乾いた大地を縫うように、なだらかな一本道が続いている。両脇には切り立った岩壁が連なり、幾重にも積み重なった層が長い年月を物語っている。道の脇には、風雨に削られた岩が転がり、ところどころに低木や枯れ草が生えている。空はくすんだ黄土色に染まり、地平線に近づくほどに岩山の影が濃くなる。周囲は静まり返っており、風が岩の間をすり抜ける音だけがかすかに響いていると、自然に囲まれたその道は、まるでどこまでも続いているかのように、静かで孤独な美しさを湛えていた。
そんな道を北へ進む一行の足取りは、風に押される草原の穂のように揺れながらも着実だった。
そのとき、澄んだ空を裂くようにして大音声が降ってきた。
「ここにおられましたかーーっ!!」
誰もが足を止め、頭上を仰ぐ。
「む?」ミラが眉を寄せ、声の方向へ視線を上げた。
「あれは……イバル?」ジャンヌが目を凝らす。
青空を背に、巨大な翼を広げた魔物の背に一人の男が乗っていた。色鮮やかな衣装に身を包み、風を裂くように彼はその魔物から飛び降りる。その姿は、ミラの故郷を知る者には見間違えようのない存在だった。
「ミラ様、そのお姿……再び、立ち上がることができたのですね!」
イバルの声には涙ぐむような熱があった。
「イバル、どうして……」ジュードが驚きと戸惑いを隠せずに問いかける。
「誰なの?」とレイアが小声で尋ねる。
「ミラの巫子だよ。要はミラのお世話をする人。まぁ、ジャンヌもだけど……」
ジュードが説明すると、レイアは目を丸くした。
「こんな派手な人が?」
「ええ……お恥ずかしながら」ジャンヌは小さく苦笑した。
砂煙を巻き上げながらミラに歩み寄るイバルの視線は、ただミラに釘付けだった。
「ミラ様、足が治ったのであれば、ぜひ村へお戻りください。ミラ様にまた何かあれば、俺は……」
しかしミラは首を横に振る。
「私はイル・ファンに向かわねばならん。今は戻る気はない」
「では俺がお供を!」イバルの叫びは必死さを帯びていた。
「その話は前に終わったはずだ。何度同じことを言わせる気だ」
冷然とした声。ミラの毅然とした姿に、イバルの顔が苦悶に歪む。
「し、しかし……こんなどこの馬の骨とも知らない奴らに、やはりミラ様をお任せできません!」
「再び歩けるようになったのも、ジュードやレイアたちのおかげ。彼らは信頼できる者たちだと、それも何度言わせる気だ」
「そ、それは……くっ……」
イバルの視線が鋭くジュードを射抜く。まるで敵を見るかのような眼差しに、レイアが慌てて一歩前に出た。
「あ、あのレイアです。……どうも~」
だが、イバルは彼女の言葉を無視し、ただジュードだけを睨み続ける。その目に潜む憎悪が、じりじりと空気を張り詰めさせた。
レイアはジュードの袖を軽く引っ張り、小声で囁く。
「な、なんか、怖い人だね」
「ま、まぁね」ジュードは苦笑しつつも、背中に冷たい汗が滲むのを感じた。
「ふん。どうせミラ様のお力のおかげだろう! くそ――! 俺が治すはずだったのにぃぃ! お前のせいだ!!」
イバルの叫びは怒号というより怨嗟に近かった。
「治すって……どうやってさ」ジュードが眉をひそめる。
「う~ん……おそらくですが、何を言ってもこの人には無駄だと思いますよ? なにせこの人、全く論理的に喋ってはいないようなので」Xが肩を竦める。
「つまり、その時の感情だけでお話しされていると?」ローエンも淡々と補足した。
「だとしたら、救いようがねぇな」アルヴィンは呆れたように肩を竦める。
「うるさい!」イバルは3人の言葉を一蹴する。「そんなことより、謝れ偽者っ! 謝って、死んでしまえっ!」
ティポが目を瞬かせて首を傾げた。
「ニセモノ?」
「どういうこと、ですか?」エリーゼが小さく声を漏らす。
ジャンヌはため息混じりに肩をすくめた。
「気にしてはいけませんよ。エリーゼ。今のはただ、自分の役割を奪われたことに対するやっかみでしょうから」
「なるほど。ジュードさんのお知り合いは、あらゆる意味で個性的ですね」ローエンが微笑の影を浮かべる。
「ジュードさんのお知り合いって……まさかそれ、私も入ってる?」
