フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

47 / 116
ガンダラ要塞での戦い 女子編

 

 ──微かな声が、意識の淵を揺さぶる。

 

「……かりして、ミラ」

「ん……」

「ミラ、起きて。ミラ」

 

 まぶたの裏に光が差し込み、頭の奥で鈍い痛みがずきりと脈打つ。ようやく瞼を押し上げると、鉄の匂いが鼻を刺し、冷たい空気が肌を撫でた。

 

「う……」

 声を漏らした瞬間、すぐ傍から安堵の声が重なった。

「よかった……」

 

 エリーゼの大きな瞳が涙で滲み、こちらを覗き込んでいる。ドロッセルもまた、表情には焦燥が色濃く浮かんでいた。

 

「ここは……牢……か」

 そうつぶやいた声が、重く淀んだ空間に吸い込まれていく。鉄格子に囲まれた狭い空間。石畳の床は冷え切っていて、壁には湿気が滲み、重苦しい閉塞感が胸にのしかかる。

 

 うっすらと灯る緑がかった光が、無機質な壁をぼんやりと照らしており、床に座ったまま動かない他の者たちの姿も見受けられる。その姿は、まるでこの場所が人の心までも閉じ込めていることを示すかのようだった。

 

「ガンダラ要塞に連れてこられたの。それにこんな変なものまで付けられちゃったし」

 ドロッセルの言葉で彼女の足を見ると、確かに鉄でできた拘束具が取り付けられており、エリーゼや自分にも同じものが付いていると気づく。

 

 とりあえず、拘束具を弄るミラだが、やはりそう単純な物ではなかったと外せそうに無い。

 

 それには仕方なしにと精霊術を使おうとしたミラだが、ドロッセルは慌てて彼女の腕を掴む。

 

「待って! 敵が精霊術で無理矢理外せるような拘束具を付けるとは思えないわ! 下手に刺激しない方が良いと思う!」

 

 その言葉にはミラも「そうか……それもそうだな」と諦めることにしたのであった。

 

「……む? ジャンヌとマシュはどうした? 一緒に捕まらなかったのか?」

 改めて辺りを見回すも、二人の姿はない。

 

「それが、私たちとは別の場所に連れていかれたみたいで……」

 ドロッセルの答えに、胸の奥にざらついた違和感が広がる。

 

「なに? どうして2人は別々に……」

 

 疑念を口にした刹那、低く冷えた声が牢の外から響いた。

「お目覚めのようですね」

 

 視線を向ければ、鋭い眼光を持つ男が立っていた。それは先程カラハ・シャールにて、彼女たちに攻撃を命令していたあの男であった。

 

「貴様は!」

 

「私の名はジランド。ラ・シュガル軍参謀副長を務めております。お会いできて光栄ですよ。マクスウェル様」

 

 その名乗りに、ミラは思わず目を細める。胸の奥で、氷のような警戒心が音もなく立ち上がる。

 

「……ほう? 何故、私のことを知っている? ジュードたち以外には他言したことは無いのだがな。……まぁ、別に隠してもいないが」

 

 一方、その発言に理解ができないとエリーゼ&ドロッセル。互いに顔を見合わせつつ『何を言っているのだろう?』とばかりに首を傾げている。

 

「ふふふ。我々の情報網を侮っていただいては困る──とだけ、申しておきましょうか」

 

 余裕を崩さぬ物言いに、ミラはわざと鼻で笑った。

「どうやら、ナハティガルの犬のわりには頭は回るといったところか。──いや、犬だからこそ、鼻は良いといった方がいいか?」

 

「褒め言葉と受け取りましょう」ジランドは微笑を崩さず、むしろ愉快そうに目を細める。「それよりも、あなたに伺いたいことがあります。アレの『カギ』を持ち出しましたね?」

 

 胸の奥がかすかに跳ねた。しかし表情は崩さない。

「……アレ?」

 

