フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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行き先はア・ジュール?

 潮の香りを含んだ風が頬を撫で、波が規則的に岸壁へと打ち寄せては砕ける。

 海停へ足を踏み入れたジュードたちの視線の先に、どっしりとした大きな船が停泊していた。陽光を受けたその船体は黒光りし、まるで獲物を呑み込む巨獣のように不気味な威圧感を漂わせている。

 

 ローエンは白髭に手をやり、静かに頷いた。

「ちょうど来ていますね。あの船に乗りましょう」

 

 しかしジュードは目を瞬かせる。

「あれ? でも、あの船って、ア・ジュール行きじゃ……」

 

 言いかけた途端、アルヴィンが片腕を伸ばし、ジュードの肩を軽く押さえた。

「おっと、ストップ」

 

「うわっと。アルヴィン?」と不意を突かれたジュードが足を止める。

 

「見な」

 

 促されるまま前へ目を凝らすと、別の船から規律正しく下りてくる兵士たちの姿が見えた。赤い鋼の鎧が朝日を反射し、甲冑の継ぎ目が硬質な音を響かせる。

 

 ジュードの胸に冷たいものが走った。

「あれは……ラ・シュガル兵!」

 

 ミラは険しい表情で頷く。

「とうとう所在がバレたか」

 

 ローエンが苦い笑みを浮かべる。

「一応、騎士王(セイバー)さんと画策して、ミラさんたちは未だカラハ・シャールに居るように見せかけておりましたが……」

 

 マシュが冷静に状況を見極めるように声を落とす。

「流石に長居をし過ぎた、といったところでしょうか」

 

 Xが肩を竦め、どこかおどけた調子で付け加えた。

「ま、人の口には戸が立てられないらしいですしね~。実際見たことないですし」

 

「おたくの口は世界で一番軽そうだけどな」

 冷ややかに返すアルヴィンに、Xは大げさに胸へ手を当てた。

「おやおや、このラ・シュガル随一の貞淑な少女と言われたこの私を指して何と酷い……って、はい? なんです、アルトリアちゃん? くだらないことを言うなって? そんなー」

 

「しかし、再び我らを追いかけ始めるとは、どういう風の吹き回しだ?」

 

 ミラの悩みにローエン。

 

「どういうことです?」と首を傾げる。

 

「えっと……」

 

 それにジュードが話をすると、「なるほど……。ですが、それはおそらく、あなた方を追うのをやめたのではなく、サマンガン海停の覇権を旦那様が握っていたために追えなかっただけでしょう」と推測する。

 

「そっか。ナハティガル王とクレインさんは敵対関係にあったもんね」

 

「そういうことか」

 

「な~んだ。諦められていなかった訳ね。残念」

 アルヴィンが茶化すように言う中、不安そうにエリーゼがジュードへ視線を投げかける。

「あ、あの……どうしましょう」

 

 それにジュードに変わってアルヴィンが返答する。

「ま、幸い船はすぐに出発しそうだし、気付かれないように一気に駆け抜けちまおうぜ。人を隠すには人の中ってな」

 

「うむ。そうだな」ミラも頷き、足を踏み出しかける。

 

「ミラ、足、気を付けてね」ジュードが隣で小声で添える。

 

「心配は無用だ。では行くぞ」

 

 緊張に息を詰めながら、一行はそそくさと船へ向かって歩みを速めた。兵士たちは今のところ彼らに注意を払ってはいない。このままうまく紛れ込めれば――そう思えた、矢先だった。

 

「待って~!! ジュード! ミラ!!」

 

 甲高い声が港に響き渡った。

 

「えっ?!」ジュードが振り返る。

 

「む? レイアか」ミラの瞳が細められる。

 

 人混みを掻き分けるようにして、レイアが大きな荷物を背負い、息を切らしながら駆け寄ってくる姿があった。額には汗が滲み、必死に振る腕が陽の光を受けて輝いて見える。

 

「私も! 私も一緒に連れてって~!!!」

 

 その叫びは、港のざわめきの中でひときわ強く響き渡った。

 振り返った仲間たちの胸に、驚きと戸惑いが同時に広がっていく。

 

「ちょっ! レイア! しー! しー!!」

 

 大きな荷物を抱えて、汗だくになりながら駆け寄ってくる少女。レイアは肩で荒い呼吸をしつつ、拗ねたように口を尖らせる。

 

