「ミラ!」
雑踏を抜け、石畳の路地を駆けること数十分。ようやく見慣れた姿を捉えたジュードは、胸の底に溜まっていた息を吐き出すように声を張った。
「ジュードか」
振り返ったミラの声は、いつも通り冷静で、それだけに彼女の無事が実感できて安堵が胸に広がる。
「どこ行ってたの。心配したんだよ」
「そうか……ああ、すまなかったな」
短い謝罪の言葉に、ジュードは頷く。けれど、すぐ横にいた人物を見て驚きに目を見開いた。
「って、アルヴィン君たちも一緒なの?」
「まぁな」
アルヴィンは気怠げに肩をすくめる。
「ご迷惑をおかけしました」
マシュも深々と頭を下げた。
まさかの顔ぶれに、レイアは両手を腰に当てて声を上げた。
「本当だよ、もう~! アルヴィン君も、これからはちゃんと行き先を言ってからどこか行ってよね」
「そんなに怒るなって」
アルヴィンは片眉を上げる。だがそのすぐ後、彼の視線が一点に止まった。
「……ん? どうかしたのか?」
皆の目が自然とそちらへ向かう。それは小さく俯き、胸の前で手を握りしめていたエリーゼだった。
「あのね……イスラさんが……わたしのこと、何か知ってるのかもって……」
「イスラが……?」
ミラの目が細められると、ジュードが説明を引き取った。
「うん。ティポがエリーゼが研究所に行った時に居たって思い出したって言ったら……急に顔色が変わって」
「それで、逃げるみたいにして、どっか行っちゃったんだー」
ティポが補足する。
「そうか」
ミラの声音は淡々としていたが、その奥には微かな疑念が滲んでいた。
「そいつはおそらく……」
「? 何かご存じで?」
アルヴィンの不意のつぶやきに、ジャンヌが問いかける。
だがアルヴィンは首を横に振った。
「……いや、俺から言うより、イスラに聞いた方が確かだろうよ」
「?」
ジャンヌは腑に落ちぬ顔で首を傾げるが、レイアが明るく締めくくり、エリーゼに視線を向ける。
「イスラさんに会ったら、もう少し詳しく聞こうね」
「……はい」
小さな声で、しかし決意を込めてエリーゼは答えた。
その時──
街の上空に、低く響く鐘の音が鳴り渡った。
硬い金属音が重なり、石造りの建物の壁面を震わせる。
「おや? この音は……」
Xが耳を澄ます。
「まさか、大会が始まる時の音?!」
ジュードの声が跳ね上がる。
「嘘でしょ!? あんなことがあった後なのに!?」
レイアも目を丸くする。
「ともかく行ってみましょう」
ローエンが冷静に促し、ジュードが大きく頷いた。
「だね!」
一行は駆け足で鐘の音の方角へと走り出した。残されたのは、ミラ、アルヴィン、そしてマシュの三人。
「……」
アルヴィンはしばし黙し、仲間たちの背を見送っていた。
「……安心しろ」
沈黙を破ったのはミラだった。澄んだ瞳でアルヴィンを見据えながら言葉を続ける。
「それがお前のなすべきことだというのなら、私は何も言わんさ」
「おたく……」アルヴィンの口元がわずかに歪む。嘲りか、苦笑か、自分でも判別できない。
「さぁ、行こう」ミラは振り返り、歩き出す。「今はまだ力を貸してくれるのだろう?」
「……ああ」
アルヴィンは短く答え、背を並べた。
そのやりとりを見守るマシュの目に、言葉にはならない複雑な思いが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
鐘の音を追い、闘技場へ駆け込むと、そこはざわめきと緊張に包まれていた。
「ユルゲンスさん!」
ジュードが声を張り上げると、既に場内に居たユルゲンスが振り返った。
「ああ、来てくれて助かった!」
「さっきの鐘はなんだ?」
「それが……執行部が急遽、決勝戦を行うと言い始めたんだ」
ミラの問いかけに、ユルゲンスは苛立ちや戸惑いを混じらせながら返事をする。
「それに突然、前王時代のルールに戻すなんてことも言い出していて」
傍らにいた男性が口を挟むも、「前王時代のルールって……?」とレイアが首をかしげる。
「前に話しただろ。相手が死ぬまで戦うあれだ」
ユルゲンスは低く唸るように言った。
「それに言ってなかったかもしれないが、その上、この戦いは一対一で行われるんだ」
