フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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力を持つということ

 一方その頃、シャール家の食堂では──。

 

 重厚なテーブルを囲み、ジュード、アルヴィン、マシュ、エリーゼ、ティポ、そしてローエンと昨日の医師が、簡素な朝食を前にしていた。だが誰一人、食欲がある者はいなかった。

 

「失礼する」

 

 そんな時、不意に響いた声に、場の空気が揺れる。

 振り返ったジュードとアルヴィンは同時に目を見開いた。

 

「あん? ……って、おたく!?」

「騎士王(セイバー)アルトリア!」

 

 青を基調とした鎧ともドレスともとれる姿の女性が静かに歩み入る。それがラ・シュガル最強の騎士──その名を冠する者の登場だったと、場は騒然とした。

 

 ジュードとアルヴィンは驚愕に息を呑み、エリーゼとティポ、そして医師は首を傾げるばかり。マシュは大した反応はしていないが。

 一方でただ一人、ローエンだけは懐かしい旧友を迎えるように微笑んだ。

 

「ほう。貴様らがここに居るとはな」

 

 アルトリアは鋭い視線を一同に走らせた。

「ま、まさか、僕達のことを捕まえに……」とジュードが口を開くが、彼女は一蹴するように言葉を遮った。

 

「お前たちの相手は後だ。それよりも指揮者(コンダクター)。クレインが亡くなったと聞いたのだが……」

 

 ローエンは静かに頷き、答えた。

「はい、事実です。ラ・シュガルの近衛師団にそのお命を……」

「我が兵にだと?」

 

 アルトリアの目が険しく細められる。

 

「おそらくですが、ナハティガルの息がかかった者であったかと」

「だろうな。……くっ。ナハティガルめ。とうとう動き出したか」

 

 低く吐き捨てる声には、深い悔恨と怒りが混じっていた。

 

 ローエンと親しげに語る彼女の姿に、ジュードとアルヴィンは互いに視線を交わし、理解できぬまま眉をひそめる。

 

「ドロッセルはどうしている?」

「今もお部屋にいらっしゃいます。お食事は口にしてくださっていますが……」

「無理もあるまい。アイツはクレインを慕っていたからな。唯一の家族として……あるいはそれ以上に」

「ええ」

 

 アルトリアは小さく息を吐き、決然と立ち上がる。

「少し会えるか?」

「伺ってみましょう」

 

 だがローエンの答えを待たず、彼女は首を振った。

「……いや、私が直接出向く。歳の差や性別の関係で、私の方が良い場合もあるだろうからな」

「そうですか……わかりました。お嬢さまをお願いいたします」

 

 深々と頭を垂れるローエン。その横を、甲冑のきらめきを残してアルトリアは無言で通り過ぎていった。足音が階段の上へと消えてゆく。

 

 その背が完全に見えなくなったのを合図にしたかのように、食堂には微妙な沈黙が訪れた。

 やがて、ジュードがぽつりと声を漏らす。

 

「そういえば……クレインさんとアルトリアさんって、知り合いだったっけ?」

 

 問いかけに、ローエンは小さく目を細めた。眼差しの奥には、遠い日々を振り返るような翳りが差していた。

 

「ええ。騎士王(セイバー)さんは、ナハティガル王の独裁体制を批判する旦那様の、唯一の味方であったお方です。その縁で、お嬢さまとも親しくされておりました」

 

 淡々と語られるその言葉に、アルヴィンが肩をすくめる。

「そういや、爺さんも参謀として、元ラ・シュガル軍に居たんだっけか? ってことは、その頃からの知り合いなのか?」

 

「そうですね。深い縁ではありませんでしたが……」ローエンはゆるやかに首を振り、静かに続けた。「共にファイザバード会戦で戦ったことがございます」

 

「へぇ~」とジュードが感嘆の声を上げる。

 一方で、話についていけず首をかしげていたエリーゼの代わりに、ティポがずいと身を乗り出した。

 

「ねぇねぇ! こんだくたあって何?」

 

 無邪気な問いに、ジュードは困ったように笑いながら答えた。

「簡単に言うと……ローエンに与えられた名誉ある名前って感じかな」

 

 そこでマシュが補足を加える。

「まるで戦場を俯瞰するかの如く、戦況を常に把握し、仲間の損害を最小限にするその才覚を称えられ贈られた呼び名だったはずです」

 

「昔の話ですよ」

 ローエンは軽く咳払いし、どこか居心地悪げに視線を落とした。

 

「えっと……」とエリーゼは未だ要領を得ず、視線をジュードへ向ける。

 そんな彼女のために、アルヴィンが代弁してやった。

 

「要はローエンの爺さんは昔、すごいラ・シュガルの軍人だったってことだよ」

 

「えぇ~!? こんなジジイなのに~!?」

 ティポが派手に驚きの声を上げる。

 

