フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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エリーゼ、頑張る

 森の中は、まるで時間が止まったかのような静けさに包まれていた。

 

 天蓋のように覆いかぶさる無数の枝葉が、わずかな月明かりさえも拒むかのように茂り、薄青い光が地表に淡く差し込んでいる。太く、ねじれた幹を持つ巨木が多く立ち並び、その根は大地を這い、苔や蔓に覆われていた。空気はひんやりと湿っており、小鳥の声すらまばらで、ただ虫の羽音と落ち葉を踏みしめる足音だけが響いていた。

 

「深そうな森だな」

 ミラが低く呟き、紫色の瞳で木々の奥を見据える。

 

「はぐれないように気をつけなきゃ……ん?」

 

 ジュードが不意に声を止め、一本の太い木の枝を見る。その視線の先には、木々の陰から、何かがこちらをじっと見つめていた姿が映る。

 

 鋭く光る瞳、青黒い体、フサフサと頭頂部から背中に流れて生えている体毛。

 

 そんな四足歩行の牙持つ獣は、今にもこちらに飛びかかってきそうな緊張感で、ジュードたちが気付いたのもお構いなしに、じっと彼らを見続けている。

 

「……あ」

「魔物か」

 

 姿がバレたのに未だこちらを見ているのなら、目的は奇襲ではなくて監察かとジュードたち。

 

 いつ攻撃されても良いようにと各々構えるものの……しかし、緊張が走った次の瞬間、その獣は攻撃を仕掛けることなく、森の奥へと姿を消していった。

 

「おや? 攻撃してこない?」ミラが不思議そうに眉をひそめる。

 

「何だ? ありゃ……」アルヴィンも腕を組み、獣の去った方角を目で追う。

 

「警告かな……これ以上立ち入るなって」

 

「その可能性はありますが……」

 ジュードの言葉にマシュは険しい表情を崩さない。

 

「ともかく、攻撃してこないのならばいい。先に進もう」

 ミラはあっさりと言い、ぐんぐんと先頭を進んでいく。

 

「その警告も、精霊の主様には効果がないみたいだな」

 アルヴィンは肩をすくめ、やれやれとため息をつく。

 

 だが気づけば、ジャンヌやマシュ、そしてエリーゼまでがすでに歩き出していた。

 

「ここからいけるみたいー! 二人とも早く―」

 ティポが元気いっぱいに声を上げる。

 

 振り返れば、その場に立ち尽くしていたのはジュードとアルヴィンの二人だけだった。

 

「臆病なのは男性陣だけのようで」

 アルヴィンが冗談めかして口にすると、ジュードは乾いた笑みを浮かべる。

 

「あはは……」

 

 そうして二人は顔を見合わせ、観念したように女性陣の後を追った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 しばらく道なき道を進み、湿った土と絡み合う木の根に足を取られながら歩き続ける。やがて小さな吐息が背後から聞こえた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 エリーゼだった。小さな肩が上下し、足取りは重い。

 

「大丈夫?」

 ジュードは心配そうに声をかける。

 

「は、はい……」

 少女は無理に笑みを作るが、その額には汗が滲んでいた。

 

「休んでいる暇はないぞ、ジュード。こうしている間にも、奴らがどのような動きをみせるのかわかったものではないのだから」

 ミラの冷然とした声が背中から突き刺さる。

 

「わ、分かってるよ……」

 ジュードは答えながらも視線を逸らした。エリーゼの顔色は優れない。ミラの言葉を無視してでも休ませるべきか──それとも進むべきか。心が板挟みになる。

 

 最悪の場合は自分が背負えばいい。そう決意しかけたそのとき、横から柔らかな声がかかった。

 

「では、こちらをどうぞ」

 ジャンヌが手のひらに小さな包みを差し出していた。

 

「これ、は?」

 エリーゼが不思議そうに受け取ると、中には一粒の飴玉があった。

 

「ニ・アケリアを出る前、子どもたちから頂きました。マクスウェル様を宜しくと」

 ジャンヌが微笑む。

 

 エリーゼはおずおずと口に含み、その瞬間、顔がぱっと綻んだ。

「美味しい……です」

 

「よかった……。ありがとう、ジャンヌさん」

 安堵の表情を見せるジュードに、ジャンヌは静かに首を振った。

 

「ジャンヌで構いませんよ、ジュード。それに感謝も不要です。何故か彼女を放ってはおけなかっただけですので」

 

「放っておけなかった?」

 

