イル・ファンを目指して
サマンガン海停に到着したジュードたち。石畳が広がる広場には、午前の陽射しがやわらかく差し込み、建物の影と光が織りなすコントラストが美しい。重厚なアーチ状の柱が中央にそびえ立ち、その背後には厳かな階段と巨大な扉が構えているが、どうやらサマンガン海停を出るための門のよう。
人々が思い思いに歩みを進め、海停の一角ではカラフルなテントが張られ、小さな露店が並んでいて、生活の息吹を感じさせた。
そんな賑わいの中、周囲を見渡したミラ。港町特有の喧噪はあるものの、思いのほか兵士の姿は少なく。海沿いを警備する兵の影はちらほら見える程度で、重々しい緊張感は漂っていなかった。
「思ったほど厳重じゃないが……」
アルヴィンが肩を竦めながら呟く。
「兵士は配備されてるね」
ジュードは周囲を観察しながら応じる。確かに兵の目はある。だが、その数は以前に比べればはるかに少なかった。
「はい。あまり目立つ行動は控えるべきかと」
マシュが冷静に言葉を添えると、ミラはじっと遠くを見つめる。
「妙だな……。一時はア・ジュールにまで兵を出していたというのに」
彼女の声には、かすかな警戒と疑念が混じっていた。
そんな彼女を茶化すようにアルヴィン。「君らを追うよりも重要なことができたのかもな」背中越しに返事をする。
「重要なこと?」
ジュードが問い返すも、「それはわかんねぇけどさ」とアルヴィンは肩をすくめただけだった。
ひと呼吸置いたのち、ミラは小さく頷いた。
「ふむ……。まぁいい、好都合だ。気付かれぬうちにイル・ファンへ向かおう」
ミラが先頭に立って歩き出す。潮風に揺れる金髪の髪が印象的に光った。その背を追い、仲間たちも順に歩き始める。
その途中で、ジュードは足を緩め、少し後ろを歩くエリーゼへ声をかけた。
「……ごめんね、エリーゼ。ここから暫く歩きだけど、大丈夫?」
「は、はい……」
少女は小さな声で返し、ぎこちなく微笑んだ。隣を飛ぶティポがすかさず口を挟む。
「どこ行くのー?」
「えっと……イル・ファンって所に行くつもりなんだけど……やっぱりエリーゼはまだ子供だし、大変かな?」
ジュードは気遣うように問いかける。
しかし、エリーゼは言葉を飲み込むように視線を伏せた。
「それは……」
「ダイジョブー。僕は飛んでるからねー」
ティポが明るく叫んだが、ジュードは苦笑しながら首を振った。
「いや……エリーゼに聞いたんだけど……」
「わたしは……その……」
少女の声は小さく、波音に紛れてしまいそうだった。
そのとき、前方からミラが振り返り、ジュードに声をかける。
「おい。何をしている? 置いていくぞ?」
それはミラにとっては当然の、歩みの遅滞は看過できぬ故のもの。
約束通りエリーゼへの気遣いは、ジュードのものという証。
「あっ、うん! ごめん。とりあえず行こっか」
おかげでジュードは慌てて返事をし、歩調を早める。
「……はい」
エリーゼも小さく答え、彼の背を追った。
こうして一行は、潮の匂いを背に受けながら、イル・ファンを目指して歩き始めるのだった。
◇ ◇ ◇
サマンガン海停から街道を少し歩いたところで、ジュードたちは足を止める。
視線の先――前方にはいくつもの馬車が並び、人々が何かを待っているように動かない。
それは街道を塞ぐように立ち並ぶラ・シュガル兵たちの姿。彼らは行き交う荷車や旅人を呼び止め、荷を改めては念入りに調べている。港町の喧噪から離れた道に、緊張の空気が漂っていた。
「検問か。面倒な」ミラが眉をひそめる。
「ま、当然だけどな。そんなにうまい話はないって」アルヴィンは苦笑しつつも、片手を腰に置いて兵士たちの動きを観察していた。
「どうしよう……」とジュードの声には焦りが滲んでいたが、「無論、正面突破しかあるまい」とミラは平然と言い放つ。
「承知いたしました」
即座に応じたのはジャンヌだった。その毅然とした声に、マシュが慌てて制止する。
「承知しないでください、レディ・ジャンヌ。ここからでは彼らの兵力の全体を把握することは叶わず、仮に突破できたとしても、我々がこのラ・シュガルに戻ってきていると報せることになってしまいます」
「確かに」アルヴィンが頷く。「一応、俺たちはア・ジュールに逃げ込んだってことになってるんだし。その辺のアドバンテージは残しておいた方が、おたくも色々動きやすいっしょ?」