「しらばっくれても無駄な事。既に調査は済んでおります。その上、どこかに隠したみたいじゃありませんか?」

 

「何を言っているのかは分からないが、持ち出した前提で話しをされてもな」

 冷ややかに返すミラ。だが、ジランドの目には確信めいた光が宿っていた。

 

「……ふん。そちらがその態度でしたら、こちらも考えがありますよ?」

 

 その言葉と同時に、ジランドが兵士へ小さく顎を動かす。

 直後、鎧の軋む音と共に兵士たちが牢内に踏み込んできた。

 

「立て! 外へ出ろ」

 

 荒々しく腕を掴まれ、冷たい鉄の感触が食い込む。ミラは抵抗しながらも状況を測るように目を走らせた。隣でエリーゼが怯えた声を上げ、ドロッセルも必死に彼女を庇おうとする。

 

 だが兵士たちは容赦なく三人を引き立て、鉄格子の外に連れ出すと重厚な鉄の廊下を進ませる。

 

 そして辿り着いた先──。

 そこには、朱に光る幾何学模様の何かが空間に走り、壁のように立ち塞がっていた。

 

 脈動するように明滅しているそれは、異様に生々しい光を放ちながら、ただ立っているだけで血の気を奪われるような威圧感を放っている。

 

「……なんだ? これは?」

 

 無論、そんな物に臆する自分ではないと、理解ができぬ代物に、ミラは平然と首を傾げる。

 

「すぐにわかりますよ」ジランドがほほ笑む。「それより、もう一度問います。『カギ』をどこに隠したのですか?」

 

「知らんと言ったろう」

 ミラの返答は淡々としていたが……

 

「……その威勢が、どこまで続きますかね?」

 その言葉にジランドが手を上げ、兵士に合図を送る。

 

 ほどなくして、別の兵士たちが一人の女性を引きずってきた。衣服は乱れ、表情はまるで死に体で疲弊しきっており、事情を飲み込む暇も与えられないばかりか、そもそも事情を理解できる余裕すら無いようだったと、その女性は、その幾何学模様の何かの前に立たされても、表情を変えることは一切なかった。

 

「なにを……」

 ミラが言葉を放つより早く、兵士たちが彼女を突き飛ばした。

 

 そして、赤い光を通り抜けた瞬間──。

 

 轟音と共に眩い閃光が弾け、女性の首に嵌められた拘束具が爆ぜた。血煙が広がり、肉片が床に叩きつけられる。

 

「えっ!?」

「キャァ!!!」

 

 ドロッセルとエリーゼの悲鳴が要塞内を裂く。鉄と血の匂いが混じり合い、体と頭部が分離してしまったという、あまりに残酷な光景が目の前に広がった。

 

 女性の体は既に絶命し、動くことはない。

 

「なっ……なっ!?」

 ドロッセルの喉は言葉をうまく形にできず、震えだけが漏れる。

 

 ジランドは微笑みを浮かべたまま、淡々と告げる。

「あなた方が今、足につけているものは呪環(じゅかん)という逃走防止用の拘束具でしてね。見ての通り、この呪帯(じゅあい)を呪環を付けたまま通り抜けようとすると、このように爆発する仕組みになっているのですよ」

 

「ひ、ひどい……。な、なんてことを……」

 ドロッセルの声は怒りよりも恐怖に震えていた。

 

「さて、この事実を目の当たりにして、先程同様、平静でいられますかね?」

 

「ジランド! このような暴虐許されませんよ! ナイチンゲール協定違反ですわ!」

 声と勇気を振り絞ったドロッセルに、ジランドは愉快そうに肩を揺らした。

 

「くくく。それは私には関係の無い話でしてね。なにせ私はそのような協定とは無縁の──いえ、外側に居る者なのでね」

 

「外側……? それはいったいどういう……」

 ドロッセルが問い返すも、ジランドは軽く手を振る。

 

「失礼、ドロッセルお嬢様。今はあなたの相手をしている場合ではありませんので、暫く黙っていていただけると嬉しいのですがね」

 