「ジジイって……」

 ジュードが苦笑を浮かべるが、当のローエンはどこ吹く風といった風情で頬をゆるめる。

 

「ほっほっほっ。確かに、今はしがないただのジジイですからね」

 

 その場に和やかな笑いが広がりかけた、その時だった。

 

「うむ。皆、ここに居たか」

 

 低く澄んだ声が、食堂の入口から響いた。

 

 振り返ると、ジャンヌの肩を借りて歩くミラの姿がそこにあった。片足を失ったその身体は痛々しいほどに頼りなげでありながら、瞳だけは鋼のように凛としている。

 

「ミラ!」

 ジュードが弾かれるように駆け寄る。

「ミラ、目を覚ましたんですね!」とエリーゼも涙ぐみながら声を上げた。

 

「ああ。心配をかけた」

 ミラは微かに微笑み、かすれた声で返す。

 

「ま、おたくなら無事だろうとは思ったけどさ」

 アルヴィンは肩をすくめて軽口を叩いたが、その声音の奥には安堵が滲んでいた。

 

「アルヴィン! ……でも、本当に無事でよかった」

 ジュードが胸を撫で下ろすと、ミラは彼を真っ直ぐ見つめた。

 

「どうやら、また私は君に救われたようだな。ありがとう」

 

「そ、そんな……僕は、その……」

 顔を赤らめ、しどろもどろになるジュード。だが彼の安堵は言葉以上にその表情に現れていた。

 

 ところが次の瞬間、ミラの口から意外な言葉が飛び出した。

「それはそうと、ジュード。私の剣はどこか知らないか?」

 

「剣? 剣なら確かローエンが回収してくれて──って、えっ?! ミラ!?」

 思わず声が裏返る。

 

「もしかして……」マシュが息を呑む。

 

「無論、ここにいる意味はなくなったのでな。すぐイル・ファンに……」

 

「ちょっと、なに言ってるの!? そんな足で戦いなんて……終わったんだよ! もう!」

 ジュードの声は悲鳴のように響いた。

 

「何が終わったというんだ?」

 ミラは静かに問い返す。その目は一切揺らがない。

 

「だってそうじゃないか! 今のミラには、もう何の力もない! 自分一人でまともに歩けないのに、これから先どうしようっていうの!?」

 ジュードは感情を抑えきれず吐き出す。だがその言葉には、自分自身を納得させたい必死さが混じっていた。

 

「うむ。それは今、考え中だ。だが、やるべきことは決まっている以上、私は──」

 

「ダメだよ! 現実を受け入れなきゃ……。今のミラに出来ることなんて、もう何も……」

 

 強く否定するジュードの声は、空気を震わせるほど切実だった。

 

 周囲の者たちもミラの言葉に驚きながら、ジュードの言葉も最もだと頷いている。

 

 しかし、ミラは静かに彼を見つめ返す。

「……ジュード。ハ・ミルの人々を覚えているか?」

「……?」

「彼らは望んでいないことを強いられたが、抗うだけの力を持っていなかった」

「う、うん……あの人たちにもっと力があれば、あんな風にはならなかったかもしれないけど……それがどうし──」

「では、力とはなんだ? 襲い来る者を打ち破るものか? 四大精霊の力を操れることか? 自分の足で歩けることだろうか?」

 

 ミラの声は次第に熱を帯びていく。

「力とは、そんなものではない。確かに前へ進むために引き返すことは大事だろう。それは理解した。だが、前へ進むことは続けなければならない。たとえこんな風に足を失おうとも。そうしなければ、この世界は未曾有の危機に瀕してしまうのだから。それを為そうという覚悟──それが私の思う力だ」

 

「ミラ……」

 ジュードの胸を、言葉が鋭く突き刺す。

 

「だからこそ私は、前に進むんだ。いや、進まねばならない。……私はまだ力を失ってはいないのだからな」

 

「……そんな体になっても?」

 

「それが私なんだ」

 短い答え。しかしそこには揺るぎない確信と覚悟が宿っていた。

 

 ジュードは言葉を失い、拳を握りしめて俯く。

 その沈黙の重さを、仲間たちはそれぞれの思いで受け止めていた。

 

 ローエンは老練の眼差しで二人を見守り、エリーゼは心配そうにティポを抱きしめる。マシュは表情こそ変えてはいないが、どこか戸惑いの様相が見て取れ、そしてアルヴィンは、苦しげに顔を背けた。目に映る光景があまりに痛烈で、直視することができなかったと。

 

「諦めないんだね」

 何とか吐き出したというジュードの声には、驚きと戸惑いがまだ混じっていた。

 

 ミラは静かに頷き、真っ直ぐに彼を見据える。

「当然だ。それが私──」

 

 言いかけた言葉を遮るように、ジュードは思い出したように口を開いた。

「……あのね。僕の父さんが昔、足を失った患者さんを、自分一人で歩けるようにしたことがあるんだ」

 