「はい。無論、今の私にその理由は理解できておりませんが……。それでも、彼女の苦し気な顔に、憐れみ以上の感情を抱いていたことは違いなく……」

 

 ジャンヌの声は次第に小さくなり、それはまるでジュードたちではなく自らの胸に問いかけているかのような形へと変貌していく。

 

「ジャンヌ……」

 ジュードが言葉を失って見つめると、場の空気を破ったのはティポだった。

 

「ねぇねぇ。マクスウェルってなにー?」

 

 唐突な問いにジュードとジャンヌは揃って瞬きをする。興味深そうに耳を傾けるエリーゼの姿も目に入り、そういえば彼女にその話をしていなかったとジュードは、「えっとね……実はミラって……」と口を開きかけた。

 

 だが、その言葉は鋭い声によって遮られる。

「止まれ!」

 

「ミラ? ……って、ま、魔物?!」

 ジュードが慌てて前方を見やると、木々の間から別の魔物が姿を現し、牙を剥いて道を塞いでいた。

 

 それはまるで腐葉土がそのまま形を得たかのような異形の魔物だった。全身を覆う苔むした緑の体毛は湿り気を帯び、背中には毒々しいまでに鮮やかな紫と赤の触手のような飾りが揺れている。

 

「あ~もう~、次から次へと。人気者だね~、ジュード君」

 アルヴィンが苦笑混じりに言う。

 

「これ全部、僕のせい?!」

 ジュードは慌てて抗弁するが、答える余裕もなくミラが一歩前に出た。

 

「じゃれ合うのもいいが、戦闘の準備だ。押し通るぞ!」

 

 その声を合図に、ジュードたちは再び各々の武器を構えて、魔物との戦いに身を投じるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ──戦闘の渦中。

 森を切り裂くように振るわれた魔物の腕が、鋭い風切り音と共に空間を薙ぎ払った。土煙が舞い、枝葉が砕け散る。ジュードたちは必死に立ち回るものの、その巨体から繰り出される広範囲の攻撃は避けきれず、幾度もかすり傷を負わされていた。

 

「こいつ、攻撃範囲が広い……全員がダメージを食らっちまうぞ!」

 アルヴィンが舌打ち混じりに叫ぶ。

 

「厄介な奴だ」

 ミラは険しい眼差しで敵を見据え、次の一手を探っていた。

 

 仲間たちが苦戦するその様子を、エリーゼは震える手で胸元のティポを抱きしめながら見つめていた。心臓が早鐘を打つ。それでも彼女の中に芽生えたのは恐怖だけではなかった。

 

 ──助けたい。この人たちの役に立ちたい。

 

 その想いに突き動かされるように、小さな足が一歩前へ出る。

 

「あ、あの……! わ、私……も……」

 

 声を張り上げた瞬間、ジュードの鋭い制止が飛ぶ。

「エリーゼ、来ちゃダメだ!」

 

「お前を庇いながらでは戦えない。邪魔だ!」

 ミラが冷たく言い放った。

 

「……っ!? ジュード!」

 アルヴィンが慌てたように声を上げた次の刹那、エリーゼに注目してしまっていたが故に、ジュードは敵の攻撃を浴びてしまう。

 

「う……!」

 鋭い一撃がジュードをかすめ、彼は苦痛に顔を歪める。

 

「言わんことではない!」

 ミラの叱責が響く中、エリーゼは涙を浮かべた。

「……うっう……ご、ごめんなさい……わたし、の……わたしのせいで……」

 

 震える指先を、必死に前へ伸ばす。

 

 その瞬間、柔らかな光がエリーゼの掌から広がり、ジュードの周囲を取り囲む。緑色の精霊術の陣が、みるみるうちにジュードの体を癒していく。

 

「これは……?」

 驚きと共に体を起こしたジュード。

 

「おいおいおい、マジかよ。俺たちまでなんか癒されてるんだが?!」

 アルヴィンが慌てて自らの体を確認する。全身の痛みが嘘のように薄れていた。

 

「どうやら精霊術のようですね。しかも、全員を一斉に回復できるほど強力な」

 冷静に観察するマシュ。

 

「元気出して! ぼくたちがいるよー!」

 ティポが陽気に声をあげる。

 

「この回復術……」

 ジュードが驚愕を隠せぬまま呟くと、ミラの視線が鋭くエリーゼに注がれた。

 

「エリーゼ、君か?」

「よもや、これほどの力をお持ちとは」

 ジャンヌまでが感嘆の声をもらす。

 

