フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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ハウスを捜して

 天蓋のように広がる濃緑の光が空を覆うラ・シュガルの一都市であるイル・ファン。

 

 そこから漏れる光は柔らかく、煌めきを失ってなるものかとばかりに、街灯が一つ一つ白い光を落としている。

 

 そんな幻想的な光の粒に彩られたイル・ファンの一角――タリム医学校の正門から、一人の少年が慌ただしく駆け出してきた。

 

 少年の名はジュード。額に汗をにじませ、胸を押さえながら荒い息を整えている。

 

「……ハァ。レフ教授のおかげで助かったけど、生きた心地がしなかったよ」

 

 胸をなでおろし、ほっとした笑みを浮かべた。

 

「これからはちゃんと、ハウス教授に乗せられないようにしなきゃ。じゃないと、またナイチンゲール先生に怒られちゃうし……」

 

 深呼吸をひとつ。気持ちを切り替えるように顔を上げ、周囲を見回す。

 

「……まぁ、それはそれとして、今は一刻も早くハウス教授を見つけなきゃ、だよね。確か極秘の研究がどうのって言って出て行ったはずだけど……それがどこかまでは言ってなかったからな~。本当、どこ行ったんだろう?」

 

 指先で鬢の髪を弄りながら、悩ましげに首を傾げる。

 

「……もしかしたら、誰かハウス教授のことを見てるかもしれないな。とりあえず、知っていそうな人に聞いてみよう」

 

 そう呟きながら、ジュードは歩き出す。

 ――彼を待ち受けていたのは、三様な小さな邂逅だった。

 

 

一人目:プラン

 

 

「――あ、ジュード先生」

 

 声に振り返ると、短い緋色の髪を携えた白衣の女性がそこには立っていた。

 

「プランさん」

 

 整えられた髪、穏やかな微笑みが浮かぶ女性を見てジュードが答えると、プランはすぐさま問いかけた。

 

「ハウス教授は見つかりましたか?」

 

「いえ、それがまだ……」

 

「まったく、いつも肝心な時にいないんですよねぇ、あの人。だから権威ある賞の受賞も知れないんですよ~」

 

「あはは……」

 

 ぷりぷりと腰に手を当てるプラン。

 

 怒り半分、呆れ半分の彼女の姿に、ジュードは苦笑いを返すしかない。

 

「それにしても、まだこちらにいらしたんですね。私より先に医学校を出ましたよね?」

 

「えっと……それがその……途中でナイチンゲール先生に捕まってしまって……」

 

「あぁ……なるほど……」

 

 プランは納得したように、はたまた同情するように目を細める。

 

「やっぱりハウス教授、何の申請もせずにジュード先生に診察させてたんですね~。……まぁ、ハウス教授の言葉をちゃんと断れないジュード先生もジュード先生ですけど。自業自得とは言いませんが、見つかったのなら、そりゃそうなりますよね。ご愁傷さまです」

 

「もう、他人事だと思って……。プランさんだって、僕を『先生』って呼んで診察を手伝ったりしてるじゃないですか。同罪ですよ?」

 

「……ふふっ。さて? 何のことかしら? 後輩のジュード君」

 

「……ハァ」

 

 軽く肩を落とすジュード。プランはそんな彼を面白がるように微笑む。

 

「でもね、ジュード君は真面目過ぎるのよ。断れない性格というか、お人好しというか。そういうところは好きだけど」

 

「茶化さないでください。それに、それ、よく幼馴染にも言われましたよ。『ジュードは真面目過ぎる~』って」

 

「幼馴染っていうと……いつも仰ってる、故郷に残した恋人の……」

 

「恋人って?! レ、レイアはそんなんじゃありませんって!」

 

 顔を真っ赤にするジュード。おかげでプランはくすくすと笑いをこらえきれない。

 

「フフッ、そんなに慌てなくても。冗談よ、冗談」

 

「もう~」

 

 ようやくからかいを切り上げ、プランは真面目な表情に戻る。

 

「それはそうと、そろそろハウス教授を探さないとね。こんな所でお喋りしてたら、教授の長話に文句言えなくなっちゃうし」

 

「あっ、そうですね!」

 

「ちなみに先ほど、ご自宅に連絡してみたけど、まだ帰ってないみたいだから、きっとどこかで仕事してるんでしょうね。あの人、ほら、無駄話は多いけど、基本的には仕事人間だから」

