フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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全てはミラのために 前編

 ジュードは唇を噛みしめ、呟いた。

「昔のカルテに治療法が載ってるかも……父さんが手を貸してくれないなら、僕が……。資料室を調べよう」

 

 その決意のまま、彼は治療院の奥へと足を運ぶ。夜の資料室は静まり返り、狭い部屋の棚に並ぶ無数の記録が彼を待ち構えているかのようだった。

 

 人目を避けるように灯りを落とし、紙の束を繰る指先には焦燥と希望が入り混じっていたが、不意に、扉の軋む音。振り返ったジュードの視線の先に、見慣れた顔があった。

 

「探し物はこれ?」

 

 レイアが、抱えるように資料を差し出していた。

 

「レイア」

 

 彼女はいつもの笑顔を浮かべていた。

「やっぱりね。ジュードってば、昔っからお節介だったし、絶対諦めないと思ったよ」

 

 彼女の手から資料を受け取ると、ジュードは思わず口にする。

「ありがと、レイア」

 

 頁をめくるごとに、彼の表情は驚きと感嘆に揺れていく。

「やっぱり……父さんってすごい。学校でもこんな治療、聞いたことないよ」

 

「そうなんだ」

 

「うん。特殊な石で治療するみたいだけど……どうしてだろ、名前が書かれてない」

 

 二人の間に小さな沈黙が落ちる。レイアは眉を寄せて呟いた。

「うーん……」

 

 ジュードはページに食い入るように視線を落とし、震える声で続けた。

「施術の方法も詳しく載ってるんだから、この道具さえあれば、ミラに施術できるのに……」

 

 しかしレイアは、軽くためらうように口を開いた。

「聞いた話だけど、昔その施術を受けた患者さんね、八秒でやめたんだって」

 

「八秒?!」

 

「うん。歩くのをあきらめちゃったんだって。相当つらかったみたい」

 

 資料を抱く手が止まる。ジュードは信じられないといった目でレイアを見た。

「それほどの苦痛なんだ……。っていうか、レイア、知ってたの? 医療ジンテクスのこと」

 

「こういう事例があったってのはね。でも……あの時のミラの目が、すごく期待してたから、つい言いそびれちゃって……」

 

「そっか……」

 

 沈む声色に、レイアはあえて明るく言い聞かせるように続けた。

「ねぇ、ジュード。やっぱり大先生の言った通りじゃない? やめた方がいいよ。ミラを苦しめたあげくに絶望させるだけかも」

 

 だが、ジュードはしばし考え込んだのち、ゆっくりと顔を上げた。

「……やるよ。それでも」

 

 その瞳には迷いの影がなかった。

 

「どうして?」

 

「ミラは……絶対に諦めない人だから」

 

 柔らかく微笑むジュード。その横顔を見つめながら、レイアは唇を尖らせる。

「……ふ~ん。そこまでミラのこと信じてるんだ~。ふ~ん」

 

「レイア?」

 

「ふん、何でもないよ! ……って、うわぁ!?」

 

 レイアが拗ねたように言い放ち、そそくさとジュードから距離を取ろうとしたその瞬間、狭い資料室の棚に背をぶつけてしまった。棚が大きく揺れ、上段に置かれていた箱がいくつか落ちてくる。

 

「ちょっ、レイア! 静かにしてよ。父さんにバレたら……」

「ご、ごめんってば……ん? ねぇ、ジュード。これって……」

 

 慌てて箱のひとつを拾い上げたレイアは、中身を覗き込むと目を丸くした。彼女はすぐにジュードにも見せようと差し出す。

 

「ん? どうかした?」

 

 箱を受け取ったジュードは、中に収められたものを目にして思わず首を傾げる。金属とも石ともつかない、不思議な光沢を放つ黒い器具。既存の医療道具とはまるで異質の存在だった。

 

「何これ?」

 

 ジュードの戸惑いに、レイアは確信を持った声で告げる。

「それだ!」

 

「え?」

 

「それが、医療ジンテクスだよ!」

 

「これが?」

 

「うん。ここでお手伝いするようになってから、何度か整理もしたから見たことあったんだよ。ずっと何だろうとは思ってたけど……」

 

 ジュードはその器具を両手で包み込むようにして持ち、深く息を吸い込む。

「そっか。ありがとう、レイア。ミラのところへ行くよ。これを試してみる」

 

「あ、待ってよ。わたしも行くって!」

 

 決意を胸に、二人は足早に資料室を後にした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 一方、その頃。

 

 病室では、ミラがゆっくりと瞼を開けていた。ぼんやりとした視界の中に、付き添っていたエリンの姿が浮かぶ。

 

「ん……」

 

「あら、ミラさん。目を覚ましたのね」

 

「私は……寝ていたのか?」

 

「ええ。治療はちゃんとされてたけど、後遺症とか別の病気が併発しないようにするための薬をいくつか投与したから」

 

「そうか」

 

 エリンは椅子から身を乗り出し、安堵の笑みを浮かべる。

「気分はどうかしら?」

 

「うむ。動けないが問題はない。それでどうなのだ、検査の結果は?」

 

 問いかけるミラの声音は落ち着いていたが、一方のエリンはその問いを軽く受け流す。

「それは主人の……先生の方から話があると思うわ」

 

 言葉を濁し、沈黙が落ちる。やがてエリンは小さく息を吸い込み、決意を宿した瞳でミラを見つめた。

 

「……聞いていいかしら?」

 

 ベッドに横たわるミラは、ゆっくりと顔を向ける。

「なんだ?」

 

