ハ・ミルの村近くにある、小さな家。
その、人が一人で住むためにあると思われる場所に入っていく少女。
ジュードは、その扉の隙間から中へ入っていく小さな影を目にし、怯えさせないように、彼はできるだけ足音を忍ばせて後を追う。
中は薄暗く、湿った木の匂いが漂っている。壁際にしゃがみ込み、膝を抱えるように蹲っていた少女に、ジュードはそっと声をかけた。
「えっと……あ、いた。……こんにちは。よければ、ちょっとお話ししない?」
少女は反応を示さない。ずっと壁際を向いているだけで、こちらに反応する気配はないままだった。
「大丈夫。僕はいじめたりしないよ」
それでも返事はない。けれど、確かに前にも彼女と出会ったことがある。あの時のことを思い出し、ジュードはもう一歩踏み込むように言葉を紡ぐ。
「前にも一度会ったよね? あの時はありがとう。それで、そのことを含めて君と話をしたくて……」
無言のままの少女。沈黙が重くのしかかり、ジュードが少し焦りを覚えたその時――
「こんちはー!」
唐突に、彼女の腕に抱えられていたぬいぐるみが浮かび上がり、元気よく挨拶をした。
「うわっ!? な、なになにっ!?」
ジュードは思わず飛び退くと、腰からバタリと尻もちを搗く。ぬいぐるみの大きな目がぱちぱちと瞬きながら、そんな姿のジュードを奇異な目で見る。
「あららー、お兄さん結構臆病だねー」
「い、今の臆病に入るかな? 流石にぬいぐるみに喋りかけられたら、誰だってビックリすると思うんだけど……。まぁ、さっきも喋っていたけど」
「ぬいぐるみじゃないよー!」
「え?」
そうして人形とやり取りをしている内に、ようやく少女がこちらを振り向きつつ小さく口を開いた。
「……ティ、ティポ……名前なの」
「そっか、ティポだね。よろしく」
自分の方をやっと振り向いてくれたと、微笑みながらそんな少女に返事するジュード。
「彼女はエリーゼ。ぼくはエリーって呼ぶけどね」
「エリーゼだね。――よろしく、エリーゼ」
「よろしくねー!」
「僕はジュードっていうんだ」
「ジュード君! さっきはありがとー」
「……ありがとう……です」
ようやく会話の糸口を掴めたことで、ジュードの胸に安堵の息が落ちる。
「さっきは大丈夫だった? ケガとかしてない?」
「大丈夫だよー!」
「は、はい……大丈夫、です」
「そう。それなら良かったけど……何があったの? よかったら、お話し聞かせてもらえないかな」
ジュードの問いかけに、ティポは勢いよく答えた。
「んっとねー、外国の怖いおじさんたちがいっぱい来たんだけど。おっきいおじさんが、やっつけたんだよー」
「ああ、あのジャオって人……」
「……でも、おじさん、どこかにいっちゃった……」
「そうそう、そしたら外国のおじさんたちが村のみんなをいじめたんだー」
人形と息が合うようにジュードの問いに答える二人。
やがて人形が喋ってることに違和感を無くしていったジュードは、平然と人形に向かっても話しかけ始めていた。
「おっきいおじさんは、エリーゼのお父さんか何かなの? 全然似てるようには見えなかったけど」
「ううん……」
「エリーを閉じこめた悪い人だよー」
「閉じ込めた!?」
突然の言葉に驚くジュード。
「……水霊盛節(リヴィエ)に……いっしょに来たの」
「水霊盛節(リヴィエ)っていうと少し前の時期か。――でも閉じ込めたってどういうこと? さっきや前の時には逃げ出したってこと?」
「違うよ! エリーにね、外に出ちゃダメっていうんだよー!」
「……え? それだけ?」
センセーショナルな言葉とは裏腹に、意外と単純な単語がでてきたと、ジュードは面食らってしまう。
「それだけじゃないよ! おかげでエリー、ほとんどお外で遊べなかったんだからー!」
エリーゼは黙り込む。影を落とした横顔に、幼い孤独が滲んでいた。
「えっと……それって、ただ君のことが心配だっただけじゃ……ま、まぁいいか。それよりさっきの続きだけど、ジャオさんが追い払った外国のおじさんたちが村のみんなをいじめた後、どうしてエリーゼたちが酷い目に?」
「わかんない。外に出たら、急にみんな石ぶつけてきたからさー! もー、ヒドイよねー」
