フェルガナ鉱山へと向かう道すがら、一行はレイアの生家の前を通りかかった。
目の前にそびえるのは、風格のある古びた建物。その外壁は、長年の風雨を受けて色褪せ、時折見える石組みがその頑丈さを物語る。
「ちなみにここ、私の家なんだよ」
レイアが歩みを緩め、照れ隠しのように肩をすくめる。
「へぇ~、そうなんですね」
Xが軽く感心したように周囲を見渡した。
「ま、今寄ると絶対に怒られるから、スルーして──」
レイアが苦笑いを浮かべかけた、その時だった。
「ん? レイア?」
重厚な木の扉が軋む音を立てて開き、中から一人の女性が現れる。
優雅さと威厳を兼ね備えた白を基調にした衣装を身にまとう、神聖な印象を与える女性。髪は深い青色で、長く流れるように背中まで伸び、髪の一部は白いリボンで結ばれて、穏やかながらもその視線のおかげで力強い印象も与えていた。
「げっ!? お姉ちゃん!」
一方、彼女の顔を見たレイアの顔は、一瞬にして引きつる。
「あなた、なんでここに? まだディラックおじさまの所で仕事の手伝いしてるんじゃ……って、ジュード!?」
「マルタさん!」
ジュードが慌てて姿勢を正す。
「なんでジュードがここに?」
「えっと、それは……」
しどろもどろになるジュード。帰省した理由が理由なので、答えづらいのは当然だが。
「……全く。帰ってきたのなら、うちに寄りなさい。皆、あなたが帰ってくるのを楽しみにしてるんだから」
「ご、ごめんなさい」
マルタのまっすぐな視線に、ジュードは小さく縮こまった。その様子を面白そうに眺めていたアルヴィンが口を開く。
「お知り合いで?」
「うん。マルタさんはレイアのお姉さんで……」
ジュードが答えると、マルタは一歩進み出て丁寧に会釈した。
「ジュードのお知り合いのようですね。お初にお目にかかります。私はマルタ。そこの馬鹿な子の姉などをやっております」
恭しく頭を下げるマルタだが、言っていることは辛辣だった。
「馬鹿な子!?」
「あら、ごめんなさい。ドジな子の間違いでした」
「それは否定できない……」
項垂れるレイアに、ジュードは思わず苦笑いを浮かべた。
「レイア……」
「そうか。私はミラだ」
ミラが静かに自己紹介をすると、マルタは品のある笑みで頷いた。
「マシュ・キリエライトと申します」
「フォウ!」
「こちらはフォウさんです」
マシュが肩に乗るフォウを紹介する。
「ジャンヌと申します」
「私は……まぁXとでもお呼びください」
「アルヴィンだ。まさか、底抜けに明るいお嬢ちゃんに、こんな美人のお姉さんがいたとはね」
「ふふっ。お上手なことで」
マルタが口元に微笑を浮かべる。その余裕ある振る舞いに、アルヴィンでさえ軽く肩をすくめた。
「いやいや、騙されちゃダメだよ。あれ、完全に外向けの姿で実際はもっと暴力的……痛たたたたたた!!!!」
レイアの抗議は最後まで続かなかった。
「ふふふ。この子ったら、何を言ってるのかしら?」
柔らかい声音に似合わぬ力で、マルタは妹の耳をぐいと引っ張った。レイアは情けない声を上げ、必死に逃れようともがいている。
その隙に、ジュードはこっそりと仲間に身を寄せ、小声で囁いた。
「……怒ると凄く怖いから、絶対に怒らせちゃダメだよ」
言葉の真剣さはその光景を見れば十分すぎるほど伝わってくる。レイアの顔が真っ赤にゆがむ様子に、アルヴィンは思わず喉を鳴らし、一歩退いた。
「お、おう……そうだな」
その瞬間、マルタの視線がふとジュードへと向けられる。口元は柔らかな笑みを浮かべていたが、その瞳には一片の揺らぎもない冷ややかな光が宿っていた。
「ジュード?」
名前を呼ばれただけで背筋が凍りつく。子どもの頃から、逆らえなかった記憶が鮮やかによみがえり、ジュードは慌てて両手を振った。
「な、何でもないよ!!」
「……全く」
マルタは溜め息まじりに耳を引っ張る手を放した。
「あうっ!」
ようやく解放されたレイアは、涙目で耳を押さえながらぐりぐりと摩り、恨めしそうに姉を睨む。だが、マルタは全く意に介していない。
「それより、どうしたのです? 鉱山の方へ向かっていたようですが……」
彼女の問いに、ジュードは肩をすくめ、言いにくそうに視線を逸らした。
「えっと……ちょっと精霊の化石が欲しくて」
「精霊の化石?」
マルタは眉を寄せる。その響きに聞き覚えはあるが、現実味があるものとは思えなかったとでもいうように。
「確かフェルガナ鉱山で取れたって話だったよね?」
レイアが口を挟むと、マルタは軽く頷きつつも懐疑の色を隠さない。
「さて、特別な鉱石が取れるという話しは耳にしたことはありますが……それが精霊の化石かどうかは。そもそも、本当に精霊の化石なんてあるのでしょうか? 噂以上の真実味を感じないのですが?」
