フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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――潜入、ラフォート研究所――
地下水道での戦い


 工事関係者のために設置されたと思われる頼りない明かりがぽつぽつと灯る地下水道。

 

 湿った石壁からは水滴が落ち、ひんやりとした空気が肌を刺す。そんな場所を、ジュードはビクビクと肩をすくめながら歩いていた。

 

「えっと……あの人は…………あっ! いた!」

 

 前方に人影を見つけた瞬間、ジュードの声は上ずる。

 

 そこには、背筋をまっすぐ伸ばして歩く先程の女性がいた。彼女は何やら小声で呟きながら、暗がりを堂々と進んでいる。

 

「ああ、周辺の微精霊たちも気配がばったりだ。同時に感じたあの異常な力。精霊を殺した源が、この先にあるのは間違いなさそうだな。……まったく、なぜ人は世界を破滅に導くような力を求めるのか。これでは、あの方に任されたこの世界は間違っていたということに……」

 

 深刻そうに呟くその声を、ジュードは半ば無視して声をかけた。

 

「あ、あの……!」

 

 女性は振り返り、じっとジュードを見据える。

 

「――ん? 君は?」

 

「あ、僕はジュード……じゃなくて! それより、ここで何してるんですか?! これ、完全に不法侵入ですよ!?」

 

「うむ、そうだろうな。だからこそ急いでいる。すまないが、邪魔はしないでもらえるか」

 

「いや、邪魔って……。流石にそんな訳にはいかな――」

 

 言いかけた瞬間、女性が静かに名を呼んだ。

 

「……仕方ない。ウンディーネ」

 

 空気が揺らぎ、次の瞬間ジュードの顔の周りに冷たく透き通った水が渦を巻き、少年を包み込もうと迫った。

 

「……ん? ……って、うわぁっ?!」

 

 而してジュード。反射的にしゃがみ込み、そのまま後ろへ飛びのくと、水の檻を間一髪で回避する。

 

「ほう。今のを避けるか」

 

 女性は感嘆したように、ジュードの思いがけない身体能力に目を細める。

 

「な、なに今の?! 無詠唱で精霊術を……?」

 

 一方、そんな女性の精霊術に驚愕するジュードだが、精霊術は精霊に詠唱と言う形で指示を出し行使するもの。

 

 それ故に『ウンディーネ』とだけ言って精霊術を行使した彼女には、驚きを隠せないという訳だ。

 

 だが、そんなジュードの驚きに対して女性はといえば、

 

「良い感性が、褒めてやっている時間はない。すまないが、そこでジッとしていてくれると嬉しい」

 

 淡々と語りながら再び歩き出してしまう。

 

「あ、ちょっ!」

 

 慌ててジュードが手を伸ばし、その腕を掴む。

 

「だから、ダメですってば! これ以上先に行ったら、本当に捕まっちゃいますよ?!」

 

 すると、女性はその言葉や振る舞いに少し目を輝かせながら告げる。

 

「……君は、心配してくれているのか? 見ず知らずの私を?」

 

「え? そ、それはまあ、当然のことで……」

 

 よく分からない問いかけに首を傾げたジュードだが、一方の女性の表情がわずかに和らぐ。

 

「そうか。君は優しいんだな。この世界の住人が皆、君のようであれば……」

 

「……はい?」

 

「いや、何でもない。それよりすまないが、捕らえられるかどうかなど、気にしている場合ではなくてな。ましてや、手段を選んでいる場合でもない。なにせこの先には、この世界を揺るがしかねない悪がある。それを止めるのが私の使命。私の、成すべきことなのだから」

 

 突飛な言葉にジュードは首をかしげる。

 

「成すべきこと? それに、悪って……」

 

「すまないが、それを説明している時間も惜しいのでな。とにかく、先へ……」

 

「いや、ですから!!」

 

 再び女性の手を引き止めるジュード。

 

「む。流石にしつこいぞ」

 

「そ、そうは言われましても……。それに、あなた言いましたよね? この先にある悪? を止めるためなら、手段を選ばないって」

 

「うむ。確かに言ったが?」

 

「だったら、僕だって同じです! 不法侵入(わるいこと)をしようとしている人を止めるために、僕だって、お姉さんの不興を買うとか言ってられないです!」

 

 ジュードの当たり前の正義感、ないしお節介な言葉を聞いて一瞬きょとんとした女性――だったが、次の瞬間クスリと顔を綻ばせる。

 

