フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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ドロッセルのお家

 ドロッセルに教えられた道を進むと、ジュードたちの目の前に広がったのは、街の中でもひときわ目を引く大きな屋敷だった。

 

 澄みきった青空の下、広場の向こうにそびえ立つ建物は、正面には高さのある石造りの門が構えられ、左右に並ぶ白い円柱がその威厳を際立たせている。柱の間に掛けられた鮮やかな旗が、穏やかな風に揺れ、建物の格式を静かに主張していた。

 

 重厚な扉の上には細やかな彫刻が施され、その意匠は一見して神聖さを宿している。窓は高く、アーチ状の装飾が施されており、外からは中の様子を窺い知ることはできないが、そこに秘められた力や歴史の重みが、見る者の胸に静かな圧力を与える。

 

 建物の上部は緑に覆われ、人工物でありながら、自然との調和を図るその造りは、ここが単なる屋敷ではないと感じさせる。

 

「お待ちしておりましたわ」

 

 そして門の前には、すでに彼らを待ち構えていたドロッセルが立っていた。まるで旧知の友を迎えるかのように両手を前に揃えながら、柔らかな笑みを浮かべている。

 

「すごいお屋敷……」

 思わず漏らすジュードの声には驚きと憧れが混じる。

 

「すごーい!」

 ティポが跳ねるように叫び、エリーゼも小さく目を見開いた。

「大きい……です」

 

 その豪奢さを一瞥して、アルヴィンが眉を上げる。

「ってことは、あんた……」

 何かを問いただそうとしたその時だった。

 

 屋敷の中から甲冑の音を響かせて現れたのは、ラ・シュガル兵たち。そして、その先頭には豪奢な衣服をまとった老齢の男性がいた。

 

「ラ・シュガル兵!」

 反射的に身構えるミラの手が柄にかかる。

 

「待て待て」

 アルヴィンが慌ててその腕を押さえた。

 

 兵士たちは一行に気づくこともなく、馬車に乗り込み、豪奢な老人を守るように列を組んで去っていく。その場に残ったのは、砂利を蹴り上げて遠ざかる車輪の音だけだった。

 

「危なっかしいね、おたく。見つかってもいない状態で突撃とか。見つけてくれって言ってるようなもんだぞ」

 アルヴィンが肩をすくめると、ミラは口を尖らせる。

 

「むむ。……しかし、今のは……」

 視線は去っていった馬車の後方を鋭く追っていた。

 

 そんなやりとりを横目に、屋敷の影からローエンが静かに現れる。

「……お客様はお帰りになりましたか」

 

「そうみたい。邪魔しちゃ悪いからと思って外にいたけど、これで中に入れそうね」

 ドロッセルが頷き、優雅に一歩前へ出る。

「それじゃあ、皆、中に入って」

 

 一行は促されるままに屋敷へ足を踏み入れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 案内された室内は、重厚な柱と深い陰影が支配する静けさと格式を併せ持っていた。中央の黒く艶やかな円卓には、いくつもの皿が整然と並べられ、その周囲を取り囲むように柔らかなカーブを描いたソファが配置されている。壁は淡い色合いで統一され、装飾的なモールディングが落ち着いた空間に品位を加えていた。

 

 奥には柔らかく光る緑色の光源が設置されており、その近くの観葉植物を幻想的に照らし出している。光は静かに部屋の一角を染め、昼とも夜ともつかない不思議な時間を演出していた。

 

 部屋の右手には上階へと続く階段が控えており、その手すりや壁の意匠は緻密で、屋敷全体が丁寧に設計されたことを物語っている。

 

「うは~、なにここ? 本当におうち?」

 ティポがきょろきょろと見回し、声を弾ませる。

 

「ええ、そうよ」

 ドロッセルは微笑み、少女の問いに軽やかに答えた。

 

「ドロッセル……さんは……お金持ち、なんですね」

 エリーゼが少し遠慮がちに口を開くと、ドロッセルは笑って首を横に振る。

 

「ドロッセルでいいわ。お金持ちっていうか、ただの領主の娘なの、私」

 

「カラハ・シャールの領主っていうと……」

 

