石畳を踏みしめながら賑わう路地を進んでいくと、ほどなくしてジュードは、ローエンとエリーゼの姿を見つけた。二人は市の一角に立ち止まり、露店の喧騒を背にして何やら言葉を交わしている。
「二人とも」
声をかけると、ローエンがいつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
「おや、ジュードさん」
ジュードはふと気づいたことを口にする。
「二人はここで何を……って、そういえば、エリーゼはこの辺りに来たことあるんだっけ?」
小さな少女は一瞬きょとんとしたあと、困ったように視線を彷徨わせる。
「えっと……」
「そんな気がするよー!」と、ティポが元気よく言葉を挟んだ。
「そう思って色々歩き回ったのですが……」
ローエンが続けるものの、その声音には成果の無さを滲ませている。
ジュードはエリーゼの顔を覗き込み、小さくため息を漏らした。
「その様子じゃ、何も思い出せていないようだね」
わずかに落胆の色が広がり、三人の間に沈黙が落ちる。
沈んだ空気を変えようと、ジュードは問いを投げかけた。
「そういえば、ティポはいつからエリーゼと一緒にいるの?」
「ティポ、ですか?」
エリーゼは首を傾げる。ジュードは少し笑って補足した。
「うん。結局、ティポが何なのかはわからないけど、何か覚えてないかなって思ってさ」
「忘れちゃったー。でも、エリーとは研究所から一緒だよー!」
「……え、研究所?」
思いがけない単語に、ジュードの胸に警戒が走った。
「ティポは……研究所の人が連れてきてくれたんですよ。ね」
エリーゼの声はどこかぎこちなく、記憶を探るように不確かだった。
ジュードはすぐにローエンへと目を向ける。
「ローエン、研究所って……」
「……はい。何やらキナ臭い話になってきましたね」
老執事の瞳に一瞬、鋭い光が宿った。
「だよね。保育施設とかじゃなくて、本当に研究所?」
「は、はい……」
小さな肩がわずかに震えた。
「僕たちは赤ん坊じゃないぞー!」
ティポが無邪気に叫び、緊張を少しだけ和らげる。
「そういう意味じゃ……」
ジュードは言葉を探しつつも、更に情報があればと問いかける。
「ちなみに、その研究所ってどこにあるの?」
「それは……」
「う~ん、覚えてないな~。いつも誰かと一緒だったから」
「そっか……」
エリーゼたちの言葉は期待を上回るものではなかったが、ローエンは静かに頷いた。
「ア・ジュールの土地勘が無い以上、予想も立てられませんが……」
「でも、とりあえずエリーゼの過去に一歩近づいたかもね」
ジュードは少女の目をまっすぐ見て言った。
「本当、ですか?」
「うん」
「ですね。こうして一つ一つを積み重ねていけば、いつかご両親に会えるかも知れません」
ローエンの穏やかな声に、エリーゼの顔がぱっと明るくなる。
「ティポ!」
「うん! やったね、エリーゼ!」
微笑ましいやりとりを見守りながら、ジュードは胸の奥にわずかな不安を抱えた。研究所という言葉が示すもの――それは、あまりにも無邪気な少女の過去に似つかわしくない響きだったからだ。
「それでは、引き続きこの辺りを巡りましょう。新しい情報が手に入るやも知れません」
「はい!」とエリーゼは元気よく返事をする。
「ジュード君はどうするの?」とティポが振り返った。
「僕はもう少し、この辺を巡ってみるよ」
「それでは、また後ほど」
「またねー!」
手を振る三人の背を見送りながら、ジュードは立ち止まる。石畳を流れる人波の向こう、祭りのざわめきにかき消されていく自分の鼓動を感じながら――彼の心には、確かに新たな疑問が芽生えていた。
◇ ◇ ◇
昨日の落石現場には、すでに片付けを終えた人々の気配だけが残っていた。崩れた岩は綺麗に運び去られ、整地された地面にはまだ新しい土の匂いが漂っている。だが、ミラは足を止め、崖の残骸や岩肌をじっと眺め、まるで何かを探すかのように視線を走らせていた。
