ジュードは息を殺し、ラフォート研究所の奥を進んでいた。兵士たちの足音が遠くに反響する中、彼は冷や汗を拭いながら、誰にも見つからないように慎重に歩んでいく。
すると、不意に開けた大きな空間に出た彼の視界に飛び込んできたのは――黒光りする巨大な機械だった。
「何、これ……?」
思わず漏れる声。
緑色の光が螺旋を描きながら円形の施設を照らしだし、円柱状の高台の上に据えられたその装置は、宙に浮かぶかのように中心に鎮座する。その表面には謎めいた紋様が淡く輝き、周囲の闇と対照的に不気味な存在感を放ちながら沈黙していた。
装置の周囲を取り囲むように配置された複数の台座。そのどれもが、鋭利な柱のように沈黙を保ち、まるでこの場所に侵入する者を拒む番人のようだった。床下からは緑がかった霧が立ち上り、空間全体を夢幻的な雰囲気で満たしている。
そんな場所にある謎の機械に向けてジュードは一本の足場を渡りながら近づき、目の前の制御盤に視線を注ぐ。正体は分からない。だが、その異様さだけは、肌で理解できた。
「あの人たちが騒ぎを起こしてくれてるおかげで、ここまで見つからずに来れたけど……いったいこれ、何なんだ?」
震える指で制御盤に触れ、操作を試みる。無機質な電子音が部屋に響き、パネルに幾つもの情報が浮かび上がる。
「全然見当も付かないけど……うん、とりあえず操作はできそう。ハウス教授がこういうの苦手で、よく代わりにやらされてたけど……今回はその甲斐あったってことかな。……ハウス教授……って、ダメダメ。今はこの機械を調べないと!」
そうしてハウスの無念を胸に、ジュードは食い入るように装置を操ると、不意に一つの単語が目に映る。
「えっと……クルスニクの――槍、かな? クルスニクって言えば、創世記の賢者の名前だけど……それがこれと何の関係が…………ん? マナの残量? 起動に必要な量? ――もしかして……これを動かすために教授たちからマナを?」
背筋が凍る。人間の生命に直結する力――マナを動力源とする装置だとしたら。
思考を巡らせていると、不意に鋭い声が背後から飛んだ。
「そこを動くな!」
心臓が跳ね上がる。振り向いた先には、腰に剣を携えた女性――先ほど遭遇したマクスウェルを名乗る謎の人物が立っていた。
「えっ!? ……あ、あなたは……!」
「ん? また君か。てっきり帰ったのだとばかり思ったが……まさか、君がこの装置を動かしているのか?」
「あ、いえ……僕もこの装置が何なのかを調べていただけで……」
「そうか」
怒気を孕んだ視線を向けるも、ジュードの言葉を聞くとすぐさま剣から手を離し、僅かに警戒を緩める。
「さっきの女の子はどうしたんですか?」
「残念だが逃げられた。だが、奴が持っていたコレを奪っておいたおかげで、奴も自由な移動ができずに困惑していたようだ」
先程、少女から奪っていたカードのような物を見せながらジュードに歩み寄ってくる女性。
「なるほど。そういえば拾ってましたね、それ」
「……それで、何かわかったのか?」
「はい。とは言っても、これはクルスニクの槍っていうものみたいだってことと、起動には膨大なマナが必要だってことぐらいですけど……」
「膨大なマナが必要――やはり、そうか。……ありがとう。それだけ聞ければ十分だ」
会話の末、女性は一人納得するように頷き表情を引き締めると、女性は謎の機械から少し距離を置きつつ冷徹に告げる。
「クルスニクの名を冠するとは、これが人の皮肉というものか。……まぁいい。それもこれで終わりだ。やるぞ! 人と精霊に害為すこれを破壊する!」
精霊術を発動し始めた女性。すると、その背後に四つの光が生みだされ、そこに現れたのは、炎を纏うイフリート、荒れ狂う水のウンディーネ、風を切り裂くシルフ、そして大地を揺るがすノーム――所謂、四大精霊と呼ばれる存在だった。
おかげでジュードは目を見開き、声を震わせる。
「破壊って……えぇ!? イ、イフリート!? ……だけじゃない!? 他の精霊も、まさか……全部、四大精霊ってこと?! それじゃあ、本当にこの人は……って、それより、これを破壊するって本気なんですか!? そんなことしたら……」
「はあああっ!」
四大精霊の力を解放しながら、本当にそのままその謎の機械――クルスニクの槍を破壊できるのではという精霊術を行使する女性。
しかし、その最中、頭上から聞いたことのある甲高い声が響いた。
「アハハハ! やらせねぇよ!」
「き、君はさっきの!」
ジュードの視線の先――彼らがいる場所よりも高い位置、謎の機械の上部へと繋がる簡素な足場に、一人の少女の姿が現れた。先ほど姿を消したばかりのそばかすの少女だ。
怒っているのか、笑っているのか。感情の読めない表情をたたえたまま、少女は迷いもなく機械へと歩み寄ると、女性の行いを阻止せんとばかりに、躊躇なくその装置を操作し始めた。
ジュードの手つきよりも遥かに粗雑で、ある意味で必死とも言える勢いだった。
だが――
突如、機械が低く唸り声を上げると、
「うっく……! な、なに……? マナが……抜け、る……」
先端が四つに裂けた謎の機械から紫色の十字の光が生み出されると、まるでそこに何かが吸われていくかの如く、突如として謎の衝撃が二人を襲う。