 兵士へ再び合図が送られる。

「……外側って、お前まさか……!」

 ミラの言葉を、ジランドは無視した。

 

 次の瞬間、ドロッセルの体が兵士の腕によって強引に押し出され、呪帯のぎりぎりまで近づけられる。

 

「キャッ!!」

「ド、ドロッセル!!」

 

 エリーゼが絶叫する。小さな体が震え、涙がこぼれ落ちる。

 

「……さて。本題に戻りましょう」ジランドの声は氷のように冷たかった。「『カギ』の在処はどこです?」

 

「くどいな。知らん」

 ミラは目を逸らさずに言い切る。瞳には怒りが宿り、その冷たさはむしろ鋭さを増していた。

 

「強情な方だ……おい」

 

 ジランドの軽い合図。

 今度は、エリーゼの体が兵士の手に掴まれ、呪帯の赤光へと近付けられていく──。

 

 兵士に合図を送ったジランドは、今度はエリーゼを呪帯へと近づけた。

「ひ、い、いや!」

 必死に首を振る少女を、ジランドは冷ややかに見下ろす。

「お友達がどうなってもよいのですか?」

 

 しかし、その脅しに答えたのはミラだった。

「お前たち人の尺度での脅迫など、なんの意味もない。傷つくこと、失うことは私にとって恐怖にはならない。私でも、その者たちでもそこへ突き飛ばしてみろ。私の言葉が虚偽ではないとわかるだろう」

 

 淡々と告げるミラに、エリーゼもドロッセルも目を見張る。

「ミ、ミラ……」

 小さく名を呼ぶエリーゼの声には、悲しみと戸惑いが入り混じっていた。

 

 ジランドは鼻を鳴らし、苛立たしげに舌打ちする。

「全く、面倒な女め……。殺しては『カギ』の在りかを聞き出せないと、呪環を足に付けたのが間違いだったか? ……まぁ、いい。ならば、まずはそのガキからといこう。この俺が本気だということを思い知らせてやるさ」

 

 彼は乱暴にエリーゼの頭を鷲掴みにし、泣き叫ぶ彼女をものともせずに、その小さな身体を呪帯へと押し込もうとする。

 

「や、やめなさい! エリーゼは関係ないでしょう! やるなら私に……っ!」

 ドロッセルが悲痛に叫ぶ。

 ジランドはその声に薄ら笑いを浮かべた。

「無論、彼女が喋らなければ、お次はあなたですよ……ドロッセル様?」

「っ……!」

「いや……いやっ!!」

 エリーゼは涙を浮かべ、必死に抵抗するが、ジランドの手は揺るがない。

 

 そのときだった。

 

「参謀」

 

 一人の男がジランドのもとへ駆け寄ってきた。

「……なんだ?」

 不快げに眉をひそめたジランドに、兵士が耳打ちする。

 

 短く述べた彼の言葉に、ジランドは何かを考えたように視線をミラたちに戻す。

「……例の準備ができたか。なら、ひとまずはそちらを優先するべきだな。ナハティガルとのこの関係は、今は何よりも優先されるべきだし」

 

 そう言って視線を巡らせると、近くにいた女兵士を呼び止める。

「おほんっ。……そこのあなた」

「は、はい!」

「キャッ!」

 驚くエリーゼを乱暴に投げ与えながら、ジランドは冷徹に命じた。

「ここは任せますよ。必ず『カギ』の在処を吐かせなさい」

「はっ!」

 

 そうして、ここに用は無いとばかりに背を向けたジランドは、部屋を後にする。

 

 残されたのは兵士数名と、捕らわれたままの彼女たち。

 短い静寂ののち、女兵士が声を張った。

「さ、さぁ! 吐け!」

 

 だが、その剣幕、エリーゼを人質に取る様はどこかぎこちない。ジランドのように容赦なく脅すことができず、腰が引けているのは明らかだった。

 