 

「そうですか……分かりました。それじゃあ僕、もう少しこの辺を探してみます」

 

「ええ。私の方でも見つけたら、ジュード君が捜していたことを伝えておくわね」

 

「ありがとうございます。それじゃあ」

 

 二人は軽く手を振り合い、それぞれの方向へと歩き出した。

 

 

二人目:エデ

 

 

 通りを歩くうち、ジュードは見知った男性と鉢合わせた。

 

「おや、先程ぶりですね。ジュード先生」

 

「あっ、エデさん。あれから腰の調子はいかがですか?」

 

 男性の名はエデ。くすんだ赤紫のベストに白の上着を重ねた姿は質素ながら清潔感があり、静かに人を安心させる雰囲気を纏っている。

 

 姿勢はやや前かがみ、けれどその身のこなしには落ち着いた品があり、その眼差しには厳しさではなく、長く人と関わってきた者だけが持つ、深い慈愛が宿っているが、そんな彼は数刻前、精霊術の失敗で腰を痛め、ジュードが治療した患者だった。

 

「ええ、おかげさまで。なんとか無事に妻の誕生日を祝ってやれそうです」

 

 にこやかに腰を摩りながら答えるエデ。

 

「ふふっ、それは良かった」

 

 その穏やかな目元と深く刻まれた皺が、彼の長い人生を物語っているものの、その対応はまるで目下のそれであり、誰に対しても丁寧に対応することが窺わされる。

 

「しかし、この年齢になって精霊術を失敗するなんて、思いもしませんでしたよ」

 

 ジュードは頷き、少し真剣な顔になる。

 

「最近、結構多いんですよね。精霊術の失敗で受診される方」

 

「やはりそうですか。私の周りにも似たような怪我をした同僚いましたし……そんなことって普通あり得ることなのでしょうか?」

 

「そうですねぇ……精霊術は、僕たちの脳の一部――霊力野(ゲート)によって生み出されたマナを精霊が受け取り、僕たちの詠唱を読み取って起こしてくれるものです。ですから体調不良で霊力野(ゲート)がうまく機能しなかったり、詠唱のミスで精霊たちと食い違ってしまったりということはあり得る話ですけど、これほど多くの人が失敗しているとなると……」

 

 ジュードは自分の鬢の髪を弄りつつ、考え込む。

 

「我々ではなく、精霊の方に問題があると?」

 

「そう考えるのが妥当だと思うんですけど……なにぶん精霊のことはまだよく分かっていないことが多いですから」

 

「ですが、その存在は五百年前、ハオ博士によって実証されているのですよね?」

 

「はい。……まぁ、ナイチンゲール先生は『そんなオカルトを信じるなど愚かしい』って一蹴してますけど。それでもその功績で『ハオ賞』っていう科学者にとって名誉ある賞が――ってそうだ! ハウス教授!」

 

 突如、ジュードは声を上げた。大事な用件を思い出したのだ。

 

「ハウス教授? 教授がどうされたんです?」

 

「実は今、ハウス教授を捜してて……」

 

「おや、そうでしたか。そうとは知らず、呼び止めてしまい申し訳ない」

 

「いえ。――それより、エデさん。どこかでハウス教授を見かけませんでしたか?」

 

「う~ん、そうですねぇ……つい最近となると、流石に……」

 

「そうですか……」

 

 ジュードの肩が小さく落ちる。

 

「まぁ、あの人のことです。どこかで誰かを捕まえてお喋りでもしていることでしょう。本当にあの人の話は長いですから」

 

「あはは……。でもそういうことでしたら、この付近にはいないってことですよね?」

 

「ええ。建物に入っていなければ、ですが」

 

「それでも、探索の範囲は狭められそうです。ありがとうございます」

 

「いえいえ。それではお元気で、ジュード先生」

 

「はい、エデさんもお大事に」

 

 互いに頭を下げ、別れる。

 

 

三人目:職人たち

 

 

 通りを照らす街灯は、幹を模した柱に透明な葉のような灯器が枝分かれして並ぶ「街灯樹」と呼ばれるものだった。そこに宿る小さな精霊たちが夜ごと光を放ち、この街を柔らかく照らしている。

 

