残されたジュードは、二人の背中をじっと見つめながらぽつりと呟く。
「……なんだかあっけないね」
「傭兵というものは、ああいうものなのかもしれんな」
ミラは淡々とした口調で答える。
「そうなのかもね」
ジュードもまた、小さく頷いた。
――その時だった。
「ミラ様!」
「ミラ様!」
声が重なった。
声の正体はイバルとジャンヌ。
まるで示し合わせたかのように同時に駆け寄ってくる。
突然の呼びかけにミラが顔を上げると、二人は真剣な眼差しを向けていた。
「お前たち」
冷静に応じるミラに、ジャンヌがひざまずくように身を傾けた。
「また、いずこかへ赴かれるのですか?」
「ああ。そのつもりだ」
ミラが静かに答えると、今度はイバルが勢いよく前に出た。
「ならば! 今度こそは自分もご一緒いたします! 以前までは四大様のお力があったので、泣く泣く見送らせて頂きましたが……四大様のお力無き今、こんなどこの誰ともわからんヤツに、ミラ様のお世話など任せられません!」
「イバルの言葉に賛同する訳ではありませんが――」ジャンヌがイバルの言葉を否定しつつ言葉を重ねる。「我が主のお世話が我が役目なのは道理。それを果たすためにも、再び旅をなされるというなら是非、私をお連れください」
熱意のこもった言葉を前に、ミラは小さく首を傾けた。
「ふむ。……しかし、お前たちの使命はどうする?」
「何を仰います!」とイバルは胸を張る。「自分の使命はミラ様のお世話をすること! それ以外に使命など――」
「本当にそれだけか?」
「え?」
「本当にそれだけかと聞いている」
「それは……」
その声音には、有無を言わせぬ威圧がこもっていた。二人はたじろぎ、思わず視線を落とす。
やがて、観念したようにイバルが答えを搾り出した。
「……戦えないニ・アケリアの民を守ること……」
「です……」とジャンヌも項垂れる。
「理解したか?」ミラは淡々と告げる。「それに、私の旅の供はジュードが果たしてくれるのでな。お前たちは安心して、もうひとつの使命を全うするといい」
「しかし、こいつのせいでミラ様は精霊たちを!」
食い下がるイバルに、ミラは冷然と首を振る。
「それは私の落ち度だ。それどころかジュードがいなければ、私はニ・アケリアに戻ってこれなかっただろう」
「ミラ……」とジュードが小さく呟く。
自分の行った振る舞いをこうして改めて評価してもらえたことに、ジュードは内心喜んでいたからだ。
「為すべきことを持ちながら、それを放棄しようというのか? イバル。それにジャンヌも」
一方、そんなジュードの気持ちなど知らないミラの静かな叱責に、イバルは「それは……」と言葉を失うも、それでもジャンヌは意を決したように進み出る。
「お言葉ですが、我が主よ。ニ・アケリアの守りは一人いれば十分なはず。ですから、イバルがここに残り、私が同道するという形であれば、我ら双方の目的が果たせるかと」
その言葉にはミラ。「ふむ……それは確かにそうだな」と理解を示す。
「おお! そうだそうだ――って! 何で俺が残ることになってるんだ!」イバルが声を張り上げ抗議する。「こういう時は、後輩のお前が残るべきだろう!」
「何を言うのです? 腕前では私の方が上。ならば、精霊の主であるミラ様の身の安全を守るためには、私が傍にいた方がいいのは明白です」
「なんだと~!!」
「なんですか」
火花を散らすような口喧嘩に、ミラは心底うんざりした顔でため息をついた。
「まったく……。さっさと出発したいのだがな」
「あはは……」とジュードは苦笑する。「でも、これも二人の誇りを賭けたものだろうから……」
「誇りか。そう言われては無碍には出来んが……う~む」
そうしてアルヴィンが口にした言葉を活用したというジュードの台詞に、腕を組み、思案顔をするミラ。その横顔にジュードが口を開いた。
「それにしても、ジャンヌの方が巫子としては後輩って意外な気がするよ。立ち居振る舞いとかさ」
「うむ? ……ああ」ミラは頷いた。「ここの生まれであるイバルとは違って、ジャンヌはある日突然この村にやってきて、私の世話をしたいと言ってきたからな」
「そうなの?」
意外なジャンヌの情報に目を丸くするジュード。
「うむ。何でも精霊に命を救われたとかで、その精霊から私を頼むと言われたのだとか」
「なんか、すごい怪しいんだけど……そんな人を受け入れちゃったの?」
「精霊は心根の優しい者を好むものだ。であれば、奴が悪しき者ではないという十分な証拠足りえるさ」
胸を張りながら、己の言葉を何一つ疑わないというミラ。
「精霊の主だからこその発想だね。僕ならもっと色々ジャンヌのことを調べたりするけどな」