 その言葉に、ミラの黄金の瞳が見開かれる。

「なに? 本当か!?」

 いつになく感情の揺らぎが滲む声だった。

 

 ジュードは頷きながら、記憶を探るように目を伏せる。

「詳しい方法は知らないんだけど……そんな施術をしたことがあるって、昔に見たカルテに載ってた気がする。……だからさ、ミラ。まずは僕の故郷――ル・ロンドに行かない?」

 

 ル・ロンド。その名を聞いて、ミラは首を傾げる。

「ル・ロンドというと……」

 

 すぐ傍らで聞いていたマシュが、淡々と補足する。

「ラ・シュガルとア・ジュールの間に位置する島にある町のことですね。確か緩衝地帯として、ラ・シュガルにもア・ジュールにも属していない場所だったはずですが……」

 

 ローエンもまた、懐かしむように眼差しを遠くへと向けた。

「確かに。20年前のファイザバード会戦の終結後、ナイチンゲール協定締結の調印の際に両国の王が訪れた島でもあります。しかし、あそこがジュードさんの故郷だったとは」

 

 ジュードは小さく笑い、仲間たちを見渡す。

「マシュの言うように、両国の交易の拠点としても都合がいいって、そこではお互いに非干渉――つまり、中立を保っているんだ。だから、ミラが休息を取るのにもちょうどいいと思うよ」

 

 しかしミラは眉を寄せ、なおも問いかける。

「そうか……。しかし、何故だ? 私が諦めないのは反対ではないのか?」

 

 ジュードは言葉に詰まり、苦笑する。

「もちろん、今だって大反対だけど……でも正直、自分でもよくわかっていないんだ。なんでこんなこと言っちゃったんだろうって」

 

 ミラの口元がわずかに緩む。

「なんだそれは……」

 

 ジュードは視線を落としながらも続ける。

「でも、何となくわかってたんだよ。ミラがこう言ってくるってことはさ。だから、きっと……」

 

 短い沈黙の後、ミラは真剣な眼差しで彼を見つめ、静かに言った。

「そうか。……ありがとう、ジュード。世話になろう」

 

「うん」

 その言葉と共に、ミラが差し出した手をジュードがしっかりと握り返す。互いの掌の温もりが、かすかな誓いのように感じられた。

 

 アルヴィンが口を開き、わざと軽い調子を装う。

「んじゃ、次の目的地はル・ロンドってことね」

 

「ル・ロンドには船で行けるから。準備ができ次第、サマンガン海停に向かおう」

 ジュードが答えると、マシュは小さく頷いた。

「了解しました」

 

 ジャンヌが一歩進み出て、慎ましくも力強い声を響かせる。

「主よ。暫しの間、その御身を私にお預け下さい」

 

「ああ、頼む」

 ミラは疲労を隠すことなく、彼女に体を預けた。

 

 目的地が決まったその時、ジュードはふと隣に立つ少女──エリーゼへ視線を向ける。その目に一抹の迷いが浮かび、やがて決意を固めるように口を開いた。

「……そうだ、ローエン。こんなタイミングでなんだけど、エリーゼのこと……」

 

 ローエンは即座に意図を理解し、静かに頷いた。

「なるほど。承知いたしました。確かにこの子をこれ以上、巻き込むのは得策ではありませんね」

 

「え?」

 エリーゼが戸惑いに目を瞬かせる。

 

 ジュードは苦しそうに視線を逸らしながら言った。

「……ごめんね、エリーゼ。本当は君のご両親を見つけてあげたいところなんだけど、僕達はこれからミラのことを看なきゃいけないんだ。だから……」

 

「え、えっ?! それって……」

「僕達、お留守番ってことー!?」ティポが甲高く叫ぶ。

 

「……うん」ジュードは頷いた。

 

 エリーゼの瞳が揺れる。

「な、なんで……」

 

「エリーゼも見たでしょ? 僕たちと一緒にいるとどうなるのかってこと……」

「それは……」

 

 その言葉に、少女の視線は無意識にミラの足へと落ちた。包帯に覆われたその姿が、彼女の小さな心を鋭く抉る。

 

 ジャンヌが静かに言葉を添える。

「そうですね。少なくとも、このお屋敷に滞在していれば、あのようなことに巻き込まれることはありません。今は騎士王(セイバー)とかいう方もいらっしゃるようですし」

 

「そんなー!」ティポは必死に抗議するが、エリーゼは唇を噛み締め、俯いたまま何も言えなかった。

 

 嫌だ──そう言いたいはずだった。けれど、言葉は喉を塞がれたように出てこない。

 それはきっと、ミラの怪我をこの目で見てしまったから。共にいることの代償を思い知ってしまったから──その恐怖が、小さな胸を支配していた。

 

「ごめんね、エリーゼ」

 

 こうして、エリーゼと別れることに少しの罪悪感を抱くジュードたちを前に、エリーゼはただただ俯くことしかできないのであった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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