 ジュードが何かに心当たりがあると口を開きかけた。だが、その言葉を遮るように、屋敷の奥から新たな声が響く。

 

「やぁ、お帰り」

 

 現れたのは一人の青年だった。

 

 整然とした佇まいに涼やかな表情、端正な顔立ちはどこか中性的な雰囲気を漂わせ、柔らかに流れるアシンメトリーの髪は静かな知性を感じさせる。感情を大きく見せることなく、それでいて内に何かを秘めているような瞳の奥には、観察と洞察の光が宿っていた。

 

 身にまとった衣は格式を帯びながらも実用性に富み、無駄のない洗練されたデザインが、彼の慎重で理知的な性格をそのまま映し出している。肩にかかる青色の装飾や煌びやかな胸元の文様は、彼がただの一市民ではなく、ある種の責務や地位を担う人物であることを暗に物語っていた。

 

「お兄様!」

 ドロッセルがぱっと顔を輝かせて駆け寄る。

 

「お友達かい?」

 青年は穏やかに視線を向け、ドロッセルの背後にいるジュードたちへと目をやった。

 

「はい、紹介します。えっと……って、そうだ。まだみんなの名前を聞いてなかったんだっけ」

 ドロッセルが舌を出すように照れ笑いを浮かべる。

 

「ははは、妹がお世話になったようですね。ドロッセルの兄で、クレイン・K・シャールと言います」

 青年は胸に手を当て、丁寧に名乗った。

 

「クレイン様は、カラハ・シャールを治める領主様です」

 後ろからローエンが一歩進み出て、恭しく説明を添える。

 

「やっぱり! シャール家っていったら、六家の名門ですよね」

 ジュードが思わず声を上げると、クレインは軽く肩をすくめた。

 

「ええ、まぁ。それより立ち話もなんです。さぁ、こちらへ」

 

 そのままクレインの案内でリビングのふかふかのソファに腰を下ろすと、緊張がほどけ、自然と会話が弾む。

 

「……なるほど。また無駄遣いするところを、みなさんが助けてくれたんだね?」

 クレインが苦笑しながら話を聞き終える。

 

「無駄遣いなんて! 協力して買い物をしたのよね」

 ドロッセルがむっと頬を膨らませると、ティポが元気よく同調した。

「ねー!」

 

「まったく、本当にドロッセルは子供なんだから……」

 兄の言葉に、ドロッセルはすぐさま立ち上がり、腰に手を当てて抗議する。

 

「もう、お兄様ったら失礼ね! こんな素敵なレディを捕まえて子供だなんて。ね? エリー」

 

「え、あの……はい」

 急に話を振られたエリーゼは困惑しながらも、控えめに頷く。

 

「おや、これで2対1。どうやら僕の方が分が悪いようだ」

 クレインはおどけたように肩を落とし、部屋に柔らかな笑いが広がった。

 

「でしょ?」

 ドロッセルは得意げに胸を張る。

 

 その明るい空気の中、席を外していたローエンが静かに戻ってくると、恭しく一礼してクレインに声をかけた。

 

「旦那様。少々宜しいでしょうか?」

 

「ん? どうした、ローエン」

 

 クレインが不思議そうに眉を寄せると、ローエンは彼の耳元に身を寄せ、「実は……」と低い声で何事かを囁いた。

 

「……何?! ナハティガル王が?」

 

 その名を聞いた瞬間、クレインの瞳が見開かれる。普段は落ち着いた物腰の彼が驚きを隠せず声を荒げたことで、部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。

 

「どうかされまして?」

 ドロッセルが心配そうに問いかける。

 

「……いや、少し面倒事が起きてね。席を外さないといけなくなった」

 クレインはすぐに表情を整え、努めて穏やかな声で答える。

 

「そうなんですか?」

 ジュードが思わず問い返すと、クレインは短く頷いた。

 

「ああ。という訳で皆さん、私はこれで。皆さんはゆっくりしていてくださって構いませんので」

 

「それでは参りましょう」

 ローエンが付き従おうと一歩踏み出す。だがクレインは片手を上げて制した。

 

「いや、ローエンはここに残ってくれ。僕がいない間に何かあった時、君が居てくれると助かる」

 

「しかし……」

 