一方、そんなジュードはミラの気持ちが理解できないよう。
「そうは言ってもな。ジャンヌは昔の記憶がほとんど無いらしい。何故精霊に救われることになったのか……要はここにやって来たのかも覚えていないようなんだ」
「ってことは、覚えていたのは自分の名前だけだったってこと?」
「そういうことになるな」
「そっか……」
未だ口喧嘩をしている二人に対し、長い二人の話――特にジャンヌの話を聞き終えたジュードが、思案顔をしていた……その時。
再び声が重なった。
「ミラ様!」
「ミラ様!」
「む? どうした急に」
「この際、どちらが一緒に行くか。ミラ様がお決めください!」
「ええ。それならば、私たちも納得ができます」
同時に声をあげたイバルとジャンヌの勢いに押され、ミラは目を細めた。
「そう言われてもな……。正直、どちらでもいいのだが」すると、隣にいたジュードへと視線を向ける。「……何か良いアイデアはないか?」
「え?! 僕?!」突然、さじを投げられたことに慌てたジュードは額に汗をにじませる。
しかし、とにかく何か言わなきゃと、二人の熱い視線まで感じ始めたジュード。
「……じゃ、じゃあジャンケンで勝った方がついてくるってどうかな?」どことなく遠慮する顔つきで、最も手っ取り早い方法を提示した。
「なに?!」
「ジャンケン……ですか?」
一方、ジュードのだいぶ適当に考えたと思しき言葉に、揃って絶句するイバルとジャンヌ。
「な、何を馬鹿なことを!」
「そうです。ミラ様のお供を選ぶのに、そのような形で決めるなど」
「で、でも……このままじゃミラが呆れて、さっさと行きかねないよ?」
それでもこれ以上のことは無いというジュードに言われてミラに視線を向ける二人。そこには明らかに投げやりな表情があった。
「うむ。もうそれでいいから、早く決めてくれ」
「ミラ様!?」
「ミラ様?!」
驚愕の声を上げつつも、二人はやがて観念する。
「……わかりました。我が主のお望みとあらば、これも運命なのでしょう」
「……え~い! 負けても恨みっこなしだからな!」
「それはこちらの台詞です! では、尋常に……!」
向かい合った二人が手を構える。
「ジャ~ンケ~ン……ポン!!」
「ジャ~ンケ~ン……ポン!!」
掛け声とともに、二人の手が勢いよく繰り出された――。
◇ ◇ ◇
「お、おのれ~!!」
拳を握りしめ、地団駄を踏むイバル。
「では、イバル。ニ・アケリアを頼みましたよ」
「おのれ~!!」
「あはは……」
勝者として誇らしげなジャンヌと、敗者として不満を募らせるイバル。その対比があまりにも鮮やかで、ジュードはこれ以上ここに居座れば面倒に巻き込まれそうだと悟り、慌てて話題を変えた。
「えっと……海停に行くのなら、途中、またハ・ミルを通るってことになるよね? 大丈夫かな?」
ジュードの問いかけに、ミラは短く「ふむ」と唸ると、ジャンヌが首を傾げた。
「大丈夫とは?」
ジュードは少し言い淀んだが、正直に事情を明かす。
「僕達その……ちょっと追われる身で、その追っ手がハ・ミルにいたんだよね」
「なんと!?」ジャンヌが目を見開き、憤慨を隠さない。「精霊の主たる我が主を罪人として扱うなどという不届き者がいるとは。それならやはり、私がお供するのは正解でしたね」
「ジャンヌ~、貴様~!」
イバルがさらに憤慨し、負けた悔しさをぶつけるように叫ぶ。
「あ、あの……あんまりイバルを刺激するような事は……また話がややこしいことに」
ジュードが慌てて間に割って入るが、イバルの目はまだ燃えていた。
しかし、ミラは冷静に言葉を挟む。
「まぁ、どのみちハ・ミルは通らねばならぬし、ア・ジュール内でラ・シュガル軍の動向を探れる貴重な機会だ。もしかしたらイル・ファンに潜り込む妙案が眠っているかもしれん」
「なるほど。それじゃあ、ハ・ミル経由で海停かな」
ジュードの言葉に、ミラは短く頷く。
「ああ」
その時、ずっと傍で巫子たちのやり取りを静かに見守っていた長老が、深々と頭を下げた。
「マクスウェル様、お気を付けて」
「うむ」
ミラが厳かに返すと、イバルが慌てて大きく手を振った。
「ミラ様! お、お気をつけて!」
厳かに送り出す長老と、全力で手を振るイバル。
その二人の姿を背に、ジュードたちは再びハ・ミルを目指して歩みを進めるのだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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