森の奥へと進んだジュードたちの前に、先程彼らをじっと観察していた獣たちが立ち塞がった。
低く唸り声をあげ、今にも飛びかかってきそうな臨戦の気配に、ジュードは目を細める。
「こいつら……さっきの……」
ぞろぞろと集まってきてしまう牙を剥く魔物たち。その様子に、アルヴィンが苦々しく軽口を叩く。
「ありゃりゃ。どうやらさっきのは本当に警告だったようで」
「今度はやる気になったようだな」ミラが剣を構え、鋭い眼光を向ける。
「どこからでもかかってこーい!」ティポは大きく吠えながら気勢を上げた。
仲間たちの心はひとつになり、戦いに挑む構えを取る。だが、その緊張を破るように、奥の茂みから重々しい声が響いた。
「おうおう。よう知らせてくれたわ」
唐突な男の声に、全員がそちらを見る。
「……あんたは……」アルヴィンの表情が険しくなる。
「おっきいおじさん……!」エリーゼが小さく震えながら呟いた。
姿を現したのは、屈強な体躯に豪快な髭をたくわえた大男――ジャオ。かつて、ハ・ミルで自分たちの道行を助け、而してエリーゼを閉じ込めていたという男であった。
「感謝するぞ、お前たち」
彼は従順な獣の頭を撫でながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。その光景にミラが感心したように目を細めた。
「イバルの他に、魔物と対話できるものがいるとはな」
而して、ジュードの疑問はそこには無いと問いかける。
「あなたは、ジャオさんですよね?」
「ん? お前たちには名乗っておらんはずだがのう」
「ハ・ミルの奴らにな。……それより、俺らにどんなご用で?」
髭をさすりながら眉根を上げるジャオに対し、アルヴィンが探るように口を挟む。
「知れたこと。さあ、娘っ子。村に戻ろう。少し目を離している間に、まさか村を出ておるとはのう。心配したぞ」
穏やかな声音でありながらも、そこには逆らう余地を許さぬ強さが宿っていた。
「いやー! ジュード君かばってー!」ティポが慌てて叫びながら、エリーゼと共にジュードの背に隠れてしまう。
「ぬう……」その振る舞いにジャオの表情に険しさが滲む。
「あなたがエリーゼを放っておいて、どうなったと思ってるんですか」ジュードの声には怒りが込められていた。
「……すまんとは思っておる」恐縮しながら頭を掻くジャオ。どうやら本気で申し訳ないとは思っているようだ。
「お前は、エリーゼとどういう関係なんだ?」一方、その関係が気になったとミラが冷静に問う。
「その子が以前いた場所を知っておる。彼女が育った場所だ」
「なら、彼女を故郷に連れて行ってくれるんですか?」ジュードは真っ直ぐに視線をぶつけた。
だが、ジャオは言葉に詰まり、視線を落とした。その態度が答えを物語っていた。
「……また……ハ・ミルに閉じ込めるつもり?」
ジュードの追及に、ジャオの声が一変する。
「お前たちには関係ないわい! さぁ、その子を渡してもらおう!」
一歩踏み出すジャオ。その動きに反射的に、ジュードがエリーゼの前へと立ち塞がった。
「お主……仕方あるまい!」
ジャオは背から巨大なハンマーを取り出し、堂々と構える。その気迫が場を圧した。
「来るぞ!」アルヴィンが声を上げる。
次の瞬間、大地を揺るがすような咆哮とともに、ジャオが襲いかかってきた――。
◇ ◇ ◇
ジャオとの激闘の末、勝利を収めたはずのジュードたち。だが、目の前の大男は膝をつくこともなく、ただひたすらエリーゼを見据えていた。
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
アルヴィンが肩で息をしながら呆れ声を漏らす。しかしジャオはその言葉に反応すらせず、低い声を落とす。
「……何故だ、娘っ子。その者たちといても、安息はないぞ?」
その問いに、エリーゼはぎゅっと拳を握りしめ、必死に顔を上げた。
「……ともだちって言ってくれたもん!」
「もう寂しいのはイヤだよ!」と、ティポが声を張り上げる。
「……エリーゼ」