「大丈夫。奴とて騎士王(セイバー)さんに付け入る隙を与えたくはないはず。なら、ここで大きな動きをしたりはしないさ」

 

 静かな口調の奥に確信めいた響きが宿り、ローエンはそれ以上は言葉を飲み込む。

 

「……かしこまりました」

 

「それでは、僕はこれで」

 

 クレインは軽く頭を下げると、急ぎ足で部屋を出ていった。

 

 その背を見送ったジュードが、落ち着かない様子で小声を漏らす。

「何があったの?」

 

「騎士王(セイバー)殿の名前まで出してたし、穏やかじゃなさそうだな」

 アルヴィンは腕を組み、険しい目つきで呟く。

 

 しかしローエンは口を閉ざし、静かに首を振った。

「それは……。旦那様が帰ってきてからお話しいたします」

 

「もう~、ローエンまで私を仲間外れにして……」

 ドロッセルは頬を膨らませ、ぷいと顔を背ける。だがすぐに気を取り直したように、ぱっと笑顔を浮かべて皆の方へと向き直った。

 

「いいわ! それじゃあ、お兄様がいない間に、いっぱい皆からお話を聞かせてもらっちゃうんだから」

 

 楽しげな目を輝かせて身を乗り出す。

「という訳で、みんなのお話し聞かせてちょうだい? みんな、旅の途中なんでしょう?」

 

「えっと……」

 不意に振られたジュードは言葉を詰まらせる。

 

「ま、一応な」

 アルヴィンが肩を竦めて代わりに答えた。

 

「私、この街から離れたことがなくて……だから、遠い場所のお話を知りたいの」

 

 ドロッセルは期待に頬を染めながら告げる。その無邪気さに、部屋の空気は再び穏やかな温かさを取り戻していった。

 

 エリーゼは小さな声で口を開いた。

 

「わたしも……外に出たことがなかったです。でも……」

 

 その言葉を引き継ぐように、ティポが元気よく付け加える。

 

「ジュード君たちが、エリーを連れ出してくれたんだー。海と森を通ってねー、波やキノコがすごかったー」

 

「エリーは海を渡ったんだ? いいなぁ。私、まだ海を見たことないの」

 羨望を隠さずに声を弾ませるドロッセル。

 

「水辺には気を付けろ。岩に化けるタコがいるからな」

 真顔のまま淡々と語るミラに、場の空気が一瞬止まる。

 

「岩に化けるタコさん!?」

 目を丸くするドロッセルに、エリーゼがそっと続けた。

 

「あの、貝や魚も……います」

 

「あ、貝殻でつくったキレイなアクセサリなら、広場のお店で見たわ」

「キレイなアクセサリ……」

 エリーゼが小さく繰り返すと、ドロッセルはふわりと笑みを浮かべた。

 

「興味あるの? だったら今度プレゼントするわね。お友達の証よ」

 

「お、お友達……」

 頬を赤く染めるエリーゼ。その様子にティポがはしゃいだ声をあげる。

 

「わーい。生きてる貝は気持ち悪いけど、死んだ貝殻はキレイだよねー」

 

「その言い方はどうかと思うよ……」

 ジュードが苦笑いを浮かべた。

 

「プレゼントをするのが友達の証なのか?」

 首をかしげるミラに、ドロッセルは胸を張って答える。

 

「ええ。信頼を形にして贈るの」

「タダでもらえると得した気分だしねー」

「なるほど……」

「ミラ、感心するところ絶対に間違えてるから」

 ジュードの突っ込みに、場が和やかな笑いに包まれた。

 

 そんな彼らを見つめていたローエンの顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。

 

「ほっほっほ、お嬢さまによいお友達ができたようですね。どうぞおくつろぎください。お菓子もたくさんございますよ」

 

 ローエンが新しく持ってきた皿には、色とりどりの菓子が並んでいた。甘い香りに、エリーゼの目が輝く。

 

「わーい!」

「お、美味しそう……です」

「ええ、どんどん食べてね」

「うむ。いただくとしよう」

 

 お茶と菓子を囲み、笑顔と会話が絶え間なく続いていく。

 クレインの不在を忘れるほどに、穏やかで温かなひとときが流れていた。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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