「ハァ、ハァ……。なんとか、間に合った~。もう~酷いよ、ジュード。行くなら行くって声をかけてくんなきゃ」

 

 ジュードは顔を青ざめさせ、慌てて両手を振った。

「だ、だから、今僕の名前を呼んだらマズ――」

 

 その時だった。

 

「ん? ジュード? それにミラって……」

 

「……おい、あいつらじゃないか? 手配書の」

 

 兵士たちの低い声が波音の間を縫って耳に届く。

 

「何? ――確かに! おい、そこのお前たち、止まれ!」

 

 金属の擦れる音と共に剣が抜き放たれ、視線が鋭く突き刺さった。

 

「あ~、ほら~、バレちゃったじゃないか~!」ジュードは頭を抱える。

 

「えっ? えぇっ?!」レイアは状況を理解できず、声を裏返らせた。

 

「仕方ねぇ。前みたく急いで船に乗れ!」アルヴィンが叫び、仲間たちは一斉に駆け出す。

 

 鉄製のタラップを足音が叩き、板の軋む音が焦りを煽った。しかし今回は運悪く、船はまだエンジンをかけていない。兵士たちが怒号を上げながら追いかけ、甲板へ乗り込もうとする。

 

「ダメだ~! 乗ってくるよ~!」ティポが情けない声を上げる。

 

「仕方あるまい。ここで奴らを迎撃――」ミラが冷ややかに構えかけた、その瞬間。

 

「全く……。別れの挨拶でもと来てみれば、相も変わらぬ粗忽妹(そこつまい)。姉として本当に恥ずかしい限りですよ。レイア」

 

 澄んだ声が空から降り注ぐ。

 

「え? お、お姉ちゃん!?」レイアが目を丸くした。

 

 羽衣のような布を翻し、兵士たちの前にすっと降り立った女性。凛とした佇まい、揺るぎない眼差し――マルタだ。

 

「あなたも知ってたでしょうに。ジュードが軍から指名手配されているのは。それなのに軍人を前にジュードの名前を大きな声で」

 

「う~、ごめんって」レイアは小さく肩をすくめる。

 

「それに……その様子だと、母さんたちに内緒で来たのではありませんか?」

 

「そ、それは……」

 

 マルタは一瞬だけ厳しさを緩め、柔らかく微笑んだ。

「……ふふっ。まぁ、それはいいでしょう。ジュードが居なくなってからのあなたは、ずっと元気がありませんでしたから。あなたが決めたことをいちいちとやかく言ったりはしませ――」

 

「おい! そこの女! 邪魔立てすると、貴様も逮捕する――」

 

 兵士の怒声が割って入った。

 

 その瞬間、マルタの表情が冷え切った氷のように変わる。

 

「邪魔立て……だと?」

 

 彼女の視線が兵士たちを鋭く射抜く。ほんの一瞥だけで、数人の兵士が一歩引き、息を呑んだ。周囲の空気が圧力を増し、港のざわめきすら遠のいていく。

 

「可愛い妹との別れを邪魔した分際で、よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……」

 

 低く放たれた声に、ジュードとレイアは同時に身を縮める。

 

「あ、これ、ヤバいやつだ!」レイアが小声で呟く。

「う、うん……」ジュードも引きつった笑みを浮かべる。

 

 だが、ミラを含む他の面々は顔を見合わせるばかりで、事態の深刻さをまだ理解していない。

 

 マルタは兵士たちを見据えたまま、冷ややかに告げる。

「そもそも、ここは両国の緩衝地帯としてナイチンゲール協定で定めた場所のはず。であれば、どのような理由があろうとも、まずはル・ロンドの村長(むらおさ)に話を立てるのが筋というものでしょうに」

 

 マルタの声は澄んでいながらも、重い鐘の音のように兵士たちの胸を打った。

 

 そんな中、兵士の一人が喉を震わせる。

「そ、そんなのは後でもいいだろう! 実際、今、捜索中の手配犯が目の前に居て……」

 

 マルタの瞳が燃えるように光った。右手に持っていた錫杖の柄が石畳を叩き、乾いた音が港の喧騒を切り裂く。

「ルールを! あなた方が守らないというのならば! あなた方に果たして正義はあるのでしょうか?!」

 

