フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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全員集合?

 やがて一行は海停へと辿り着いた。

 潮の香りを含んだ風が吹き抜け、波の音が遠くから静かに響いている。青と銀にきらめく海面を、ミラはひとり柵の無い堤防で眺めていた。

 

 その姿は穏やかに見えたが、ジュードの胸にはどこか言い知れぬ緊張が残っていた。父から突きつけられた手配書の記憶が、まだ頭の奥にこびりついている。

 そんな彼を横目に見ていたレイアが、耐えかねたように口を開いた。

 

「ねぇ、ジュード。さっきの手配書は何? 何したの? イル・ファンでミラと会ったんだよね? 何か関係あるの?」

 

 彼女はミラには聞かせたくないのだと判断して、わざと少し離れた場所で問いかけた。

 

 ジュードは視線を落とし、やがて覚悟を決めたように声を絞り出した。

「ミラ……ラ・シュガル軍の兵器? みたいなのを壊そうとしたんだ。黒匣(ジン)っていうものが使われてるから、それから世界を守るのが自分の使命だって言って」

 

「黒匣……!?」

 レイアの声が思わず上ずった。まるで聞き覚えがあるかのような反応に、ジュードは僅かに疑問を抱く。

 

「ん?」

 一方、その大きな声に、海風を受けながら遠くにいたミラも振り返る。首を傾げ、不思議そうに彼らを見つめた。

 

 ――なぜレイアが黒匣を知っている? と言わんばかりに。

 しかし、それが解き明かされる前に。

 

「ジュード君~!」

 

 唐突に弾けるような声とともに、丸い影が飛びかかってきた。

 

 ――ティポだった。

 しかも勢いよくジュードの顔に食らいつく。

 

「も、もが~!」

「ちょ、なに!?」

 ジュードの必死の呻きと、レイアの驚愕が重なる。空気が一気に混乱に染まった。

 

 その混乱の中、甲高い少女の声が響いた。

「ミラ! ジュード!」

 

 駆け寄ってきたのは小柄な少女――エリーゼだった。とてとてと、再会したい人に会えた喜びを露にするように、ミラのもとに走ってくる。

 

「エリーゼ、どうしてここに?」

 ミラがわずかに目を見開く。

 

「えと、ね……」

 エリーゼが言い淀んだところに、低く落ち着いた声が重なった。

 

「お見舞いに参りました」

 

 執事服をまとった好々爺――ローエンだ。

 

「そうか」

 ミラは素直に受け入れ、頷いた。

 

「しかし、もう歩かれているとは……いや、そもそもその足は……」

 ローエンの声には驚きと敬意がにじむ。

 

「ああ。ジュードたちのおかげだ」

 失ったはずの足を踏みしめつつ、ミラは淡々と答えた。

 

 その横で、ようやくジュードがティポから解放される。

「ぶはっ! ……もう、ティポってば」

 

「ジュードく~ん」

 ティポは悪びれる様子もなく、楽しそうに笑う。

 

「お久しぶりですね、ジュードさん」

 

「うん、久しぶり」

 

「他の皆様はどちらに?」

 

「たぶんレイアの家じゃないかな。――あ、宿泊先のことね」

「なるほど」

 

 ジュードやミラのやりとりを見守っていたレイアは、複雑な気持ちを抱えていた。ジュードと他の仲間たちとの親しげな雰囲気に、思わず彼の袖を引っ張り、囁くように尋ねた。

 

「ね、ねぇ……どちら様?」

 

 互いに探り合うような空気を破るように、ローエンが穏やかに口を開いた。

「これはこれは。初めまして。ローエンと申します」

 

 その丁寧な仕草に、レイアは少し戸惑いながらも慌てて応じた。

「あ、ども……。レイアです」

 

「ティポだよ~!」

 肩の上でぴょんと跳ねるように、ぬいぐるみ――ティポが元気よく名乗りを上げる。

 

「エ、エリーゼ、です……」

 控えめに小さな声で名乗ったのはエリーゼだった。

 