隣に控えるジャンヌが、少し遠慮がちに口を開く。
「ミラ様。何やらされている中で、このような不躾なことを尋ねるのは気が引けるのですが……」
「うむ。どうした?」
「此度はこのような場所で何をされていらっしゃるのでしょうか? ここは昨日、落石のあった場所ですが……」
「うむ。あの落石の直後、我らを見ていた妙な男が居てな。もしかしたら、ここで何かをしようとしていたか、何かを探していたか……或いは、と思っていたのだが」
ミラは眉を寄せ、岩壁に手を触れる。
「そのような者が居たとは。流石はミラ様。その観察眼には感服するほかは無く――」
ジャンヌが感嘆の声を漏らすが、ミラは小さく首を振る。
「いや、残念だが予想は外れたようだ。ここには何も無さそうなのでな」
「そうですか……。ですが、仕方ありませんね。片付けもたった一日で滞りなく済んでしまったようですし」
「そうだな。……ん? たった一日で?」
ミラの瞳がわずかに細まる。
「……ミラ様?」
「ふむ……それほど大きくはないとはいえ、人一人を潰せる規模の落石をたった一日で片付けた、か。まるで、事故が起こることをあらかじめ知っていたかのような速さだが……いや、精霊術があればそれも可能か。私は少し過敏になり過ぎだな」
「?」
「ミラ」
ミラの思索、ジャンヌの疑問を遮るように、背後から声がかかった。
「ジュードか」
振り向いたミラに、少年は小首を傾げる。
「こんな所で何をしてるの?」
「なに、少し怪しい物が無いか探していたのだが、どうやら的外れに終わったようでな」
「そうなんだ」
ジュードは軽く返事をするが、すぐにミラが尋ね返す。
「それはそうと、君はどうしてここに?」
「あ、いや、ただブラブラしていたら、ここに来ただけだよ」
ミラは口元を緩めた。
「そうか。確かに、この喧騒はニ・アケリアでは味わえぬものだからな。色々と巡りたい気持ちもわかる」
「はい。ここはカラハ・シャールともまた違った趣がありますし……それに、なんだか先程より良い匂いも漂ってきております」
ジャンヌが鼻をくすぐる香りに気づき、柔らかく微笑む。
「ほう? それは気になるな。少し見てみるか、ジャンヌ」
「はい。お供いたします」
「ではな、ジュード」
「また後ほど」
「う、うん……」
軽やかに去っていく二人を、ジュードはしばらく見送っていた。二人の背筋は凛としていて頼もしいが、どこか「食の香り」に釣られている様子には、微笑ましさを感じてしまう。
「……ミラもだけど、ジャンヌも食に興味津々って感じだな~」
祭りの熱気と香ばしい匂いが入り混じる風の中、ジュードは胸の内を少し温かくしながら二人の背中が消えていくのを見送った。
◇ ◇ ◇
雑踏を抜けた先で、ジュードは妙にそわそわした気配を感じ取った。ふと視線を巡らせると、壁際でレイアが身体を縮めるようにして、こそこそと辺りをうかがっている。
「何してるの? レイア」
問いかけると、少女は肩をびくりと跳ねさせ、慌てて振り向いた。
「ジュード! しーっ! しーっ!」
唇に人差し指を当て、必死に静かにしろと合図してくる。
ジュードは首を傾げたまま近づくが、レイアが「あれ見て、あれ!」と小声で促したので、彼女と並んで壁の影に身を潜める。
視線の先――そこには、見覚えのある男の背中と、優雅な仕草で立つ女性の姿があった。
「アルヴィンに……あれは、イスラさん?」
思わずつぶやいたジュードに、レイアが大きく頷く。
「そうそう! 私もさっき見かけたんだけど……あれ、絶対に何かあるでしょ?」
「何かって……」
「アルヴィン君が手紙をやりとりしてた相手とかさ!」
「え? イスラさんだったってこと?」
「そうとしか考えられなくない? だって、思い出してみてよ。最初にイスラさんに会った時のこと。あのアルヴィン君を、何とも言えない目で見つめる眼差し! あれはきっと、周りに言えない恋をしているからに違いないでしょ!」