「な、何それ!?」レイアが青ざめ、声を震わせた。
同じく驚いたジュードは慌てて、隣のミラを見上つめる。
「ど、どうするの、ミラ?」
「うむ……ワイバーンは必要だ。辞めるつもりはない……が、解せんな」
ミラは闘技場を見渡しながら、眉間に皺を寄せた。
「確かに」
ローエンも険しい表情を浮かべる。
「何故、前王時代のルールで行うなどということに……」
「……やめておけよ」
低く、冷ややかな声が割り込んだ。アルヴィンだ。
彼は煙草でも咥えるかのように気怠げな仕草で肩を竦める。
「こいつは、おたくの命を狙った、アルクノアの作戦だぜ」
「アルクノアの!?」ジュードの声が裏返る。胸の奥に嫌な汗がにじんだ。
しかし、皆がその名に驚きを示す中、マシュだけは違う。彼女はアルヴィンを凝視し、「アルヴィン?」とつぶやいた。
「あっれー? なんでアルヴィン君が知ってるのー?」
ティポが間延びした声で言う。
「そういえば、アルクノアの話をした時、アルヴィン君いなかったよね?」
レイアも首を傾げる。
「……いいのか?」
ミラが静かに問いかける。
アルヴィンは一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに背を向けた。
「さっきの礼だよ」
「……なんの話?」
ジュードの追及に、ミラは短く息を吐き出した。
「アルヴィンは……アルクノアの一員だ」
「え!? ウソ……でしょ?」
レイアが絶句し、声を裏返す。
「アルクノアのって……」
エリーゼも瞳を揺らし、足をすくませた。
「んー、すまん」
アルヴィンは頭をかきながら、軽口のように言った。
「仕事頼まれたりしてたんだわ。実際、イル・ファンでピンチのおたくらを助けたのも、アルクノアからの指示があったからだしな。まぁ、目的は聞かされてなかったんだが……」
「そんな……。それじゃあまさか、今回の事件も……」
ジュードは思わず声を荒げる。だがアルヴィンは首を振った。
「あれはオレじゃない。俺も食ってたら死んでたとこだぜ?」
その言葉に重ねるように、マシュが静かに前へ出た。
「それは私が保証いたします」
その真剣な眼差しに、ジュードの心臓がどくりと鳴った。
ジュードは思わず問い返した。
「マシュ?」
その声に応じる前に、傍らにいたXが皮肉げに笑った。
「あ~、なるほど。確かマシュさんはアルヴィンさんの相棒とのこと。ならアルクノアのアルヴィンさんの相棒がアルクノアなのは当然ですね……って、なんで教えてくれなかったんですか? フォウさん?」
そうして、マシュの肩に乗る精霊なのか何なのか分からない存在に声をかけたXだが、「フォウフォウ」とフォウの言葉を他の皆にも分かるように代弁する。
「ふむふむ。お前に教えてやる筋合いはないと……って、そんな~」
フォウに特別扱いされなかったXが肩を落とす中、「まさか……あなたまでなんて……」とジャンヌの声はかすかに震えていた。
マシュは視線を逸らさず、しかし痛みに耐えるような声音で答えた。
「申し訳ございません。我々にはその道を選ぶしかありませんでしたので」
「マシュを責めないでやってくれ」アルヴィンが一歩前に出て、かばうように言う。その顔には普段の軽薄な笑みはなく、どこか翳りがあった。「こいつはお袋のために働いてくれてんだしな」
「お母さん?」
エリーゼが小さく呟く。
ジュードも記憶を辿りながら言葉を重ねた。
「そういえば……イスラさんに、お母さんを診てもらってるって……」
「ああ」アルヴィンは苦く笑う。「お袋、ちょっと体調がよくなくてな。その薬はアルクノアにしか作れないんだ。だから、そのために……な」
彼の横顔には、やり場のない怒りと諦めが混ざり合っていた。マシュは黙したまま、その言葉を補うように深く頭を垂れる。
「でも、今回はマジで違う」アルヴィンは強い口調で言い切った。「犯人も知らない。俺たちだって完全に切られたんだからな!」
ジュードは一歩踏み込み、真っ直ぐに問いかける。
「なら、アルクノアの仕事はもうしないって約束してくれる?」
