フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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親子 前編

「ここだよ」

 ジュードが足を止めた先にあったのは、木造のフェンスに囲まれた一軒の大きなオレンジ色の屋根の家。その入口と思しき場所に一枚の木製の看板が掲げられており、柔らかな筆致で刻まれた文字には――「マティス治療院」と書いてある。

 庭の一部に自生していると思しき木々が緑を深く茂らせ、潮風が吹き込むたびにその葉がさわさわと音を立てている。

 

「マティス治療院ということは……」ジャンヌが看板を見上げる。

 

「うん、僕の実家だよ。家の一部が治療院になってるんだ」ジュードが小さく微笑んだ。

 

「ジュード!」

 その声に振り向くと、玄関口からレイアが姿を現した。慌ただしくも体は濡れていないので、新しい衣服に着替えたよう。

 

「レイア。父さん、どうだった?」

 

「う~ん、それがね。大先生に話したんだけど、なんかよくわからなくて……。とにかく中に来て!」

 彼女は眉を寄せつつも手招きをする。

 

「わかった」

 ジュードが頷くと、後ろからアルヴィンが肩を竦めた。

「じゃ、俺たちは外で待ってるよ。あんまり大勢で入るような所でもないしな」

 

「わかったよ。それじゃあ、僕とジャンヌだけで行ってくるね」

 

「ごゆっくり~」Xが気の抜けた声を上げる。

 

 そんな仲間たちに背を押されるように、ジュードはジャンヌ、そしてミラと共に中へと足を踏み入れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 治療院の中は、木の温もりが感じられる、落ち着いた雰囲気の場所だった。

 

 緑色のソファに緑色のカーペット、壁には数枚の絵が飾られ、室内の薄暗い光の中で、静寂がこの場の支配者だったと、外と違って活気あふれる声は微塵もしない。治療院の奥には開かれたいくつかのドアがあり、部屋に漂うのは、湿度を帯びた木の香りと、かすかな外の風の音だけ。全てが静まり返った空間に、微かな音が響く。時計の針の音、もしくは隣の部屋から伝わる足音。それでも、この静けさは不安ではなく、むしろ安心感を与えている。

 

「お帰りなさい、ジュード」

 その声に顔を上げると、室内にはレイアの他に、妙齢の女性が立っていた。短く切り揃えられた髪が、ほんの少しだけ光を反射して、柔らかい印象を与え、肩にかかる白衣が、動きに合わせてわずかに揺れ、穏やかながらもきちんとした雰囲気を醸し出している。

 

 その目は冷静で、少しの驚きも感じさせない。何事も慌てずにこなすような、安心感を与える視線が、自然に周囲を見渡した。口元には微かな笑みを浮かべており、その仕草には、慣れた手つきで状況を把握し、すぐに対応しようとする落ち着きが感じられる。

 

「母さん。ただいま」ジュードは自然と笑みを返した。

 

「ほう。お前がジュードの母親か」ミラが興味深げに口を開く。

 

「ええ、エリンよ。あなたは……」

 名乗った彼女――エリンの視線が、ミラへと注がれる。その足元に目を留めた瞬間、瞳の奥が揺れた。

 

「……なるほど。レイアちゃんの言うことはこういうことね」

 

「うん。どうしたらいいかわかる? おばさん」レイアが隣で問いかける。

 

「それはお父さんに聞いてみないと……」エリンが言葉を濁した、そのとき。

 

「ジュード」

 奥の廊下から低い声が響いた。

 

「父さん……」

 現れたのは、眼鏡をかけた男性だった。背筋はまっすぐで、瞳には冷静さと威厳が宿っており、その顔立ちと相まって、どこか落ち着きと知性を感じさせる雰囲気を漂わせていた。整えられた髪はまさに医者のそれであり、無駄なものが何一つない、清潔感あふれる印象だった。

 

 白い診察衣を羽織っているものの、その衣服はただの作業着に見えることはない。細部にまで気を使っていることが分かる、洗練されたデザインだ。下に着ている服は少し異なる色合いで、動きやすさを重視している様子が伺えるが、それでも全体的にはきちんと感が漂う。

 

 そうして両手を後ろで軽く組んで現れたジュードの父親は、ミラの足をじっと見つめた。治療者の視線――一切の感情を表に出さず、ただ状況を見極める冷徹な目。

 

「えっと……彼女は……」ジュードが口を開きかけると、男性はそれを遮った。

 

「話は後だ。エリン。とりあえず、彼女を奥へ」

 

「あ、はい」エリンは慌てて頷き、ミラの車いすに手を添える。

 

 その場の空気が一気に引き締まった。ジュードの父――大先生と呼ばれる男の一言は、部屋にいた全員を黙らせるだけの重みを持っていた。

 

 ミラを車いすごと奥へと押していくエリンの背を、ジュードたちは追おうとした。だが――

 

「お前たちはここで待っていなさい」

 低く鋭い声が、彼の足を縫い止めた。父の声。拒むことを許さない響きに、ジュードもジャンヌも思わず身を引く。

 

 背筋を伸ばしたまま、父ディラックは妻の後を追って奥の部屋へと消えていった。静かに閉じられた扉が、彼とこちらとを隔てる。

 