 本来なら美しい光景のはずが、今夜はやけにちらつきが目立つ。術の失敗が多発しているという噂を思い返し、ジュードの胸に小さな不安が芽生えた。

 

 すると、通りの角を曲がったとき、不意に声が聞こえる。

 

「あ痛てて……」

 

 そこには尻餅をつき、背中をさすっている青年の姿があった。

 

「あっ! 大丈夫ですか!」

 

 ジュードは駆け寄ろうとしたが、その隣にいた年配の男が手を振って制した。

 

「あぁ、ジュードか。大丈夫大丈夫。ちょっとこいつが精霊術に失敗しただけだからよ」

 

「そうですか……それならいいんですけど……」

 

「ったく、足場の精霊術を失敗するなんて、何年この仕事やってんだ!」

 

「ちゃんと足場をつくりましたよ! けど、突然術が消えて……」

 

 青年は悔しげに唇を尖らせる。

 

「職人が言い訳すんな! 若い奴は集中力が足りないんだ。こうやって術で風を固定してだな……」

 

 親方らしき年配の男が掌を下に向け、集中を込める。だが――

 

「――ありゃ?」

 

 術は発動せず、空気は静かなままだった。

 

「ほーら、親方だって」

 

「ケ、ケガがないなら仕事に戻れ! 今日中にこの通りの街灯樹(がいとうじゅ)を全部調整しなきゃならんのだからな!」

 

「へいへい……。悪ぃな、ジュード。そういうことだから気にしなくていいぜ」

 

 二人の職人はそのまま立ち去っていった。

 

「あ、はい。お大事に……」

 

 手を振り返しながらも、ジュードは思わず呟く。

 

「働くって大変なんだな……。――それにしても、最近本当に精霊術を失敗する人が多いよね。一体なんでなんだろう?」

 

 不安を胸に抱きつつも、すぐに頭を振る。

 

「……って、こうしている場合じゃないや。早くハウス教授を探さなきゃ!」

 

 街灯に照らされた通りを、ジュードは再び駆け出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ハウスを求め、街のあちこちを探し回っていたジュード。

 

 夜域のイル・ファンは、昼と夜の境が曖昧で、灯火の明かりと夜空の輝きが混ざり合い、時刻の感覚さえ曖昧にしてしまう。

 

 そんな通りを足早に進んでいたとき、不意に背後から声をかけられた。

 

「おや、ジュード君」

 

 振り返ると、落ち着いた眼差しを湛えた老齢の男性が立っていた。白髪混じりの髪を撫でつけ、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 

「あ、こんにちは……じゃなくて、もうこんばんはの刻でしたね」

 

 慌てて言い直すジュードに、老人はくすりと笑う。

 

「ふふふっ。確かに夜域のイル・ファンじゃ、時間の感覚は分かり辛いよね。――それにしても珍しいね、こんな所で会うなんて。いつもなら、ハウス教授のお手伝いか、押し付けられて診察をしている時間じゃないのかい?」

 

「押し付けられてって……まぁ、そうですけど……」

 

 苦笑いで答えると、老人は楽しげに肩を揺らした。

 

「ふふっ。こちらとしては大助かりだけどね。ハウス教授、腕はいいが、如何せん話が長くて」

 

「あはは……」

 

 言葉に困り、頭をかくジュード。その様子を眺めながら、老人は目を細めた。

 

「そういう意味でも君には期待しているよ。実際、ハウス教授も君を高く評価しているようだし」

 

「あ、ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張ります」

 

 ジュードは深々と会釈した。

 

「あ、えっと……それじゃあ、僕はこれで……」

 

「ああ、すまない。時間を取らせてしまって。君もハウス教授のようにラフォート研究所に呼ばれていたんだね?」

 

「え? ラフォート研究所?」

 

 突然耳にした場所の名に、ジュードは思わず首を傾げる。

 

「ああ。数刻前かな? ハウス教授がそこに入っていくのを見てね。ああ、今日も診察はジュード君かと思ったのを覚えているよ」

 

「ラフォート研究所ですか……ありがとうございます。実はハウス教授のことを捜していて」

 

「そうかい。お役に立てて何よりだよ」

 

「それじゃあ、僕はこれで」

 

 軽く頭を下げ、老人と別れる。

 

 ――ようやく得た確かな手がかり。

 ジュードはやっと見つけたと安堵する中、ラフォート研究所の方角へと足を向けた。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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