ユルゲンスたちと別れたジュードたちは、石造りの回廊を抜け、用意された小部屋へと足を踏み入れた。天井から吊るされた淡い光のランプが室内に陰影を落とし、不穏な空気を一層濃くしていた。全員の顔にも緊張が走っている。
そんな部屋の真ん中で腕を組み立ち尽くしていたミラは、しばし黙考したのち、静かに口を開いた。
「……。恐らく、この事件の首謀者はアルクノアだ」
その名を口にした瞬間、場の空気が凍りついた。
ジュードは目を見開き、息を呑む。
「……アルクノア?」
「私の命を執拗に狙い続けている組織だ」
低く、重みのある声。ミラの表情には恐れはなかったが、代わりに厳しい決意が刻まれていた。
「え……それじゃ、さっきの毒は……」
ジュードの問いかけに、ミラは静かに頷いた。
「死んだ者にはすまないが、狙いは十中八九、私だろう」
その一言が皆の胸を強く締め付ける。
ジャンヌが驚きながら声を漏らした。
「それでは昨日の落石も……」
「だろうな」
即答するミラ。その冷徹さの裏に、彼女が背負ってきた長い闘いの重みが透けて見えた。
「まさか……無関係な人をここまで巻き込んで……。一体それは……」
ローエンが額に手を当て、沈痛な面持ちでつぶやく。
「うむ……もとより、何でもありの連中だったが……今回は特にひどい」
ミラの声に怒気がにじむ。
レイアは両手をぎゅっと握りしめ、耐えきれず叫んだ。
「どうして!? なんでミラは狙われてるの!?」
「私が奴らの黒匣(ジン)を破壊し続けてきたからだ。奴らが二十年前、黒匣と共に突如として現れて以来な」
「二十年前……」
ローエンが眉をひそめる。
「突如としてって……どこから?」
ジュードも身を乗り出した。
だが、ミラは目を伏せて首を横に振った。
「それは言えん。これは君たちにも教えられないことだ」
「そ、そう……」
理解が出来ずに首を傾げるジュード。だが諦めきれず、もう一歩踏み込む。
「でも、黒匣ってことは……クルスニクの槍にもアルクノアが関係してるの?」
「確証はない。だが、あれの出所もアルクノアだと考えている。奴らは見た目では判断できない。常に街の人間に溶け込んでいる。実際、これまでは黒匣が使われた際の、精霊の死を感じることでしか対処ができなかった」
そう語るミラの声音には、確信がこもっていた。
「精霊の……死?」
一方、不穏なことを聞いたとエリーゼが小さく声を震わせる。
「それって……黒匣は精霊を殺すの?」
ミラの言葉に驚きを隠せないジュード。
「原理はわからん。だが黒匣は間違いなく術を発生させる度に、精霊を死に追いやっているのは確かだ」
しかし、ミラの言葉はジュードの言葉を否定ではなく、肯定してしまう。
「まさか……!」
おかげで驚きを露わにするローエンに対し、ミラは鋭い眼差しで皆を見回し、言葉を続けた。
「人間は精霊の力を借りて暮らし、精霊は人間の霊力野(ゲート)が生み出すマナで生きる。黒匣は一見、夢のようなものだ。どのような人間でも、同じだけの精霊術が扱えるようになるのだから。……だが真実はいま言った通り、黒匣は世界の循環を確実に崩す」
ジュードは、己の掌を見つめながら小さくつぶやいた。
「……確かに。この世界の自然を形作っているのは精霊、だもんね」
「ああ。だから黒匣が存在する限り、人間も精霊も安心して生きることはできないのだ」
その言葉に、部屋の空気がますます重くなる。ジャンヌが祈るように呟いた。
「それを阻むために、ミラ様はこの世界に顕現なされたのですね」
「あぁ、そうだ」
「ふむ……私はまだまだですね……。そのような大事を、全く知らなかったとは……」
肩を落とすローエンに、ミラはすぐさまフォロー。
「知らなくて当然だ。教えられない話を含めて、それが君たちに知られぬよう、私が一人で処理してきたのだから」
「じゃあ今までずっと、ミラは……」
エリーゼが潤んだ瞳で見つめる。
「世界の……僕たちのために、ずっと一人で戦ってきたんだね」
ジュードの声には敬意と、どうしようもない悔しさが混じっていた。
ミラは静かに目を閉じ、吐息を漏らした。
「だが……私が四大の力を失ったせいで、お前たち人間を巻き込むことになってしまった。本当にすまない」
「ミラ……」
レイアが小さく呼びかける。
「ちなみに……アルトリアさんは、このこと知ってたの?」
