そこは先ほどまでミラたちが囚われていた牢屋。
そこには先程の兵士たち三人が押し込められており、錠前には既に鍵がかかっているが、その鍵はミラが遠くに放り投げてしまっていたと、床に無造作に転がっている。
「さぁ、脱出するぞ」
手の汚れをパンパンと叩きながら、ミラが淡々と告げる。
しかし、背後から返事はない。エリーゼとドロッセルはただ黙り込み、動こうとしなかった。
「どうした?」
怪訝そうに振り返るミラ。
「い、いえ……その……」
ドロッセルが言葉を探すように視線をさまよわせる。
エリーゼはなおも口を閉ざし、頬を伝う涙を拭おうとして拭いきれずにいた。
「ここに残りたいというなら止めはせん。だが、私は先に行くぞ。ちょうどここはガンダラ要塞のようだしな。うまくいけば、イル・ファンへ行けるかも知れん。まぁ、ジュードたちを置いていくことになってしまうが……」
「ま、待って! い、行くわ。私たちも一緒に」
ドロッセルが慌てて声を張り上げる。
「そうか。それならば来るといい。……ところでドロッセル、剣は扱えるか?」
「い、いえ……」
「ふむ。ならばエリーゼ、お前が守ってやれ」
そう言われたエリーゼは小さく首を横に振った。
「エリーゼ?」
「わたし……ティポがいないとダメなんです……」
「何?」
「ティポがいないと……戦えない……」
震える声と共に、再び涙が溢れ出す。
そんな彼女の肩を支えるように、ドロッセルが言葉をかけた。
「大丈夫。自分の身ぐらい自分で守って見せるわ」
その強さは自分を奮い立たせるためでもあったのだろう。だが確かな決意が宿っていた。
「エリーも私が守るから。泣かないで」
「ドロ……セル……」
「……行きましょう!」
エリーゼは涙で滲んだ視界の中、必死に彼女の顔を見つめる。
その決意を受け取ったミラは、短く頷いた。
「そうか……では行こう。まずはこの呪環を外さねばな」
「ええ。となると、まずはこれを外すための鍵か何かを探さないとだけど……」
「うむ……。おい、お前たち」
ミラの視線が、牢に押し込めた兵士たちへと移る。
「これはどうしたら外せる?」
「それは……」兵士の一人が口ごもる。
しかし女の兵士がすぐさま答えた。
「解除キーを誰が持っているかなんて知らないし、それに大勢の兵士の中から探し出そうなんて時間がかかるだけよ。それよりも、その拘束具を制御している装置で解除した方がいいわ。制御装置は今、ジランド様の所にあるはず」
「そうか。では、そうしよう。……ちなみに、ティポがどこにいるか分かるか?」
「ティポ?」兵士が眉をひそめる。
「わたしの……お友達です」エリーゼが小さく口を挟んだ。
「……ああ、あの人形。確かジランド様が何かされるとかで、ジランド様が持っていったはずよ」
「なら、いずれたどり着けそうだな」
「う、うん!」エリーゼの声に少しだけ力が戻る。
「では行こう」
ミラの言葉に、三人は牢を後にした。
残された兵士たちは、互いに視線を交わす。
「……なぁ、機密を口にしてよかったのかよ」
女兵士は肩をすくめて吐き捨てた。
「いいのよ、もう。なんだって。──あの女に、二度と関わらなくて済むのならね」
「お前……」
沈鬱な空気が牢内に漂う。
自分とは違う感性の生き物に、彼女が恐れを抱くのも無理からぬことだろう。
――而して、その悲壮感がミラに届くことは、おそらくないのだろうが。
◇ ◇ ◇
重厚な扉を押し開け、ミラたちは部屋の中へと踏み入った。
そこは要塞の一室とは到底思えないほど豪奢な空間であった。煌びやかな装飾が施され、牢獄というよりも貴族の私室に近い。だが、その中央には兵士に見張られたジャンヌの姿があった。
「ジャンヌ?」
思わず声をかけるミラ。
「ミラ様!?」
驚いたように振り向いたジャンヌの瞳が、次の瞬間に輝きを増す。