「はい。実在するのは確かです」
マシュが真摯に答えると、Xも静かに言葉を重ねた。
「ですね。実際に多くの精霊が化石になる様を見てきて……って、ここでこの話をすると長くなりそうですので、このへんで」
マルタは首を傾げるも、すぐにその表情を引き締めた。
「そうですか……。でも、気をつけなさい。あそこは長らく人が足を踏み入れていないんですから、魔物が住みついていても不思議じゃありません」
「そうなんだ……」ジュードが小声でつぶやく。
「ま、この人数なら大丈夫だろうよ」
アルヴィンは肩を竦め、ジャンヌも穏やかに同意する。
「そうですね」
マルタは彼らを順々に見渡し、最後にジュードを見つめて静かに言った。
「まぁ、何かあったら呼びなさい。私もすぐに駆けつけますので」
「ありがとう、マルタさん」
ジュードは素直に礼を述べたが、その直後、彼女の声音がほんの少しだけ甘えるように変わった。
「……マルタお姉ちゃん」
「え?」
唐突な呼びかけにジュードが首を傾げる。
「昔のように、そう呼んではくれないのですか?」
「いや、それは……」
気恥ずかしさに顔を赤らめ、ジュードはしどろもどろになる。
「おやおや。ジュード君、恥ずかしがってますね」
Xがすかさずからかい、ジュードは狼狽えて声を上げた。
「ちょっ!?」
そんなやり取りを見て、マルタはようやく表情を和らげる。
「ふふっ。変わらず元気そうで安心しましたよ、ジュード」
その笑顔に、ジュードは胸の奥に懐かしい温もりを感じてしまう。
「マルタさん……」
「今は忙しそうなので遠慮しておきますが、後ででいいのでうちに寄りなさい。父さんや母さんも久しぶりに会いたいでしょうから」
その言葉に、ジュードは一瞬言葉を詰まらせた。胸の奥で疼く懐かしさと、気恥ずかしさ。視線を落とし、小さく息を吐いてから頷く。
「……はい。そうさせてもらいます」
そのやり取りの合間を縫うように、レイアが口を挟んだ。
「そうだ。うちにつるはしってあったっけ? 鉱石採掘には必要かなって思ってさ」
マルタは軽く目を瞬かせた後、すぐに頷く。
「つるはし? ちょっと待ってなさい」
そう言って家の中へと戻っていった。玄関先の扉が閉まると、残された一行の間に小さな静寂が訪れる。
「良い姉だな」ミラがぽつりと呟く。その声には素直な感嘆が込められていた。
「うん」
「ま、あんな人だから、いつもウジウジしているジュードを放っておけなかったんだよね~」
短く答えるジュードに、レイアが茶化すように笑う。
「ウジウジって……」
反論するジュードの声には力がない。
やがて扉が再び開き、マルタが一本のつるはしを手に戻ってきた。鉄の刃先は鈍く黒光りし、柄には年季の入った傷が幾筋も刻まれている。
「ありましたよ。どうやら祖父が鉱山で働いていた時に使っていたようです」
「ありがとう」レイアは受け取りながら、つい余計な一言を付け加える。
「それはそうと、その喋り方キモイから止めた方がい──あ痛っ!!」
ごつん、と小気味よい音を立てて拳骨が振り下ろされた。レイアは頭を押さえて涙目になる。
「いちいちうるさいですよ? レイア」
マルタは涼やかに言い放ち、その声音にはまるで容赦がなかった。
「あはは……」
ジュードは苦笑したが、その目にはどこか『やっぱり昔のままだな』という安堵が滲んでいた。
やがて一行はマルタに見送られ、街道を進み始める。背後に残る家は、日の光に照らされてながら、静かな生活の匂いを漂わせていた。
その温もりを背に受けながら、彼らはこれから向かう荒れ果てた鉱山を思い、心を引き締めて歩を進めるのだった。
昨日もまた体調不良で配信ができませんでした。申し訳ございません。
……それにしても、今週は本当に大変でした(-_-;)
皆様も体調にはくれぐれもお気を付けくださいませm(__)m
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1000文字以内
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1~2000文字以内
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2~3000文字以内
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3~4000文字以内
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4~5000文字以内
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5000文字以上