シャール家の一室。
分厚いカーテンに遮られた部屋は、灯されたランプの光だけが頼りだった。柔らかな光の下でも、空気は重苦しく澱み、沈痛な気配が肌にまとわりついて離れない。
マシュは壁際に立ち、視線を床に落としたまま口を開いた。
「……ジュードさんは」
その小さな声に、ソファに腰掛けていたアルヴィンが顔を上げる。
「あん?」
マシュは少し唇を噛み、迷いを押し殺すように言葉を続けた。
「とても悲しんでおられましたね。……同様に、Ms.ドロッセルもまた」
沈痛な声音が、部屋の静けさをさらに強める。アルヴィンは腕を組み、ふっと視線を逸らした。
「……そういやお前、こういう雰囲気の中にいるの、初めてだったよな」
投げかけられた言葉に、マシュは短く目を閉じ、頷いた。
「……はい」
「ま、生きてりゃこういうこともあんでしょ」
アルヴィンの声は軽く、努めて明るさを含ませていた。けれども、その口調の奥には、拭えぬ疲労と諦観が滲んでいる。
マシュはその調子を見つめ、少し間を置いて呟いた。
「……そうならないように、あなたは必死に戦っているのですね」
その言葉に、アルヴィンは一瞬だけ動きを止め、視線を床へ落とした。
「……まぁな」
それ以上の言葉はなく、しばし沈黙が二人の間を流れる。時計の針が刻む微かな音が、やけに耳についた。
やがてアルヴィンはソファに背を預け、片肘を膝に乗せたまま、少しだけ笑みを浮かべた。
「止めたきゃ止めてもいいんだぜ?」
不意の言葉に、マシュは顔を上げる。
「アルヴィン?」
「お前は元々はこっち側の人間だろ? 別に俺たちに付き合う義理はないっしょ。……っていうか、お前はお前でちょっとお人好し過ぎ。だから、あいつにいいように……」
そこまで言って、アルヴィンは口を閉じた。
マシュはその視線を真正面から受け止め、静かに首を振る。
「……いえ。このまま共におりますよ。そうでなければ、あの人は……」
その声音には迷いがなく、ただ固い決意だけが宿っていた。
アルヴィンは短く息を吐き、苦笑を浮かべる。
「そうかい。……あんがとよ」
言葉は軽いが、その眼差しの奥には確かな安堵があった。
薄暗い部屋の中で、二人の思いは言葉少なに交わされる。重苦しい空気はまだ晴れなかったが、それでも小さな絆の火は、静かに灯されていた。
「フォウ」
一方、それを側のベッドで休みながら見つめるのは、マシュが可愛がっているペットというべき精霊だった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
重い眠りから目を覚ましたミラは、薄暗い天井をしばらく見つめていた。
「……? ここは……」
か細い声がこぼれると、傍らの椅子に身を預けていたジャンヌが弾かれるように顔を上げた。
「ミラ様! お目覚めになられたのですね!」
その瞳には心からの安堵が浮かび、光を取り戻したかのようだった。
「うむ」
ミラは上体を起こし、周囲を見回した。
「ご無事でなによりです……。ここはシャール家のお屋敷となります」
「ドロッセルの家か。いつの間に……」
ミラの眉が僅かに寄せられる。時間の感覚が曖昧で、過ぎ去った出来事が霞のように遠い。
「いつの間に、とは。……主よ。今日(こんにち)までに何があったのか、覚えていらっしゃいますか?」
ジャンヌの問いかけに、ミラは記憶をたぐるように目を閉じた。
「何があったか、か。確か私はナハティガルを追いかけて、それで……ん?」
言葉が途切れ、唐突に胸をよぎった違和感。彼女は布団を捲り上げ、自らの足を見た。
「ミラ様……それは……」
ジャンヌが苦しげに目を伏せる。
「……そうか。私はあの時、足を失ったのだな」
右足の膝下――そこにあるはずの肢体は影も形もなく、無惨な現実だけが残っていた。
「……はい。呪環が発動したおり、その余波で……」
「そうか……」
ミラは短く息を吐き、左足を確かめる。幸い、こちらには感覚が残っていた。
「まぁ、仕方あるまい。それよりもあの後、何があった? ナハティガルはどうした?」
「はい。詳細に申し上げます」
かくしてジャンヌは姿勢を正し、静かに語り始めた。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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