おかげで言われたジャオのその一言には、寂しさとも戸惑いともつかぬ響きがあった。
一方、ジャオがエリーゼを見つめている間、ジュードは周囲へと視線を巡らせ、ふとジャオの足元に生える奇妙なキノコに目を留める。群生しているそれは、刺激を与えると周囲に煙のような胞子を撒くという“ケムリダケ”だった。すぐさまアルヴィンに小声で合図を送る。
その作戦を知らずとジャオはなおもエリーゼに向かって言葉を続ける。
「……正直に言おう。わしも、連れていくのは本意ではない……じゃが、そやつらはダメじゃ。そやつらといればお前さんはきっと……」
だが、その言葉を遮るようにアルヴィンが銃を構えた。
「悪いけど……話しはそこまでな!」
乾いた銃声。横の木が撃ち抜かれ、軋む音を立ててジャオの傍らへ倒れ込む。
「なんじゃ? いったい、何を狙って……」
この程度で自分は傷を負わない。それどころか自分に向かって倒れてくる角度ではない。おかげでその意図が理解できないと訝しむ大男に、ジュードが鋭く叫んだ。
「口を押さえて!」
瞬間、倒木がキノコを潰し、濃い煙が辺りに噴き出す。白い靄が視界を覆い、鼻を突く刺激臭が広がった。
「なんとっ!?」
慌てて口を塞ぐジャオ。しかし動揺のあまり、視界の確保は間に合わなかった。おかげで振り回した大槌が煙をかき乱すものの、その時にはすでにジュードたちの姿はなかったのだった。
「逃げられたか……」
深く息を吐いたジャオは、しばし佇み、ぽつりと呟く。
「――しかし、“寂しいのはイヤ”か……。お前さんにとっては、奴らといる方が幸せなのかもしれんのう……」
その眼差しには、どこか父のような優しさが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
森を駆け抜け、しばらく走った後。ようやく足を止めた一行の間に安堵が広がる。
「……ふぅ。何とか、逃げられたようだな」
「はい。ジュードさんがケムリダケの存在に気付いてくださったおかげです」
マシュの言葉に、ジュードは照れ笑いを浮かべた。
「あはは、それほどでも」
「うむ。助かったぞ」ミラが頷き、ジュードは役に立てて嬉しいと上機嫌。
だが、そんな彼の胸には小さな疑念が残っていた。エリーゼへ視線を向け、慎重に言葉を選ぶ。
「……それはそれとして、エリーゼは良かったの?」
「え?」
「あの人……ジャオさん、エリーゼのこと、色々知ってそうだったけど……」
アルヴィンが茶化すように肩をすくめる。
「確かに。あいつの所に居た方が、エリーゼ姫は幸せだったんじゃない?」
その言葉に「それは……」とエリーゼは視線を落とし、答えを詰まらせる。代わりにティポが抗議した。
「でもあの人、全然エリーを外に出してくれなかったんだよー!」
ジャンヌは静かに口を開く。
「そうですか……。ですが、彼の言葉には、どこか父性のようなものを感じました」
「マジ? つまり、あのおっさんがエリーゼ姫の父親ってこと?」とアルヴィンがエリーゼを見る。
「い、いえ! 違います。違う、と……思います」
しかし、慌てて首を振るエリーゼに対し、ティポが補足する。
「おっきなおじさんは、つい最近会ったんだよー」
「そうなのか? それじゃあ、なんであいつはエリーゼ姫のこと知ってるような……」とアルヴィンが疑問を重ねるが、ミラがきっぱりと遮った。
「話はそこまでだ。ここで話していれば、奴に追いつかれかねん」
「そうだね。とにかく、まずは急いでここを離れよう」
ジュードが頷き、マシュも「ですね」と同意する。
「エリーゼ。後、もう少しで森を抜けられますからね」ジャンヌが優しく声をかけると、「は、はい」「がんばるよー!」とエリーゼ&ティポ。
そうして一行は、森を抜けるため再び足を進めるのだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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