「……なるほど。君は頭が良いな。そんな言い方をされては、私は君の行いを否定できない。否定などすれば、私は自らの行いすら否定することに繋がるのだからな」

 

 何が面白いのかクスクスと笑い続ける女性に対し、ジュードは首を傾げている。

 

 ――女性が笑い続けること数秒。

 

「いいだろう。好きにするといい」

 

 女性は笑顔でジュードの言葉を肯定する。

 

「良かった。分かってくれ――」

 

「だが、それでも私は止まる訳にはいかないのでな。すまないが、このまま行かせてもらうぞ」

 

 安堵したのも束の間、言葉を言いかけたジュードを引きずりながら、彼女は再び歩みを進める。

 

「てない! ちょ、ちょっと! 本当にダメですってば!」

 

 そうしてもはや言葉は不要と、ジュードが力いっぱい踏ん張り止めようとするが、まるで止まる気配が見えない女性。

 

「な、なんだ? 何でちっとも止められないんだ? それに――なんか、この人に引っ張られてるっていうより、誰かに背中を押されているような……」

 

 見えない力を感じて振り返るジュードだが、残念なことにそこには誰も存在しない。

 

 ただの気のせいか、はたまた彼女の精霊術か。

 

 理由を学生の身なりに頭を使って考えるジュード……だったが。

 

「お前たち! そこで何をしている!」

 

 鋭い声が地下水道に響いた。

 

 そこに現れたのは、ラフォート研究所の前で出会った見張りなり警備員なりが着ていた物と同じ形、同じ色をした鎧姿を纏った兵士。剣を手にこちらを怪訝な表情で睨みつける――フルフェイスの兜を付けているため、表情は憶測でしかないが。

 

「ん? 子どもまでいるのか?」

 

「や、やばっ! 見つかっちゃった!」

 

「ここは立ち入り禁止エリアだぞ。そもそも、どうやって入った? この先に入口なんて……」

 

「ご、ごめんなさい! ちょっとその……色々ありまして……」

 

 ジュードは慌てて女性を庇うように一歩前に出つつ謝罪の言葉を口にする。

 

 一方の女性。

 

「ん? 何をしている? 私はこの先に行かねば……」

 

 どうやら事の重大さを理解していないようだった。

 

「いやいや! この状況で何を言ってるんですか!! そもそもここは、引き下がった方が面倒にならなくて済みますし」

 

 そうして耳打ちするジュードの言葉に、

 

「……なるほど。確かに面倒事に構っている場合ではないな」

 

 と女性は、おそらくジュードの認識とは違う形で納得する。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「あ、いえ、何でも……それより、ごめんなさい。す、すぐに出ますから!」

 

 兵士は訝しげに目を細める――勿論、目の描写は予想だが。

 

 すると――

 

「……う~ん、正直怪しいが、女子供が何かする訳もないか。――いいよ、すぐに謝ったから許してあげよう。本来なら警備行きなんだからね」

 

 肩を竦めたように敵意と武器を収めてくれる。

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 兵士の寛大な処置を受けたジュードは胸を撫で下ろしつつ、女性を後ろへ押し戻そうとする。

 

「ほ、ほら! 一旦、戻りましょう? ね? ね?」

 

「ふむ……」

 

 一方の女性はといえば、辺りをキョロキョロと見回して、まるで別の入り口でも探そうとしているよう。

 

 おかげで自分と女性の危機感の差を感じながら、とりあえずここを出ようとしたジュードの背に、兵士が再び口を開いた。

 

「……そうそう、念のためなんだけど、お家の人に連絡はつくかな?」

 

「え? あ、いえ……こっちに家族はいません。みんな、故郷です」

 

「うむ。私にも家族はいないな」

 

 それはまるで保護者に今回のことを知らせると言わんばかりの質問だったとジュード。

 

 而して、その扱いは当然といえば当然だと、ジュードはもしかしたら実家の住所や連絡先を聞かれるかもな~などと、脳裏を過らせていた……が。

 

「そうか……それを聞けて、安心したよ……っ!!」

 

 次の瞬間、剣が閃き、ジュードたちへ斬りかかる。

 

「っ!」

 

 その敵意に反応した女性。咄嗟に剣を抜き、その一撃を受け止める。

 

「なっ?! なんで、いきなり斬りかかって……!」

 

 ジュードが叫ぶ。

 

「……ちっ。大人しくしていれば、痛い目に遭わずに済んだものを」

 

 兵士の口からこぼれるのは冷酷な声。

 