そうしてレイアがローエンを見つめる中、ミラの眼差しは凍りつくほど鋭かった。
「いいかげんにしろ、イバル! お前には大事な命を与えたはずだ。なぜここにいる!」
その一喝は雷鳴のごとく響き、イバルは蒼ざめると慌てて膝から崩れ落ち、砂に額を擦りつける。
「む、村の守りは忘れておりません! お預かりしている物も誰も知らぬ場所に隠し、無事です! し、しかし、この度はこのようなものが届いたのですっ!」
声が震え、額には汗が滴る。彼は頭を下げたまま、一通の封書を差し出した。
ミラが受け取り、封を切る。紙が擦れる音が、不自然に大きく聞こえた。
「『マクスウェルが危機。助けが必要、急がれたし』……だと?」
「突然、俺のもとにこれだけが届けられ、ようやくミラ様を見つけ出したのです!」イバルはなおも地に額をつけたまま必死に訴える。
「誰だろう、こんなことしたの」ジュードは眉を寄せ、紙片を覗き込む。
「さてな……。どちらにせよ、間違いだ。危機など訪れて……」
ミラの声が途切れた。
彼女の鋭敏な感覚が、風の乱れと気配の変化を捉えた。視線を跳ね上げると、イバルの背後から黒々とした影が迫っている。
「逃げろ、イバル!」
「は?」土下座の体勢から顔を上げた瞬間――
「うごぉ!」
巨大なモンスターの突進がイバルを真正面から弾き飛ばした。鈍い衝撃音とともに、彼の身体は弧を描いて宙を舞い、街道脇の茂みに叩きつけられる。
「うわ~!? メッチャ飛んだ~!」レイアが目を見開いて叫ぶ。
ジャンヌは表情ひとつ変えずに呟いた。
「イバルは頑丈なので大丈夫でしょう。それよりも……」
ローエンが眉をひそめ、迫り来る影を見据える。
「このモンスターは!?」
唸り声とともに、異形の獣が牙を剥いた。陽光を反射するその体躯は、ただの野獣にあらず。全身は岩のようにごつごつとした筋肉に覆われ、背中には鋭い黒い棘が幾本も突き出している。頭部には異様に大きい赤黒い角が湾曲して生えており、突き刺されたらひとたまりもないだろう。口元には血に濡れたような赤い牙が覗き、荒々しい咆哮が喉奥から響いてくるような気配を放っている。脚は短く太く、それでも岩場をものともせず駆ける脚力を秘めており、その姿はまさにこの荒野を支配する捕食者であるかのような威圧感に満ちていた。
「何でもいい。とにかく、退けるぞ!」
而して、委縮などしないのがミラだと、彼女の声が仲間たちを戦場へと駆り立てる。
街道に漂う空気は、瞬く間に殺気へと変貌する。
◇ ◇ ◇
「……あがっ……」
吹き飛ばされたイバルがようやく立ち上がった。身体をふらつかせながら近寄ってくるが、誰一人として彼に目を向けようとはしない。皆の関心は、先ほどまで彼らを襲っていた異形のモンスターに注がれていた。
「な、なに今の!?」レイアが青ざめた顔で叫ぶ。
「まさか……ラコルムの主」ローエンの声は低く、重かった。
「ラコルムの主って……地霊小節(プラン)に入って地場(ラノーム)になったら、大人しくなるはずじゃなかったのか?」
アルヴィンが険しい目をする。
「そのはずなんですが……まさか!」
ローエンが目を見開くより早く、イバルが叫んだ。
「四大様がお姿を消したせいで、霊勢がほとんど変化しなくなってるんだっ!」
街道に漂う風がざわめき、誰もが一瞬、言葉を失う。
「それじゃ、ファイザバード沼野を越えて、イル・ファンに行くのは……!」ジュードが不安を口にする。
「……難しくなったかもしれませんね」ローエンの静かな言葉が、さらに重苦しい空気を加えた。
「そんな……」レイアの肩が落ち、仲間たちの胸中にも暗い影が差し込む。未来を閉ざす霧が立ち込めたかのようだった。
だが、その沈鬱さを嘲笑うかのように、イバルの顔に奇妙な笑みが広がった。
「ファイザバード沼野を越える? くくく……はーっはっはっは! これは笑える。そんな無謀な真似をしようとしていたなんてな! 所詮はやはり偽物! ……だが! 巫子であるこの俺はミラ様のお役に立てるぞぉ!」
声を張り上げ、肩を震わせて笑う彼の姿は、いつものことだと諦めたジュードが問いかける。
