「いや~、久々の陸地だな」
茜色に染まる空はまるで、燃えさかる焔が雲間をゆるやかに流れているようだった。
船を降りたアルヴィンが両腕を伸ばし、深呼吸をひとつした。長旅の緊張を解きほぐすような仕草に続き、ジュードたちも甲板を後にする。
目の前に広がるのは、イラート海停と呼ばれる港町。円形の建築群が取り囲むように並び、その中心には大きな柱を支えにした回廊が空を切り取っていた。建物は黒を基調とした重厚な造りで、穏やかな曲線を描いた屋根が調和のとれた静謐な景観を作り出している。
階段や通路は整然と配置され、建築の隙間からは木々の緑がわずかに顔を覗かせていた。遠くには灯りのついた店の軒先が見え、日暮れのような街にはの波止場には大小さまざまな船が係留され、潮の香りと魚の匂いが入り混じった空気が漂っていた。海鳥の鳴き声と荷を運ぶ人々の掛け声が響き、雑多な活気に包まれている。
ジュードはしばらく言葉を失い、ただ空を見上げる。
「本当に、ここはア・ジュールなんだね……」
その声音には、不安と心配が入り混じっていた。見知らぬ異国の地に足を踏み入れた実感が、ようやく胸の奥に広がっていく。
「とはいえ、カン・バルクやシャン・ドゥに比べれば、まだまだこの辺はア・ジュールって感じはないはずだぜ?」
「そう……」と短く答えるジュード。
その横顔はまだ寂しげで、遠いものを見ているようだった。
「……ははぁ、ジュード君は未だ心ここにあらず、っと。船の上ではまだ現実味が無かったって感じか」
「それは……」
目を細めながら、どこか茶化すように語るアルヴィンの言葉に、ジュードは言葉を詰まらせる。
実際、今のジュードの心を支配するのは後悔や寂寥感。まさか自分がこんな所に来ることになるなんてという、予想だにしていない未来への困惑だった。
一方、そのやり取りを遮るように、ミラが真っ直ぐな声を放った。
「それよりもジュード。ニ・アケリアはどっちだ? いや、途中どこかへ行くのが先だったか?」
「おいおい、いきなりだな」アルヴィンが苦笑する。
「感傷に浸っている場合ではないのでな。早々に四大を取り戻さねば」
何も考えていないかの如く、あるいはそれ以上に大事なことがあるとでもいうように、すぐさま自分の目的を口にしたミラに対し、アルヴィンは片手をひらひらと振りつつ、苦笑いを浮かべる。
「しだい……が何かは知らねぇけどさ、ちょっとは気を遣ってやるべきじゃねぇの?」
「気を遣う?」ミラは小首を傾げる。
「そうそう。いきなりこんな所――ラ・シュガルからア・ジュールに来る羽目になったジュード君。そんな子がセンチメンタルになってるってんだから、もちっと優しい言葉をかけてあげたりとかだね~」
「うむ……」ミラは真面目な顔つきでジュードを振り返った。「ジュード、君は優しい言葉をかけて欲しかったのか?」
「え? いや、別にそうじゃないけど……」
顔を伏せるジュードと、首を捻るミラ。二人の間に噛み合わない空気が流れる。
「……ダメだこりゃ」アルヴィンは頭を掻き、肩を落とした。「おたくの方が人の心がわかんないって言われそうだな」
「?」ミラは首を傾げるばかりだった。
「……まぁいいさ」アルヴィンは気を取り直すように声を張った。「なんにせよ、おたくらにはしてもらわないといけないことがあるからな。ニ・アケリアってところは少しだけ後回しな」
「先ほど言っていた傭兵の仕事か?」
「それだけじゃないさ。さっき俺たち、リリアルオーブに制限かけられちまっただろう?」
「リリアルオーブ……これか?」ミラが胸に取りつけているガラス玉のような物に指を触れる。
「そもそも、これは何なのだ? 旅立ちの時、無理矢理持たされたが」
「マジか。そんなことも知らずに使ってたとか、やっぱりどこぞのお嬢様なんじゃねぇの、おたく」
ミラの言葉にアルヴィンが呆れてしまう。
代わりにマシュ。
「リリアルオーブ。リーゼ・マクシアの創世記以前から存在するといわれている、人間の潜在能力を拡張させる機能を有する被造物です」
「潜在能力の拡張?」ミラが首を傾げる。
「簡潔に言えば、人間が魔物と戦えるようになるための物ということです」
「なるほど。非力な人間には必要不可欠な品だな」
「随分、他人事だな。おたくもその人間様だってのに」
「うむ、そういえばそうだったな」
アルヴィンが呆れたように言うと、ミラはさらりと答えるが、おかげでアルヴィンは「?」と更に首を傾げるばかりだった。
「しかし、そんな時代からこんな物があったとはな。ふむ……」
そうしてじっくりとリリアルオーブを見つめるミラだが、”知らない物を眺めている”というよりも、何か別のことを思って眺めているようだったとアルヴィン。
「???」
理解できないまま肩をすくめるのだった。
――リリアルオーブ。
それは人間の力を拡張する古代の遺物であり、装着者同士の共鳴(リンク)を可能にする被造物。しかし同時に、制御次第では罪を背負う者に制限が課せられる効果があるという、人間社会にはもはや必要不可欠な代物。
といった具合に解説していたアルヴィン。
「という訳で、こいつは優れもんだけど、俺たちみたいな罪人は、こうしてリリアルオーブの機能を制限されちまうって訳」
「当然と言えば当然ですが」マシュは真面目な声音で頷いた。「悪人に力を付けさせたままでは、何をしでかすか」
「ま、そゆことだわな。ちなみに、こいつを持っている者同士では共鳴(リンク)って連携もできるんだぜ?」
「ほう」
「でも今は制限がかかってるから、詳しくはまた今度な」
「それで、その制限はどうすればいい?」
「簡単さ。また新しく経験を積んでリリアルオーブを拡張していけばいい。そのためにも、まずはおたくら共々、傭兵の仕事をして1から鍛え直さねぇとな」
そう言ってアルヴィンは、くるりと踵を返し歩き出した。
「うむ……正直、急いでニ・アケリアに向かいたいのだが」
「承服しかねます」マシュは即座に返す。「リリアルオーブはおろか、今のレディはそもそも戦闘自体ができないご様子。であれば、肝心な時に魔物や追手との戦闘となった際には……」
「――なるほど、道理だな」ミラは静かに頷いた。「ジュードの言う、引き返すことも前進というやつか」
「ミラ……」ジュードはその言葉を感嘆したように呟き返す。
「そうそう。って訳で、まずは依頼所に行こうぜ」アルヴィンはにやりと笑った。
「依頼所?」
「言葉通りの場所さ。俺たちみたいに戦いを生業にしている奴らに、戦えない奴らが依頼を寄越すって場所でさ。ここに行きゃなんかはあるからな。そこでの依頼をこなしつつ、リリアルオーブの機能を拡張させていけば、金も稼げて一石二鳥ってね」
「なるほど。では、すぐにそこへ行こう」
「あいあい。お姫様」
予想通りのミラの言葉に、アルヴィンが軽口を飛ばしつつも、一行は喧騒に包まれる港町の通りへと歩みを進めていった。
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