レイアは目を輝かせ、声を潜めながらも熱を帯びて語り出す。
「そ、そうかな……?」
一方のジュードは苦笑を浮かべつつも、まるで芝居でも観ているような気分になる。
レイアは両手を胸に当て、さらに妄想を膨らませていく。
「あ~、だけど悲しいかな。医者という権威ある仕事に就いているイスラさんと、しがない傭兵とかいうパッとしないアルヴィン君。そんな2人の仲を、きっとイスラさんのお父さんは認めてなくて――」
「パッとしなくて悪かったな」
背後から低い声が響き、二人は同時に飛び上がった。
「うわっ!?」
「ア、アルヴィン!?」
気づけば、彼らのすぐ近くにアルヴィンが腕を組んで立っていた。そして視線を巡らせても、イスラの姿はもうどこにもない。どうやら話を終えて、すでに立ち去った後らしい。
「って、あれ? イスラさんは?」
レイアが辺りを探すと、アルヴィンは面倒くさそうにため息を吐いた。
「もう帰ったよ。おたくらが変な妄想を繰り広げてる間にな」
「妄想って……またまた~。アルヴィン君も素直じゃないな~」
レイアはすかさず肘で彼の脇腹を小突きはじめる。からかわれたアルヴィンはわずかに顔をしかめた。
「本当は、恋人と再会できてうれしいんでしょ? 隠さなくてもいいんだよ?」
「あのな~」
レイアの言葉に苦々しげに頭をかくアルヴィンはため息交じりに秘密にしておきたかったであろうことを口にする。
「……あいつには母親を診てもらってるだけだっての」
「え? お母さん?」
アルヴィンの口から出た思いがけない言葉に、ジュードは思わず目を瞬かせた。
「まぁな」アルヴィンは肩をすくめ、どこか照れ隠しのように視線を逸らす。「ちょっと病気がちなんだけどさ。父親も兄弟もいないから、俺がいない間はイスラに診てもらってんだよ」
「そ、そっか~……」
レイアが気まずそうに笑い、言葉を濁す。
「じゃあ、もしかして時々出してる手紙も……」
「そうだよ」
「そっか。でも、だからアルヴィンは、この街のことに詳しかったんだね。落石とか」
「ああ。――そもそもの話。イスラは、あのユルゲンスの婚約者だしな」
「え!? 嘘っ!!」
レイアは素っ頓狂な声を上げ、目を丸くする。
「すごい偶然だね」
ジュードが感心したように呟くと、アルヴィンは薄く笑って肩を竦めた。
「だな。あいつらがそれぞれ声をかけてきた時、正直俺も驚いたし。――って訳で、変な妄想してねぇで、そっちはそっちでデートでも楽しんだらどうだ?」
アルヴィンはいつもの軽口で取り繕うと、軽く手を上げてその場を後にした。
「デ、デートって!! ……も、もう~! デ、デートだなんて~。ねぇ?」
レイアは慌てて否定しながらも、顔を赤らめてジュードに助けを求めるように視線を送る。
一方のジュードは、首をかしげて呟いた。
「……それにしても珍しいな。アルヴィンが自分のことを話すなんて」
「ジュード……?」
レイアが不満そうに見つめる。
「ん? なに? レイア」
「はぁ~……何でジュードは、いつもこうなのかな~」
少女は額に手を当て、半ば呆れるようにため息を吐く。
「?」
「何でもないよ!」
ぷいと顔を背け、そのまま怒ったように足早に立ち去っていくレイア。
ジュードは取り残され、ぽつりと呟く。
「……なに怒ってるんだろう? レイアってば」
人混みのざわめきの中に消えていく彼女の背中を見送りながら、ジュードは小首を傾げた。彼にとって少女の心は、まだまだ謎に満ちているのだった。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
-
1000文字以内
-
1~2000文字以内
-
2~3000文字以内
-
3~4000文字以内
-
4~5000文字以内
-
5000文字以上