幼馴染
青空が広がる中、ル・ロンドの港に辿り着いたジュードたち。彼らを出迎える巨大な建物の影が静かにその存在を主張し、潮の香りを含んだ風が吹き抜けていた。白い石畳が海辺まで続き、遠くでは帆を降ろした船がきらきらと波間に揺れている。
その道を、ジュードたち一行がゆっくりと進んでいる。
先頭を歩くジュードの手は、車いすの取っ手に添えられている。そこに座るのは勿論ミラ。薄い衣が潮風に揺れ、彼女の金の髪を柔らかく撫でていった。
「ここが君の生まれ故郷か」
車いすに揺られながら、ミラが静かに問いかける。
「まぁね」
ジュードの答えは短い。けれど、どこか誇らしさを隠しきれない響きがあった。
「いや~、見事に何にも無ぇ所だな」アルヴィンが肩を竦める。「ま、ニ・アケリアよりかはマシだけど」
「アルヴィン」マシュが咎めるように名を呼ぶ。
だがミラは、彼の言葉に反するように微笑を浮かべ、港に響く声へと耳を澄ませた。
「いや、そうでもあるまい。ああして無邪気に遊ぶ子供の声などは、ここがとても良い所だという証明だろう」
ジュードもつられて視線を向ける。堤防の近くで数人の子供たちが走り回っている。その中に――彼の目が留まった。
「無邪気に遊ぶ子供……って、あれは」
そこには、年若い少女が乗る車いすを、さらに幼い女の子が全力で押している姿があった。笑い声と共に、勢いよく石畳を駆け抜けていく。
「さあ、まだまだだよ! 行け―!」
甲高い声が弾ける。
「危ねぇ乗り方してんなぁ」
アルヴィンが眉をひそめると、ジャンヌは同時に息をのむ。
「しかもこちらに凄い速さでやってきているような……」
「……もしや、こちらに気付いていないのでは?」とマシュ。
「え?」
マシュの言葉にジュードが戸惑った瞬間――
「あ! 人!」
ようやく気づいた幼い少女が前方に目を取られ、そのまま石畳に躓いて転んだ。
途端に車いすは制御を失い、年若い少女を乗せたままジュードたちに迫ってくる。
「きゃ! どいてどいてー!」
少女は慌ててハンドルを切り、どうにか進路を逸らした。
――だがスピードはあまりに速すぎた。
「うそーーーっ!」
悲鳴と共に、車いすごと海へと吸い込まれていく少女。
どぼん、と大きな音が港に響いてしまうと、飛び散る水しぶきが陽光を受けて虹を描く。
「うむ。凄い勢いであったな」
そんな彼女を見てミラは冷静に言葉を漏らした。
「えっと……。彼女は大丈夫なのでしょうか?」
一方のマシュが不安げに海面を覗き込むと、それに合わせてジャンヌは慌てて身を乗り出した。
「急ぎ引き上げませんと!」
「あ~、大丈夫だよ。きっと」
ジュードが呆れつつ小さく笑うと、「あん? なんでわかるんだ?」とアルヴィンが訝しむ。
「だって、あの子は……」
その言葉を遮るように、海が大きく割れた。
波しぶきを蹴って、一人の少女が車いすを抱えたまま姿を現したのである。滴る髪をかき上げながら、港へと軽々と戻ってくる。
「いや~、またやっちゃった~。大先生に怒られるかな~?」
車いすを『よいしょ』と下ろしつつ、頭を掻く少女。
肩にかかる長い茶髪が、顔の横でふんわりと揺れ、その髪の中には、いくつかの小さな花の髪飾りが華やかに輝いていたと、見るからに活発さを感じさせる少女のお洒落はなかなかに愛らしいものがある。大きく輝く緑色の瞳からは、すべてを吸い込むかのような純粋さを感じさせ、白い上着に黄色とオレンジのアクセントが施された衣服と相まって、どこか温かい印象を周囲に与えている。
「うわ~お。本当に自分で戻ってきましたね。あの子」
そんな力強さとは無縁の少女の振る舞いに、驚き混じりにXがつぶやくと、一方の少女。
「……って! そうだったそうだった!」
何かに気付いて慌てて顔を上げると、ずぶ濡れのまま慌ててジュードたちのもとへ駆け寄ってきて、港の石畳を水滴で濡らしながら、ジュードたちの前に立ち止まった。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫でした……か?」
懸命に謝罪する彼女の声はどこか重く、而して何もしないのは性に合わないとばかりに、頭を深々と下げ誠意を見せた少女。
だが――ふと視線を上げた少女は、その中にいた一人を見つけた瞬間、表情を固まらせた。
「ただいま、レイア。相変わらずだね」
そんなジュードの言葉にレイアは驚きを露わにした。
「なんで、ジュード? え、ええ! な、ななな、何してるの!? こんなところで!」
レイアと呼ばれた少女は、勢いそのままにジュードへと駆け寄り、彼の肩を掴んで激しく揺さぶった。濡れた手が服に水を染み込ませても、彼女はまるで気に留めていない。
「いや、レイアこそ……」
一方のジュードは困ったように、ついさっきのレイアの振る舞いに呆れてしまう。
「あ、あれは……」レイアはしどろもどろに言葉を繋ぐ。「この子たちがかけっこで競争したいっていうから。私を押してハンデをつけないと勝負にならないって思って……」
