一方そのころ、クレインがラ・シュガル兵に襲撃される少し前。
街の一角にある小さな店で、ミラたちは買い物を楽しんでいた。
「決めた。エリーには、これをプレゼントするわね」
ドロッセルが小箱を掲げると、中に収められた髪飾りが光を反射してきらめいた。
「うわー。高そうー。ドロッセル君はお金もちだねー」
ティポがいつもの調子で声を弾ませる。
「あら、ティポったら」
ドロッセルは小さく笑い、買い物袋を腕に抱えた。
「ありがとう、ドロッセル」
エリーゼが恥ずかしそうに受け取ると、頬がほんのりと赤く染まった。
「うふ、どういたしまして」
嬉しげに微笑むドロッセル。その様子を見届けながら、ミラだけが店先に目を向け、並ぶ品々の中の一つに視線をとめていた。
「うむ……?」
彼女が低く唸ると、ドロッセルがすぐに気づく。
「ミラ、そのペンダントが気に入ったの?」
「いや、私も同じような物をもっているのだ」
ミラは胸元に手を入れると、一粒のガラス玉を取り出した。
「うわー、ただのガラス玉だー!」
ティポが身を乗り出して覗き込む。
「とってもキレイな色ね」
ドロッセルは光にかざされたそれを見て、素直に感嘆の声を漏らした。
「ミラ……どうしたんですか、これ?」
「昔、人間の子どもにもらった物だ」
「人間って……あなたもそうじゃない?」
ドロッセルが首を傾げると、ミラは少し考えてから頷いた。
「うむ。そういえばそうだったな」
「ふふっ、おかしなミラ。でもそうね。とても大切にしてきたのね」
「そうだな。私が生まれて初めてもらった物だからな」
淡々とした声の奥に、静かな温もりが滲む。
「そのようなお話し、初めて伺いました」
ジャンヌが目を細めて言った。
「お前がニ・アケリアに来る前の話しだからな。……そう、ずっと昔の思い出だ」
ミラは手のひらに載せたガラス玉をしばし見つめる。そこには、戦いとは無縁だった幼き日の記憶が透けて見えるようだった。
彼女の横顔を眺めていたドロッセルは、やわらかく微笑みながら口を開いた。
「なら、失くさないようにしないと。そんな扱い方じゃ、いつかポロッと落としかねないわ」
「ふむ、そうだろうか?」
ミラが指でガラス玉を弄びながら首を傾げる。
「確かに、ミラ君は派手に動くもんねー」
「動きます、ね」
「ジッとしていることの方が珍しいです」
ティポ、エリーゼ、マシュが次々に相槌を打つ。思い返せば、ミラが腰を落ち着けて何かをすることなど滅多になかった。
すると、傍らで話を聞いていた店員が気を利かせるように口を挟んだ。
「それじゃ、こちらのようにペンダントにして差し上げますよ」
「そうしてもらった方がいいわ。やってもらいましょう」
ドロッセルが即座に同意する。
「わかった。では頼む」
「へい」
ミラが頷くと、店員は手際よくガラス玉を受け取り、作業台へと運んでいった。
数分後。
「お待たせしました」
差し出されたのは銀の鎖に取り付けられたガラス玉。陽光を受け、淡い虹色の輝きを宿していた。
「これはなかなかよさそうだ。店主、感謝するぞ」
ミラが満足げに受け取ったその瞬間──。
「わぁ、やめてください! ぐあっ!」
街路の外から、悲鳴と怒号が響いた。
「……抵抗するな。容赦せんぞ」
無骨な声とともに、ラ・シュガル兵が住民を押さえつける姿が目に飛び込んでくる。剣の鞘で背を打ち据えられた男が、地面に転がった。
「え? ……あれは!?」
ドロッセルが蒼白になり、広場を見渡す。
「……どうやらラ・シュガルの兵士たちが、何かを始めたようだ」
ミラが低く呟く。彼女の瞳に、緊張の光が宿った。
「えっ? えっ!?」
「どうなっちゃうのー!?」
動揺するエリーゼとティポ。
その二人を守るように前へ出たドロッセルが、毅然と声を張り上げる。
「急いで止めなくちゃ! ──乱暴はおやめなさい! 一体なんのつもりです! ラ・シュガル軍は、この街から退去するよう領主からの命を受けたはずですよ!」
彼女の声は、恐怖に怯える市民たちにとって唯一の支えのように響いた。
「ドロッセル!」
エリーゼが叫ぶ。
「Ms.ドロッセル。あまり1人で先行されては……」
マシュが苦言を呈すが、すでにドロッセルは兵士たちの前に立ちはだかっていた。
「だが、良い心がけだ」
ミラは短く言い放つ。
「……仕方ありません。我々もフォローを致しましょう」
