娘、レイア・ロランドの晴れ姿! とくとご覧にいれましょう!!」

 

「何を言ってやがる?」

 

「……まぁいいさ。味方以外は好きにしろとのお達しだからな。だから……」

 

「ああ、そうだな」

 

 兵士たちの口元が歪む。

 兜に隠れていても、舐め回すような視線が肌を這うのがわかった。

 

「ホント、男って最低!」

 

 レイアは棍を握る拳に力を入れつつ、呼吸をゆっくり整えていく。

 胸にこみ上げる恐怖を押し殺し、その代わりに明るい声を張り上げた。

 

「……でも、残念でした! 私はあなたたちなんかにやられるようなひ弱な女の子じゃないから! ……そう! だってこの私は――ジュードのためだったら、何だってできちゃうんだからー!!!!」

 

 叫びと同時に、レイアは地面を蹴った。

 舞い散る土埃の中へ、兵士たちへ一直線に飛び込んでいく。

 

 鋼と鋼がぶつかる金属音。

 火花のように弾ける衝撃の余韻。

 

 戦場に再び、新たな小さな火花が散り始めた――。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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