フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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――出会いと別れの街 カラハ・シャール――
カラハ・シャールでの出会い


 ジャオの追撃から辛くも逃れたジュードたちは、鬱蒼とした森を抜けて歩き続けること数分。ようやく目の前に、目的地――カラハ・シャールの街並みが見えてきた。

 

 アーチ状の石造りの門をくぐると、眼前に温もりと活気に満ちた広場が広がった。中央には巨大な樹が天を突くようにそびえ、その根元には木造の建物が寄り添うように建てられている。色とりどりの屋根をもつ小さな露店が円を描くように並び、人々の笑い声や商人の呼び声が絶え間なく響いていた。

 

 柔らかな陽光が石畳を照らし、緑に包まれた街並みが、どこか懐かしく優しい空気をまとっている。遠くからは風に揺れる木の葉のざわめきと、子どもたちの笑い声が重なり合い、まるで、長い旅路の果てに辿り着いた桃源郷のように来る者を安堵させるだけの安らぎがあった。

 

「やっとカラハ・シャールに着いたね」

 ジュードが吐息交じりに安堵の声を漏らす。

 

「えらく遠回りしちまったな」

 首に両手を回しながらアルヴィンがぼやいた。疲労の色を隠さぬ表情に、苦笑を浮かべる余裕さえある。

 

「そうですね。ようやく一息つけますよ、エリーゼ」

 ジャンヌが柔らかく声を掛けると、少女は胸に抱えたティポをぎゅっと抱き締めて、小さく頷いた。

 

「は、はい……」

「もうでっかいおじさん来ないかなー?」

 ティポの軽口に、思わず皆の口元に笑みが浮かぶ。

 

「この雰囲気の中までは追って来れまい」

 ミラが低く言い切ると、その言葉をマシュが引き継いだ。

 

「はい。少なくとも、ラ・シュガル軍のように、目的のためなら手段を選ばないという方ではないかと」

 その言葉には、ジュードも「だね」と同意する。

 

 おかげで全員が安堵を覚えつつ街の中へと足を踏み入れる――が。

 

 その安息は、巡回しているラ・シュガル兵たちの姿を目にした途端、たやすく打ち砕かれた。槍を携えた兵士たちが、鋭い眼差しで往来の人々を監視している。油断などできるはずもない。

 

 その時、アルヴィンがふと足を止めた。

 

「……おっ、この店、なかなかいい品がそろってるな」

 いかにも旅人らしく気軽な調子で言うと、一件の露店へと近寄る。それは明らかに兵士の視線を避け、自分たちの素性をぼかすための行動だった。

 

「いらっしゃい! どうぞ見ていってくださいよ」

 

 年季の入ったエプロンを身にまとった男が、手を止めて声をかける。

 

 木の温もりが感じられる小さな店には、緑色の釉薬(ゆうやく)がかかった皿や湯呑みが丁寧に並べられている。背後には巨大な樹の幹が見え、店全体がその懐に抱かれているようだった。

 

「骨董か……ふむふむ」

 ミラが興味深げに手を伸ばし、陶器の文様を指先でなぞる。その動きに釣られるように、他の仲間たちも自然と露店の商品へと視線を移した。

 

 アルヴィンは品を手に取りながら、何気ない風を装って世間話を持ちかける。

「なんだか、街のあちこちが物騒だな?」

 

「ええ。なんでも首都の軍研究所にスパイが入ったらしくてね。王の親衛隊が直々に出張ってきて、怪しい奴らを検問してるんですよ。まったく迷惑な話で……」

 店主は肩をすくめつつ、周囲の騒がしい様子に眉をひそめた。

 

 だが、不意に彼の視線がジュードやミラに留まる。訝しげに眉を寄せ、記憶を探るように彼らの顔を見つめた。

「……おや? お客さんたち、どこかで……」

 

「あ、あの、えっと……」

 ジュードは咄嗟に言葉を返そうとするが、舌がもつれ、何を答えればいいのかわからない。心臓が早鐘を打ち、背中を冷や汗が伝う。

 

 その緊迫した空気を破ったのは、意外なほど小さな声だった。

「……キレイなカップ」

 

 エリーゼが、隣に立つ女性が手にしていた陶器のカップをじっと見つめ、ぽつりと呟いたのだ。その無垢な感想が、張りつめた空気をふっと和らげる。

 

「でも、こーゆーのって高いんだよねー」

 すぐさまティポが、いかにも子どものような調子で口を挟んだ。

 

「そりゃあ、そいつは『イフリート紋』が浮かぶ逸品ですからねぇ――って、え? ぬいぐるみが喋った?」

 店主は得意げに言葉を続けたものの、直後にティポを凝視して目を丸くする。

 

 しかし、カップを手にしていた女性客は気にせず声を上げた。

「『イフリート紋』! イフリートさんが焼いた品なのね」

 

「え、ええ。それはもう逸品中の逸品でして……」

 店主はすかさず商売気を優先し、女性へと視線を移した。

 

「ふむ」

 ミラが近づき、そのカップを手に取る。すると女性は思わず「……あ」と声を漏らした。

 

「……それは無かろう。彼は秩序を重んじる生真面目な奴だ。こんな奔放な紋様は好まない」

 ミラの感想は、まるで古い友を評するかのように自然な響きを持っていた。

 

「え? お客さん、何を突然……」

 おかげでその理由を知っていた仲間は特に気にした風もないが、無論そうではないと怪訝そうにするのは店主。だがその背後から、落ち着いた笑い声が響いた。

 

「ほっほっほ。面白いですね。四大精霊をまるで知人のように」

 現れた老人がゆっくりと近づき、同じカップを覗き込む。

 