 レイアは目を丸くし、思わず叫んだ。

「喋るぬいぐるみ……都会ってすごい!」

 

 そんな驚きに軽く微笑みながら、ローエンは改めてミラに向き直る。

「それにしても、ミラさんの足はどのような状態なのでしょうか?」

 

「うむ。私にも詳しくはわからん」

 ミラは淡々と答える。その口調は揺るがぬ自信に満ちていたが、足に走る微かな震えをジュードだけは見逃さなかった。

 

「えっと……簡単に説明するとね」

 ジュードが一歩前に出て、父から教わった医術の知識を懸命に言葉にする。

 

 説明を聞き終えたローエンは、目を細めて小さく頷いた。

「なるほど。医療ジンテクスというのですか。それでこのわずかな期間に……。ですが、そのような技術、見たことも聞いたこともありませんね」

 

「僕も父さんの診察記録を見て初めて知ったぐらいだから、詳しくは父さんに聞いてみなきゃだけど……」

 ジュードは言葉を濁し、肩を落とした。父への感情が影を落としているのは明らかだった。

 

「ジュードさん?」

 ローエンが優しく呼びかける。

 

「あ~、ダメダメ。ジュードは今、反抗期だから」

 レイアが軽い調子で割って入った。

 

「ちょ、レイア!」

「はんこーき、ですか?」

 エリーゼが小首を傾げる。

 

「ジュード君は、ハンコーキ!」

 ティポが面白がって真似をする。

 

「ふふ。なるほど。それでは仕方ありませんね」

 ローエンが小さく笑い、場の空気を和らげた。

 

「もう……」

 ジュードは不満げに口を尖らせるが、その顔に浮かぶ赤みは、怒りというより気恥ずかしさに近かった。

 

 そんなやり取りを横目に、ミラが口を開く。

「お前たちはしばらくこっちにいるつもりなのか?」

 

 問いかけに、ローエンは姿勢を正して答える。

「騎士王(セイバー)さんから、しばらく休むように言いつけられました。エリーゼさんが、皆様たちに会いたいとあまりに申されるものでうるさいと」

 

「ぼくたちのせいじゃないぞー。この頃、ローエン君がボーっとしてたからじゃないかー」

 ティポが茶々を入れる。

 

「ほう? らしくないな」

 ミラが興味深そうに目を細める。

 

「いえいえ。私も悩みはいっぱいありますよ? ……少し、私も考えるところがありましてね……」

 ローエンは意味深に目を伏せた。

 

「ふむ。ゆっくりと話を聞いてやりたいところだが……」

 ミラの言葉を、ジュードが引き取るように継いだ。

「僕たち、明日にでもル・ロンドを発つつもりなんだ」

 

「え?! ちょっ、何それ!?」

 レイアの声が裏返る。驚きと戸惑いが入り混じったその響きは、波音さえかき消してしまう。

「まだミラがようやく歩けるようになったばかりなんだよ!? それなのに……」

 

 必死の抗議もどこ吹く風と、ジュードはミラに視線を送る。

「でしょ? ミラ」

 

「うむ。そのつもりだったが、よくわかったな」

 ミラは静かに頷いた。その表情には確固たる意志が宿っている。

 

「いい加減わかるよ。付き合い長いもん」

 ジュードの口調は淡々としていたが、そこに隠れた誇らしさをレイアは敏感に感じ取った。

 

「そうか」

 ミラはそれ以上を語らず、ただ満足げに微笑んだ。

 

「……」

 レイアは黙り込んだまま、二人をじっと見つめる。

 海風が彼女の頬を撫でる。目の前で自然に心を通わせる二人の姿に、胸の奥がきゅうと締め付けられるような感覚が広がっていった。

 

 そんな静かな空気を切り裂くように、ローエンの低い声が響いた。

「そんな病みあがりの体で……イル・ファンに一体何があるのですか?」

 