 それには「お、大人しくって……」と漏らしながら、恐怖心を抱き始めてしまうジュード。

 

「下がっていろ。どうやら、こいつは帰してくれる気はなさそうだ」

 

 一方、既に戦う気満々だったと言わんばかりに、女性は剣を手にジュードに声をかける。

 

「そ、そんなっ?! 一体どうして……」

 

「さあな。それは直接彼に聞いくといい……教えてくれるとは思えないが」

 

「当然だ!」兵士は憎悪を込めて吠える。「――さっさと死ね!」

 

 甲高い金属音が地下水道に響き渡る。

 こうして、ジュードを置き去りにしたまま、兵士とミラの激しい戦いが幕を開けた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 剣戟の余韻が残る地下水道。サラサラと水が流れる石畳の上には、先ほどまで斬りかかってきた兵士が突っ伏している。

 

 女性は剣を佩き、その体を見下ろしながら静かに吐き捨てる。

 

「……全く、乱暴な者だ。静かにしていれば危害は加えなかったものを……って、いや待て。突然襲ってきたということは、もしかしてこいつ……」

 

 倒れた兵士に視線を落とす女性。その後ろから、おずおずと声がかけられた。

 

「あ、あの……」

 

「……ん? どうかしたか?」

 

「こ、殺しちゃったん、ですか?」

 

 倒れた男性を心配そうに見つめていたジュードに対し、女性は小さく首を横に振る。

 

「いや、殺してはいない。私はこのリーゼ・マクシアの民を傷つけたいとは思わないのでな。……まぁ、仕方のない場合は除くし、或いはこいつの場合は……」

 

「リーゼ・マクシアの民……って、随分広い視野で語るんですね」

 

「当然だろう。私はマクスウェルだからな」

 

 唐突に告げられた名に、ジュードの目が大きく見開かれる。

 

「え? マクスウェルって、あの……精霊の主の?」

 

 精霊の主――マクスウェル。

 それはこの世界を生み出したという全ての生命の祖ともいうべき存在。

 

 無論、その存在を直接見た者は無く、伝承や伝説、寝物語等で語られているに過ぎない存在だが……それでも、その名を知らない者は居ない程には、有名な存在だったとジュード。

 

「そうだ」

 

 おかげで自信満々に自身をマクスウェルだと語る女性に対しては、

 

「……ほ、本当に?」

 

「ああ」

 

「本当の本当に?」

 

「ああ」

 

 『流石に嘘だよね?』といった感じで、キョトンとした顔しかできないジュードであった。

 

 一方、何一つ嘘は言っていないという感じで真顔で居続ける女性。

 

 おかげで二人の間に妙な沈黙が流れるも、やがて女性は視線を奥へと向け、静かに言った。

 

「……さて、そろそろ私は行くとしよう」

 

「え? 行くって……」

 

「どうやら、この奥にはよっぽど見られたくないモノがあるようだからな。――だが、奴らの思惑通りにはさせん」

 

 そう言い残し、女性は奥へと歩みを進める。

 

「……あっ」

 

 ジュードは小さく声を漏らしたが、先ほどのように止めようとはしなかった。伸ばしかけた手を、そのまま力なく下ろす。

 

「……でも、あの人の言う通りだ。兵士さんの鎧を見る限り、ラフォード研究所に関係してるんだろうけど……そんな人が、いきなり襲ってくるなんて。何かあるに決まってる。……だとすれば、あの人は悪い人じゃないのかも」

 

 そう思い直し始めた時、倒れた兵士が「ん……」と小さく呻いた。

 

「っ?! ……ビ、ビックリした。でも、本当に殺してなかったんだ、あの人。……良かった。……だけど、このままグズグズしてたら、この人だってすぐに目を覚ましちゃうよね。……これからどうしよう、僕」

 

 迷うように、ジュードは来た道と女性が歩いて行った道を見比べる。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

「……仕方ない。僕も先へ行ってみよう。あの人のこと、やっぱり放ってはおけないし……それに、研究所の人が怪しいっていうなら、ここに入っていったっていうハウス教授の身にだって、何か起きてるかも知れないもんね」

 

 そう言ってジュードは、兵士を起こさないようにゆっくり立ち上り、しばし音を殺して歩いた後、一気に駆け出した。

 

 暗い地下水道の奥へ――

 謎めいた女性を追うため、そして未だ姿を認めることができないハウスの痕跡を捜すために。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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  • 1~2000文字以内
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