鍵を手にしたミラたちは、迷路のような要塞をやや迷いながら進んでいくと、重厚な扉の先には異様な光景が広がっていた。
天井を覆う螺旋状の管が、まるでこの場所がただの要塞ではないことを象徴しているかのように張り巡らされ、空間全体に奇妙な圧迫感を与えており、室内は重厚な機械音に満たされ、冷たい光がステンレスの床に反射している。
そんな巨大な金属構造に囲まれた場所の中心には、緑色の光を放つカプセルが中に苦しむ若い男性を閉じ込めるように横たわっている。無機質なその装置に体を預ける彼の周囲には、防護服に身を包んだ研究者たちが淡々と作業を進めていた。彼を見下ろすように立つ黒衣の男――ジランドの存在だけが、異質な緊張感を漂わせていた。
「ぐおおおおっ!!」
大仰な装置に繋がれた一人の男性の、耳をつんざくかのような悲鳴。
肉体を焼き裂くかのような苦痛に、全身をよじらせる男が何をされているのかは分からないものの、何故かそのすぐ傍にはマシュが椅子に座らされ眠っている姿もあったが、不思議と彼女の方は苦悶の色を見せていない。
防護服に身を包んだ研究者の一人が、冷静に装置の計測を読み上げる。
「霊力野(ゲート)の活動、赤色域に突入。マナ放出、瞬間値で58万5千レールを記録しました」
「ふふ、素晴らしい」
ジランドが満足げに頷き、不気味な笑みを浮かべた。
一方の男性は、「がっ……あああっ!!」と断末魔の叫びを最後に、その身を霧散させてしまった。まるでハウス教授の身に起きたことと同じように。
そんな光景をミラたちは、ガラス越しに目の当たりにしつつ、息を呑む。だが次の瞬間、装置の側にティポの姿を見つけたエリーゼが思わず叫んだ。
「ティポ!」
「ん?」
その声に、ジランドが鋭く反応する。
刹那、ミラはガラスを打ち砕き、軽やかに戦場へと飛び降りた。
「はぁっ!」
「何っ!? お前たち、どうしてここに!」
ジランドの狼狽を正面から受け止め、ミラは鋭い眼差しを突きつける。
「貴様の野望を打ち砕くために来た!」
遅れて、エリーゼを右手で抱き留め、ドロッセルに自分をしっかり掴ませていたジャンヌも身を翻して降り立つ。
「マシュ!」
「ティポ!!」
ドロッセルの声が響く中、エリーゼは迷わず駆け出し、研究員の隙を突いてティポを奪い返した。
「ぬあっ!」
研究員が慌てふためく間に、エリーゼはティポを抱きしめる。
「ティポ! ……よかった」
その光景にジランドが怒声を上げた。
「な、何をしているのです! たかが子供を相手に!」
「も、申し訳ありません!」
研究者が狼狽し、ジランドは歯噛みする。
ミラは冷ややかに一歩前に進み出て、声を放った。
「さて……貴様には聞きたいことが山ほどある。大人しく投降してもらおうか」
「ぐっ……!」
ジランドが追い詰められたその刹那――。
「茶番だな。実にくだらん」
ミラがジランドを追い詰めようとしたその瞬間、重苦しい声が響き渡った。姿を現したのは、老齢でありながら圧倒的な威圧感を放つ男。
金の装飾が施された深紅の軍服に身を包み、歳を重ねた風貌ながらも、その鋭い眼差しと整えられた髭、額に刻まれた深い傷、そして堂々たる体躯には、長きにわたり権力の座に君臨してきた者だけが持つ威厳が漂っていた。
男の右肩には立場を誇示するかのような獣毛の装飾が付き、まるでその身に宿る野性と知性の両面を象徴しているかのようだった。彼の背後には、忠実なる部下たちが控えているが、その誰一人としてこの男に意見をする者はいない。ただ沈黙の中、命令を待つのみ――それが彼の統治する秩序の形だった。
「ナハティガル王!」
ジランドが慌てて頭を垂れる。
「ナハティガル……だと?」
その名を耳にしたミラの眉が険しく寄せられた。伝え聞くラ・シュガル王の名。
「実験に邪魔が入ったのか?」
ナハティガルが淡々と問いかける。
「はっ。しかし、データはすでに採取しております」
「そうか。ならばよい」
「ナハティガル!」
ミラは叫びと共に駆け出し、剣を振り抜いた。
だが、鋭い一撃は王の手によって軽々と受け止められる。
