フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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――そしてジュードは旅に出る――
ジュードの決意 前編


ジュードの覚悟

「はぁ、はぁ……なんとか陸地に辿り着いたけど……」

 

 ラフォート研究所の外、イル・ファンの所々を流れる流水。その脇に設けられた石階段の一番下にて、彼はずぶ濡れのまま這い上がり、水飛沫をまといながら、ようやくたどり着いたと息を整える。

っていた。

 

 そこは地下水道の濁流に呑まれ、必死に流れ着いた先だった。

 

 肩で息をしながら振り返ったジュードの視線が、一人の女性に吸い寄せられる。四大精霊を従えていた、あの強大な術者――ここまで何とか必死に連れてきた彼女が仰向けのままぐったりと動かない。

 

「――っ!」

 

 ジュードの表情から血の気が引いた。水を吸い込んだのだろうか、胸は上下せず、口元も微動だにしない。慌てて彼は脈を探り、耳を口元に寄せる。

 

「マズイ、水を飲み込みすぎちゃったんだ。急がないと……!」

 

 声は震えていた。思考より先に身体が動き、彼は女性の胸に手を重ねて押し始める。規則正しいリズムで心臓を叩き起こそうとするが、反応はない。

 

 焦燥を押し殺し、ジュードは女性の顎を支えて首を傾け、ためらわずに自らの口を重ねた。

 一息。空気を送り込む。

 再び胸を圧迫し、また息を吹き込む。

 

 一度ならず、四度、五度、六度。

 何度も何度も試みた蘇生法。

 

 医学校で習った知識をいかんなく発揮した彼の必死の願いが届いたのか。何度目かの施術のあと、女性の身体がびくりと震えた。

 

「……ごほっ! がっ……!」

 

 濁った水を吐き出し、荒い呼吸が戻る。ジュードは思わず身を乗り出した。

 

「あっ! だ、大丈夫ですか!? しっかりしてください! 僕の声が聞こえますか?」

 

「……ん? あ、ああ……聞こえている……」

 

 薄く目を開けた女性は、朦朧とした視線で辺りを見回す。

 

「よかった……!」

 

 胸の奥に溜まっていた不安が一気に解き放たれ、ジュードの声が安堵に震えた。

 

「良かった? ……というか、ここはどこだ? 私は今まで何を……」

 

「溺れていたんです。お姉さん」

 

「溺れていただと? 私が?」

 

「はい。だから慌ててここまで……」

 

 そうして解説を終えたジュードの言葉に、女性が感謝を述べつつ眉を寄せる。

 

「そうか……それは迷惑をかけたな。……いや、待て。四大(しだい)はどこだ? 何故、奴らの気配がない?」

 

 その問いにジュードは一瞬黙り、そして小さく頷いた。

 

「気配が無いって……ああ、なるほど。あれはそういう……」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される問いに、ジュードは息を整えながらこれまでに目にした光景を語った。

 

 四体の精霊から声をかけられたこと。彼らが機械の暴走を抑え込んでくれたこと。そして自分たちがその混乱の中で水流に呑まれ、ここへ流れ着いたこと。

 

「つまり奴らは私を助けるために囚われ、それで私は溺れていた訳か」

 

「見ていた限りでは、おそらく……」

 

 女性は一瞬視線を伏せ、そして小さく頷いた。

 

「……なるほど。ウンディーネのように泳ぐには、訓練が必要という訳か」

 

 その自嘲めいた言葉に、ジュードは思わず苦笑を漏らす。

 

「あはは……でも、本当にあの精霊たちは“四大精霊”だったんですね」

 

「ん? そう言わなかったか?」

 

「イフリートの名は聞きましたけど、他は……。それに僕、四大精霊を目にするのは初めてで」

 

「そうか――まぁ、そうだろうな」

 

 ミラは遠いものを振り返るような声音になった。

 

「奴らは、私がこの世界に訪れたときに呼び出したのだ。あれが二十年前……なら、その後に生まれたであろう君が知らぬのも無理はない」

 

「呼び出したって……もしかして僕、とんでもないことに首を突っ込んでる?」

 

 ハウス教授消失事件云々、四大精霊捕縛事件云々。

 

 そのあまりにも唐突過ぎた数々の展開を含めて、今更ながらにジュードの顔には、じわりと不安の色が浮かぶ。

 

「ん?」

 

「あ、いえ……それより、これからどうするつもりですか?」

 

