フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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――謎の少女と謎の淑女――
果樹園の村と腹ペコのミラ


 街道を進むにつれ、甘やかでふくよかな香りが風に乗って漂ってきた。鼻孔をくすぐるその匂いは、まるで誘うように一行の足を緩めさせる。見渡せば一面に広がる果樹園。木々の枝には赤や黄色の果実がたわわに実り、陽光を浴びて宝石のようにきらめいていた。

 

 そこは赤い瓦屋根の建物が並ぶ小さな村だった。土の道がゆるやかに曲がりながら村の中心へと続き、道の脇には整然と積まれた木箱と、柔らかな日差しを受けて影を落とす大きな岩が立っている。道沿いには木々が優しく枝を広げ、その根元には小さな花々が咲き乱れ、紫色の花びらが風に揺れていた。二階建ての木造建築が静かに佇み、周囲には低い木柵が牧場のように囲いを成している。穏やかな光に包まれたこの場所は、時がゆっくりと流れているようだった。

 

 ジュードは思わず目を細め、深く息を吸い込む。

 

「果物がいっぱいだ。甘い匂いがするね」

 

 彼の言葉に、アルヴィンは肩を竦めながらも口の端を吊り上げた。

 

「酒の匂いもな。果樹園でもやってるんじゃないか」

 

 目的地であるニ・アケリアへ向かう道中、偶然立ち寄ったこの村――ハ・ミル。到着して早々、村全体を包む甘い香気に一行は心を奪われていた。

 

 ジュードは記憶を辿るように呟く。

 

「確か、ここはパレンジやナップルの生産で有名だったはずだけど……」

 

 マシュがすぐさま頷き、静かな声で補足する。

 

「はい。特にここの名産となるパレンジワインは、多くのワイン愛好家たちに好まれていたと記憶します」

 

 その言葉にアルヴィンの顔が一気に輝いた。

 

「おいおい、マジか! 発光酒ってここで作っていやがったのか」

 

 きょとんとしたジュードが首を傾げる。

 

「はっこうしゅ?」

 

「ああ」アルヴィンは得意げに腕を組む。「発光酒は言葉通りの光る酒でな。発酵が進むほど味も輝きもまろやかになるんだ。十年以上寝かせたものは、月明かりのように輝く『ムーンライト』と呼ばれる超高級品で、俺も一度飲んだことがあるが、あのうまさは他のワインとは格別に――」

 

 説明の途中、場違いな音が響いた。

 

 ぐぅ~。

 

 一同が顔を見合わせ、音の主を探すと、そこには自分でも驚いたかのように自分のお腹を見つめるミラがいた。

 

 ジュードは目を瞬かせ、思わず口にする。

 

「え? ミラ?」

 

 ミラは真面目な顔のまま答える。

 

「うむ。話を聞いていたら突然、腹が鳴って……」

 

 次の瞬間、彼女は糸が切れた人形のように前のめりに崩れ落ちた。

 

「ちょっ!? ミラ?!」ジュードが慌てて駆け寄る。

 

「おいおい、大丈夫かよ。今、絶対にしちゃいけない倒れ方をしたぞ?」アルヴィンも眉をひそめた。

 

 ジュードは慌てながらも必死にミラの容態を確認する。心臓は打っている、熱もない。ただ、顔色はやや青ざめているように見えた。

 

 マシュが首を傾げ、冷静に口を開く。

 

「なにか異常がおありだったのでしょうか?」

 

「熱はないみたいだけど……。今、どんな感じ? 体が痛いとかある?」ジュードは不安を押し隠しながら問いかける。

 

 ミラは瞼を重くしながらもかすかに言葉を紡ぐ。

 

「いや、それはない。ただ……力が入らない」

 

「力が入らない? そういえば、さっきお腹の音が鳴ってたけど……もしかして」ジュードは思案顔になり、ある一つの答えに行き当たる。

 

「ん? 何かわかったのか?」ミラが尋ねる。

 

「ねぇ……ちゃんとご飯食べてる?」ジュードは恐る恐る問いかけた。

 

 ミラは不思議そうに瞬きをする。

 

「ご飯? ……いや、食べたことはないな」

 

「は? 食べたことないだって?」アルヴィンが素っ頓狂な声を上げる。

 

「えっと……一度も?」ジュードも信じられない気持ちで聞き返す。

 

「うむ。シルフの力で大気の生命子を……ウンディーネの力で水の生命子を……」

 

 ぐう~。

 

 再び腹の音が響き、ミラはついに瞼を閉じる。

 

「ふむ。今は喋るのも億劫になってきた」

 

「あはは……」

 

