あれから……
カラハ・シャールに聳える大豪邸。名門シャール家の邸宅は、王都でも指折りの壮麗さを誇っていた。
けれども、今はその煌びやかな内装も、まるで光を失ったかのように沈黙に覆われている。高く広がるホールには、足音ひとつがやけに大きく響き、静けさをより際立たせていた。
その無言の空間に、一人の男性が歩いてくる。
――ローエン・J・イルベルト。ラ・シュガル軍が誇る伝説的な元軍師。
今はこのシャール家の執事をしている老練の好々爺は、変わらぬ柔和な笑みを浮かべながらも、瞳の奥には深い疲労と憂慮を隠しきれていなかった。
「ローエン……」
ホールの隅に佇んでいた少女――エリーゼが、不安げに声をかける。愛犬ならぬ愛人形であるティポを強く抱くその少女の声は、今にも消え入りそうにか細い。
ローエンは彼女に向き直り、そっと安心させるように頷いた。
「大丈夫。お嬢様は現在、お休み頂いております」
彼の言葉は穏やかだったが、それは同時に現実の重さを覆い隠すための幕でもあった。
そこへ口を開いたのはマシュだった。
「Mr.クレインの死に相当堪えていらしたようですし、無理もない事です」
アルヴィンも、気まずそうに腕を組みながら苦笑する。
「ひどい目にあって帰ってきたら、最愛の兄さんが亡くなってるんだもんな。そりゃ、さすがに……」
その言葉に、エリーゼは小さな両腕でティポをぎゅっと抱きしめ、うつむいてしまった。彼女の瞳には、まだ年端もいかぬ少女にはあまりに酷な現実が映っている。
――ガンダラ要塞から逃げ出した馬車の中で、ローエンが語った真実。
その告白は、ドロッセルに計り知れない衝撃を与えた。彼女の胸中に渦巻く悲嘆を想像するだけで、場にいた誰もが言葉を失ってしまう。
その時、別の扉から人影が現れた。
白衣をまとった医師らしき男性と、それを先導するジュードの姿。青年の顔色は冴えず、歩みは重い。
「ジュード君! ミラは?!」
ティポが跳ねるように問いかける。その声音には切実な祈りが込められていた。
答えたのはジュードではなく、同行していた医師だった。
「術による早期の止血と、医療の心得がある方がいたのが幸いでした」
その言葉に、エリーゼはぱっと顔を上げる。
「それじゃあ!」
だが続く言葉が、希望を一瞬にして縛りつける。
「ええ。ゆっくり休めば元気を取り戻せるでしょうが……ただ、あの足に関してはもう……」
沈痛な告げ口に、場の空気が一気に重くなる。
ジュードが力なく肩を落としていた理由――それを皆は理解してしまった。
希望の光は確かに残っている。命は救われた。だが、同時に失われたものの大きさが胸を締め付ける。
医師は一同を見渡し、気遣うように言葉を添える。
「みなさんもお休みください。あとは私が……」
だがジュードは首を振った。
「先生も休んでください。精霊術を使い続けて、相当疲れているはずです」
そのやり取りに、医師は苦言を呈する。
「何を言う。君こそ……」
そこでローエンが静かに割って入った。
「……任せましょう。彼は彼女を助けられるだけの技術をもっておりますし、それに……動いている方が、気を紛らわせられるということもあるでしょうから」
老人の声には、長年仕えてきた者ならではの重みがあった。
医師はしばし黙考した後、静かに頷く。
「……そうですか」
「では先生、どうぞこちらへ」
ローエンが道を示すと、医師は深く息を吐き、屋敷の奥へと連れられていった。
残されたのは、互いの顔を見つめる仲間たち。
「ミラ……」
エリーゼの唇が震える。
「ミラ君、もう歩けないんだねー?」
ティポの無邪気な声音さえ、この場では刃のように胸に突き刺さる。
ジュードは何も答えなかった。拳を握りしめ、ただ沈黙の中で責任と無力感を噛み締めている。
希望と絶望のはざまに置き去りにされた心を、誰一人として言葉にすることはできなかった。
それぞれの胸に沈殿した思いは、静まり返る屋敷と同じように、重苦しく、冷たく、彼らを縛り付けていた。
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