フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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交換条件

 川沿いを歩き続けたジュードたちは、やがて巨大な影に行き着いた。

 金属のきしむような音と、荒い呼吸の響き。そこには岩肌の中に頑丈な鉄の檻が設けられており、その中に――翼を畳んだままでも人を見下ろすほどの巨体を持つワイバーンが閉じ込められていた。

 

 藍色の鱗は光を受けて硬質に輝き、漆黒の眼は獲物を狙う獣の本能を隠しもしない。鼻先から吐き出される息は白煙のように立ち昇り、檻越しにも熱気が伝わってくる。

 

「ほう……どうやら情報は本当のようだ」

 ミラが低く呟く。

 

「へへーい! へへーい!!」

 その緊迫した空気を破るように、ティポが跳ねるように近づき挑発の声を上げる。

 

「ダメですよ、ティポ!」

 エリーゼが慌てて制止するが、その声は一瞬遅かった。

 

 怒声のような咆哮が檻を震わせた。ワイバーンの牙が閃き、鉄格子すら噛み砕きかねない勢いで吠え立てる。思わずティポは飛び退き――その反動でジュードの顔に噛みついた。

 

「ッ……!」

「ティ、ティポ!!」

 エリーゼの悲鳴が響く。

 

「君たち、そこで何をしている?」

 不意に背後から声が飛んだ。

 

 振り返れば、複数の男女が近づいてくる。鋭い目をした彼らは、明らかにただの通行人ではない。

 

「そのワイバーンは我が部族のもの。下手に近づいて噛みつかれても責任はもてんぞ?」

 先頭に立つ男――堂々とした体格を持ち、浅黒い肌に映える紅紫の装束は、細部にまで繊細な装飾が施され、ただの衣ではなく、部族の誇りと地位を示すような威厳を帯びている。

 

 胸元には白い布を巻き、濃い青と金を差し色にした帯が腰を引き締めており、額には民族風のバンダナを巻き、そこから覗く短く整えられた髪は凛々しく、顔立ちは端正で、鋭い視線には揺るぎない自信と責任感が宿っている。右肩にあしらわれた紋様は、彼が何者であるかを雄弁に語り、言葉を発さずとも人を従わせるだけの力を感じさせると、そんな彼がジュードたちを見て冷ややかに告げた。

 

「うむ。実はこのワイバーンを手に入れるために、どうやって檻を破壊しようか考えている」

 ミラが淡々と口にする。

 

「はい?」

「ちょ、ちょっとミラ……!」

 率直すぎる言葉にレイアが慌てふためき、仲間たちも顔を見合わせた。

 

 ようやくティポを引きはがしたジュードが、苦笑を隠しきれぬまま口を開く。

「あの……ワイバーンを貸してもらうことってできませんか?」

 

「いきなり何を言い出すんだ? 君たちは。そもそも何のために?」

 側にいた茶髪の男の眉間に皺が寄る。

 

「それは……」

 ジュードが言葉に詰まると、アルヴィンが肩をすくめて間に入った。

「ちょ~っと、急ぎの用があってな」

 

「はぁ……」

 男の溜息をよそに、銀髪の女が苛立った様子で口を挟む。

「今はこんなことしてる場合じゃないでしょ? それより早く代表者を見つけないと」

 

「うむ。確かにそうなのだが……」

 そうして先頭の男が言いかけたときだった。

 

 視線の先に――檻に手をかけるミラの姿。

 

 ワイバーンの漆黒の眼が、先ほどまでとはまるで違う光を帯びて彼女を映していた。威圧でも敵意でもない。ただひたすらに、従うものの眼。

 

 その巨体がゆっくりと頭を垂れる。鋭い顎を地につけるようにして。

 

「何……? 獣隷術も使わずに、ワイバーンを服従させただと?」

 先頭の男の声が驚愕に震えた。

 

「む? 服従? ……なるほど、これが服従している姿なのか」

 ミラは小首を傾げ、檻越しにその巨大な頭を撫でる。硬い鱗の感触に唇がわずかに綻んだ。

「ふ。なかなか可愛い奴ではないか」

 

「ミラ君! 危なくないのー!?」

 ティポが悲鳴を上げる。

 

「どうやら大丈夫のようだ」

 ミラは穏やかに告げる。

 

 その光景に、先頭の男は息を呑んだ。

 

「この人たちなら、ひょっとして……」

 低く呟いた男の言葉に、傍らの女性が大きく目を見開いた。

「え……まさか、この人たちを? 本気なの!?」

 

「お前も見ているだろう? この光景を」男は檻の前に立つミラを示す。ワイバーンは荒ぶる気配を失い、静かに頭を垂れ、その漆黒の眼差しには畏敬すら宿っていた。「気性の荒いワイバーンをここまで隷属させることができるんだ。ならば、資格は十分というもの。そうだろう?」

 

「それは……」

 茶髪の男が言葉に詰まる。

 

「あの……いったい、何の話を……?」

 流石にその話についていけないと、困惑した様子でジュードが問いかけた。

 

 先頭の男は、深く息を吐いてから名を告げる。

「……ああ、すまない。私はキタル族のユルゲンス。実は君たちに折り入って相談があるんだ」

 

「俺たちに?」アルヴィンが眉を上げる。

 

「ああ。街が賑わっているのには気付いているだろう? 実は明日、十年に一度の部族間で行われる闘技大会が開催されるんだ。だが、我がキタル族は唯一の武闘派である族長が王に仕えているため参加できなくてな。このままでは、伝統ある我が部族が、戦わずして負けてしまう……」

 

「そこで、我々だと?」とマシュが冷静に返す。

 