後ろでは小さな子供たちが、心配そうに息を切らしながら駆けてきていた。彼らの視線は、ずぶ濡れのレイアへと注がれている。
「どう見てもレイアが一番楽しそうだったけど?」
ジュードが笑みを深めて指摘すると、レイアは顔を赤くして「ぐっ……」と口を噤んだ。
そんなやり取りを眺めていたミラが、車いすの上から静かに口を開いた。
「ジュード。誰だ?」
彼女の声音にはわずかな好奇心が混じっている。ミラの金の瞳に射抜かれたジュードは、少し照れくさそうに頷いた。
「彼女はレイア。小さい時からの幼馴染だよ」
「へぇ~」アルヴィンが面白そうに目を細める。「このお嬢さんがね~。ジュードと随分タイプが違うみたいだけどな」
「だよね~!」と、すかさずレイアが乗る。「ジュードってば昔っから根暗でさ。私が外に連れ出さなかったら、きっと今頃、体に苔とか生えてたよ」
「苔って……」ジュードが呆れた声を漏らすと、アルヴィンは吹き出した。
「なるほど。違いねぇ」
「アルヴィンまで……」と肩を落とすジュードをよそに、レイアはふと仲間たちへと視線を巡らせた。
「それにしても、ジュードは随分と団体さんで帰ってきたね……って、な~んで女の人が多めなのかな~?」
ミラ、マシュ、ジャンヌ、そしてX。四人の女性を順に見やり、どこか含みを持った声音で言葉を継ぐ。微笑んではいるが、その奥に小さな棘が潜んでいるのをジュードは感じ取った。
「いや、その……たまたまそうなってるっていうか……」
ジュードは曖昧に返すが、レイアの目は鋭く細められた。
「たまたま~?」
まっすぐに自分を見据えてくる幼馴染の視線。悪意などは微塵もないのに、逃げ場を失った気分になるのは、彼女の遠慮の無い距離間のせいだろうかとジュード。
それには耐え難いと視線を逸らすと、咳払いをして話題を切り替えた。
「それよりその……父さん、今どこにいるかな?」
「大先生? たぶんまだ治療院に居ると思うけど……って、その人!」
軽い調子で答えかけたレイアの声が、突然鋭く跳ね上がった。視線はまっすぐ、ジュードの後ろ――彼が押している車いすへと注がれる。
そこに座るミラの両足。布の下から覗いたそれを見て、レイアの顔が驚愕に染まる。
「ど、どうしたんですか!? だ、大丈夫なの?」
「完治自体はしてるんだけど……」ジュードが困ったように答えかけたとき、ミラは堂々と口を開いた。
「うむ。ジュードの父親が、昔に足を失った人間を歩かせられるようにしたと聞いたのでな。頼りにしてきた」
その言葉に、レイアは「え?」と一瞬だけ目を見開く。
「正確にはそんなカルテを昔に見たってだけなんだけど……」
「それって……」
思案するように首を傾げるレイア。海から吹き込む風が、濡れた髪を頬に貼り付かせる。――けれど。
ミラの真っすぐな瞳が自分を捉えていることに気付くと、レイアはふっと肩の力を抜き、笑顔を浮かべた。
「……そっか。……了解! 私、先に行って大先生に話しつけとくから、ジュードたちは後から来て!」
言うが早いか、レイアは港町の通りを駆けていった。石畳を打つ足音が勢いよく遠ざかり、彼女を心配していた子供たちも「待って!」と叫びながら後を追う。小さな背中が次々に角を曲がり、潮風の中に消えていった。
「いや~、嵐みたいな騒がしさのお嬢さんでしたね~」Xが感心したように首を振る。
「それ、おたくが言う?」アルヴィンが即座に突っ込みを入れた。
「おや? 私はこれでも自重してる方ですよ?」と涼しい顔で返すX。
「マジでか……」アルヴィンは呆れたようにため息をつく。
そんな軽口の応酬に、ミラは小さく笑みを浮かべた。
「ふふっ。元気があるということは良いことじゃないか」
ジュードもつられて笑ったが、その表情にはどこか困ったような色も混じっていた。
「あはは……。ま、まぁそれで色々やらかしちゃうんだけどね」
「そうなのですか?」マシュが首を傾げると、ジュードは肩を竦めて「まぁね」と曖昧に返した。
「ともかく、その治療院へ向かいましょう。お話しはそこでもできますでしょう?」ジャンヌが静かに場を整える。
「そうだね」ジュードは気を取り直して頷いた。「それじゃあ行くよ、ミラ」
「ああ。世話になる」
ミラは穏やかに答え、ジュードに押される車いすが軋む音を立てて動き出した。
ル・ロンドの町並みは素朴で、白壁の家々からは潮風に混じって草花の香りが漂っていた。道の先には、かすかに他とは違う建物が覗いている――治療院だ。
一行は、陽射しに照らされた道を抜け、次なる目的地へと足を運んでいった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1~2000文字以内
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3~4000文字以内
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