焦るジュード。そして、破壊の準備を終え、今にも一撃を放とうとしていた女性。
重たくはない。だが、決して生易しいものでもない。まるで身体の奥に直接響くような感覚に、ジュードたちは抗うこともできず、意識すらも引きずられそうな状況に、ジュードは苦悶の声を漏らす。
「バ、バカもの! 正気か、貴様! こんなの……お前も、ただでは……」
女性もまた顔を歪め、少女を叱咤するも、その狂気に満ちた笑いは止まらない。
「許さない……! うっざいんだよ……! アハ、アハハハ! 苦しめ……し、死んじゃえー!! アハ……アハハハハ!」
そうしてそのままパタンと後ろに倒れてしまった少女。
どうやら女性の言うように、彼女もただでは済まなかったよう。
「くっ。狂った奴に何を言っても無駄か」
「まさかこれ……霊力野(ゲート)に直接作用してる? でも……そんな技術聞いたことも……」
「……む? あれは……」
未曾有の事態に困惑するジュードを他所に、何かに気付いたと見つめる女性。
それはクルスニクの槍の端末に現れていた光る何かだった。
それを見て女性はそれに向かって歩き始める。
「……え? ちょ、ちょっと! こんな状況でどこに……」
「少し、予定と、変わったが……いささかも問題は……」
「と、止める気!? こんな状況で?! ど、どうして、そこまでして……」
ジュードの叫びも虚しく、女性は毅然と答えた。
「どうしても、ない……これが私の……なすべきこと、だからだ!」
「なすべきこと……」
女性の凛々しい姿を、焦がれるように見つめるジュード。
ともすれば、熱を帯びている程の視線であったが、その視線に女性が気付くことは無く、着々と歩みを進め続ける……が。
「……あっ!? 危ない! 下!」
「なに?」
用途の分からない金色の物体。
それに辿り着こうという瞬間、女性の足元に何かの文様が浮かび上がると、更に彼らにかかる負荷が強まっていく。
「ぐっ! さっきよりも負荷が強く……」
「くっ! 稼働を邪魔させない防衛用の精霊術か……あと少しだというの、に……」
「お姉さん……ん?」
女性を心配していたジュードだったが、「な、なに? 急に頭の中に、声が……」と突如、自分にかけられた謎の言葉に困惑する。
「『ミラ』……を連れて……逃げろ? 最後の力をって……え!?」
誰が自分にと、懸命に首や視線を動かし辺りを見るも、該当する人物が見当たらない。
そんな状況の中、女性が呼び出した精霊の4体が突如、機械を取り囲むように動き出すと、新たな精霊術を行使し始め、機械に対して何かの力を行使し始める。
すると――
「一体、何を……うわっ!?」
轟音と共に衝撃が走り、ジュードの体は吹き飛ばされる。
しかし、おかげで機械が停止するも、四大精霊たちはといえば、まるでその機械の中に囚われたとでもいうように、体を機械の内側へと導かれていく。
「……よし! これで!」
一方のミラと誰かに呼ばれた女性。
――正確には該当する人物が彼女以外にここにいない、だが。
浮かび上がってきた物をようやく手にするが、すると機械は、先程とは違う明らかな異音を生み出し始め、また新たな衝撃を発生させる。
「うあっ!?」
おかげで吹き飛ばされ着地した細い足場が崩れ落ち、底が見えないほどの下に滑り落ちそうになるジュード。
「ま、まずい! まずいまずい!」と言いながら何とか端に掴まり安堵する。
「……ふぅ。なんとかなっ……」
「くっ!!」
一方、その目には同じように吹き飛ばされた女性の姿が。
「えっ!?」
「とりあえず、これがあれば……などと、言ってる場合ではないか。……ハァ!」
ジュードと同様、そのままでは下に落ちかねなかった彼女は、精霊術で体勢を立て直そうとするも、何故か精霊術を発動できず。
「なにっ?! くっ!」
ついには、そのまま下へと落ちていく。
「あっ!」
間に合わない。ジュードは咄嗟に手を伸ばすが、その指先は空を掴むばかり。
――だが、迷いはなかった。
「……四大精霊に任されちゃったもん、ね!」
覚悟を決め、掴んでいた手を離したジュード。
「うわぁぁぁっ!!」
そうしてジュードもまた叫び声を上げながら、ミラと呼ばれた女性を追って、その場の底を支配する水の中へと身を投じたのであった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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1000文字以内
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1~2000文字以内
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2~3000文字以内
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3~4000文字以内
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4~5000文字以内
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5000文字以上