英霊が集う聖地 シャン・ドゥ
切り立った岩肌に抱かれるようにして、その街は存在していた。
荒々しい大地に守られるように築かれた城塞都市――シャン・ドゥ。
高く切り立つ岩壁に挟まれたその街は、まるで大地そのものに刻まれた峡谷のようだった。左右にそびえる建物は、石造りの荘厳な構造をしており、幾重にも重なるアーチが重厚な歴史を物語っている。空を見上げれば、幾つかの色とりどりの布が張り渡され、風に揺られては静かに街路に影を落としていた。
石畳の道は陽光を反射し、柔らかな黄金色に輝いている。その先に続く広場には、遠くに架かる橋と、それを取り囲むようにして築かれた建造物が見え、奥行きのある景観をつくりだしている。風は心地よく流れ、街全体にどこか落ち着いた、穏やかな空気が漂っていた。
「ここがシャン・ドゥ?」
思わず声がジュードの声が漏れる。高く積み上がった岩壁に抱かれた街は、息を呑むほどの迫力と荘厳さを感じさせた。
「はい。ア・ジュールは古くから部族間の戦乱が絶えなかったため、シャン・ドゥはこのような場所に街をつくったそうです」
ローエンの落ち着き払った声が、岩壁に反響して響く。
「ここもある意味じゃ、イル・ファンのように難攻不落の要害ってことか」
「それにしても、ア・ジュールのことまでよくご存じで」
隣を歩くマシュが、尊敬を含んだ視線をローエンに送る。
「敵国の情報を得ておくのは、私の仕事でしたので」
「流石はラ・シュガル軍の伝説的参謀総長だね」
「お褒めに与り光栄です」
柔らかな笑みを浮かべて答えるローエンの瞳には、幾多の戦場を渡ってきた老練の自負と、過去を静かに見つめる影が交じる。
「参謀総長? ……ふむ」
一方、隣で歩いていたミラが、小さく呟いた。その眉間にはわずかな皺が寄っている。
「……? どうかされましたか? ミラ様」
ジャンヌの問いにミラは過去に聞いた出来事と今の言葉を照合する。
「いやなに、私が前に会ったジランドという男が、私に名を名乗る際に参謀副長を語っていてな。てっきりあいつが今の参謀の長だと思ったのだが……」
「それって……」
ミラの言葉にそれがどういうことなのかと思案するジュードたち。
だが、一方で――。
「なんか、人がワチャワチャしてるね!」
岩壁の街にあふれる活気を前に、ティポは目を輝かせていた。
「お祭りでも、しているのでしょうか?」
人の流れを見回すエリーゼの声には、不思議な期待が滲む。
「見て、こっちもおもしろい像だよー」
街角に並ぶ異国情緒あふれる石像を指差し、レイアは笑みを浮かべた。新たな街での発見に胸を躍らせるその姿は、旅の疲れを一瞬忘れさせる。
「偉大な先祖への崇拝と、精霊信仰が同一になったといわれる像だ」
そんな彼女らにこの街の情報を口にしたのはアルヴィンだった。
「へ~」
「その調子その調子」
一方、茶化すように何か不思議なことまで言い始めたアルヴィン。
「ん?」
おかげでレイアが首を傾げるが……
「こっち見ないで、ほら見上げとけよ。たまに崖から落石があるぞ」と、アルヴィンがレイアを驚かす。
「え! 脅かさないでよっ」
突然の言葉に肩をすくめたレイアに、周囲の仲間たちの視線も自然と集まる。笑いのような、警戒のような、複雑な空気が混じる。
「あなたも随分詳しいようで」
「前に仕事で、な」
Xの言葉に軽く答えるその声音には、どこか含みがある。
そんな賑やかな雰囲気の中、ただ一人、エリーゼがふと足を止めた。
大きな瞳を揺らしながら、何かに導かれるように周囲へ視線を彷徨わせる。
その変化に気付いたジュードが、心配そうに声を掛ける。
「どうしたの、エリーゼ?」
エリーゼは立ち止まったまま、ぎゅっと胸元を押さえている。
大きな瞳が揺れて、言葉がうまく出てこない。
「えっと……」
その沈黙を破ったのはティポだった。
「……あれ? ぼく、ここ知ってるよー。ねえ、エリー?」
ぬいぐるみの声に導かれるように、エリーゼの表情がかすかに強張る。
「うん……。え、えと……ハ・ミルに連れてかれる時に来たんだと思います……」
思い出しかけた記憶に怯えるように、声はか細く震えていた。
「以前、この辺りにいたのですか?」
ローエンの言葉に「わ、わかりません……」とエリーゼは視線を落とし、長い睫毛の影が頬を覆う。
「この辺りを歩いていれば、何か思い出すこともあるかも知れませんね」
ジャンヌの言葉の優しさは、彼女なりの気遣いだろうとマシュ。
「では、ワイバーンを探しつつ、エリーゼさんが覚えていることを探すということでいかがでしょう?」