「つまり、アルヴィンの言うようにやつあたりってことか。――でも、僕達が来たせいでもあるんだよね……」
言葉を落とし、ジュードは顔を伏せた。
罪悪感の影が、彼の心に重く沈んでいく。
ジュードの言葉に小さな肩がわずかに揺れた。怯えたように顔を上げた少女――エリーゼが、かすかに声を絞り出す。
「ジュード……さん?」
「あ、ごめんね」ジュードは少し慌てて首を振り、柔らかく微笑んだ。「それでエリーゼとティポは、これからどうするつもり? 流石にこの村には居づらいと思うけど……行くあてはあるの? そもそも、お父さんとお母さんは?」
矢継ぎ早の問いかけに、ティポが軽く跳ねるように応じる。
「わかんない」
「え?」思わず聞き返すジュード。
すると、俯いたままのエリーゼが震える声で言った。
「……お父さんも、お母さんも……覚えてません」
「エリーはずっと1人ぼっちだったんだよー」ティポが付け加える。「急におっきいおじさんが傍に居てくれることになったけどねー」
「そうなんだ……」ジュードの胸に痛みが走る。彼女の境遇を軽々しく聞いてしまったことを悔やみ、眉を曇らせる。「ごめんね、変な事聞いちゃって……」
「いえ…………。…………うぅ……」
「あ、ちょっ……!」
エリーゼの声が震え、次の瞬間、頬を伝う雫が床へと落ちた。
「お父さん……お母さん……どこ……? どこにいるの?」
小さな嗚咽が部屋を満たす。
「ご、ごめんね。辛いことを思い出させちゃったよね」必死に声をかけるジュードだったが、慰めは届かない。
「……うぅ」
「ヒドイよ、ジュード君ー! うわーん!」ティポまで涙声を上げる。
「あぁ、えっと……」ジュードは完全にうろたえ、手の置き場すら見失ってしまう。
だが、しばしの逡巡の後、決意を宿した眼差しでエリーゼへと向き直った。
「……ねぇ、良かったら僕達と一緒に来ない?」
「……え?」涙に濡れた瞳が揺れる。
「このままここに居られないのなら、僕たちと一緒の方がいいだろうし……それに、僕達これからカラハ・シャール経由でイル・ファンに行こうと思ってるんだ。イル・ファンやカラハ・シャールは大きな街だし、そこならもしかしたらエリーゼのご両親の情報もあるかもしれないでしょ?」
「それは……」
突然の提案に迷うエリーゼ。
「グッドアイデアだよ!」一方のティポは、勢いよく賛成の声をあげる。「エリーだってお父さんやお母さんに会いたいもんね!」
「……う、うん」小さな頷きと共に、ようやくエリーゼの唇が同意を告げた。
「決まりだね。それじゃあ、改めてよろしくね。エリーゼ。ティポ」
「うん!」ティポは誇らしげに胸を張る。
「よろしく……です」エリーゼの表情に、かすかな笑みが浮かぶ。
その笑顔を見て、ジュードは胸を撫で下ろした。
「よかった……。それじゃあ、ちょっと待ってて。ミラたちにこのことを話してくるから」
立ち上がり、扉に向かおうとしたとき――小さな手が、そっとジュードの袖を掴んだ。
「……あ」
振り返れば、不安げな目が彼を見上げている。
「……えっと。……一緒に行く?」
その言葉に微笑んだ少女と共に、ジュードは家を出る。
こうして、二人と一匹(?)はミラたちのもとへと向かっていくのであった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1000文字以内
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1~2000文字以内
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2~3000文字以内
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3~4000文字以内
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4~5000文字以内
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5000文字以上