フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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会戦の終わり、新たな始まり

 ――暗闇。

 

 その中で唯一、冷たい白光を放つ照明だけが煌々と降り注いでいた。

 光が届くのは部屋の中央、金属製のベッドに縛り付けられた一人の少女――エリーゼだけ。

 

「いやぁぁぁああぁっぁああ!!!!」

 

 甲高い悲鳴が、密閉された室内を突き破るように響き渡った。

 両手足を太い拘束具で固定されたエリーゼの小さな体は、弓なりに反り返り、限界まで震えていた。

 

「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……!!」

 

「やめてよ! やめて! もう酷いことしないでよー!!!」

 

 エリーゼと、側の台に固定されたティポの必死の叫びが辺りに響く。

 ――だが、誰も止めてはくれない。

 

 無機質な研究員たちの声だけが、無情に響く。

 

「霊力野(ゲート)の活動、赤色域を超過。マナ放出、瞬間値六十万レールを突破しました」

 

「続けろ」

 

 短く冷たい命令が飛ぶ。

 

「いやぁあぁあああっぁぁぁぁああぁぁぁああ!!!」

 

「お父さん! お母さん!!」

 

 幼い声が喉を裂き、血の涙は止めどなく頬を濡らす。

 ティポもまた必死に叫ぶが、その声は誰の胸も打たない。

 

「瞬間値六十五万レール到達! しかし、これ以上の負荷は……」

 

「構わん、続けろ。霊力野(ゲート)とかいう機能が残ってさえいれば、おそらく実験は続けられるだろうからな」

 

「……は」

 

 無表情な声とともに、さらに強まる負荷。

 光る装置の脈動とともに、エリーゼの細い体は痙攣し、声にならない悲鳴が喉を破壊していく。

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!!!」

 

 その様子を、別室からモニター越しに見ている者たちがいた。

 

「おうおう、随分とお楽しみなこって」

 

 低く笑う声。ジランドだった。

 煙草の煙のように濁った視線で、モニターに映る少女の苦悶を眺めている。

 

 一方で後ろに控えるアルヴィンは、モニターから聞こえる声を必死に聞かないようにと視線を逸らしつつ目を閉じている。

 

「とはいえ、リドウの奴。せっかく捕まえた被検体を壊す気か?」

 

 吐き捨てるような言葉に、隣で白髪の男が肩をすくめた。

 

「あれは焦っているのだろうよ。自分の研究は今まで何一つ実を結ばず、資金提供も打ち切られる寸前まで追いつめられていたのだからな」

 

 冷淡に告げる声。

 それは同情でも擁護でもなく、ただ事実を語る調子だった。

 

「それよりも……本当に“精霊”などというものが存在するのか?」

 

 疑念を含んだ眼差しが、ジランドに向けられる。

 

「ああ、それは間違いねぇ。その証拠に――」

 

 ジランドが腕に巻いた装置のスイッチを押す。

 途端に冷気が立ち込め、空気が震え、氷の結晶がきらめいた。

 

 現れたのは、氷の衣を纏う女。

 凍てつく気配を纏った精霊――セルシウス。

 

 彼女は無言のまま二人を見下ろし、その瞳は透明な氷のように冷たく揺れていた。

 

 セルシウスは冷たい沈黙をまとったまま、無言で室内を漂っていた。

 青白い冷気が床を這い、壁の計器に薄氷を貼り付けていく。その存在は確かに「精霊」としか言いようのない神秘でありながら、同時に人の理解を拒む不気味さを放っていた。

 

「……ふん。改めて目の当たりにしても、ゾッとするな」

 

 白髪の男が低く吐き捨てる。

 視線の先にはセルシウスだけでなく、モニターに映る苦痛に身を捩らせる幼い少女の姿もあった。

 

「精霊術という得体のしれない力もそうだが……そんなものと共生関係を築いてきた蛮族がいるとはな」

 

 冷淡な声に、別の男が口を挟む。

 

「どのような世界にも、そこに根付いた文化があり、信仰がある。それをひとたび気にしだせば、キリがないものだぞ、ビズリー」

 

 重々しい声とともに現れたのは、深い皺を刻んだ白髪白髭の老人だった。

 

「流石は歴戦の勇士と名高きダン・ブラックモア殿。言うことに深みがある」

 ジランドが、わざとらしく口端を吊り上げて応じる。

 

「わしに諂う必要はない」

 ダンは冷めた眼差しでジランドを見返した。

「わしはただ、妻の平穏を取り戻したいだけの老兵よ」

 

 その言葉は、確かに真摯な響きを持ちながらも、どこか死者の声のように冷ややかだった。

 ジランドは鼻で笑い、つまらなさそうに肩をすくめる。

 

「それよりもだ」

 ダンは視線をモニターへ戻した。拘束台の上で泣き叫ぶエリーゼを映した画面が、薄暗い部屋を血色に染めている。

「あのような幼子にまで手を出す我らこそ、ゾッとする存在ではないのかね?」

 

「……だろうな」

 ビズリーが短く肯定する。

「だが、もはやエレンピオスは死に絶えるだけの世界。綺麗ごとでは立ち行かぬ。貴殿もそれを理解した上で、この計画に参加したのではないのか?」

 

「無論だとも」

 ダンは頷く。

「私はただ、妻と静かな余生を過ごせればいいと、な。ただし……」

 

「ただし?」

 ビズリーが眉を動かす。

 

「それでこの世界の住人に恨み殺されても、仕方のないものだと理解して、だ」

 

 その言葉に、一瞬の沈黙が流れる。

 やがてビズリーは小さく目を伏せ、「……そうだな」と呟いた。

 

「まぁ、それぞれの思惑は好きにすればいいさ。それよりも――例の計画には必ず協力してもらうぞ? どうやら本当に“断界殻(シェル)”は、あの女が死んでも維持されているようだからな。おかげで、あれを推進できる」

 ジランドが手を叩くようにして会話を断ち切る。

 

「わかっているさ」

 ビズリーが冷然と頷く。

 

「邪魔はせん」

 ダンもまた、短く答えるだけだった。

 

 こうして謎の一団との話を切り上げたジランドは、アルヴィンを従えてその部屋を出る。

 

 扉が閉じられた瞬間、彼の口から噴き出したのは、抑えきれない嗤いだった。

 

「……ふふふ……アーッハッハッハッハッ!!」

 

 甲高い笑声が壁を震わせる。

 ジランドの顔は狂気に歪み、目は子供のような昂揚に輝いていた。

 

「俺はやった! ついにやったんだ!!」

 吐き出される言葉は止まらない。

「はやった! ついにやったんだ!! 俺を認めなかった奴らを見返す時が!! 馬鹿どもに現実を叩きつけてやる瞬間が!! ……思い知るがいい、スヴェントのクズどもめ!! この俺がエレンピオスの救世主となった暁には! 俺の名が! 功績が! エレンピオスに轟くことになったその時には!! てめぇら全員、俺が飼い殺しにしてやるからな!! ハッハッハッ! アーッハッハッハ!!」

 

 笑い声は狂気の熱に満ちていたが、その熱に温められることのない視線が一つ。

 

 アルヴィンは黙して立ち尽くしていた。

 苦々しく、冷めた目でジランドを見据えながら。

 

 その胸に渦巻く思いは誰にもわからない。

 ただ一つだけ確かなのは――

 

 彼は、決して裏切らぬと誓ったミラを、またも裏切ってしまったのだという事実だった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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