その提案を受けて、空気はほんの少し和らぐが、相も変わらないのは勿論ミラ。
「うむ。だが、長居はするつもりは無いぞ」
短く断ち切るようなミラの声。彼女の視線は常に前を、目的を見据えていた。
「では、そのつもりで、改めてシャン・ドゥ探索と行きましょうか」
軽やかに告げられたXの一言に、レイアが口を尖らせる。
「あ! 今、私が言おうと思ってたのに!」
「変な所で張り合わないでよ……」
苦笑するジュードの横で、レイアはすぐさま元気を取り戻す。
「とにかくゴーだよ! エリーゼ」
「は、はい」
「ゴーゴー!」
弾けるような掛け声に、周囲の空気が一気に明るくなる。
「くく。ホント、元気な幼なじみだな」
「ほほほ。ですが、こんなときだからこそ、彼女たちの在り様はこちらをホッとさせますね」
柔らかな笑いに、ジュードも思わず頬を緩める。
だが――ミラはふいに顔を上げ、険しい表情を見せた。
「ふっ。そうかもしれないな……ん?」
その瞬間。
――ゴゴゴゴッ。
頭上から大地の呻き声のような轟音が落ちてきた。岩壁が震え、砂塵が舞い散る。
「な、崩れるぞっ!」
鋭い声が響くと同時に、岩肌が崩れ落ちてくる。
反射的にローエンが駆け出し、レイアの腕を掴む。
「レイアさん!!」
老練の脚は驚くほど速く、少女を抱き寄せるようにして岩の直撃から守った。
一方で、ミラの視線は迷うことなくエリーゼを捕らえていた。
「エリーゼ!」
迫り来る落石を見据え、彼女は迷いなく少女を抱え込む。風圧が頬を打ち、岩片が地面に当たってはじけた。
一方、それをボケっと眺めていたXの姿が、崩れ落ちる岩の下敷きになってしまったと、岩の衝突音と砂煙が巻き起こる中、呑み込まれた影を見て、ジュードの心臓が跳ね上がった。
「Xさん!」
ジュードの叫びが砂煙を揺らす。しかし、崩れた岩の下から聞こえてきたのは意外にも軽い声だった。
「……はわ~、ビックリですね」
「え?!」
舞い散る粉塵の中から現れたXは、何事もなかったかのように衣の裾を払って立ち上がっていた。
「無事……なのですか?」と流石のマシュも目を見開いて驚いた。
「当然でしょう? 私の体は水の精霊術でできたもの。それをもってすれば、この程度の岩の衝撃なんて、あってないようなものですよ」
さらりと告げるその様子はあまりに自然で、呆れるしかない。アルヴィンが肩を竦めて吐き捨てる。
「便利な体だこと」
そんなやりとりを背に、ミラはすでにエリーゼを抱き起こしていた。砂に汚れた頬を指先で払い、静かに問いかける。
「エリーゼ、ケガはないか?」
「は、はい……」
少女の震える声に、ティポが甲高く叫ぶ。
「怖っ―! ちょー怖っ―!」
一方、ローエンは崩落の衝撃でレイアを庇い、その身を土埃で汚していた。
「レイアさん、ご無事ですか?」
「はは……ごめん……。ローエンの方も大丈夫?」
「えぇ、なんとか。……あ痛たたた」
突如、腰を抑えるローエン。
「ローエン!?」
「いや、なに……少々腰を打ってしまいましてね」
慌てるレイアに、ジュードがすぐさま駆け寄った。
「待ってて、今、治療するから」
両手を添え、精霊術の光を流し込む。淡い輝きがローエンの腰の痛みを減らしていく。
「ローエン、ごめんね……」
「なに、これしきへっちゃらですとも。それよりご自分の心配をなさい」
軽口を叩くローエンの声は優しさに満ち溢れており、その優しすぎる声音がレイアの心にチクりと痛みを植え付けた。
そのときだった。
「あなたたち、大丈夫?」
人だかりの奥から、一人の女性が駆け寄ってきた。まっすぐに伸びた黒いショートヘアの髪は滑らかで、その一房には鮮やかな金のメッシュが走っており、控えめな装いの中に個性を感じさせた。
首元を包む白い衣には、紅の刺繍が施され、どこか神聖さを感じさせ、飾り立てることなく、むしろその簡素さが彼女の凛とした美しさを際立たせていた。
「あなたは?」とジュードが問うと、彼女は迷いなく答えた。
「医者よ。手伝うわ」
「助かります」
その女性の手は温かく、確かな技を持っていた。ジュードと共に処置にあたると、ローエンの腰の痛みはみるみるうちに良くなったよう。
「これでもう大丈夫なようね」
「ありがとうございます。おかげで助かりました。その……」
「イスラよ。気にしない……で」
そう名乗った彼女の瞳がふと揺れる。アルヴィンの姿を認めた瞬間、息を呑むように目を見開く。
「ん? イスラさん、アルヴィンのこと知ってるんですか?」とジュードが怪訝に問いかける。