 ユルゲンスは頷き、視線を一点に注ぐ。

「ああ。特にそこの彼女」

 

「ん? 私か?」

 まだワイバーンの鱗を檻越しに撫でていたミラが顔を上げる。

 

「君には特別な力を感じる。その特別さがあれば、代表としてはうってつけだろう。だからどうだい? 我々の一員として大会に参加してみないか?」

 

「はいはい! 参加します!」

 元気よく手を挙げたのはレイアだった。

 

「レイア……」ジュードが額に手を当てる。

「あはは……つい……」

 

「参加すれば、このモノたちを貸してもらえるのか?」

 ミラの問いに、ユルゲンスは重々しく頷いた。

「そのつもりだ。ただし、優勝が条件。それに、事前に君たちの力を見せてもらう」

 

「ミラ! いいよね!」とレイアは勢いのまま続ける。

 

「うむ、正直一刻も早くイル・ファンに向かいたいのだが……」

 ミラは迷うように視線を落とした。

 

 その耳に、ジュードがそっと囁く。

「でも、ここで無理矢理奪って、今度はア・ジュールにまで狙われるってことになったら、余計に面倒なことになるよ?」

 

「そうか。……そうだな」ミラは短く息を吐き、納得したように頷いた。「そういうことなら仕方あるまい」

 

「ありがとう。恩に着る」

 ユルゲンスの顔に、ようやく安堵の色が差した。

 

「だが、こちらも急いでいる身だ。優勝次第、すぐにワイバーンを貸してもらおう」

 

「わかった。優勝してくれた暁には必ずワイバーンを貸すと約束しよう。ただ、飛行許可を取るには時間がかかってしまうから、すぐにとはいかないかもだが……」

 

「飛行許可?」ジュードが首を傾げる。

 

「ああ。このア・ジュールをワイバーンなどで飛行する場合、王の許可が必要なんだ。それが無ければ敵対者として、問答無用で撃墜されることになっているからね」

 

「げ……げきつい……」

 エリーゼの小さな声が、重苦しい沈黙に吸い込まれていった。

 

「よかったな。無理矢理奪おうとしなくて」

 アルヴィンが肩を竦めて笑う。その声音には皮肉だけでなく、ほんの少し安堵も混じっていた。

 

「はい。ワイバーンに乗り慣れていない我々では、おそらく太刀打ちできず、大地に激突していた可能性があります」

 マシュの理知的な言葉が場を冷静に引き締める。

 

「げ、けきとつ……」

 ティポは相変わらず言葉の一部だけを震え声で繰り返し、仲間たちの不安をなぞるように呟いた。

 

「あはは……。でも、部族の大会に、僕たちが出ちゃって大丈夫なんですか?」

 ジュードはまだ半信半疑の顔で尋ねる。異国の祭りに外部の自分たちが割り込むことが、どこか場違いに思えたのだ。

 

「問題ない。優秀な戦士を連れてくることは、部族の地位を高める行為として過去にもあったことだ」

 重々しく答えるユルゲンス。

 

「ははっ。またずいぶんテキトーだねぇ」

 アルヴィンが口の端を吊り上げた。

 

「そう言うな」ユルゲンスが言葉を継ぐ。「部族の中だけで優秀な者を生み出し続けるのは難しいのだ。それより、力を見せてもらいたいから、空中闘技場へ来てくれ」

 

「空中闘技場っていうと……」

 ジュードが言葉を飲み込むように視線を上げる。

 

「あそこだ」

 ユルゲンスが指さした先。

 

 断崖絶壁に囲まれた峡谷の奥深く、崖の両側を結ぶように巨大な橋が架かり、その上には円形の城塞のような物がそびえ立っている。

 

「ひえー! あんな所に行くのー!?」

 ティポの声が空気を震わせる。

 

「大丈夫。耐久性能はきちんと計っているから、落ちる心配は無いさ……って、ぬいぐるみが喋った?」

 一旦はその光景を微笑ましいと思ったユルゲンスだが、すぐさま喋っている相手がぬいぐるみだったと首を傾げる。

 

 一方、その反応は既に織り込み済みだったとジュード。

 

「それじゃあ、あそこに行けばいいんですね?」と、すぐさま話を闘技場のことに戻していた。

 

「あ、ああ。すぐに来てくれとは言わないが、エントリーにも時間があるのでな。なるだけ早く準備をしてきてくれ」

 

「わかりました」

「では、よろしく頼むぞ」

 ジュードが頷くと、ユルゲンスはいちいち聞くのも面倒だと、その場を去っていった。

 

 残された一行はしばし闘技場を見上げていたが、やがてレイアが飛び跳ねるように叫んだ。

「やった! 闘技大会なんて燃えるなー!」

 

「もう、あんまりはしゃがないでよ。みっともない」

 ジュードがたしなめるも、レイアはむくれて頬を膨らませる。

「む~。逆にどうしてジュードはもっとこう、“燃える~!”みたいな感情抱かないのさ。男の子の癖に」

 

「べ、別にいいだろう。僕のことはほっといてよ」

 

「ほっとくって、もう~! す~ぐそうやってジメジメジュードになるんだから」

 

「うわ~、カビ生えそう」アルヴィンが笑う。

 

「湿気を取るにはまず十分な換気を――」とマシュが真剣に続けるが、ジュードは慌てて遮った。

「いや、別に解決方法とかいいから。そもそもカビ生えてないし!」

 

「ふふっ」ミラが笑みを零す。「ともかく、ワイバーンのために空中闘技場へ行くとしよう」

 

 その言葉に、一行の視線が再び空へと戻った。

 橋に繋がれた巨大な闘技場は、まるで試練の門のように黄昏色の空を支配していた。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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