あれから、三週間が過ぎた。
治療院の周囲を柔らかな風が渡り、庭の草花をやさしく揺らしている。陽射しは柔らかいが、空気の底には確かに季節の変わり目を告げる冷たさが潜んでいた。
治療院の前、木製の塀を背にしてレイアとジュードが立っている。二人の会話は取りとめもなく、ただ時間をつなぐように流れていた。
「もう、変節風が吹く時期なんだね。けど、ミラがこんなに早く退院できるなんて。大先生もびっくりしたんじゃないかな」
レイアは目を細め、風に髪を揺らされながらつぶやいた。
「知らないよ。父さんとは全然話してないし」
ジュードは靴先で砂利を蹴り、素っ気なく答える。
「……もう~。ジュードってば」
呆れたように肩をすくめるレイア。その声音の奥には、どこか心配が入り混じっていた。
そんな空気を断ち切るように、治療院の扉が軋む音を立てて開いた。白衣姿のディラックが現れ、彼らに視線を向ける。
「彼女は、支度が済み次第来る」
抑揚の少ない声だった。
「そう……」
ジュードは返事をしながらも、父の目を避けるように視線を地面に向けたまま。
おかげで無言の緊張が流れる中、ディラックは一歩、息子の前へと踏み出し、一枚の紙を差し出した。
「そんなことより、こんなものが届いた」
その紙を覗き込んだレイアの目が大きく見開かれる。
「え? なにこれ……手配書? ……嘘! ジュードの名前がある!」
慌てて彼女は紙を奪い取り、目を皿のようにして読みふける。だがすぐに、奇妙な顔をして首をひねった。
「でも、似顔絵は全然似てないんだけど……顔つきとか、なんか怖いし」
レイアの声が遠く響く中、ディラックの表情は険しさを増していく。
「指名手配までされていたとは……」
鋭い視線がジュードに向けられた。
「いったい、何をした? 医学校を抜け出してここに居ることと、何か関係があるのか?」
「別に迷惑かけてないでしょ」
ジュードは不貞腐れたように返す。だが心臓の鼓動は早まっていた。
「迷惑をかけるかけないの問題ではない。自分の息子が軍に追われていると聞いて、私が何も思わないと思っているのか?」
ディラックの声が鋭く響くと、流石のジュードもバツが悪いとさらに俯く。
「それは……」
言葉が喉に引っかかる。父の眼差しは重く、まるで罪を突きつけるようだった。
「文面を見る限り、何かを強奪したとも読めるが? いったい何をしたらこんな事に……」
「奪ったって、僕たちは何も……」
一応は真実を言おうという気概はあると、咄嗟に否定するジュード。しかし、次の瞬間、脳裏に閃光のような記憶が走った。
――あの時。
クルスニクの槍の前に立ったとき。
槍に付随していた、あの金色の異物。
脈打つように輝いていた物体の姿が、ミラが懸命に手にしようとしていた物が鮮明に蘇る。
そして、最近どこかで、それと酷似した何かを見たような気がして――
「……あ。もしかして……」
息を呑む。視界の隅にイバルの姿が蘇る。
ミラのもとに駆けつけて、自分たちに誇らしげに掲げて見せた、あの“謎の物体”。
――形は違えど、イバルが自慢する程には、ミラにとっては大切だという品物。
ジュードの背に冷たい汗が伝う。
「イバルにあの時渡したっていう何か……ひょっとして……」
思わず口をついて出た言葉に、ディラックが眉をひそめる。
「イバル……?」
ジュードは慌てて首を振った。
「な、なんでもないよっ!」
そして、話を逸らすように父に抗議する。
「それで何? ミラに文句が言いたいの? 父さんはミラが嫌いみたいだし」
その稚拙な反発に、ディラックは重く嘆息した。
「……ハァ。やはりお前は子どもだ。彼女のことをわかっていない。彼女は……」
その時、治療院の扉が静かに開いた。
光を背負いながら、ミラが姿を現す。
「ミラ……」
ジュードの声が震える。
しかし次の瞬間、彼女の身体は崩れるように前のめりに倒れ込んだ。
「ミラ!」
「ミラ!」
レイアとジュードが同時に駆け寄ろうとする。その肩をディラックが抑えた。
地に手をついたミラは、それでも強い瞳で二人を制した。
「心配は無用だ」
彼女は震える足で、再び立ち上がる。
「ちゃんと教えられた通り、風の精霊術を足にまとって神経を守っているからな」
「うむ」ディラックは深く頷いた。「その物覚えの良さと、実現力が回復をより早めていると言っていいだろう」
「そいつは助かるな。流石に回復に時間をかけすぎた」
ミラは口元に笑みを浮かべる。
「凄いな~、ミラって。私なんて精霊術苦手だから、きっと今もまだ出来てなかったよ」
レイアは感嘆の声を漏らし、羨望のまなざしを向けるも、当のミラはよく分からないと首を傾げる。
「そういうものか。私にはうまく使えないという感覚の方がわからないからな」
「うわ~。持つ者と持たざる者の差を見せつけられた感じ~」
レイアは肩を落として大げさに嘆いてみせる。
「ふふっ」
その仕草を、ミラは珍しく柔らかな笑みで受け止めた。
ふと、頬を撫でる風が吹き抜ける。
若葉を揺らす風は優しく、彼女の髪をさらさらと踊らせた。
「ふぅ。いい風が吹いているじゃないか」ミラは遠くを見つめながら言った。「散歩でも楽しむとするか」
「あまり遠くへは行くな」ディラックは低く忠告する。「何かあってからでは遅い」
「わかっているさ」
ミラは軽く頷いた。
「それじゃ、海停にでも行こっか。ゆっくり、ね」
レイアが彼女の腕を取り、ゆるやかに支える。
そうして二人は並んで歩き始めた。
背筋を伸ばすミラの背中には、どこか揺るぎない決意が宿っていた。
その姿を、ジュードは複雑な思いで見つめていた。誇らしさと焦燥と、言葉にできない感情が胸の奥でせめぎ合っている。
そんな彼を横目に見ながら、ディラックは静かに言った。
「彼女は何があろうと自らの力で歩く。なぜかわかるか、ジュード?」
「それは……」
ジュードは口を開くが、言葉が出てこない。胸の奥に答えがある気がするのに、それを形にできなかった。
やがてミラが歩き去ってしまう。ジュードはその背を追いかけ、結局、父に答えることなく後を追った。
ディラックはそんな彼の小さな背中を見送る。
「……ん?」
その時、一羽の鳥が空から舞い降りた。
その足には、小さな手紙が括られている。
「なんだ……?」
紙を解き、目を走らせるディラックの顔色が一変する。
「これは……そんな今になって……」
驚愕の吐息が、風に溶けて消えていった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1000文字以内
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1~2000文字以内
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2~3000文字以内
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3~4000文字以内
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4~5000文字以内
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5000文字以上