 しばしの沈黙の後、ジャンヌが小さく問いかけた。

「先程の方がジュードのお父様で?」

 

「うん」ジュードは短く答える。

 

「ディラックおじさんだよ」レイアが横から補足する。「腕は確かなんだけど、ちょっと怖いっていうか、お堅いっていうか……」

 

「なるほど。確かにジュードには見られない厳格さを感じますね」ジャンヌは感慨深げに頷いた。

 

「ま、ジュードはお人好しが過ぎるからね~」とレイアが笑う。

 

「レイア」ジュードは苦笑まじりに咎めるが、ジャンヌは口元に手を当て「ふふっ」と楽しげに笑った。

 

 それでもジュードの視線は、閉ざされた扉に釘付けだった。

「……ミラ、大丈夫かな」

 胸の奥に芽生えた不安が、言葉となって漏れる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 奥の診察室に案内されたミラは、木製の椅子へと移されていた。薬草の香りが漂う室内で、眼鏡をかけたジュードの父親が眼鏡をかけ直す。

 

「さて、まずは……」低く落ち着いた声が響く。

 

「ミラだ。お前がジュードの父親か?」ミラは臆することなく問い返した。

 

「ああ、ディラックだ」短く名乗ると、彼はまっすぐに彼女を見据える。「まずは状況を説明してもらえるかな? この足について」

 

「うむ。そうだな……」

 

 ミラは静かに語り始めた。

 ――自らの決断、そしてその代償として失った足のことを。

 

「まさか……そんなことで、足を失ったというのか?」ディラックの眉が深く寄る。

 

「ああ。だが、やらねばならなかったのでな」

 

 そんなミラに恐ろしさや驚きを隠せなかったとディラック。

「……あの子は」

 ふと漏れた言葉に、ミラが首を傾げる。

 

「む?」

 

「ジュードもそれに関わっているのか?」

 

「うむ、そうだな。ジュードにはだいぶ助けられている」

 

「なんてことを……」

 ディラックは動揺を隠せず、口元に手を当てた。治療者としての冷静さの奥から、父親としての感情が覗く。しかしその揺らぎを理解できぬミラは、真剣な眼差しで言葉を投げた。

 

「それよりも、お前は私と同じ症状の人間を治療したことがあると聞いたのだが、同じ治療をしてはもらえないだろうか」

 

「……検査の結果次第だ」

 

「そうか。ではさっさと検査してくれ」

 

「いいだろう。足に力は入るのか?」

 

「右足はほとんど感覚がないな。動かそうと思えば根元ぐらいは動かせるが」

 

「うーむ……」

 

 ディラックは腕を組んだまま、しばし思案していた。机上に広げられたカルテに視線を落としながらも、どこか心は別のところにあるように見える。

 

 ふと顔を上げると、控えめに佇んでいた妻を見やった。

「エリン、こちらはもう大丈夫だ。あの子の傍に居てやれ」

 

「え、はい……」

 戸惑いを残しながらも、エリンは頷き、静かに診察室を出て行く。扉の閉まる音が、空気を一層張りつめさせた。

 

 残されたのはディラックとミラ、二人だけ。薬草の匂いがかすかに漂う空間で、静寂は重く沈む。

 

「あと、いくつか検査をする。もうしばらくそのままでいてくれ」

「了解した」

 

 医師としての作業を進めながら、ディラックはやがて口を開いた。

「……ジュードは、私たちの一人息子だ」

 

「む? どうした急に」ミラの金色の瞳が怪訝そうに揺れる。

 

「あまり危ないことに巻き込まないでくれ」

 

「そういう話しか。……なるほど。それが親の愛というやつか」

 

「愛ではない。責任だ」

 ディラックの声音は冷徹に響いたが、その奥底には揺らぎがあった。

 

「責任?」

 

「あの子はまだ子供だ。そんな子が危ない道に進もうとしているのなら、親としては止めさせなければならない」

 

「そういうものか?」ミラは小首を傾げる。人としての常識を測りかねるような眼差しで。

 

「君にも子供ができればわかる」ディラックは一瞬だけ視線を落とし、そして再び真っ直ぐにミラを見据える。「……ところで、君は息子とはどういう関係だ?」

 

「一言で言うのは難しい。だが、私は彼を大事な友だと思っている」

 

「友人?」ディラックの目が細められる。「そうは見えんな。君はあの子よりだいぶ年上じゃないか。それに女性だ」

 

「友かどうかに性別が関係あるのか?」ミラの声音には純粋な疑問しかない。

 

「あるとも」ディラックは断言する。「レイアを見ていたらわかる。あの子は幼い頃からジュードの側にいる。ジュードを最も理解している他人ともいえるだろうが、あの子がジュードをどう思っているのか――それを考えればな」

 

「ん?」ミラは理解できぬものを前にしたように首をひねった。

 

 ディラックは深いため息をつくと、話を切り上げるように言った。

「どの道、しばらくは入院だ。その間にでもレイアを観察しているといい」

 

 ミラは小さく頷いた。自らの足のことよりも、この「親」という存在の思考の方がよほど奇妙で、興味深いと感じながら。

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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