一行はル・ロンドを目指すべく、出発の支度を整えていた。
カラハ・シャールの朝は澄み切っていて、まだひんやりとした風が石畳を撫でていく。館の正門前ではミラが車椅子に腰かけ、押し手を担うジャンヌがそっと背後に立ち、彼女の体を支えるようにしている。
「ローエン、色々と用意してもらって感謝する」
ミラは姿勢を正し、静かに言葉を紡いだ。
「いえいえ」ローエンは穏やかな笑みを浮かべ、胸に手を当てて深々と頭を下げる。「この先の旅路が、上手くいくことを祈っております」
ミラは短く「ああ」と答えた。その瞳には、先の不安よりも前進しようとする強い意志の光が宿っていた。
ジュードは少し離れたところでエリーゼに向き直る。
「エリーゼ、元気でね。ドロッセルさんとローエンなら仲良しだから、寂しくないよね?」
「う、うん……」
少女の返事は震えていて、無理に微笑もうとする唇が小さく震えていた。
名残惜しい別れの言葉が交わされ、旅立ちの空気が濃くなる。
「では、行くとする――」
ミラが言いかけた、その時。
「……少し待て」
低く響く声が、その場に緊張を走らせた。
振り返れば、鎧ともドレスとも取れる姿に包まれた騎士王アルトリアが立ち塞がっている。朝の光を浴びた銀の鎧が淡く輝き、鋭い眼差しが一行を射抜いた。
「おいおい、まだ何か用でもあんのかよ。おたく」
アルヴィンが眉をひそめる。
「用って、当然僕たちを捕まえるためでしょ?」
ジュードもまた身構え、手を伸ばしかけた。
しかし、アルトリアはわずかに首を振り、短く言い放った。
「安心しろ。今の私にそのつもりはない」
「え?」
ジュードたちは思わず顔を見合わせた。緊張を強めようとした身体が一瞬にして宙づりにされ、意表を突かれたような表情が広がる。
「指揮者(コンダクター)から話は聞いた。どうやら貴様らは、ナハティガルの不興を買ったらしいが……それは私としては好都合だ」
「どういうこと?」
ジュードが問い返すと、彼女は静かに続けた。
「奴の思惑――私の知らない計画を、奴は秘密裏に動かしているようだが、お前たちはそれを阻もうとしているのだろう?」
「ああ」ミラの声が響く。車椅子にあっても、その威風は揺るがない。「奴の目的は知らんが、『クルスニクの槍』といったか。あれは放置できん」
アルトリアの目が鋭く細められる。
「創世記の賢者の名を冠する物、か……。やはり、私の知らない何かを奴はしているようだが……ならば、貴様らの存在は利用できるというもの」
「利用って……」ジュードが口を挟むが、言葉に迷いが混じる。
「俺たちについてくるってことか?」
アルヴィンが探るように問いかけた。
「それはできん」アルトリアは即座に否定した。「今のドロッセルを1人にはできんし……それに、クレイン亡き後のカラハ・シャールに、ナハティガルが何をしでかすか分かったものでもないしな」
「今は騎士王(セイバー)さんがこの街を簡易統治すると、無理やりナハティガルに認めさせたのでしたね」
ローエンが淡々と補足する。
「ああ」
アルトリアはわずかに頷いた。
「なら……」
ジュードが言いかけたところで、アルトリアが一歩前に出た。
「こういうことだ」
彼女が静かに手をかざすと、地面に淡い光が奔り、複雑な紋様を描き始める。
魔法陣が鮮やかに輝き、その中心に水の粒子が集い、渦を巻きながら浮かび上がった。
やがてそれは球体から形を変え、人の輪郭を模り始める。水が滴り落ち、陽光を受けて虹色の輝きを散らす。
そして――。
アルトリアがかざした手から生まれた水の塊は、ゆらゆらと揺らめきながら少女の姿へと変わっていった。
その顔立ちは、紛れもなくアルトリア本人。しかし、次に響いた声は、威厳ある騎士のそれとは似ても似つかない、軽やかでおどけたものだった。
「は~い! どうも! 聖剣の担い手であるアルトリアちゃんの代理人――謎のセイバーX、見参です」
場違いなほど明るい声とともに、ひらひらと手を振りながらキジル海瀑で出会った少女が現れた。その軽快さは、張りつめた緊張感を纏っていた一行の空気を、一瞬でかき乱してしまう。
「……え?」
ジュードは言葉を失った。
「コイツって……」アルヴィンの目が見開かれる。
「確か、キジル海瀑で会ったな」ミラが静かに呟いた。
ジュードの脳裏に記憶が繋がっていく。
「やっぱり……あの時の人って、アルトリアさんだったんだね」
しかし当の本人――アルトリアは首を振った。
「少し違う――いや、今ではほとんど別物といっていいが。これは私の姿を模しているだけで、湖の大精霊ヴィヴィアンの力をベースにした水の精霊たちの複合体だ。主に偵察などに使っていた」
「複合体? それじゃあ、ただの水の精霊術ってこと?」ジュードの困惑は深まる。
「そうだな。本来は私の意志で動く”人形のような私”を生み出す術だったのだが……」
アルトリアが説明を続けようとした瞬間、“もう一人のアルトリア”が元気よく口を挟んだ。