「え? えっと、それは……」
どこか後ろめたげに、イスラは言葉を濁す。
視線を泳がし、指先をぎゅっと握りしめていた。
その空気を見かねて、アルヴィンが口を挟む。
「前にちょっとな。さっきも言ったろ? 仕事で来たことがあるって」
「え、ええ……」
イスラは曖昧に頷いたが、アルヴィンの言葉に同意するというより、むしろその場をやり過ごそうとしているように見える。
ジュードは一瞬だけ違和感を覚えたものの、今は深入りすべき時ではないと判断し、穏やかに礼を述べた。
「そうですか。……それはそうと、ありがとうございます、イスラさん。おかげで助かりました」
「い、いえ……気にしないで。仕事だから」
小さく首を振る彼女の声音は、どこか硬さを帯びていた。
その頃、ミラは周囲に意識を向けていた。
街のざわめきの中で、こちらの様子をじっと窺っている影を感じ取ったのだ。
「?」
しかし、問いただす前に、男は人混みの奥へと身を消してしまう。砂煙のように掴みどころのない背中が、ミラの脳裏に残った。
その直後、場の空気をかき回すようにティポがイスラを見つめていた。
「じーっ」
「……ん? な、何かしら、このぬいぐるみは」
訝しげに眉を寄せるイスラ。
「どうしたのですか? ティポ」
ジャンヌが問いかけると、ティポはつぶらな瞳をきらきらさせて答えた。
「ん~とね。この人、どこかで会ったことがある気がするー」
「わ、私と?」
不意を突かれたイスラは目を瞬き、声を裏返らせる。
その言葉に、ジュードたちは顔を見合わせた。困惑と疑念とが入り混じる。
「そうなのですか?」とマシュが問いかける。
「えっと……わからない、です」エリーゼは小さく首を振る。
ジャンヌは静かに息を吐き、柔らかく尋ねた。
「イスラさんは、何かこの子に見覚えはありませんでしょうか? この子、あまり昔のことは覚えていないようでして」
そうして紹介されるようにエリーゼの顔を見たイスラは、一瞬ためらうように瞳を伏せた。
「……さぁ? こんな喋るぬいぐるみを連れた子には覚えはないけど……。子供は昔にいっぱい見てきたし」
「昔にいっぱい?」とジュードが聞き返す。
「あ! えっと……昔は子供を専門に診ていたのよ。それで」
慌てたように取り繕う声は、どこかぎこちない。
「確かに、そのような状況であれば、覚えていないのも無理からぬこと」
ジャンヌが静かに頷く。
「さっきティポがここ来たことあるかもって言ってたし、その時に見たとかじゃねぇの?」
アルヴィンが軽く肩を竦める。
「その可能性はあるかもね」
ジュードもそう付け加えた。
「お力になれなくてごめんなさいね」
イスラは申し訳なさそうに呟いた。
その謝罪に、エリーゼは小さく俯くと、落胆の色を濃くしていた。
そのとき、再びミラが口を開いた。
「それは仕方あるまい。それよりも、ワイバーンの居場所を知らないか?」
彼女の冷静な声が、今は過去よりも目的だと言外に告げるようだった。
「ワイバーン? それなら、川の向こうに檻があって、おっきなのがいるけど……いったい何のために?」
不意の問いに、イスラは目を瞬かせる。その声音には、疑念しかないようだ。
「うむ。色々あってワイバーンの力を借りたいと思っている」
ミラは迷いなく告げる。彼女の真剣な瞳に、嘘や冗談の影は一切ない。
「そ、そう。なら、行ってみてはどうかしら? あの辺りだから」
視線を逸らすように、イスラは川の方角を指し示した。
ミラはその指先を追い、短く頷いた。
「うむ。ではそうするとしよう」
「何から何までありがとうございます。イスラさん」
ジュードが深々と頭を下げる。旅の最中に差し伸べられる善意が、どれほど貴重かを痛感していたからだ。
「いえ、お役に立てて何よりよ。それじゃ、私はこれで失礼するわね」
イスラは軽く微笑み、衣服の裾を揺らして歩き去っていく。
「ありがとう、イスラさん!」
レイアが両手を振って声をかける。その明るい声が街角に響いた。
やがて彼女の姿が人混みに紛れて消えたとき、ミラが静かに告げる。
「では、行くとしよう」
その号令に、皆が顔を上げた。
喧騒に包まれるシャン・ドゥの街路を抜け、川のせせらぎの音が徐々に近づいてくる。
そこに待つのは――巨大な檻に閉ざされたワイバーン。
仲間たちの胸に緊張と期待が交錯する中、一行は歩を進めていった。
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