その問いに、アルヴィンは言葉を失った。拳を握り、視線を落とす。「それは……」と答えを探しながらも、吐き出せない。
しかし、静寂を破ったのは、意外な人物だった。
「いいだろう。私が誓おう」
「ミラ様!?」
ジャンヌが驚きに目を見開く。
「ちょっ、何でミラが……」
ジュードも思わず声を上げた。
ミラは微笑んで、冗談めかすように首を傾げる。
「ふふっ。私では不服か?」
「いや、十分過ぎるけど……でも……」
ジュードは返す言葉を探し、口ごもった。
「なら、いいではないか」
ミラは穏やかな笑みを浮かべ、アルヴィンをまっすぐに見据える。その眼差しは「信じる」という意思そのものだった。
アルヴィンは言葉をなくし、しばしその視線に縫いとめられた。やがて、かすれた声を洩らす。
「おたく……」
そんな二人を見ていたローエンが、深いため息をつき、諦めたように話題を切り替える。
「アルクノアの作戦は分かるのですか?」
アルヴィンは暫し驚きつつも、すぐさま低い声で答える。
「あ、ああ……俺が聞いたかぎりじゃ……やつら、決勝のルールを変えて、ミラを殺す気だ。勝ったとしても、疲労困憊になったおたくを客席から狙い撃つ二段構えだとよ」
「なんて奴らだ!」
ユルゲンスの拳が震え、声が闘技場の石壁に反響した。
「大会をなんだと思っている!」
しかしミラはその怒りを受け止めるように、わずかに唇を吊り上げる。
「ふ。何とも穴だらけの作戦だな。私が代表で出なければ、簡単にくじける」
「そっか、そうだよね」
レイアが安堵したように頷く。だが次の瞬間、ミラの言葉は彼女の胸を冷やした。
「だが……このくだらん罠にはまってやる。やつらを引きずりだしてやろう」
「おいっ! 正気かよ! なんで……」
アルヴィンが声を荒げる。
「危険すぎます!」
ローエンもすぐさま制止する。
「命をかけるなど、今回ばかりは賛成しかねます」
「そうだよ!」
レイアも叫んだ。
「やめた方がいいって、ミラ!」
「ミラ君が死んじゃうー!」
ティポが羽ばたくように身を震わせる。
そんな仲間たちを前に、ミラはゆっくりとジュードの方へ目を向ける。
「ジュードは、そうは思っていないようだぞ」
「え……?」
皆の視線が一斉にジュードへ集まる。
ジュードは小さく息をのみ、覚悟を込めて口を開いた。
「ミラを狙って客席に現れたアルクノアを、僕たちに止めて欲しい……。そういうことでしょ?」
「うむ」
ミラは短く頷いた。その瞳に宿る光は揺らぎもしない。
「ちょっと、ジュード?」
レイアが詰め寄る。
「普通なら、いつ出てくるかわからないけど、今ならおびき出せる……理にはかなってるよね」
ジュードの声は決意に満ち、仲間を説得するようでもあった。
ミラがその言葉を継ぐ。
「今ここで手を打っておかないと、やつらに次の手を考える時間を与えてしまう。そうすれば、もっと被害が大きくなる可能性も否定できない」
石畳の下から吹き上げる風が、冷たく一同の頬を撫でた。重苦しい沈黙の中で、ユルゲンスが苦渋を滲ませて問う。
「本当に出場する気なのか?」
「おまえの部族の誇りを託されたことも忘れてはいないからな」
ミラの声は静かだが、決して揺るがなかった。
「あなたって人は……」
ユルゲンスは言葉を失い、俯いた。
ローエンはしばし目を閉じ、深いため息をもらす。
「……はぁ。何とか成功させるしかないのですね?」
「そういうことだ。さあ、行こう」
その決意に、アルヴィンはなおも食い下がろうとするが、結局は低く呟くだけだった。
「……本当に、いいんだな」
「ああ」
ミラは揺るぎない声で答える。
「そうかよ……」
アルヴィンは目を伏せ、苦笑のような吐息を洩らした。
「アルヴィン……」
マシュが静かに名を呼ぶ。その響きは哀しみに満ちていた。
こうして彼らは、それぞれの思惑と不安を胸に抱えながら、再び会場へと歩みを進めていった。
太鼓の音のように重い足音が、運命の舞台へと響いてゆく。
お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?
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