船上での一時
海面を静かに滑る巨大な船体は、まるで空を駆ける鷲のような威厳を湛え、黒と金で装飾された艦首は、優美でありながらもどこか鋭利な雰囲気を漂わせており、双胴の構造がその異質さを際立たせている。風をはらんだ無数の帆が高く掲げられ、碧空を背景にたなびくその様は、まるで天空をも征するかのようだった。
中央の構造物は、重厚な円形の建築を思わせ、甲板には木箱や荷が整然と積まれていた。
大都市との別れ、そしてラ・シュガル軍最強の騎士との戦いを終え暫くした後、船上を歩きながらひときわ大げさに両腕を広げたのはアルヴィンだった。
「いや~、参った参った。まったく、あの船長の奴、がめついったら。おかげでこっちの資産はパーってね」
乾いた海風が頬を撫でる中、懐から取り出した巾着袋を逆さに振ると、期待するような金属音はなく、乾いた風が吹き抜けるだけだった。中身が空であることを示すように、彼は袋をひらひらと振り、どこか芝居がかった仕草でジュードたちに突きつける。
後方を少し遅れて歩いていたマシュは、肩に乗せた小動物――フォウと呼ばれる愛らしい獣の毛をなでながら、淡々と口を開いた。
「仕方の無いことかと。我々は不法乗船に加え、あの騎士王アルトリアに追われていた身の上。到着後にア・ジュール軍経由でラ・シュガルに引き渡されないためには、必要な経費であったと」
二人の言葉を聞きつつ、ジュードはうつむき加減に歩を進め、胸の奥に渦巻く不安を抑えきれずにいた。
「まさか、こんな裏取引にまで関わっちゃうなんて……」
その声に、アルヴィンが振り返り、軽く片目をつぶって笑ってみせる。
「まぁまぁ、そう気を落とすなって。こんな経験、滅多にできないって思えば、逆に得した気分にもなるだろう? 要は気の持ちようだよ、気の持ちよう」
慰めのような言葉だったが、軽薄さは隠しきれない。ジュードは唇をかみ、絞り出すように返した。
「気の持ちよう、って言われてもさ……」
そのとき、横を歩いていたミラがぴたりと足を止め、鋭い眼差しを向ける。
「それよりもお前たち、どうして私たちを助けた? あんな状況で我らを逃がすメリットなんて、お前たちにはないはずだ」
その言葉にはジュードも気になっていたと顔を上げ、二人を見やる。
すると、アルヴィンは一瞬だけ真顔を見せたが、すぐに口角を吊り上げた。
「決まってるだろう? 金になるからさ」
「お金?」
「ああ。あんたらみたいなのが軍に追われてるってことは、相当やばい境遇だ。そいつを助けたとなりゃ、結構な金をせびれるだろ?」
その言葉にジュードは首を振った。
「でも僕、お金なんて持ってないよ。そんな状況じゃなかったし」
「生憎、私もだ」ミラも短く答える。
二人の言葉にアルヴィンは肩をすくめてみせた。
「だよな~。さっきの話し合いの時には知ってた。まぁ、そっちの僕ちゃんは最初からあてにはしてなかったけどさ」
「ぼ、僕ちゃん?! ぼ、僕はジュード! ジュード・マティス! 僕ちゃんはやめてよ!」
子供扱いに対する抗議の声に、アルヴィンの眉が一瞬だけ動く。
「マティス? その名前って……」
「……な、何か?」
自分のことを何故か怪訝な目で見るアルヴィンに、ジュードは首を傾げるも、アルヴィンの方はと言えば、すぐに笑い声でごまかした。
「――ハハハ。悪い、何でもない」
「?」
「……それよりも、俺はアルヴィン。そんで、そっちがマシュな」
「マシュ・キリエライトです。そしてこちらはフォウさんです」
自分の名前は淡々と答えた割に、肩の上のいる小動物の紹介は少し柔らかな声で紹介するマシュ。
おかげでフォウもまた、「フォウ!」と元気よく鳴いた。
「えっと……その子って精霊、だよね?」
しかしマシュは小首をかしげ、真っ直ぐに答えた。
「フォウさんはフォウさんですが?」
「え?」
「?」