「……まぁ、何にせよだ。お嬢さんは下がってな。ここは俺たちが……」

 

 エリーゼは小さく息を吸い込み、震える声で言った。

「わ、わたしだって……役に立てます!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その決意を胸に、彼女は戦いに加わった。小さな身体に似合わぬ輝きを纏い、仲間たちを癒やしながら共に魔物へと立ち向かう。やがて、力を合わせた一撃が敵を打ち倒し、森に静けさが戻った。

 

「大勝利ー!」

 ティポが跳ね回り、勝利を告げる。

 

「すごいよ、エリーゼ」

 ジュードが笑みを向けると、彼女はまだ震える声で答えた。

 

「まだ……震えが止まりません……」

 

「まさかこの歳で、こんな術が使えるとはね」

 アルヴィンが肩を竦める。

 

「どうやら、君に救われたな。エリーゼ」

 

「……」

 

 ミラの言葉に何故か顔を伏せるだけのエリーゼ。

 

「……エリーゼ?」

 おかげでその意味が分からないという首を傾げたミラの言葉に、少女は不安げに問い返した。

 

「わ、わたし……役に立てました……か?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

「わたし……邪魔じゃなかった……ですか?」

 

「そうだな。邪魔ではなかったな」

 

「本当……ですか……?」

「君はさっきから何を言って──」

 

 何度も問われる活躍の称賛、或いは何かの確認のためという言葉。

 それにはミラも率直に返事をするも、而してエリーゼは食い下がるように問いを重ねている。

 

「わたし……がんばるから……!」

 

 ついには潤んだ瞳で必死に訴えかけるエリーゼに、ミラは目を瞬かせた。

「ん? ど、どうした急に?」

 

「わたし……邪魔にならないようにするから……だから……うっう……」

 

「エリーゼ?」

 

 そのやりとりを見かねたジャンヌが口を挟む。

「……ミラ様。おそらくエリーゼは、先程のあなた様の言葉に不安を感じていたのです。このまま、自分は置いていかれてしまうのではないかと」

 

「……あ。さっき街道から森に入ろうと言った時……」

 ジュードが小声でエリーゼの悲しみに思い当たる。

 

「ふむ。そうなのか?」

 問いかけに、エリーゼは小さく頷いた。

 

「なるほどね。また1人ぼっちは嫌だもんな」

 アルヴィンが静かに呟く。

 

「そうだよー。友達は仲良しがいいんだよー!」

 ティポの屈託のない声が場を和ませた。

 

「……だってさ。ティポに免じて許してやれば?」

 

「免じるも何も、別に私は怒ってなどいないが……」

 アルヴィンの軽口に、ミラは困惑したように眉をひそめる。

 

「ウソーん。ミラ君とジュード君、もっと仲良しだったもんねー!」

 一方のティポの言葉に、エリーゼは更に重なるように力強く言葉を発した。

 

「わたし……がんばるから……!」

 

 その真っ直ぐな眼差しに、ミラは一瞬息を呑む。そして苦笑を浮かべ、肩をすくめた。

「──ふむ。いつの間にか私が悪者か……ふふ、わかったよ。君もまた私の傍に居てくれ。君の精霊術はこれからの私には必要だからな」

 

「ごめんね、エリーゼ。心配かけちゃってたんだね」

 ミラの言葉、そして返事に抱いていた罪悪感から解放されたというジュードの優しい声に、エリーゼはようやく安心したように微笑んだ。

 

「良かったですね。エリーゼ」

 一方、ミラやジュードの言葉にジャンヌが柔らかに告げる。

 

「だねー! やっぱり友達はニコニコ楽しくだしね―!」

 ティポの掛け声に、エリーゼは力強く返した。

「は、はい!」

 

「それじゃ、レッツゴー! さっさとこんな森ぬけちゃおー!」

 ティポが飛び跳ね、仲間たちは笑みを浮かべながらその後に続いた。

 

 

 

 

 

「……なぁ、もしかしてあいつ」

 

 それは最後尾で立ち止まったアルヴィンとマシュの静かな視線。

 

「はい。あの人形を見た時からそうではないかと踏んではいましたが……今ので確信に変わったかと」

 

「そうかい。……本当、面白いことになってきたな」

 

 アルヴィンの瞳が意味深にエリーゼを見つめる。一方のその少女の小さな背中は、まだ頼りなく震えていたが──その力が彼女のこれからを大きく左右することになるとは、この時の誰もが予想できてはいないのであった。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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