「当然です。我が主は何しろ、イフリート様の主じ――んー!!」

 勢い余って口を滑らせたジャンヌの口を、マシュが慌てて塞いだ。

 

「Ms.ジャンヌ、あまり不要なことは仰られないでください。話が大きくなると、我らの立場が危うくなります」

 

「んー!!」

  ミラの自慢を邪魔されたと言葉にならぬ言葉で抗議するジャンヌを他所に、老人は品を手に取り真剣な目で観察していた。

 

「とはいえ……確かに本物のイフリート紋は、もっと幾何学的な法則性をもつものですが……」

 そう言うと、彼はセットで置かれていたコースターを裏返した。

 

「おや。このカップがつくられたのは十八年前のようですね」

「それが……何か?」と店主が返す。

 

「おかしいですね。イフリートの召喚は二十年前から不可能になっていませんか?」

 静かに告げる老人の言葉に、「うっ……」と店主の顔が強張った。

 

「それってつまり……」

 エリーゼが不安げに問いかける。

 

「にせものってことー?」

 ティポが追い打ちをかけるように高らかに言い放った。

 

「ぐぅ……」

 店主は肩をすくめ、見るからに萎縮してしまう。

 

「残念。イフリートさんがつくったんじゃないのね……」

 女性は一度落胆の声を漏らしたが、すぐに表情を和らげ、微笑んだ。

「でも、いただくわ。このカップが素敵なことに変わりないもの」

 

「は、はい。……お値段のほうは、勉強させていただきます……」

 店主はすっかり気勢を削がれた声で答えた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 カップ購入後。

 

「ふふ、あなたたちのおかげで、いい買い物ができちゃった」

 先ほど陶器を手にしていた女性が、わざわざミラたちのもとへ歩み寄り、にこやかに礼を述べてきた。

 

 その柔らかなピンク色の衣をまとった女性は、どこか気品を感じさせる佇まいだった。波打つ栗色の髪は片側で優雅にまとめられ、さりげなくあしらわれた花飾りが彼女の可憐さを引き立てている。大きな碧い瞳は相手をまっすぐに見つめ、その眼差しには躊躇のない優しさが宿っているよう。常に穏やかな微笑みを絶やさず、丁寧な言葉遣いと相まって、彼女の育ちの良さと人柄の温かさが自然と伝わってくる。

 

「別に僕たちは何も……」

 戸惑ったようにジュードが答える。

 

「そうだな。イフリートの奴の物では無いと言っただけだし」

 ミラは素直に事実を口にするが、女性は小さく笑みを深めた。

 

「ふふふ、それが良かったんじゃない」

「ふむ……そういうものか」

 礼を言われた理由が今ひとつ理解できず、ミラは首を傾げる。

 

 女性はそんな様子におかしそうに微笑むと、改めて姿勢を正した。

「私はドロッセル。そして、こちらはローエンよ。よろしくね」

 

「執事のローエンと申します。どうぞお見知りおきを」

 隣に控える老人が、品のある仕草で一礼する。

 

 白髪混じりの髪、きちんと撫でつけられた口ひげ。黒と金の装束に身を包んだ厳格な雰囲気を持つ男性。鋭くも冷静な眼差しは周囲の動きを細かく捉えており、口数は少なくとも、立っているだけで空気が引き締まるような人物だ。

 

「あ、はい、どうも。僕たちはその……」

 ジュードが名乗ろうとした瞬間、横からアルヴィンが口を挟んだ。

 

「ま、全員紹介するにはうちはちょっと数が多いからな。気が向いたらってことで」

 軽口のように聞こえたが、その言葉の裏には、指名手配されている身ゆえにうかつに名を明かすべきではない、という配慮が滲んでいた。

 

「そうね。確かに立ち話もなんだし、お礼にお茶にご招待させて頂けないかしら?」

 ドロッセルの誘いに、ミラはすぐさま首を振った。

 

「悪いが先を急ぐ。それはまたの機会に……」

 

「まぁまぁ、いいじゃないの。せっかくのお呼ばれなんだから。な?」

 アルヴィンが愉快そうにミラをたしなめる。

 

「ええ、是非そうなさって。私の家は街の南西地区にあるから、すぐにわかると思うわ。それじゃあ、後で会いましょう」

 

「失礼いたします」

 ドロッセルは朗らかに言い残し、老人は会釈して、主人に従って人混みの向こうへ姿を消す。

 

 そんな二人の背を見送ってから、ミラは不満げにアルヴィンを振り返った。

「そんな暇など無いのだがな」

 

「まぁまぁ、そう言うなって。この街の奴らと仲良くしておくのは色々好都合だと思うぜ?」

 アルヴィンは飄々と笑う。

 

「確かにそうかも。ここまで兵が来ているんじゃ、素直にイル・ファンには行けないかもだし」

 ジュードも頷きながら街の巡回兵に目をやった。

 

「少なくとも、サマンガン街道同様、検問は張られているでしょうね。そして仮に、他に道は無いとなった場合には、現状ではこの少ない戦力で押し通る以外の道はなく、一方で、街の方々と交流を図っておけば、商業用のルートに紛れさせてもらえたり、地元の人しか知らない裏ルートを教えて頂いたりできるやも知れません」

 

「となれば、街に溶け込むことは、必ずしも無駄とは言い難い訳か……」マシュの理路整然とした意見に、ミラは少し考える。「そういうことであれば仕方ないか。では、街の様子を窺いながら、ドロッセルのもとへ向かうとしよう」

 

 こうしてジュードたちは、カラハ・シャールの街並みを巡りながら、次なる一歩を踏み出すのだった。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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