イラート海停へと戻ってきたジュードたちは、石畳の広場に据えられた小さな詰所の窓口に居る、無表情な制服姿の係員に声をかけた。
「あの、イル・ファンに行く船はいつ出ますか?」
「ん? イル・ファンに直接行くんだったか?」
「ううん、一応聞いておこうと思って」
ミラの問いかけにジュードが念のためだったと返事。
「すみません。首都圏全域に封鎖令が出たせいで、全便欠航なんです」
船員の言葉に、ジュードは肩を落とす。
「やっぱりダメか……」
アルヴィンがすぐさま問いかけた。
「他の便は?」
「しばらくは、サマンガン海停行きしか出ていませんね」
「そうかい。まあ、最初からサマンガン海停に行く予定だったし、ちょうどいいか」
「そうだな」ミラも頷く。
「サマンガン海停行きの船に乗りますか?」
「ああ。頼む」
こうして一行は、サマンガン海停行きの船に乗り込むことになった。
◇ ◇ ◇
夕陽が港を朱に染め、石畳の桟橋に長い影を落としていた。潮の匂いと、遠くで軋む帆の音が静かに混じり合う。右手には黒い船体の大きな船が、波間にゆったりと揺れている。丸窓から漏れる淡い光が、海面に揺らめく金の帯を描いていた。
木製のタラップは船腹から桟橋へと伸び、まるで異国への入口のように口を開けている。背後には丸屋根の家々が並び、窓の灯りが夕闇に温もりを添えており、出港をただ待っているジュードはといえば、さっさとそんな船に乗っていってしまったミラや後を追うジャンヌの背中を見つめ続けている。
そんな中、皆はもう乗ったのかとふと辺りに視線をやると、アルヴィンが港の埠頭に立ちつつ空を見上げており、すると港の上空を白い翼が切り裂くように駆け抜けた。潮の香りと帆船の軋む音が、風に乗って高みまで届く中、その白い翼はアルヴィン目掛けて飛んでくる。
一方のアルヴィンもまた、長い外套の裾を風に揺らしつつ、白い翼の生命体――以前、傭兵の仕事の際に活用したシルフモドキを休ませるべく片腕をゆっくりと掲げた。おかげでシルフモドキは迷いなくその手へと降り立ち、爪先が革手袋を軽く掴むと、アルヴィンは鳥の足にくくられた手紙を手にして中身を読み始める。
而して、すぐに読み終えたと手紙は懐にしまいつつ、別の手紙を足にくくると、再びシルフモドキを空へと放つ。
そうして、シルフモドキがこの場を飛び去っていく中、様子に目を留めていたジュード。
「手紙?」
アルヴィンは肩を竦めて笑った。
「ん、まあな。遠い異国の愛する人にさ、素敵な女性が目の前に現れたって早く報せたくてな」
茶化すように言うアルヴィンにジュードは、特に訝しむような顔もせずに告げる。
「へぇ……奥さんいたんだ。なのに、マシュと傭兵を……」
おかげでアルヴィン。「はは。優等生の発想だな」これじゃあ、折角の冗談も台無しだな、とばかりに失笑する。
「え、違うの?」
「さて、な」
その含みのある物言いにジュードは首を傾げるが、すぐに汽笛の音が響き渡り、この会話は有耶無耶にかき消された。
「あ、もう出るみたいだね」
「ああ」
そうして、やがて船は青い海を切り裂き、サマンガン海停へと向かって進み出した。
◇ ◇ ◇
「わぁ……!」
甲板を渡る風は、海の塩気と鉄の匂いを運んでくる。緑がかった空の下、雲は低く垂れ込んでいる。
一方、そんな景色を風に髪を揺らしながら見つめているエリーゼは、ティポと寄り添いながら感嘆の声を漏らしていた。
「海……初めてなの……」と照れくさそうに告げる姿に、ジュードは微笑む。
すると、そんな姿を少し離れた場所で見ていたアルヴィン。
「なぁ、結局あの子はなんな訳? 匿われてたとか監禁されてたって話だけど……それほど高貴なお家のお姫様って?」
「さぁな」ミラは淡々と返す。
「少なくともジャオって人は、エリーゼを外に出したくなかったっぽいけど……」とエリーゼとは少し離れたこの場所に歩きつつジュードは事実を口にする。