「どうもこうもない。もちろん、四大を取り返す」

 

「取り返すって……ダ、ダメですよ!」

 

 ジュードは思わず声を荒げた。

 

「今のあなたは万全の状態とは言い難いんですよ?! 思いっきり溺れてましたし! それなのに、またあんな場所に戻るなんて……」

 

 今さっき、『こんなことに首を突っ込んじゃうなんて』と、後悔にも近い想いを抱いていたはずのジュードだが、元来の優しさか、お節介さからか、無茶を言い出す女性の振る舞いを窘めている。

 

「それでも、止まる訳にはいかない。私にはなすべきことがある。それが果たせなくなったときこそ――私の死だからな」

 

 そう言い放ち歩き出した彼女の腕を、ジュードは咄嗟に掴んだ。

 

「む?」

 

「……あなたの言うその“なすべきこと”が何なのか、僕には分かりません。それがどれほど大事なことかも――だけど!」

 

 ジュードの声は震えながらも強く響いた。

 

「それなら、今は休むべき……いえ、引き返すべきです!」

 

「なに?」

 

 突然の理解不能の言葉に戸惑う女性。

 

 そんな彼女に言葉を選ぶように、しかし必死さを隠さずジュードは続けた。

 

「レフ教授……僕の通う医学校の先生が言ってました。引き返すこと、足踏みすることも時には前進することになるんだって」

 

「引き返すことが前進、だと?」

 

「はい。……それは命を繋ぐことだから。人は命を失えば、そこで終わりなんです。どれだけ強い意志を持っていても、どれだけ崇高な理想を描いていても――命を失ってしまえば、そこで全ては無意味になる。そう先生はそう仰いました」

 

 ジュードの表情には真摯な熱が宿っており、ギュッと握る手にも力がこもる。

 

「僕もその通りだと思います。命を繋がなきゃ、そこで終わりになっちゃったら……助けたい人も助けられず、なすべきことも成しえません。……でも、今のあなたはどうですか? さっきと違って、僕の腕一つ振りほどけないあなたが、今戻って何ができるっていうんですか!」

 

 その叫びに、女性はわずかに目を見張った。

 沈黙。そして無自覚な承認。

 

 少しの後、小さく息を吐いた女性は、肩の力を抜いて微笑をこぼす。

 

「――――そうか。確かに、人間は命を失えばそこで終わるのだったな。まったく……人間の体も楽ではない」

 

 その真意を掴めず、ジュードはなおも心配そうに顔を覗き込む。

 

「本当に君はおかしな子だが……此度の件は、私の方が意固地になりすぎたようだ」

 

 微笑を浮かべ、ミラは体をジュードの方へと向け直した。

 

「それじゃあ……」

 

「ああ。君には救われてばかりだな」

 

「あ、いえ……僕は医者を志す者として、見過ごせなかっただけですから」

 

 不意に告げられた感謝の言葉に、ジュードは頬を赤らめて視線を逸らす。彼女が自分の言葉を受け入れてくれたことに、胸の奥から安堵が広がっていった。

 

 掴んでいた腕をそっと放し、気恥ずかしさに手を振りながら俯いてしまう。

 

「そ、それより……これからどうされるんですか? 四大精霊をあのままにしておけないのも確かですし……それに、あの装置も……」

 

「そうだな」

 

 水に濡れた前髪を手で払いながら、慎重に口を開いたジュードに、女性もまた濡れた衣服の裾を軽く絞り、落ち着いた声で応じる。

 

「……だが、四大がいなければあの黒匣(ジン)も破壊できまい」

 

「じん……? クルスニクの槍じゃなくて、ですか?」

 

 聞き慣れない言葉に眉をひそめるジュード。

 

「黒匣とは奴らの兵器の総称で、そのうちの一つがクルスニクの槍というわけだ」

 

「な、なるほど……?」

 

 言葉では理解したふりをしてみせたが、頭の中では疑問符がいくつも浮かぶ。

 

 しかし、彼の様子を見たミラは、わざとそれ以上の説明を拒むように表情を変えた。

 

「黒匣については知らない方がいい。下手をすれば、君までこの件に巻き込まれかねん」

 

 短く、しかし強い調子で言い切る女性。

 

「は、はぁ……」

 

 そんな女性の釘を刺すような言い方には、ジュードは口を閉ざした。何かを隠していると察したが、彼女の言う通り、無関係な自分が踏み込むべきでないことも理解できていたからだ。