 ミラはそんな様子を見て、冷笑を浮かべる。

「……ふ。どうした? 少女一人も殺す覚悟が無いのか?」

「そ、そんなこと……!」

 女兵士は否定しながらも、泣きじゃくるエリーゼを前にして踏ん切りをつけられない。

 

 ミラは淡々と告げる。

「それよりも、私の身体を調べたらどうだ? 奴の言う『カギ』が何かは知らんが、そうすれば私が持っていないとわかるはずだ」

 

「し、しかし……お前の身体はすでに調べ尽くして……」

 

「確かに、あれをお前たち人が物質的な形にしようにも、精霊術の根源を知らぬ者たちではその存在を確立させられんだろうな」

 

「な、何を言って……」

 

「ともかく、私は何も知らん。疑うのなら、もう一度調べてみるがいい」

 

 女兵士はわずかに逡巡したあと、決意を固めるようにうなずいた。

「……よ、よし」

 

 彼女はエリーゼを別の兵士に託すと、ミラのもとへ歩み寄る。

 だが次の瞬間──ミラは拘束していた兵士の動きを巧みに往なし、その身体を別の兵士へと激突させた。

 

「ぐあっ!」

「ぐっ!」

 

 呻き声を上げたのは、エリーゼを抑えていたと女兵士。そして、その隙を見逃さずに、体勢を反転させたミラは形勢を奪うように、女兵士を呪環が付いた足で押さえ込む形で地に伏させてしまう。

 

「こんなくだらぬ罠にはまるとは。平静を失っては、なすべきこともなせないぞ?」

 

 冷ややかな声音で言い放つミラ。その余裕に、他の兵士たちの顔に焦りが浮かぶ。

 

「貴様ッ!」

 

 仲間が足蹴にされているのを見た兵士二人が、エリーゼとドロッセルを拘束したまま怒声を上げる。

 

 だが、動こうとした彼らを制するように、「おっと。動かないでもらおう」とミラは足を動かした。呪環の付いた足で、女兵士の体を呪帯の外側へと滑らせる。

 

 あと数センチ足をずらせば、呪環ごと呪帯の外に出てしまう──その事実に、女兵士の顔が恐怖に引きつった。

 

「ひっ……!?」

 

「そちらには人質は効果的だろう?」ミラの声は冷酷な響きを帯びていた。「武器を捨て、エリーゼたちを返してもらおうか」

 

「バ、バカな! そんなハッタリ、聞くわけが……」

 

 兵士が強がりを吐くと、ミラはさらに拘束具の足をじり、と奥に突っ込む。

 

「先程も言ったはずだ。傷つくこと、失うことは私にとって恐怖にならないと。それとも……」

 

 呪環は今にも呪帯の境界を超えようとしている。もし爆発が起これば、目の前の女兵士も無事では済まないだろう。

 

「や、やめっ! た、助け……!」女兵士は声を裏返らせる。

 

「試してみるか? 今ここで、貴様らの仲間の頭が吹き飛ぶかどうかを」

 

 ミラの冷徹な一言。背中から首元に移動した呪環付きの足。そして、警告音がピーピーと響き始めた呪環――それはまるで命の残り時間を刻むかのようで。

 

「や、やだっ!! 助けて!! お願い!! し、死にたくない!!!」

 

 おかげで女兵士は必死に叫び、もがくがミラの決意は変わらない。その姿を前に、残っていた二人の兵士の顔色が蒼白に染まった。

 

 そして、呪帯を超える寸前──。

 

「わ、わかった! 降参、降参だ!!」

 

 二人の兵士は声を揃え、慌てて手を上げた。同時にエリーゼとドロッセルを解放する。

 

 張り詰めた空気が解ける中、ミラの瞳だけはなお冷たく光を宿していた。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

  • 1000文字以内
  • 1~2000文字以内
  • 2~3000文字以内
  • 3~4000文字以内
  • 4~5000文字以内
  • 5000文字以上
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。