「もしかしたら、あのティポさんと何か関係があるのやも知れませんね。流石に空飛ぶ喋る人形は特別が過ぎますし」
マシュが推測すると、「なるほど」とミラも小さく頷いた。
ふと視線を向ければ、エリーゼはティポとじゃれ合っている。
「きゃ――! あははは。ティポ見て!」
「海すごーい! 落ちたら死んじゃうとこだったよー」
その無邪気な様子にジュードはつぶやいた。
「……少なくとも悪い子じゃないよ」
「みたいだな」アルヴィンも笑う。
ジャンヌもまた柔らかな声で言った。
「ええ。無邪気でとても良い子であるかと」
だがミラは視線を鋭くした。
「それで? 君は彼女を今後どうしようというのだ? 一生側に置いておくという訳でもあるまい?」
問いかけられたジュード。
それはエリーゼの今後にまつわる話。
見て見ぬフリができなかったからという理由で連れてきてしまった彼女の未来についての話題。
おかげでそれには一瞬言葉に詰まるジュード。
「それは……カラハ・シャールやイル・ファンで両親が見つかればいいけど……」
何とか希望を口にするも、アルヴィンが冷静に口を挟む。
「ま、無理だろうな。嬢ちゃんはア・ジュールに居た人間。となれば、親が居るとしたらア・ジュールの方だろうし」
「……だよね」
「見つからなかった場合はどうする?」
ジュードは俯きながらも必死に続けた。
「その場合は、誰かに預けるとかした方がいいとは思ってるけど……」
「誰かに預けんのか?」
アルヴィンの問いに、ジュードは必至に返事をする。
「そりゃ、今のまま連れ回したら可哀想だし。そもそも、僕たち追われてる身だし」
「そう都合よく引き取り手が見つかるかねぇ」アルヴィンが皮肉めいて笑う。
「それは君が探すしかない。それが責任というものだろう?」ミラは厳しい声音で告げた。
「う、うん。頑張るよ」ジュードは力なく頷く。
そのやり取りを聞いていたアルヴィンが、不意に笑った。
「……それにしても、意外だな」
「何がだ?」ミラが振り返る。
「今までの感じから、エリーゼのことはバッサリ拒否すると思ってたからさ。目的のためならどんなものでも切り捨てられるだろう? おたく」
「ふむ、確かにそうだが……別に私のなすべきことの障害にはならんと思っただけだ。それに精霊と同じように、人もまた私の愛するべき存在。余計な手間がかからない以上は、見殺しにするつもりはないさ。無論為すべきことが優先だが」
「流石は我が主。そのお心の深さには感服いたします」
「……人も、ねぇ」
ジャンヌの敬愛の眼差しを他所に、アルヴィンは一瞬だけ睨みつけたような視線をミラへと向ける。而して幸いなことに、その視線に気づいたのは相棒たるマシュのみ。
「……」
おかげでただ見られていた、変なことを言われただけと認識したミラ。
「どうした?」
特に何を気にした風もない問いかけをアルヴィンに投げかける。
「いや、別に」
おかげでアルヴィンもまた、特に意味は無かったと言わんばかりに、後頭部に手を回しつつ、視線を他所へと投げていく。
――その時、船の警笛が鳴り響く。
「どうやら、そろそろ到着のようだな」アルヴィンが音の出所へと顔を向ける。
「さて、ラ・シュガルの警戒がどれほどか」ミラは剣を思わせる鋭さで船の進行方向を見つめている。
「到着……ですか?」
一方、今まで会話に参加せず、潮風が運んできた雫の冷たさを、時としてしょっぱさをティポと共に堪能していたエリーゼが、汽笛の音を聞きつけ不安げに近付いてくる。
それにはジュードは彼女の将来を憂いつつ返事をする。
「うん。……大丈夫。何も心配いらないよ」
しかし、エリーゼはその言葉の真意が分からず「……?」と、きょとんと首を傾げるばかりだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
-
1000文字以内
-
1~2000文字以内
-
2~3000文字以内
-
3~4000文字以内
-
4~5000文字以内
-
5000文字以上