一方で、同じ大精霊なら知っていたのかとジュードが問いかけると、Xは肩をすくめて苦笑した。
「私、ヴィヴィアン個人は知ってましたが……アルトリアちゃんに関しては、ノーコメントってことで。聖剣が生み出された理由にも関わってくることですし」
「聖剣の?」
Xの謎の発言に更に疑問が浮かぶジュードだったが、そんな重い沈黙を破るように、扉の軋む音が響き渡ると、そこから現れたのは調査を終えたらしいユルゲンスだった。
「あ、ユルゲンスさん!」レイアがすぐに立ち上がる。「どんな様子だった?」
「……あの場で助かったのは、私たちだけだったよ」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が重く沈んだ。誰もが声を失い、ただ息を飲む。
而してユルゲンスはといえば、まだ伝えないといけないことがあるからと眉をひそめつつ、言葉を続けた。
「後……決勝は明後日以降に持ち越しになった」
「中止じゃないんですか!?」
ジュードが思わず身を乗り出す。驚愕と憤りが入り混じった声が、狭い部屋に響いた。
ユルゲンスは小さく首を振った。
「大会執行部でもずいぶんもめたみたいだけど、十年に一度の大会だからと……」
彼の声音には諦めと無力感が混じっていた。
「そんな……」
エリーゼが膝の上のティポをギュッと抱きしめる。唇が震え、今にも涙が零れそうだった。
「伝統と格式に抗えないのは、ア・ジュールも同じようですね」
ローエンは静かに目を伏せ、苦い笑みを浮かべた。理不尽さを知りながらも、それが“世の理”であることを理解してしまう彼なりの諦観がそこにあった。
ユルゲンスは視線を巡らせ、ある人物の姿がないことに気づいた。
「……アルヴィンさんは? まだ戻ってないのか?」
その問いに、ローエンが短く「ええ」とだけ答える。
「まったく! こんな大事な時に何してるんだか!」
ティポがぷんすかと声を上げる。
「そうか……。では、彼にも伝えておいてくれ。詳細が決まったらまた来るよ」
ユルゲンスがため息を吐くように要件を伝えると、彼は重い足取りで部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、レイアがぽつりと声を落とす。
「ねぇ。大会、辞退した方がよくない?」
その言葉に、エリーゼも小さく頷いた。
「あ、あの……わたしもそう思います」
ミラは腕を組み、瞳を閉じてしばし考え込む。
「うむ……」
ジュードも真剣な顔で続けた。
「確かに。こんな状況だし、もしかしたらユルゲンスさんもワイバーンを貸してくれるかも」
「そうだな」
ミラの声には慎重な響きがあった。
「とはいえ、今のあの方は忙しいことこの上ないハズ。ですので、その話は日を改めてお伺いを立てるべきではありませんか?」
一方のローエンが年の功を発揮するように冷静に口を挟むと、ジュードは肩を落としつつ、小さく息を吐いた。
「そうかもね……。ローエンの言うように、今日はもう休もっか。色々あって、正直疲れたし」
「だね~。それに、今こんなこというのはあれだけど、結局ご飯食べそこなっちゃったし」
レイアは苦笑いを浮かべ、腹に手を当てた。
「あんな状況でまだ食欲あるんだ……」
ジュードは呆れ半分、羨ましさ半分でつぶやく。だがすぐに苦笑して肩をすくめた。
「でも確かに、そうだね」
「仕方あるまい。今日のところは宿に戻るとしよう」
ミラが組んでいた腕を解きつつ、全員の顔を見る。
その動作一つにも、女神としての気高さが滲んでいた。
すると、Xが胸に手を当てて一歩前へ出る。
「あ、食事の毒見役でしたら私にお任せを。私のこの体は所詮、水の集合体ですので、いかなる毒を以てしても効き目なんてありませんから」
「なるほど。そういえば、さっきもそれで毒かどうか判定してたね」
ジュードが微笑む。
「ではよろしく頼むぞ、ヴィヴィアン」
「そこはXでお願いしますよ、マクスウェル様」
軽口が交わされると、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。
こうして、ジュードたちはそれぞれに疲れを抱えたまま、宿へと戻っていった。
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