「ジャンヌ!!」
エリーゼが切実な声で呼びかけた。
「な、何だ貴様らは! 何故ここに!」
狼狽した兵士が声を上げ、武器を構える。
「とりあえず、ジャンヌを返してもらおう」
ミラが静かにそう告げると同時に、戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
やがて床に倒れ伏した兵士たちを見下ろし、ジャンヌは胸に手を当てた。
「お見事です、ミラ様」
「うむ。待っていろ、すぐに解放してやる」
ミラは短く応え、ジャンヌの拘束を確かめる。手枷以外に目立った道具はなく、彼女を封じ込めているのはそれだけのようだった。錠を外すと、ジャンヌは自由を取り戻す。
「ジャンヌ!!」
エリーゼが勢いよく抱きつき、その頬を涙で濡らした。
「エリーゼ。……良かった。あなたも無事だったのですね」
「……うん。でも、ティポが……ティポが」
エリーゼが嗚咽混じりに言葉を落とすと、ジャンヌは眉を寄せた。
「ティポ? そういえば、あの子はどこに?」
「どうやら奴らに持っていかれたらしい。ついでにそこには、呪環の制御装置があるらしいのだが……そもそもお前には、呪環は付けられていないのだな」
「じゅかん……ですか?」
ジャンヌは首を傾げ、目を丸くした。
ミラは自らの足を指し示し、黒く輝く呪環を見せる。
「これだ」
「これはいったい……」
「特定の場所を通ると爆発するという代物らしい」
「そんなものがミラ様のお足に?! なんと、畏れ多いことを――いえ、恐れ知らずと申し上げるべきでしょうか」
ジャンヌの憤りは巫子故のものだが、一方で当の本人は気にした風も話を続ける。
「言葉遊びはいい。私たちは制御室を探している。ここに辿り着いたのもそのためだ」
「そうでしたか。ですが残念ながら、ここにはそのような物は存在しないかと」
「どうやらそのようだな。……しかし、何故お前だけがこの部屋に? 到底、牢屋とは思えん部屋だが」
ミラが周囲を見渡しながら言うと、ジャンヌは首を傾げた。
「わかりません。皆様方が連れ去られた後、私だけここに連れてこられたのですが、何故かこの兵士の方がとても優しく接してくださって……」
そう言って彼女が倒れた兵士を見やると、その視線はどこか憐れみに似ていた。
「優しくだと?」
「はい。武器もああして取り上げられませんでしたし、必要な物は無いかとか、ミラ様のご存命もこの方より教えていただいておりましたから」
確かに旗──ジャンヌの武器も、部屋の片隅にそのまま立てかけられている。
ミラの声音に僅かな疑念が滲む。
「そうか。不思議なこともあるものだが……今はどうでもいい。それよりもまずはこの呪環を解除しなければな」
「……そういえば、先ほどこの方が“制御室の鍵を持っている”と仰っていたような……」
ジャンヌの言葉を受け、ドロッセルが兵士の懐を探る。
「……あ。あったわ!」
小さな金属の鍵を手に掲げ、ドロッセルが微笑んだ。
「よし。これで制御室へ入れるな」
「それじゃあ、そこにティポも?」とエリーゼが期待を込めて問う。
「ええ。きっとそうよ、エリー。だから元気を出して、ね?」
ドロッセルが肩を抱き寄せ、優しく励ます。
「大丈夫。必ず共に取り戻しましょう」
ジャンヌもまた微笑んで力強く言った。
「……うん」
エリーゼが涙を拭い、小さく頷く。
「では、先へ急ごう」
ミラが促すと、誰もがその背に続いた。
こうしてジャンヌを新たに仲間へと加えた彼女たちは、再び要塞の奥へと歩を進めるのであった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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