「ふむ。では、どうする?」
ミラは問い返すが、答えは出ない。
沈黙が流れ、誰もが言葉を探していた。そのとき、場の空気を読めないほど無垢な声が響いた。
「みんな、どうしたのー?」ティポが首をかしげる。
「あの……進まないんですか……?」
エリーゼもおずおずと問いかける。事情を知らぬ二人の純粋な瞳に、ジュードはたじろいだ。
「そ、それはその……」曖昧に濁すジュード。
「う~ん、行きたいのは山々なんだけどな~」アルヴィンが軽い調子で笑い、空気を取り繕う。
そこでマシュが静かに説明した。
「我らは故あって、ラ・シュガルの兵士と会う訳にはいかないのです」
「……そういえば……ハ・ミルでも、困ってました……ね」
エリーゼが記憶を手繰るように呟いた。その一言が、沈黙にわずかな棘を刺す。
「もしかして、ジュード君たちははんざいしゃー?」
ティポが無邪気に声をあげ、ジュードは慌てて首を振る。
「ち、違うよ!」
「そうそう」アルヴィンがすかさずジュードの肩を抱き寄せ、にやりと笑った。「俺たちはちょ~っと悪い人に勘違いされてる、実はと~ってもいい人なんだぞ? な~? ジュード君~?」
「う、うん……」ジュードは顔を伏せつつ、申し訳なさそうに頷いた。
おかげで場は再び重苦しさを取り戻す。
「しかし、どうするか。……やはりここは正面から」
ミラが再び結論を急ぐと、アルヴィンは額に手を当てた。
「いや、だから……」
思考は堂々巡りし、答えは出ない。そんな中、ティポが無邪気に声を張り上げた。
「あっちからは行けないのー?」
皆の視線が誘われた先――そこには鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。
「……あっちは確か……」
ジュードが記憶を探るより早く、マシュが答える。
「サマンガン樹界ですね。確かに上手く抜ければ、検問にかからず通過できるかと」
「そうか。ならば行くとしよう」マシュの言葉にミラが迷いなく言い放つ。
だがマシュはすぐに反論する。
「しかし、道なき道を進むことになります。本当に宜しいので?」
「迷う必要がどこにある?」
而してミラは、あっさりと退ける。そのあまりにも彼女らしい言葉には、皆が皆驚くことはなかったものの、ジュードはわずかに顔をしかめた。
「でも滅多に人が立ち入らないんだよ?」
「では、彼らを打ち倒して進むか?」
「それは……」
ジュードは言葉を詰まらせる。
「ま、その二択なら確かに森の方だわな」アルヴィンが苦笑混じりに言った。
「はい。私もそちらを推奨いたします」マシュも同意する。
「私はどちらでも。全ては我が主の御心のままに」
ジャンヌもまた静かに頷いている。
しかしそれでもジュードは憂いを消さず、視線の先に小さな少女を捉えていた。
「でも、エリーゼには……」
その言葉にジャンヌもはっとして、思わずエリーゼを見る。
一方、当のエリーゼとティポは不思議そうに首を傾げている。そんな二人を見て、ミラは冷静に言い放った。
「こうなることは予期できたろう。それとも、彼女のために君はここで待つか? 私はそれでも構わないが」
「それは……」
ジュードの声が揺れる。
空気が張り詰める中、エリーゼが勇気を振り絞って一歩踏み出した。
「……わたし……あの、だいじょうぶ……です。だから……」
「ケンカしないで―。友達でしょー」
ティポが天真爛漫ながらも困惑した声をかけ、張りつめた糸を少しだけ緩めた。
「エリーゼ……」
ジュードは彼女の言葉に胸を衝かれ、視線を落とす。何か言いたい気持ちはあったが、言葉は出てこなかった。
「エリーゼも了解した。これで文句はあるまい」
ミラの断言に、ジュードはしばらく黙し、やがて小さく頷いた。
「……うん」
こうして一行は、ミラを先頭にサマンガン樹界へと歩みを進める。森は静かに彼らを迎え入れるように影を落とし、その奥に何を潜ませているのか、まだ誰も知る由はなかった。
その背を追いながら、ジャンヌだけはわずかに表情を曇らせていた。少女を気遣うようなその視線が、ひととき森の入口で揺れていた。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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