 その声に、幾人かの兵士は「そ、それは……」などと肩を震わせ、思わず後退りする。だが、隊長格と思しき男が必死に気合を入れ直し、剣を掲げる。

「え、ええい! この女も同罪だ! 全員、かかれ!」

 

 その言葉に、ようやく仲間たちは呼吸を整え、武器を握りしめる。

 

「おやおや、これは少々まずいのでは?」と、Xが口元に扇子を当てるように呟く。

「だね」ジュードも苦笑を浮かべた。

「主に兵士さんたちが」レイアは青ざめながら言葉を継ぐ。

 

 ミラは腕を組み、唸るように言った。

「うむ。しかし、加勢してやりたいが、我々には時間が……って、何?」

 

 マルタは静かに息を吸い、錫杖を高々と掲げた。

「……いいでしょう。どうやら、あなたたちは少しお灸を据えないといけないようですね。……タラスク!!」

 

 杖の柄が再び石畳を叩き、重い音が地を揺らす。次の瞬間、船の向こう側――蒼い海面が盛り上がり、渦を巻いた。

 

「な、なんだ~!?」アルヴィンが思わず後ずさる。

「あれは……?」マシュが目を見張った。

 

 水柱が立ち上り、巨大な影が姿を現す。

 

 闇に溶け込むような紫黒い鱗を纏い、全身から刺々しい棘を突き出すその姿は、まさに「絶望」を具現化したかのようで、獣のような四肢には重厚な筋肉が宿り、その背にはまるで死神の翼のような骨の突起が乱立し、動くたびに金属音めいた音を立てる。

 

 顔は禍々しい角に包まれ、口元から覗く牙は、大地すら引き裂く凶器そのもの。そんな存在が波間を割って現れたことで、兵士たちは一斉に声を上げる。

「な、なんだ!?」

 

「タラスク!」ジュードが叫ぶ。

「タラスク?」ミラが首を傾げる。

 

 レイアが震える声で説明した。

「昔、このル・ロンドに現れた魔物だよ。でも、それをお姉ちゃんが倒して以来、すっかりその……飼いならされたっていうか、何というか…………」

 

「あのような巨大な魔物を……」マシュは目を丸くする。

「飼いならしたのですか?」ローエンが思わず息を呑んだ。

「す、すごーい!」ティポははしゃぎ声をあげる。

 

 マルタは凛と立ち、指先をタラスクへと向ける。

「行くわよ、タラスク。こいつらにちょっと……思い知らせてやりましょう」

 

「へい! 姉さん!」

 

 甲高い声が港に響いた。

 

「しかも喋ったー!」アルヴィンが全身で突っ込みを入れる。

 

 そのやりとりに割り込むように、恐る恐る声をかけてきた者がいた。

「あ、あの……」

 

 顔を向ければ、控えめに帽子を押さえた船長らしき人物が立っていた。

 

「えっと……船長さん?」ジュードが尋ねる。

 

「はい。その……そろそろ出発したいのですが……」

 

「ええ、うちの妹をお願いします」マルタは微笑んで頷いた。

 

「あ、はい。わかりました。それでは、出港します」

 

 船員たちが慌ただしく縄を外し、エンジンをかける。港の空気が一変し、緊張と安堵が入り混じる。

 

「ま、待て!」兵士が叫ぶ。

「待て?」マルタが首を傾げると、兵士は顔を真っ青にし、情けない悲鳴をあげた。

「ひぃ!?」

 

 その一声で、兵士たちの士気は完全に崩れ去る。おかげで誰一人、ジュードたちを追う素振りは見せなかった。

 

 それにマルタは満足げに微笑むと、船に乗り込む妹と仲間たちを見やった。

「……行ってらっしゃい、ジュード。レイア。怪我の無いよう元気にやるのですよ」

 

 レイアは呆れるように、どこか恐れているように返事をする。

「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ジュードも軽く頭を下げる中、船は大きく軋みを上げ、やがて港を離れていく。

 

 波を割り、白い飛沫を散らしながら遠ざかる船。その背後で、兵士たちの悲鳴とも叫びともつかぬ声が海風に掻き消されていった。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

  • 1000文字以内
  • 1~2000文字以内
  • 2~3000文字以内
  • 3~4000文字以内
  • 4~5000文字以内
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