マシュは諦めたように肩を竦め、剣の柄に手をかけた。
「はい。エリーゼ、ティポ。決して離れないでくださいね」
ジャンヌが柔らかい声で注意する。
「う、うん……」
エリーゼは震える声で応じ、ティポの小さな体をぎゅっと抱きしめた。
そうして突如、道を塞ぐように立ちふさがった五人の少女の様に、ラ・シュガル兵たちは驚きと困惑を隠せずに足を止める。
ざわめきの中、兵士とは明らかに違う装いの男が一歩前へと進み出た。
灰色がかったおかっぱ頭に長い鬢の髪。その無表情な横顔には、感情の気配がまるで感じられず、耳元には紅い装飾が垂れ、まるで血の涙のように彼の冷たい雰囲気を強調している。
身にまとうのは、黒と白を基調とした軍服のような衣装。上着は高い襟を持ち、肩には装飾のない金のボタンが並んでいた。胸元には幾何学的なベルトが交差し、まるで儀礼用の鎧のような厳かさを醸し出している。
そんな威圧的な鋭い眼差しをドロッセルに向けた男は、低い声で問いかける。
「あなたは……?」
「シャール家の者です」
ドロッセルが毅然と名乗ると、男の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「おや、あなたがシャール家の。それならば、あなたも捕らえねばなりませんな。なにせこれは、王勅命による反乱分子掃討作戦。──領主クレイン・K・シャールには、謀反を画策した嫌疑がかけられているのですから」
「な、なんですって……?」
青ざめたドロッセルの声が震える。
「随分と手回しが早いことだな」
ミラが険しい眼差しを向けると、男はその姿を見て目を細めた。
「貴様は……そうか、貴様があの……」
「ん? なんだ?」
ミラは首を傾げ、挑むように睨み返す。
男は一瞬、口をつぐんだ。やがてかすかな笑みを浮かべ、含みのある声で告げる。
「……いえ、こちらの話です。それより、どうやらあなた方もまた彼の関係者のようだ。ならば、あなた方も同罪です。彼女らを捕らえなさい!」
鋭い号令と共に兵士たちが剣を抜き、少女たちを包囲する。
「みんな! 早く逃げよー!」
ティポの声に、ミラは頷いた。
「うむ。多勢に無勢は分が悪い。完全に包囲される前に、ジュードたちと合流した方が得策だな」
「承知いたしました。……遅れないでくださいね。エリーゼ、ドロッセル」
ジャンヌが冷静に呼びかける。
「う……うん!」
「お願いするわ」
エリーゼとドロッセルもそれに続き、緊迫した空気の中で武器を構え直した。
包囲網を突破すべく、少女たちは一斉に駆け出す。その最中、男の視線がひとりの影──マシュへと向けられていたことに、誰も気づく者はいなかった。マシュ自身を除いては。
◇ ◇ ◇
「はあああぁ!」
ミラの鋭い斬撃が兵士たちを押し返す。
「ちっ、何をしてやがる! さっさとあの女を取り押さえろ!」
焦りを滲ませた男の声が響いた。
戦況は一進一退だった。むしろ少女たちは優勢に見えた。だが──不意を突いた一撃が、ミラの身体を襲う。
「がっ!?」
「ミラ!?」
「ミラ様!!」
呻きと共に地へ倒れるミラ。その姿に仲間たちが駆け寄った刹那、さらなる攻撃が放たれ、エリーゼが「きゃっ!」と悲鳴を上げる間もなく意識を失った。
「エリーゼ!?」
「そんな……!!」
絶望に染まるドロッセルとジャンヌの声を他所に、マシュだけは冷徹に状況を見定めていた。
「……彼女らを守りながらの戦闘は、不可能と断言いたします」
「くっ……どうやら、そのようですね」
ジャンヌは唇を噛み、やがてマシュと同様に武器を地に落とす。
その音に呼応するように、「……ったく、ようやくか」と男は吐き捨てるように言うと、わざとらしく咳払いをし、口調を整え直す。
「全員、捕らえなさい」
命じられた兵士たちに取り押さえられ、少女たちはなす術なく縄を打たれる。
そして街の他の捕虜と共に馬車へと押し込められ、その行方を誰も知らぬまま──連れ去られていった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1~2000文字以内
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4~5000文字以内
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