 ジュードは苦笑を漏らし、アルヴィンはぽかんとした表情を浮かべる。

 

「――何、言ってんの?」

 

「栄養を精霊の力で得ていたということでしょうか?」マシュが真面目に解釈を加える。

 

 アルヴィンは眉間に皺を寄せたまま仲間を見渡すも、誰も完全には理解できていないようだった。

 

「みたいだね。――いいミラ? これからは、ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ?」

 

 ジュードの言葉に、ミラはうっすらと笑みを浮かべ、かすかな声で答える。

 

「そうか……これが空腹というものか。ふふ。興味深い」

 

「……まぁよく分かんねぇけど、ちょっとこの村で休憩だな。どっか休める所があるといいんだが」アルヴィンはそう言いながら周囲をきょろきょろと見渡した。

 

 その時、白髪をきちんと結い上げた老女が、穏やかな笑みを浮かべながら近付いてきた。年輪を感じさせる優しい皺が目元に刻まれ、そのまなざしには長い年月を生きてきた者ならではの温かさと知恵が宿っている。深い赤紫の服に白い毛皮の襟をあしらった装いは、落ち着いた気品を漂わせていた。

 

「おやまぁ、こんな村にお客さんとは珍しい。……って、大丈夫ですかの? お連れさん」

 

 アルヴィンが気軽に手を上げる。

 

「まぁ、何とかな」

 

「失礼ですが、あなたは?」

 

「村長をやっとります」

 

 ジュードの問いににこやかに答えてくれた老婆にアルヴィン。

 

「悪いんだけど、うちの連れが腹ペコでよ。どっか休める所はねぇか」

 

「そうですのぉ……残念ながら村に宿は無いですが、私の家に空き部屋があるので、良ければ使ってくださっても構いませんぞ」

 

「本当ですか?! ありがとうございます」ジュードの声に安堵が滲んだ。

 

「それじゃあお言葉に甘えるか」アルヴィンも頷き、「うん」ジュードが力強く応じた。

 

 こうしてジュードたちは村長の厚意に甘え、力尽きたミラに肩を貸しながら、果樹園の香り漂う村の奥へと歩みを進めるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 薄暗い木造の室内は、窓から差し込むわずかな光と、天井に灯された一つの小さな明かりに照らされていた。

 

「……ふふふ。腹と背中がくっつく。そんなことは不可能だが――なるほど。体験すると、この言葉がよい表現だと感じる。ふふふ」

 

 村長の家へ辿り着いたジュードたち。そんな邸宅の慌ただしくも整えられた食卓にて、ジュードが急いで用意した料理を食べ終え満足げに笑うミラ。その様子はどこか無邪気で、普段の威厳ある雰囲気からは想像できないほどだった。

 

 おかげでアルヴィンは呆れ半分に肩を竦める。

 

「おたくは呑気だねぇ~」と。

 

 マシュが興味深そうにジュードへ問いかける。

 

「それはそうと、ジュードさんはお料理ができたのですね」

 

 ジュードは片付けの手を休めずに答える。

 

「まぁね。医学校に通ってた時は寮で生活してたから、だいたいの家事は自分一人でやらなくちゃだったし」

 

 彼は淡々と言ったが、皿を重ねる仕草にはどこか慣れた動きがあった。その姿を見ながら、アルヴィンが意外そうに笑う。

 

「その割には結構美味かったぜ?」

 

「ふふっ、どういたしまして」ジュードが照れ笑いを浮かべたとき、食卓の向こうでミラがふと声を上げた。

 

「それだ」

 

「ん? 何がだ?」アルヴィンが首を傾げる。

 

「食事というのは、なかなかに楽しいものだ。作られた側は勿論、美味しいと言われれば作った側にも甲斐があったというものだろうし。だからこそ、だ。人は、もっとこういうものを大切にすればよいのだ」

 

「急に哲学的なこと言うのな、おたく」

 

 真剣に語るミラの姿に、アルヴィンは苦笑するしかない。

 

 とはいえ、そう言った相手が空腹で倒れた相手だったのだから、当然と言えば当然だが。

 

 しかし、その言葉に返すでもなく、ミラは大きな欠伸をひとつ。さっきまでの理知的な表情が、ふっと緩んでいく。

 

 ジュードは思わず心配げに尋ねた。

 

「もしかして……寝るのも初めてとか?」

 

「いや、そういう訳でもない。寝る必要はないが……この体の、維持の……ためには……有用な……こ……と……」言葉がしだいに途切れ、ミラの瞼は重そうに閉じていく。

 

「おいおい。飯食ってすぐ寝るとか、赤ん坊じゃねぇんだから」アルヴィンが呆れ声を漏らす。

 

