「あの技術……。増霊極(ブースター)をア・ジュールが手にしているというのは、脅威ですな」
ジランドが険しい顔で口を開く。
それはジュードたちが扉を開く少し前。
ミラが追跡するナハティガルとジランドが、要塞の回廊を進みながら密談を交わしていた時の姿。
「何を恐れる?」ナハティガルは鼻で笑い、歩みを止めない。「我が軍にも配備させればよいだけのこと」
「問題点も少々あるようですが……」
「かまわん」王は声を張り上げる。「至急、イル・ファンへデータを持ち帰れ」
ジランドはナハティガルの顔色を窺うように問う。
「では、クルスニクの槍に繋いだ者たちに……?」
「さっそく実装しろ」
その時だった。背後から鋭い声が飛ぶ。
「待て、ナハティガル!」
風を切るようにして現れたのは、ミラだった。
「はあっ!」
彼女が放った精霊術はしかし、周囲に展開されていた呪帯によって弾かれる。
「無駄だ、自称マクスウェル」
ナハティガルの唇が嘲笑を刻む。
「……答えろ」ミラは目を細める。「なぜ黒匣(ジン)を使う? なぜ民を犠牲にしてまで必要以上の力を求めるのだ? 王は、その民を守るものだろう?」
「ふん。貴様にはわかるまい」ナハティガルは振り返り、瞳に狂気を宿す。「世界の王たる者の使命を! 己が国を! 地位を! 意志を! 守り通すためには力が必要なのだ! 民はそのための礎にすぎん! 些細な犠牲よ!」
居丈高に語るナハティガル。
しかし、ミラは俯きながら、「……貴様はひとつ勘違いをしている」と返事をする。
「なんだと?」
「このような足枷で自分を守らねば……黒匣(ジン)の力に頼らねば、自らの使命を唱えられない貴様にできることなど何もない! なすべきことを歪め、自らの意志を力とせぬ貴様などに!」
「はっ!」ナハティガルは高笑いを上げる。「儂に傷ひとつ負わせられぬお前が何を言っても、負け惜しみにしか聞こえんわ!」
「どうやら、勘違いはひとつではないようだな」
「何?」
次の瞬間、ミラの身体が風を裂いた。
呪帯の阻害を無視するかのように特攻し、振り抜いた剣が王の体を捉える。
金属音とともにナハティガルの巨躯が吹き飛んだ。
「ぐあっ!!」
ジランドが思わず声を裏返らせる。
「ばっ、馬鹿な!?」
ミラの斬撃がナハティガルに命中するも、直後、張り巡らされていた呪環が呪帯の力に反応し、轟音とともに爆ぜた。激しい衝撃と煙が辺り一面を覆い、空気が揺さぶられる。
「うぉおっ!」
爆風に巻き込まれたナハティガルが咄嗟に腕で顔を庇う。
「陛下!」
ジランドが叫ぶ。
だが、王はかすり傷ひとつ負ってはいなかった。
「ふ……ふははは! それが意志の力とやらか? やはり、儂に傷ひとつ負わせられぬではないか!」
不敵に笑い飛ばすナハティガルの前で、ミラは険しい表情を崩さなかった。
「勘違いも……ここまで来ると、度し難いな!」
それは片足から大量の血液を流してしまっているミラが、片脚を失ったその身でなお、天へと跳躍した姿。残された力を振り絞り、上空から王へ突撃するための踏み込み。
「な、なにっ!?」
ナハティガルの瞳に一瞬、動揺が走る。
「そんな貴様に使命を語る資格は、ないっ!」
振り下ろされた一閃が、王を追いつめんと迫る。
しかし──
「陛下ぁっ!」
ジランドの叫びとともに、冷気が奔った。彼の放った精霊術、氷の烈風がミラを打ち据え、弾き飛ばす。
「ぐぁっ!!」
無防備な身体が床に叩きつけられる。
「ご無事ですか、陛下」
ジランドが駆け寄り、気遣うように声を掛ける。だがナハティガルはその言葉に答えず、倒れ伏したミラを凝視していた。
「こいつ……なんの迷いもなく呪帯に……」
驚愕と戦慄を滲ませた声が、重々しく漏れる。
「……ん? 明かりが……」
ジランドが周囲に目をやる。気づけば呪帯は消え失せ、場を照らしていた電灯の光までもが、ふっと途絶えていた。
「ミラ──ッ!!」
そこへ駆け込んできたジュードの声が、闇を切り裂くように響いた。ようやく、仲間たちが彼女に追いついたのだった。
「陛下、こちらへ! これ以上ここに居ても、利はありません!」
ジランドが必死に呼びかける。
「くっ……」
唇を噛み、ナハティガルは悔しげに視線を背後へと残した。だが次の瞬間には身を翻し、ジランドと共に馬車へ駆け込む。車輪がきしみ、重々しい音を立てて回転を始めると、王を乗せた馬車はガンダラ要塞を後にした。
──その一方で。
ジュードの目に飛び込んできたのは、崩れ落ちたミラの姿だった。呪環の爆発により片脚を完全に失い、大量の血を流しながら地に伏している。朱が床を染め、止まらぬ奔流となって広がっていく。
「そ、そんな……ミラ……! あ、足が……足がぁ!!」
顔色を失ったジュードが駆け寄る。声は震え、今にも絶望に押し潰されそうだ。
「見てはいけません。エリーゼ」
ジャンヌが慌てて少女の目を覆った。
小さな体が恐怖にすくむのを、優しく抱き寄せるようにして隠すジャンヌ。
その隣で、ドロッセルがティポの丸い瞳を両手で塞いだ。
「ジュードさん! 早く治療を!!」
ローエンが叫ぶ。
「……っ! そ、そうだ。今度は……今度こそは救ってみせなきゃ!!」
ローエンの言葉に、ジュードは我を取り戻した。震える両手を必死に抑え込み、精霊術を施していく。
「いたぞ、脱走者はこっちだ!」
背後から鋭い怒声が響く。兵士たちが追撃に現れたのだ。
「ちぃ……これ以上、長居は無理みたいだな」
アルヴィンが忌々しげに舌打ちし、銃を構える。
「ええ。カラハ・シャールに戻りましょう」ローエンが低く告げた。「おそらく、この先で逃走用の馬車を用意してくださっているはずです」
「逃がすな! 非常態勢だ! ゴーレムを起動させろ!」
兵士たちの怒号が闇を震わせる。
「急げ!」
アルヴィンの銃声が轟き、火花が散る。
その間にジュードは、気を失ったミラの体を肩に担ぎ上げた。脚から流れる血の温もりが服を濡らし、彼の胸を焦がす。
「待っててね、ミラ……必ず……必ず治してみせるから!」
自らを奮い立たせるように叫び、走り出した。仲間たちと共に、迫り来る兵士の網をかいくぐりながら、要塞の出口を目指す。
こうしてジュードたちもまた、ガンダラ要塞からの脱出を果たすべく、闇の中を駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
ひと息つく間もなく、馬車の車輪が石畳を叩き、荒い振動が車内を揺らす。重苦しい沈黙の中、ローエンがゆっくりと口を開いた。
「……お嬢様。実は旦那様のことで、ご報告しなければならないことがございます」
その声色には深い悲哀が滲んでいた。
仲間たちは息をのむ。彼の言葉がもたらす現実を、知らぬ者たちすら本能的に察していた。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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