「何か方法があるの?」
「俺にだけ扱えるワイバーンが一頭いる。ミラ様と二人でなら、それに乗ってイル・ファンへ行けるぞ!」
イバルの声は誇らしげで、胸を張るその姿は一瞬だけ勇者然としていた。
「ふむ、ワイバーンか……」ミラは顎に手を当て、思案するように目を細める。しかし次の言葉は容赦がなかった。「しかしイバル、他に方法はないのか」
「え……?」
「見ての通り、今の私はこの状態だ。となれば、ナハティガルの野望を止めるには、お前と二人だけでは不足だろう。そもそもお前には、ニ・アケリアを守るという使命があるのだから」
冷静な現実を突きつけられ、イバルの顔から誇りの色が引いていく。
「そ、それは……」
「イバル」
名を呼ぶだけで、彼は悔しがりながらも命令に背けないと口を開く。
「……シャン・ドゥの魔物を操る部族が、ワイバーン数頭を管理していると聞きます!」
声を振り絞るように吐き出すその言葉に、場の空気が少し和らいだ。
「行き先は決まったみたいだな」アルヴィンが口元に笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「元々、ファイザバード沼野へ行くため、一度シャン・ドゥへ向かうつもりでしたし、進む道に変わりはなさそうですね」ローエンもまた静かに頷いた。
「イバル、助かったぞ。……ん? イバル?」
ミラの声音は、珍しく柔らかな響きを帯びていた。けれどその言葉は、当の本人には届いていないようだった。イバルの視線は下に、何かを振り払うように揺らいでいたからだ。
「我が主よ。今のイバルには何を言っても届かないと思われますので……」ジャンヌが小声で進言する。
「む? そうか」ミラは短く頷く。
重苦しい沈黙が降りた。レイアが小さく肩を竦める。
「……行こっか」
「そうだね……」ジュードも同意する。
彼らはイバルを残し、背を向けてシャン・ドゥへの道を歩き始めた。砂塵を巻き上げながら遠ざかるジュードたちの影は、やがて街道の彼方に溶けて見えなくなった。
取り残されたイバルは、俯いたまま拳を震わせていた。
「……あの……偽者めぇぇぇ!」
叫びと共に声が震える。地に響くその声は、悔しさと怒りで掠れていた。
「俺が……俺こそが巫子なのに……。最初に選ばれた誉れある男だっていうのに……。それなのに、どうしてミラ様はあんな偽物なんかを重用して!! 女にしかできないことがあるというなら、ジャンヌはまだいい! だが、ジュードは……あの巫子でも何でもない偽物はぁぁぁ!!!!」
そのときだった。鋭い羽音が空を裂き、一羽の鳥が舞い降りてくる。見覚えのある鳥が、イバルの傍らの岩に爪を立てて止まった。
「ん? あの鳥は……手紙を届けた! ……何者だ!」
苛立ちに任せ、イバルは剣を振るう。刃風に驚いた鳥が飛び立ち、その足に括られていた紙片が地面に落ちた。
イバルは荒々しくそれを拾い上げる。
「ん……? 手紙? ……なになに……」
そこに記されていた文言を目で追うにつれ、彼の顔色が変わっていく。
「『ミラが四大精霊を救わんとする時、必ずお前の持つ『カギ』が必要となる。ジュードに負け続けるのもいいだろう。だが、もしも勝ちたいと思うなら……次の連絡を待て。その時こそ、お前が四大精霊を解放させ、真の勝者となる』……だと?!」
わなわなと震える手。怒りか、喜びか、自らもわからぬ激情に押し流され、イバルは手紙を地面に叩きつけた。
次の瞬間、押し殺していた感情が爆発する。
「ははは! はーっはっはっはっはっ!!」
街道に乾いた笑い声が木霊する。狂気を帯びたその笑いは、彼自身の孤独を誤魔化すかのように響き続けた。
「お前には負けん、俺が本物なんだ! それをいつか思い知らせてやるぞ! 偽者!!!」
夕陽が赤く彼の影を伸ばす。その背は小さく震えていたが、顔には歪んだ誇りの笑みが浮かんでいた。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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