純粋無垢な瞳に見つめられ、ジュードは言葉を失った。胸に浮かんだ疑問は霧散し、代わりに曖昧な笑みだけが浮かぶ。
「……あ、うん」
その場の空気に押されるようにして、彼は小さく呟くしかなかった。
「ミラだ。すまないが、先ほど言った通り金はない。それに時間もないから、他のモノで代用してくれると助かる」
凛とした声音で告げるミラの姿は、まるでそれが当然の権利であるかのように堂々としていた。
しかし、返ってきたのは気怠げな笑みだった。
「他のモノって言われてもね~。あれだけ危険を冒してまで助けたのに、金以外は正直価値はねぇよな」
どこか打算的に、而して本当に困っているように、両手を後頭部にやりながら体をひねらせるアルヴィンに、ミラは小さく唸り、腕を組む。
「うむ……とは言われても無いものはない。ニ・アケリアの私の社まで戻れば、価値あるモノを提供できるかもしれないが」
「ニ・アケリア?」と、アルヴィンが眉をひそめる。
「ミラが行こうとしている所。ハ・ミルって村の奥にあるみたいなんだ」
ジュードが説明を補うと、アルヴィンは「ほぅ」と短く相槌を打った。
「まぁなんかよく分かんないけど、そこまで行けばか……」
視線を空に移しつつ、手を顎に持ってきて思案するアルヴィン。その様子を、ジュードとミラは異なる感情で見守っていた。
ジュードは「高額な要求を突き付けられるのでは」と内心ひやひやし、ミラは「早く条件を明確にせよ」と言わんばかりの視線を投げている。
やがて、長考の末にアルヴィンはため息を漏らした。
「……しょうがねぇ。このままタダ働きって訳にもいかねぇし、俺たちに特別重要な用事もある訳じゃねぇからな。それならそのニ・アケリアって所を目指しつつ、道中こっちの手伝いをしてもらって金を稼ぐ。んで、不足分はおたくの家まで行ったら価値ある物を頂く。妥協案としたらこんなもんだろうが、それでいいかい?」
「それは構わないが、お前の手伝いとはなんだ?」ミラが眉を寄せる。
すると横でジュードが首を傾げた。
「そもそもアルヴィンって何してる人? 軍人みたいだけど……ちょっと違う感じだし」
「へえ、いい線いってるよ」アルヴィンは唇の端を吊り上げた。「傭兵だ。金は頂くが、人助けをする素晴らしい仕事」
「ふむ。それは感心なことだ」ミラは素直に頷く。
「ミラ……あんまり真に受けちゃダメだよ。中にはお金で人殺しの依頼まで引き受ける人がいるんだから」
「む? そうなのか?」ミラはすぐさま眉根を寄せる。
「中にはいるってだけさ。俺たちは違うぜ? なぁ?」
その言葉に、少し遅れて歩いていたマシュが静かに応じる。
「確かに。少なくとも私は、その手の仕事を引き受けたことはありません」
「おいおい、その中に俺も入れとけよな。ったく……見た目はいいのに、本当愛想が無いったら」
やれやれと両手を挙げて見せるアルヴィン。その視線の先で、茶化された張本人のマシュは、表情を変えることなく肩の上のフォウと戯れていた。小さな生き物を指先で撫でる彼女の顔には、ほんのわずかな柔らかな微笑みが浮かぶ。
「……まぁ、俺がどうかはこの際どうでもいいだろう?」アルヴィンが話を戻す。「おたくらは俺たちのために働く。内容は人殺し抜きで。それで何か問題あるかい?」
「うむ。そうだな」
「まぁ、助けてもらったのは本当だもんね」
ミラが短く頷き、ジュードも苦笑しながら同意した。
アルヴィンは満足げに両手を叩いた。
「OK! 商談は成立だ。これから宜しくな、ご両人」
こうして、半ばなし崩し的に二人との旅の同行が決まったジュードは、胸の奥にわずかな不安を抱えながらも、ミラと共にハ・ミルを目指して歩き出したのだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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