「不思議な方ですね」マシュは真面目に感想を述べた。

 

「と、とりあえず、部屋に運ぼう」ジュードは慌てて布団を用意し、ミラをそっと横たえた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 食卓に戻った一同は、今しがたの出来事を思い返していた。ミラの食欲も睡眠も、彼女の存在そのものの不可思議さを際立たせている。

 

 アルヴィンが腕を組み、不意に切り出した。

 

「さっきの飯食べてなかったってのもそうだが……何者なんだよ? あの美人さんはよ」

 

 誰もが抱いていた疑問。視線がジュードに集まる。

 

 ジュードは一瞬迷ったが、結局は観念したように声を落とした。

 

「……マクスウェルなんだって」

 

「は? マクスウェルだって?」アルヴィンが素っ頓狂に叫ぶ。

 

「うん。正直、僕自身信じられなかったけど……実際に実体化した四大精霊を使役してたから」

 

「マジか!?」アルヴィンの声が高く跳ねた。

 

「ちゃんと見たのも初めてだったけどね。アルヴィンは知ってる?」ジュードが逆に問い返す。

 

「いや、見たことはねぇよ。だが、存在自体は知っているさ。ガキの頃から枕許で、マクスウェルの話を聞いて育ったんだからな」

 

「精霊の主、四元素の使い手。最古の精霊、色々な呼び名がありますが……」マシュが淡々と続ける。

 

 だが、アルヴィンは納得できないという顔をした。

 

「となると、しだいがどうのってのも、四大精霊のこと言ってた訳か。……いや、だとしても、あのお嬢さんが精霊マクスウェルとか、やっぱ信じられねぇよ。ただの人間の女にしか見えねぇし」

 

「同感です」マシュが頷き、ジュードも小さく吐息を漏らす。

 

「だよね……」

 

 眠りについたミラを横目に、三人は沈黙する。その寝顔はあまりに人間的で、神秘の存在とは思えないほど穏やかだった。

 

 そうして、長い静けさの中、不意にアルヴィンがぼそりと呟く。

 

「――ったく、聞いてねぇぞ。こんなの」

 

 その声音は何か別の驚きを含んでいたが、ジュードは気付かず、ただマシュだけが静かに彼を見つめていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「おはよう」

 

 翌朝、扉が開き、差し込む朝の光の中からミラが姿を現した。

 

「あ、ミラ」ジュードが笑顔で迎える。

 

「随分、ぐっすり寝ていたようで。マクスウェル様」

 

「ん? ジュードから聞いたか?」

 

「まぁな」

 

「はい。食事を今までされたことがないと聞いた際、流石に疑問を禁じ得ませんでしたので」

 

 揶揄うように言うアルヴィンに追随するマシュもまた、その事実に興味を抱いているような視線をミラに向けている。表情はほぼ変わっていないが。

 

 一方、その事実をミラの許可も得ずに喋ったことをすぐさま自省したジュード。

 

「勝手に言ったらマズかった?」とミラの顔色を窺っている。

 

「いや、問題は無い。別に隠すつもりも無いからな」

 

「そ、そうなんだ。それなら良かったけど……」

 

 そうしてとりあえずその事実にホッと胸を撫でおろしたジュードは、

 

「あ、そういえば村長さんがね、ニ・アケリアの名前を聞いたことがあるみたい」と、今の話をよく分からないといった表情で見つめている村長に話題を向ける。

 

「本当か?」

 

「え、ええ。確かキジル海瀑の先にあったかと」

 

 そばに居た村長は、今の話しを深く聞くのはいいかと、慌てて話題について話す。

 

「そうか。やはりここを目指して正解だったという訳だな」

 

 ミラの言葉に、「そうだね」とジュードは安堵したように頷いた。

 

「しかし、皆さんはどうしてそのような場所へ? ずいぶん懐かしい名で、私自身あなたたちから聞くまで完全に忘れておったというのに」

 

「まぁ、色々野暮用でな。……まぁ、正直俺たちもよく知らねぇんだけど」

 

 村長のもっともな疑問に対し、アルヴィンは肩をすくめるだけだった。

 

「後で話す。今は先を急ぎたい」ミラが短く言い切った。

 

「そう、ですか……まぁ気を付けて行きなされよ。キジル海瀑は大きな滝つぼもあり、起伏の激しい岩場を通り抜けなければなりませんからなぁ」

 

「ご忠告、痛み入ります」マシュが丁寧に礼をする。

 

「それじゃあ、早速向かいますかね」アルヴィンが腰を上げると、一行は再び旅立つ準備を始めた。

 

 こうして、ジュードたちは新たな目的地――キジル海瀑へと向かうのだった。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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