「あなた、ジュードとはどういった関係なの?」

 

 唐突な問いかけに、ミラは一瞬まばたきをし、それから小さく笑った。

「ふふふ」

 

 エリンは思わず眉を寄せる。

「どうして笑うの?」

 

「いや、ジュードの父親と同じことを聞くものだからな。やはり、それが親というものか。ふふ、人間のそう言った情愛は実にいい」

 

 ミラの声音は柔らかいが、どこか達観した響きを持っていた。その言葉に、エリンは何を笑っているのかわからず首を傾げる。

 

「えっと……」

 

 ミラは視線を天井に向け、過去を思い出すように目を細める。

「ジュードにはイル・ファンで危ないところを助けられた。だが、その結果、ジュードは街にいられなくなり、今は共に行動している」

 

「やっぱり……そういうことなのね」

 

「やっぱり? どういう意味だ?」

 

 問い返すミラに、エリンは苦笑のような、諦めのような表情を浮かべた。

「あの子ったら小さい頃から、お人好し過ぎるところがあったの」

 

「だろうな。出会ってから日は浅いが……何となくそれは分かる」

 

 病室の窓から差し込む光が、エリンの横顔を照らし出す。その瞳はどこか遠く、思い出の中をさまよっていた。

「そのせいで友達にからかわれたり、いじめられたりしたこともあったわ」

 

「そうなのか?」

 

「……でもね。それでもあの子は笑っていたの」

 

「笑っていた?」

 

「ええ。顔に酷い傷をつけられても、泣きたいことがあった時でもずっとね。……ボロボロになってるのにあの子が笑っていた時は、もうどうしたらいいかって」

 

 エリンの声は震え、指先は膝の上で強く握られていた。その姿を見ながら、ミラは静かに息を吐く。

「それでお前は――いや、お前たちはジュードに対して……」

 

「勿論、それだけじゃなくて、よく知恵熱のようなものも出していたから、いろいろ心配で――」

 その時、重く開いた扉の音が会話を遮った。

 

「私たちには仕事がある。この街の病院はここだけだからな」

 

 低く落ち着いた声。振り返れば、ディラックが険しい表情で病室に入ってきていた。

 

「あなた……」とエリンが小さく呟く。

 

「そしてジュードは男だ。甘やかせば、さらにふぬけになる」

 

 冷たい口ぶりに、ミラは小さく目を細める。

「ふむ……それも親子の情愛か……」

 

「だが、そんな子が初めて私に意見してきたよ。君に医療ジンテクスを施すようにとな」

 

「医療ジンテクス……? それがあれば、私は再び立ち上がることができるのだな」

 

 ミラの目が大きく見開かれる。だが、ディラックは淡々と首を振った。

「もしかしたら、君のために、あの子は変わろうとしているのかもしれない。だが……私はそんな息子の頼みさえ医者としてはねつけなければならない」

 

「何故だ?」

 

 窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、重苦しい沈黙を押し広げる。ディラックの声は、まるで判決を下すかのように硬かった。

「施術自体は簡単なものだ。だがあれは、神経回路に直接繋いだ疑似的な足を生み出すというものだ。おかげで少し動かす程度で神経回路に負担がかかり、その疑似的な足も神経がむき出しのままという状態になるせいで、動かすだけで激痛が……」

 

 ミラはじっとディラックを見つめ、難解な説明をしばし黙って聞いていたが、やがて首を傾げる。

「……うむ、もう少しわかりやすく言ってくれ」

 

 ディラックはわずかに眉間に皺を寄せ、言葉を選び直した。

 

「つまり、君は足の神経だけで歩いているのと、同じになるということだ」

 

 淡々と放たれた説明は、余計に生々しく耳に響く。ミラは短く息をつき、うなずいた。

「なるほど。確かにそれは痛そうだな」

 

「そうだ。それに術が神経になじんで、動けるようになるには……早くとも数節もの時間がかかる。だから……」

 

 ディラックの口調はあくまで医師としての冷静さを保っていたが、その奥底には、父としての複雑な葛藤が見え隠れしていた。

 

 しかし、ミラの瞳には迷いがなかった。

「だが、それでも私は止まる訳にはいかん」

 

 病室の空気が一瞬、張り詰める。エリンが思わず声を漏らした。

「ミラさん……」

 

 ディラックはミラを見据える。鋭い眼差しと、諦めにも似た陰影が交錯する。

「君は……」

 

「それで? 私はどうしたらいい?」

 

 ミラの問いかけは、力強くも静かだった。その真っ直ぐな視線に、ディラックは言葉を失い、しばし沈黙する。

 

 やがて観念したように、重々しく口を開いた。

 

「……精霊の化石だ」

 

「精霊の化石?」

 

「ああ。だが、今は肝心の精霊の化石が手に入らない。その上、精霊の化石は扱いが難しく、下手をするとすぐに内包されたマナを失ってしまう」

 

 窓の外、沈みかけの陽光が長い影を床に伸ばしていた。医師としての無力を吐露する声は、その影のように暗く重い。

 

「つまり、精霊の化石がある場所に直接出向く必要がある訳か」

 

「そうだ。君であれば使いこなせたのかもしれないが……力になれずすまない」

 

 深く頭を垂れるディラック。エリンもまた、胸に秘めた不安を抱えたまま、ミラに背を向ける。

 二人が病室を後にすると、残された空間には静寂だけが広がった。




昨日もまた急な体調不良となった結果、配信ができませんでした。申し訳ございません。
皆様におかれましても、何卒ご自愛くださいませm(__)m

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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