「今回の事案が面白そうなモノだったので、私ことヴィヴィアンが内緒で介入できるようにしちゃいました!」
軽くピースを決めて笑うその姿に、ジュードはますます混乱する。
「それって……」
「つまり、この前“謎のセイバーX”を名乗っていた私は、ほとんどヴィヴィアンに乗っ取られた状態だったという訳だ。……私自身、気付いたのは貴様らと別れた後だったがな」
アルトリアが呆れたように低く付け加える。
「だからあの時のおたく――っていうかこいつ、妙に様子がおかしかった訳ね」
アルヴィンは首に手を当てつつ、呆れたような表情を見せた。
「ふむ……だからお前は、私を知っているような事を言っていた訳か。ヴィヴィアン」
ミラの瞳が鋭く光ると、Xと名乗る少女はにやりと笑った。
「そりゃあ、勿論。あなたのことはよ~く知ってますよ。マクスウェル様」
「なるほど」マシュが静かに頷いた。「大精霊ヴィヴィアンもまた、精霊の主たるマクスウェルの従属精霊。ならば、レディ・ミラのことも当然……」
「というか、そもそもミラが関わってる事件だから関わってきた、ってことでしょ?」
「大正解! 花丸をあげちゃいますよ、ジュード君!」
「花丸って……」
そうして話を理解できたとジュードたちだったが、一方でローエンは困惑を隠せないまま首を傾げ、皆の顔を順に見回す。
「……はて。先ほどから皆様、ミラ様をマクスウェルと呼んでおられるのは……?」
「なんだ? 知らされていなかったのか?」アルトリアが即答した。「こいつは正真正銘のマクスウェルだ。四元素の使い手。最古の精霊と名高いな」
ローエンの瞳が驚愕に見開かれる。
「な、なんと……!? ミラ様がそのような……」
アルトリアが淡々と付け加える。
「まぁ、私もヴィヴィアンに聞かされて初めて知ったのだが……」
「びっくりだよねー!」と、ティポが場を和ませるように声を弾ませる。だがその明るさも、張りつめた空気を完全には解きほぐせない。
「エリーゼたちも知ってたんだ?」
ジュードが問いかける。
「は、はい……」
エリーゼは小さく答え、指先をぎゅっと握りしめると、ミラが短く説明する。
「ガンダラ要塞で少しな」
「なるほど……その胆力、度胸。そして、揺るぎない信念。どれをとっても人間離れしたものだと思っていましたが……」
「うむ」ローエンの言葉を受けて軽く頷いたミラは一拍置くと、鋭い視線をアルトリアへ投げかけた。「……それより、結局そいつがなんだというのだ?」
「簡単な話だ」アルトリアは揺るぎない口調で言い切る。「お前たちの旅路に、コイツを同行させろ。貴様らと共に居れば、ナハティガルの動向が掴めるかも知れんし、うまくすれば野望を打ち砕くことだってできるだろうからな」
唐突な提案に、一同の間に再び重い沈黙が落ちた。
「だそうだが……どういたします? マクスウェル様」
軽口のようにミラに確認を取るアルヴィン。
「ふむ……」
アルヴィンの言葉にミラは少し考えるも、すぐさまアルトリアが言葉を紡ぐ。
「戦力は大いに越したことはあるまい? 特にお前自身がその状態となればなおさら」
アルトリアの言葉とともに視線が動き、車椅子に腰かけるミラを射抜いた。
「それは……」
言葉に詰まるジュードや仲間たちの視線もまた、自然と彼女に集まっていく。息苦しいほどの注目を浴びながらも、ミラの瞳は一切揺らがなかった。
「……いいだろう。利害は一致しているようだし、邪魔なら捨て置けばいいだけのことだ」
その凛とした口調に、Xは肩をすくめ、楽しげに笑った。
「いやいや、今のあなたより役に立たないなんてありえませんって」
「ふっ。本当、昔から口の減らぬ奴だ」
ミラはわずかに口元を緩めた。
ジュードは一瞬迷ったが、結局は小さく頷いた。
「ま、まぁ、ミラがそう言うなら」
「決まりだな」アルトリアは断言するように言った。「この地のことは私に任せておけ。貴様らは貴様らの成すべきことをなすがいい」
「当然だ」ミラが力強く答える。
「えっと……それじゃあ、行こっか」ジュードが呼吸を整えるように言った。
「ああ」ミラも応じる。
こうして、一行は新たな決意を胸に、サマンガン海停を目指して歩み始めた。
「みんな薄っ情だなー。一緒にいればいいのにー」ティポが大げさに嘆く。
「ジュード……ミラ……」エリーゼは名残惜しげに、その背中を見つめていた。
その隣で、ローエンがやさしい声をかける。
「ご安心を、エリーゼさん。彼らは薄情な方ではありません。なすべきことをなせば、きっと会いに来てくださる筈。それまでは、どうかお嬢様のお傍に居てくださると助かります。なにせ今のお嬢さまは……」
エリーゼは、ドロッセルの面影を思い浮かべるように瞼を伏せた。
「ドロッセル……。わかり、ました……」
そう答え、彼女は渋々ながら屋敷の奥へと足を運んでいった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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