 

 やがて、女性は再び視線を落とし、わずかに思案するように目を細めた。

 

「しかし……どうするか……」

 

 その声音には自分自身に問いかけるような響きがある。

 

「ふむ。“四元(しげん)精来還(せいらいかん)の儀”を行えば、あるいは四大を呼び戻せるやも知れんな」

 

「しげん……? えっと、それを行えば、四大精霊はあなたのもとに戻ってくるんですか?」

 

 初めて聞く儀式の名に、ジュードは思わず身を乗り出した。

 

「断言はできん。可能性としてはあるといったところだ」

 

「そうですか。なら、さっそく行ってみれば――」

 

「いや、ここでは無理だ」

 

 ミラはかぶりを振る。その声には迷いがない。

 

「四大ほどの精霊とパスを繋ぐには、莫大なマナが必要だが、この地はあまりにもマナが薄すぎる。さっきの物の影響か、もとよりそうなのかは分からんが……うまくいったとしても、この土地のマナを枯渇させかねん」

 

「なるほど……確かに四大精霊全員ともなれば、そうなるかも知れませんね」

 

 ジュードは息を呑む。

 

 彼女の言葉から、儀式の持つ規模の大きさが伝わってくると、想像するだけで背筋が冷えるようだった。

 

「でも、それならどこでなら大丈夫なんですか?」

 

「私の社が適しているだろう。そこで私自身も生まれたのだから」

 

「生まれたって……」

 

 突っ込みかけて、ジュードは慌てて言葉を飲み込む。

 

「いや、そこは突っ込まない方がいいか。……それで、その社ってどこにあるんですか?」

 

「ニ・アケリアという場所の近くにある」

 

「ニ・アケリアか……聞いたことのない地名ですけど、どの辺にある街なんですか?」

 

「私も分からない」

 

「え?」

 

 拍子抜けする答えに、ジュードは思わず間抜けな声を漏らす。

 

「いつもはシルフの力で飛んでいたのでな。歩きで行くルートは見当もつかん」

 

「そ、そうですか……さっきから凄い話が……」

 

 突拍子もない発言に、驚くよりも呆れる気持ちの方が勝ってしまうジュードだが、現実は待ってくれないと、考え込むようにこめかみ付近の髪を弄る。

 

「う~ん……でも、今のままじゃ情報が少ないですね」

 

「そうか……」

 

「――それじゃあ、他に聞いたことのある地名はありませんか? ニ・アケリアの近くに何かがあった~でもいいんですけど」

 

「そうだな……」

 

 女性はしばし記憶を探るように目を閉じる。

 

 すると――

 

「……ああ。そういえば、巫子のイバルが“ハ・ミル”という地名を口にしたことがあったな」

 

「みこ?」

 

「私の世話をしてくれている者たちのことだ。私は要らぬと言ったが、ニ・アケリアの村長がどうしてもと聞かなくてな」

 

「まぁ……精霊の主が来たなら、お世話しないと、って思いますけどね」

 

 ジュードは苦笑しつつ頷く。だがすぐに、記憶を辿るように指を顎に当てた。

 

「――でも、ハ・ミルなら聞いたことがあります。昔はパレンジやナップルの栽培で盛んだったけど、他の土地でも作られるようになってから廃れた、とか何とか」

 

「ふむ。歴史はさておき……そのハ・ミルという場所はどこにあるんだ?」

 

「まずはここから出てる船で、“イラート海停”って所に行く必要がありますね」

 

「そうか」

 

 興味があるのは地名の位置だけ、といった様子で短く答えた女性は再び石段を上り始める。

 

 ジュードが何か言葉を探す間もなく、彼女は背を向けたまま言い放った。

 

「今まで世話になったな。ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして……って、本当に大丈夫ですか?」

 

「ああ。これ以上、君を巻き込むわけにはいかん。私のことは気にせず君は帰るといい」

 

「あっ、ちょっと! 不用意に歩いたら――」

 

 ジュードは慌てて彼女の背に声をかける。

 

 ――しかし、時すでに遅し。

 

「む? 君たち……こんな所で何を?」

 

 鋭い声とともに目の前を歩いていたのは、巡回中のラ・シュガル兵だった。腰の剣に手をかけた姿はまさしく「職務中」のそれである。

 

「あっ……」

 

 ジュードは思わず息を呑み、背筋に冷たいものが走る。

 