 問いかけに、ミラの瞳が揺らぐ。だがその揺らぎは迷いではなく、重すぎる決意の影だった。

「クルスニクの槍と名付けられた、おそらく兵器だろう代物だ。あれだけは……あれがある限り、精霊も人も破滅へと向かってしまう」

 

「兵器……。もしや、ナハティガルが」

 ローエンの言葉には冷えた鋭さが潜んでいた。

 

「ああ、おそらくな」

 ミラの声は確信に満ちていた。

 

「やはり……」

 ローエンの吐息がかすかに震えた。

 

「なになにー? 何の話しー?」

 場の緊張を壊すように、ティポが首をかしげる。

 

 代わりにエリーゼが、小さく唇を噛みながら説明した。

「……ラ・シュガルの王様がつくった物をその……」

 

「壊しに行くんだよ」

 ジュードが短く言い切った。

 

 ミラは静かに頷く。その横顔に浮かぶ決意の色に、誰もが言葉を飲み込んだ。

 

「えー!? そんなことしていいのー!」

 ティポが大きな声を上げ、レイアは手を打って納得したように叫んだ。

「そっか。だから指名手配されてるんだ」

 

「まぁね」

 ジュードが淡く笑う。

 

 だが、ローエンはすぐに真剣な眼差しに戻った。

「……イル・ファンを目指す。それはガンダラ要塞へ向かうということです。あなたをあんな目に遭わせたあの場所……ミラさん、恐ろしくはないんですか?」

 

 その問いに、しばしの沈黙が訪れた。潮風が吹き抜け、草が擦れ合う音が耳に触れる。

「そうだな……私にとって恐怖があるとするならば、それは……使命を果たそうとする志の火が消えることだけだ」

 ミラの言葉は、静かでありながら胸の奥に深く響くものだった。

 

「でも、なんでミラはそんなに頑張る訳? ちょっとぐらい休んだって……」

 レイアが首を傾げる。

 

「私はマクスウェルだからな。この世界を守る義務がある」

 

 その言葉にレイアは息を呑んだ。

「マクスウェル? マクスウェルっていうと、精霊の主様のことだよね? ……って、え!? ミラが?」

 

 思わず視線をジュードへ送る。――知っているはずだ、と心が告げていた。

 

 ジュードは小さく頷いた。その表情には、秘密を明かす覚悟と、それを肯定する誇りが見えた。

 

「うわ~、そっか~。だからあんな痛いって言われた医療ジンテクスも使いこなすんだね。精霊の主様なら普通の人間の感覚なんて持っていないだろうし。……あ、いや、別に差別したいとかそんなんじゃないんだよ? ただその……」

 レイアは慌てて言葉を並べたが、どこかぎこちない笑みが浮かんでいる。

 

「でもそんなこと、関係ないよね。ミラはミラなんだから」

 ジュードが柔らかく告げる。その瞬間、ミラの表情に初めて優しい笑みが宿った。

 

「そうですね。正体を知ったところで、何が変わるということもありませんね」

 ローエンも穏やかに言葉を添える。

 

「だね。ちょ~っと畏れ多い感じがしないでもないけど」

 レイアが肩をすくめる。

 

「レイアって、おくびょーなんだねー!」

「なにを~!」

 ティポを掴んでビヨンビヨンと伸ばすレイア。

 

「あ! ダメです。ティポをそんなに引っ張らないでください」

「レイアのばふぉ~!!」

 エリーゼが慌てて奪い返すと、ティポを抱えて小走りで逃げ出した。

 

「こらー!」

 レイアが笑いながら追いかけていく。その背中を眺め、ジュードは苦笑した。

「もう~、子供なんだから。……でも、そろそろ戻ろっか」

 

「ああ。そうしよう」

 ミラは素直に頷き、ジュードの肩を借りて歩き出す。

 

 寄り添う二人を見送りながら、ローエンの視線は遠くへと沈んでいく。

「……ナハティガル」

 

 その名を呟く声音には、かすかな怒りと、深い決意の色が滲んでいた。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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