「この者が?」
ナハティガルの問いにジランドが応じる。
「はい」
「貴様のくだらん野望、ここで終わりにさせてもらうぞ!」
「貴様のような小娘が精霊の主だと……? この程度で……笑わせる!」
振るわれた剛腕と共に、ミラの身体は宙を舞い、床へと叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
「ミラ!」ドロッセルが悲鳴を上げる。
すると、そんな光景を今まさに合流したジュードたちが目にしていた。彼らが見たのは、ミラがナハティガルに投げ飛ばされる瞬間だったのだ。
「ミラ!」
ジュードの喉から声が絞り出される。
ふと、アルヴィンとジランドの視線が交差する。だがその意味を測る間もなく、ナハティガルは一顧だにしない。
「有象無象が煩わしい。儂は、クルスニクの槍の力をもってア・ジュールをも平らげるのだ! その覇道を邪魔立てするというのであれば、何人たりとも生きては返さぬ!」
「それでカラハ・シャールを……! どうしてこんな酷いことばかり……!」
「黙れ! 貴様のような小僧の出る幕ではないわ!」
「ナハティガル王!」
ジュードは必死に言葉を投げかけるが、その声は王の耳には届かない。
ナハティガルは倒れかけながら立ち上がろうとするミラへと視線を移し、槍を構えた。
「貴様などに我が野望、阻めるものか!」
鋭い槍が投擲される。狙いはミラの胸元。
だが、その刹那。
――カキンっ!
何者かの投じたナイフが閃光のように走り、槍の軌道を地に変え叩き落とした。
「ぬぅっ!?」
ナハティガルの目が見開かれる。
その視線の先に立っていた男の姿に、王は驚愕の声を上げる。
「イルベルト、貴様か……!?」
名を呼ばれた瞬間、周囲に控えていた兵士たちもどよめいた。
「ローエン・J・イルベルト……?!」
その名が響くや否や、ジュードの顔色が変わる。
「イルベルト……? ……まさか! 歴史で習ったあの指揮者(コンダクター)イルベルト!?」
思わず声を荒げるジュードに、アルヴィンが口の端をつり上げて言った。
「へぇ。ただのじいさんじゃないと思ってたが……」
彼らの驚きの声を背に、ジランドが冷ややかに問いかける。
「国も軍も捨てたあなたが、今さら何のご用ですかな?」
ローエンは薄く微笑むと、静かに首を振った。
「少なくとも、あなたに用向きはございませんよ」
「なにっ……!」
ジランドが不快げに顔を歪める。だがローエンは意に介さず、まっすぐドロッセルのもとへ歩み寄った。
「お嬢様。ご無事で何よりです。心配いたしました」
「ありがとう。来てくれて本当に嬉しいわ」
安堵の微笑みを浮かべるドロッセルに、ローエンは深々と頭を垂れる。
その姿を見下ろしたナハティガルは、鼻で笑った。
「ふん……落ちぶれたな、イルベルト。今の貴様には、それが相応だ」
それはまるで過去を知る者のような声音で、彼の威厳を知る旧知のような言葉であった。
そんな彼を見つめるナハティガルに、ジランドはすかさず一歩前へ出て、声を荒げる。
「……陛下、こちらへ! このような者どもに、これ以上構う必要はありません」
ナハティガルはしばし視線を彷徨わせたのち、短く頷いた。
「道理だな」
そう言い残すと、ジランドの先導を受けながら扉の奥へと姿を消していった。
「待て! 逃がさん!」
ミラが叫び、剣を握りしめたまま駆け出す。
「ミラ!」
ジュードの必死の呼びかけも届かず、彼女はその背を追って扉の奥へと消えていった。
ジュードたちも後を追おうとするが、突如として兵士たちが壁のように立ちはだかる。
「ちっ……」アルヴィンが剣を構える。「とりあえず、こいつらを何とかしねぇとな」
こうして、残されたジュードたちは兵士との激しい戦闘に巻き込まれていくのだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1~2000文字以内
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