 ――まずい。見つかった。

 

 曲がりなりにも、彼らは立ち入り禁止区域に侵入した身だ。言い逃れは難しい。とはいえ、まだ自分たちのことが知られていない可能性もあるはずだ。ジュードは必死に頭を働かせ、どう誤魔化すべきか考える。

 

「それはその……」

 

 しどろもどろになりながら言葉を紡ぎかけたその時――。

 

「……ん? 金髪で紫色の瞳……それでいて薄着の女……お前、もしかして……!」

 

 兵士の目がその女性に注がれると、その特徴的すぎる外見のせいか、兵士の記憶を鮮やかに呼び覚ましてしまう。

 

「マズい……!」

 

 慌てて腰の剣を抜き、構えを取る兵士の反応に、ジュードの顔から血の気が引いた。

 

 兵士の視線が「敵」を確信した瞬間、目の前に立つミラは怯むことなく、腰の剣を一閃させて引き抜いた。

 

「仕方あるまい!」

 

 そして、鋭い掛け声とともに駆け出す。

 だが――。

 

「むっ?」

 

 不意を突かれたはずの兵士が、容易くミラの剣を躱したのだ。

 

 おかげでジュードは目を丸くするとこう言い放つ。

 

「えっ?! ちょ! なんで? さっきまでは、あんなに鋭い剣筋だったのに……?」

 

「……うむ」

 

 ミラは苦々しい顔で答えた。

 

「今までは四大の力に頼って振っていたからな。あいつらの助けがなければこうも違うとは……」

 

「そんなっ?!」

 

「……お、驚かしおって」

 

 兵士は息を整え、改めて剣先を女性に向けた。

 

「だがやはり、貴様は手配書の! そこを動くな! 貴様には国家反逆罪の嫌疑がかけられている!」

 

「こ、国家反逆罪!? ただ研究所に侵入しただけで、なんで……!」

 

 正直、怒られはするだろうが、怒られるだけで済むとも思っていたジュード。

 

 而して、兵士の口から飛び出した罪状は、軽く見積もっても国外追放は免れない刑罰が下されるものだったと、つい素直に反応してしまう。

 

「ん? やはり貴様も仲間だったか!」

 

「それは……」

 

 おかげでその分かりやすい反応に、折角巻き込まないようにと女性が気遣ってくれてたのにとジュード。返す言葉に詰まり、どう弁解するべきかと悩むも答えが出ない。一方、そんな彼を庇うように、女性が一歩前に出た。

 

「さぁな。そこの少年とは、つい先程会ったばかりだが?」

 

 表情は冷淡。だが声にはわずかに守ろうとする意思が滲む。

 

「それより――そこをどいてもらおう」

 

「ふっ。その程度の腕で戯言を」

 

 兵士は鼻で笑い返す。

 

 再び剣を構え合う二人。

 その姿を後ろで見るように、ジュードは立ち尽くしている。

 

 ――どうする?

 このまま黙って見ているべきか。

 

 女性の言葉を真に受けてくれるのを信じて、女性とは他人のフリをするべきか。

 

 

 ……瞬間、ハウス教授の姿が目に浮かぶ。

 

 

 謎の容器に入れられて、「騙されたんだ」と口にした彼が辿った末路。

 

 それを誰が齎したのか。

 

 そして女性はあそこで何をしようとしていたのか。

 

 やがてジュードは決意の色を宿した瞳で二人を見据えると、動き出した。

 

「覚悟しろ!」と兵士が斬りかかろうとする瞬間、その間に割って入る。

 

「……っ!」

 

 兵士が驚愕したようにたじろぐと、女性も思わず声をあげた。

 

「ん? 何をしている? そんなことをすれば君は……!」

 

「分かってます。……だけど。それでもあなたを放っておくなんて、僕にはできない!」

 

 ジュードは振り返らない。

 ――ただ目の前の兵士を『敵』として見据えるだけ。

 

「君は……」

 

 ミラの瞳が揺れる。

 

「やはり貴様も仲間だったか! なら、まとめて斬るまでだ!」

 

 おかげで兵士の剣先が、容赦なくジュードへと向けられるも、今のジュードにはお構いなしと、怯えを必死に押し殺しつつ、拳を握り直して構えを取った。

 

 次の瞬間、少年はその拳を兵士に向けて突き出していた。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

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  • 1~2000文字以内
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